)” の例文
ドアに背を向けているのは若い院長の健策で、のりいた診察服の前をはだけて、質素な黒羅紗らしゃのチョッキと、ズボンを露わしている。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼自身もポケットの手紙を握りしめながらつい口一つけなかった。一時間目の国語の間じゅう彼は自分の卑怯を責めつづけていた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
山西はますますなれなれしく口をいた。小女こむすめは男の口から一歩進んだいざないを待っているかのように、体をしんなりとさして歩いた。
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
注射がくならさせて見たらと云ったことがあり、幸子も誰か専門の人にせて見ましょうと、いつもそう云ってはいたのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これから釣堀つりぼりへまゐりますと、男女なんによ二人連ふたりづれゆゑ先方せんぱうでもかして小間こまとほして、しゞみのおつけ、おいも煑転につころがしで一猪口いつちよこ出ました。
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
暫く誰も口をかなかった。その沈黙が、痛いほど私の背にのしかかって来た。その瞬間、投げやりな調子で、誰かが冗談を言った。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「僕です」私はもうしかられることなんか何でもないと思って返事しました。「トンチキ野郎などと大変な口をいたのもお前だろう」
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
 蓴菜は俗にいふじゆんさいにして此処ここにてはぬなはと読む。薄加減はじゆんさいの料理のことにして塩のかぬやうにする事ならん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「こいついよいよ関所だわえ。安宅あたかの関なら富樫とがしだが鼓ヶ洞だから多四郎か。いやにらみのかねえ事は。……あいあいそれがし一人にて候」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は何んともいえず気のかない即ち大阪語でいえばもっさりとした、しかも上等のきものを着せられ、畳表たたみおもての下駄をはかされるのだ。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
それに、性質が、今の家内のやうにかん気では無かつたが、そのかはり昔風に亭主に便たよるといふ風で、何処迄どこまでも我輩を信じて居た。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
最初のうちこそ敵意を持つてゐたが、惡醉さへしなければ目端めはしく蟒は、誰にもへだてを忘れさせ、全く水入らずの會合となつた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
と言ったきり、恐怖と、失策とにおびえて、しばし口がけないで動顛しておりましたが、これが竜之助であったから仕合せでした。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ思うように口がけないから、黙って向うの云う事を聞いていた。すると飯場掛りは嬉しいほど親切な口調で、こう云った。——
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当然、それへ対するには、遠望もき、応変も自由な、そしてまた、どこへでも兵力を急派できる高地に司令部を持たねばならない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは中臣宅守なかとみのやかもり娘子おとめに贈った歌だが、この方は気がかない程地味で、骨折って歌っているが、娘子の歌ほど声調にゆらぎが無い。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
竹田は詩書画三絶を称せられしも、和歌などはたくみならず。画道にて悟入ごにふせし所も、三十一文字みそひともじの上には一向いつかうき目がないやうなり。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
したがって会えば万更まんざら路人のように扱われもしなかったが、親しく口をいた正味の時間は前後合して二、三十分ぐらいなもんだったろう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「あたりまえよ。男の子だもの、あれでもフットボールの選手だもの。ボーイフレンドなら、もっとらしい気のいたのをえらびますよ」
愉快な教室 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
留針一本井に落すと詛ひがいた(Gomme,‘Ethnology in Folklore,’ 1892, p. 87)
詛言に就て (旧字旧仮名) / 南方熊楠(著)
何故なぜと言ッて見給え、局員四十有余名と言やア大層のようだけれども、みんな腰の曲ッた老爺じいさんあらざれば気のかないやつばかりだろう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「うむ、あんまり饒舌しゃべらない人よ。そうしてじろじろ人の顔を見ながら時々口をいて、ちっとも無駄むだをいわない人。私あんな人好き」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
若い女 それだけならよござんすけど、うちなんかで、あんまりなれ/\しい口のきやうをなさるものだから、母でさへ怒つてますわ。
世帯休業 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
イボタの虫なんて買ひに行くのはイヤだと駄々をこねようと思つたが、へんに唇がゆがんで来るばかりで、口をくことが出来なかつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
王子は嬉しいやら悲しいやらで、口もけないほどでありましたが、しばらくすると、いろいろなことを一緒に言ってしまわれました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
喜兵衛は投げられる徳利は見ずにその匕首を見、自分から仰向けに倒れながら、突込んで来る相手のき腕をつかみ、足をはねた。
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
『さうだ、神樣に頼みたいことがあつたら、前から拜むより、うしろからさう言つた方がよく聞えるぜ、お賽錢さいせん此處こゝからの方がくよ。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「たしか昨夜も、今朝もジャガいもばかり喰っていたかな。——道理で胸の具合が変挺へんてこで、酒のき目が奇天烈きてれつになったのかしら?」
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
つまらんな、無意義むいぎだ………もう何もも放擲つて了はうかしら!穴籠あなごもりしてゐると謂や、かにだつてもう少し氣のいた穴籠をしてゐるぜ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
もつと当坐たうざ二月ふたつきばかりは、うかすると一室ひとまこもつて、たれにもくちかないで、考事かんがへごとをしてたさうですが、べつ仔細しさいかつたんです。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それは折々私のった薬がよくいた事もあるからですが、その薬は私の友達の広岡修造という医師から貰った薬も大分あります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
無意仕出来ついしでかしたのなら何様どんな事でも決して罰しまい。一日に三度ずつお菓子を呉れよう。そして姉さんなんかとは口もかせまい。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
俊次の運んで来た、やたらからい、ダシのいていない味噌汁を吸いながら、金五郎は、蒲団の中で、苦笑ばかりを浮かべつづけていた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
この句はその「しなび」に目をとめたのが特色である。「かなし」という言葉も平凡なようで、やはりいているように思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
小山さん、御覧なさい。いくら平均に火を分けたつもりでも炭に大小がありますから前の方がよく焼けて奥の方へ火がきません。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
一時は口もかれぬ程の重態であった坑夫ていの負傷者も、医師の手当てあてよって昨今少しく快方に向ったので、警官はただちに取調とりしらべを始めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日本では第一高等学校を一高という類の略語が通用しているから、「俳諧の連歌れんが発句ほっく」を略して俳句というのも気がいている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
腹もっていた。寒気は、夜が深まるにつれて、身に迫っていためつけて来た。口をけば、残り少ない元気が消えてしまうのをおそれた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ただ巨大な堆石が、現在見当らないのは、何分にも、氷河が小さく、谷の削り方も浅くて、「ぎ取り」が、深くかないためであろう。
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
それは彼等親子が、口もけないばかりの喜びにひたりながら、長い黄昏の中を、イーグル・ハウスへ歸る途上のことであつた。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
B あゝ、あれは駄目だめだよ。葉書はがきまいぐらゐの短文たんぶんで、ちよつといた面白おもしろことやう名士めいしいくらもないからな。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
「なに平気なものか。平生あんなに快濶かいかつな男が、ろくに口もき得ないで、お前さんの顔色ばかり見ていて、ここにも居得いえないくらいだ」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
勝代は待ちかねた薬瓶を兄から渡されると、すぐに手の平に薬を移して、「このくらいの分量でくじゃろうか」と兄に訊いた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
やつ身體からだいたくせ親父おやぢらすまいとしてはたらいてた、れをたられはくちけなかつた、をとこくてへのは可笑をかしいではいか
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
母は十分に口がけなくなッたので仕方なく手真似で仔細しさいを告げ知らせた。告げ知らせると平太の顔はたちまちに色が変わッた。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
下手の力の及ばぬままに椿の花に向うに向かれてしまったという風に叙したところも気がいていてかえって厭味になっている。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
お島は人に口をくのも、顔を見られるのも厭になったような自分の心のおびえを紛らせるために、一層精悍かいがいしい様子をして立働いていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小鳥のように、ちょこちょこした、気のいた小男が、一人の男の顔をそっていたが、「わたしがエピナッソーだよ」と答えた。
その上僕の時代の学生や若者は、擬似恋愛をするような女友達もなく、良家の娘と口をくようなチャンスは殆んどなかった。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
また精神上の潔癖家として無暗むやみに人を毛嫌けぎらいするものもある。あいつはオベッカ者だからとかあいつはウソきだとかいって、口もかぬ。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)