はし)” の例文
曾は夜具の中に円くなって隠れ、息を殺していたが、盗賊が往ってしまったので、そこで大声をあげながら本妻の室へはしって往った。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして何をするにも極端にはしらざるを得なかったので、法外なことを言っては、世人を憤慨さした。彼はこの上もなく率直であった。
お雪さんの、血の急流が毛細管の中をはしっているような、ふっくりしてすべっこくない顔には、刹那も表情の変化の絶えるひまがない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
刻々と迫るこういう危険な情勢の中を、玄徳と夫人の車は、なお逃げ落ちられる所まではと、ただ一念一道をひたはしりに急いでいた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宋にはしり、続いてしんに逃れた太子蒯聵かいがいは、人毎に語って言った。淫婦刺殺という折角せっかくの義挙も臆病な莫迦ばか者の裏切によって失敗したと。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
馬だけが、首を張り出し尾をなびかせ、荒々しく何ものか掻きこむやうな形に前脚を速く閃めくさまに繰り出してはしるのが見える。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
綱引の腕車くるまを勢よくはしらせ、宿処ブツクを繰り返しながら、年始の回礼に勉むる人は、せんずる所、鼻の下を養はん為めなるべし。
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
電線をふるわせて風が吹いて、赤門前に散らばった数知れぬ銀杏の落葉が一せいにがさがさとはしった。恐しい速力で左へ右へと動き廻る。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
低き廊の方より叫ぶ聲、ゆる聲聞ゆ。忽ち虎豹の群ありて我前をはしり過ぐ。我はその血ばしる眼を見、その熱き息に觸れたり。
既にしてはしる者は疲れたり。回顧の時代は来れり。成島柳北りうほく、栗本鋤雲じようんの諸先生が新聞記者として多くの読者を喜ばすに至りたるは何故ぞ。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
右から左へ、わずかに瞳を動かすさえ、杜若かきつばた咲く八ツ橋と、月の武蔵野ほどに趣が激変して、浦には白帆のかもめが舞い、沖を黒煙くろけむりの竜がはしる。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、同じ心の人々は、斉彬の遺業が、斉興の手にて、破壊されると同時に、斉彬の志を奉じて、それぞれ、諸国にはしった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しかれども日葵ひまわりつねに太陽に向う如く、磁針が恒に北を指す如く、川流の恒に海に入る如く、彼の心は恒に家庭に向ってはしれり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
何人なんぴとも適材を抱いて適所にはしろうとし、また父祖以来の家業を守ろうとしても、その家業が現代に適しないものであったり
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
それまで政治以外に青雲の道がないように思っていた天下の青年はこの新らしい世界を発見し、俄に目覚めたように翕然きゅうぜんとして皆文学にはしった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
時として長距離をすすはしって後同じ道筋を跡へ戻る事数百ヤードにしてたちまち横の方へ高跳たかとびして静かにかくれ居ると犬知らず前へ行ってしまう。
横佩墻内よこはきかきつに住む者は、男も女も、うはの空になつて、京中京外を馳せ求めた。さうしたはしびとの多く見出される場処と場処とは、残りなく捜された。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
で、その男は罪をおそれて身を投げて死んでしまった。その頃大兵が杭州に入り来たって、潞王ははしり、承奉は廃鼎はいてい銭塘江せんとうこうに沈めてしまったという。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
徒手空拳くうけんで動乱のなかに跳びこみ、五体をもって秩序を立てようとはしりまわった彼堀盛は、今日はじめて歴乎れっきとして、彼の存在が、刻々と前進し
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして多くの人は、農民は今や早婚にはしり過ぎ、またこの国が養い得る以上の子供が生れるであろう、と云っている。
夫を捨て、子供を捨て、自分の好める男とはしった。即ち家出をした女を、殊に、知識階級の家庭に沢山見たのである。
婦人の過去と将来の予期 (新字新仮名) / 小川未明(著)
又々軍国主義にはしって、外国と事端を構えんとするが如き不純の動機に出でたものでないことは十分了解せられます。
新憲法に関する演説草稿 (新字新仮名) / 幣原喜重郎(著)
閉めてあった雨戸を繰ると、対岸の崖の上にある村落、耕地、その下をはしり流れる千曲川が青畳の上から望まれた。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
名も歴史もない甲州アルプスに、対面して、零落れいらくの壮大、そのものが、この万年の墳墓を中心にして今虚空をはしる。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
理性なくして一片の感情にはしる青春の人々は、くれぐれもしょうて、いましむる所あれかし、と願うもまたはしたなしや。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
其後ふっつりM君の消息を聞かなかったが、翌年よくとしある日の新聞に、M君が安心あんしんを求む可く妻子を捨てゝ京都山科やましな天華香洞てんかこうどうはしった事を報じてあった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蕉翁しょうおうの心構えは奇警にもはしらず、さりとてまた常套じょうとうにも堕せずして、必ず各自の実験の間から、直接に詩境を求めさせていたところに新鮮味があった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
小翠は布を刺してまりをこしらえて毬蹴まりけりをして遊んだ。小さな皮靴を着けて、そのまりを数十歩の先に蹴っておいて、元豊をだましてはしっていって拾わした。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
暗々たる穴の底から冷気が吹きあげる。水は音なく流れて、地下十八尺の深さを、はるかの大都会へ休むなくはしりつつしつつある。しんしんとしたその奔入ほんにゅう
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
が、陸奥の北畠顕家が、尊氏を追うて西上し、義貞、正成、長年等と協力して、尊氏を破つたので、尊氏は弟直義と兵庫から、海を渡つて、九州にはしつた。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
しかし言論は極度に圧迫されていますから、印度の作家は低俗な恋愛のみにはしるか、さもなければ哲学か詩の瞑想めいそうへ逃避する以外には書くことができないのです
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
貫一は彼をて女をぬすみてはしる者ならずや、とまづすいしつつ、ほ如何にやなど、飽かず疑へる間より、たちまち一片の反映はきらめきて、おぼろにも彼の胸のくらきを照せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
惘然ばうぜんとして自失じしつして卯平うへいわらびた。かれあわてゝ戸口とぐちしたときすであか天井てんじやうつくつてた。けぶりは四はうからのきつたひてむく/\とはしつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
教育の結果東の方にはしらしめて置きながら、西の方に行かないのが悪いと力瘤を入れて説いても、それがどれ丈けの薬になるか、且又社会の制度の立て方によつては
南洲其の免れざることを知り相共に鹿兒島にはしる。一日南洲、月照の宅をふ。此の夜月色清輝せいきなり。あらかじ酒饌しゆせんそなへ、舟を薩海にうかぶ、南洲及び平野次郎一僕と從ふ。
脚下にはし潺湲せんかんの響も、折れるほどに曲るほどに、あるは、こなた、あるは、かなたと鳴る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
妾に対する愛情は感情にはしることが多く、可愛い時には無闇に愛するが、ちょっと気に入らぬ時にこれを擲打ちゃくだするに躊躇ちゅうちょせぬ。祖母を愛するのは御無理御尤ごむりごもっとも天張てんばりである。
真の愛国心 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼は得意の蹶張をこころみて、ひと矢で蛇の眼を射ると、象は彼を乗せたままではしり避けた。
風は飇々ひょうひょうとして無辺の天より落とし来たり、かろうじて浪子は立ちぬ。目を上ぐれば、雲は雲と相追うて空をはしり、海は目の届く限り一面に波と泡とまっ白に煮えかえりつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
軽舸けいかを載せてはしらしむるによろしきを知るは、世に所謂いはゆる国粋論者なる者に譲るところなきを信ず、然るも彼の舶載せるものと云へばいかなる者をも排斥し尽さんと計るものには
一種の攘夷思想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
この注意は学問の共同態において青年たちが殉情じゅんじょう的な結合にはしることをいましめたのである。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
アウエルバツハの穴蔵に愚昧ぐまいの学生をはしらせたる、メフイストフエレエスの哄笑なり。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そう申せば早速にも今出川殿(足利義視よしみ)は、霜月しもつきの夜さむざむと降りしきる雨のなかを、比叡へお上りになされたとの事、いやそれのみか、ついには西の陣へおはしりになったとやら。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
この時魯鎮は全く静寂の中に落ち、ただこの暗夜が明日あすに成り変ることを想わせるが、この静寂の中にもなおはしる波がある。別に幾つかの犬がある。これも暗闇にかくれてオーオーと啼く。
明日 (新字新仮名) / 魯迅(著)
空一面を飛びはしちぎぐもはもう少しで月を、白銀の頭蓋骨を呑まうとして居る。
宮のほうへはしったと大将に思われるよりはまだそのほうがいいと思い続けて
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
こゝろざしは行ふものとや、おろかしき君よ、そはうゑはしるに過ぎず。志はたゞ卓をたゝいて、なるべく高声かうせいに語るにとゞむべし。生半なまなかなる志を存せんは、存せざるに如かず、志は飯を食はす事なければなり。
青眼白頭 (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
どうぞ極端にはしられないやうにいたしたいものです。いかなる企業も、極端に奔れば有害になるのでありますが、就中印刷せられたる言論程、極端に奔つて危険を生ずるものはありますまい。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
「そうだ、満月だ。月が一番美しく輝く夜だ。まるで手を伸ばすと届くような気がする。昔嫦娥じょうがという中国人は不死の薬を盗んで月にはしったというが、恐らくこのような明るい晩だったろうネ」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お前の神と称していたものは、畢竟するに極くかすかな私の影に過ぎなかった。お前は私を出し抜いて宗教生活にはしっておきながら、お前の信仰の対象なる神を、私の姿になぞらえて造っていたのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)