そな)” の例文
なんとなれば娼婦型の女人はただに交合を恐れざるのみならず、又実に恬然てんぜんとして個人的威厳を顧みざる天才をそなへざるべからざればなり。
娼婦美と冒険 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
谷崎君は平安朝の文学の清冽な泉によって自己の詩境をうるおしているとゝもに、江戸末期の濁った趣味を学ばずして身にそなえている。
武州公秘話:02 跋 (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
ああいう強壮な体格をそなえた異人ですらもそうかナア、と思いましたよ。なにしろ、僕なぞは随分無理な道を通って来ましたからネ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
くきは直立して三〇センチメートル内外となり、心臓状円形で葉裏帯紫色の厚いやわらかな全辺葉ぜんぺんよう互生ごせいし、葉柄本ようへいほん托葉たくようそなえている。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
谷崎君は平安朝の文学の清冽な泉によって自己の詩境をうるおしているとゝもに、江戸末期の濁った趣味を学ばずして身にそなえている。
一方から云えばそれぞれ相当の美徳をそなえているのは無論であるがこれと同時に一方ではずいぶんいかがわしい欠点をもっている。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒部峡谷が斯くまで豪宕を極めた形式をそなえていることは、要するにこれを構成する岩石が花崗岩類である為と称してよいであろう。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ことに商法の名人で経済に長じていることは、立派な学者でもかなわん程で、多助は別に学問もありませんが、実にそなわって居りますので
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
况んや前山の雲のたゝずまひの無心のうちにおのづからの秋の姿をそなへて、飄々へう/\高く揚らんとするの趣ある、我はいよ/\心を奪はれぬ。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
そういう企画の可能なる場合は限られており、したがってまたその条件のそなわった海辺うみべを、見つけることもさまで困難ではない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はまぐりの如き貝殼かいがらは自然に皿形さらがたを成し、且つ相對あひたいする者二枚を合する時ふたと身との部さへそなはるが故に物をたくふる器とするにてきしたり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
この様に考えて来ると、信頼出来る様に見えた古人の気魄きはく再現の努力も、一般の歌人には、不易性をそなえぬ流行として過ぎ去りそうである。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
玉藻ほどの才と美とをそなえていれば、采女の御奉公を望むも無理はない。その昔の小野小町おののこまちとてもおそらく彼女には及ぶまい。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其方そのほうは一種の眼光をそなえた人物であるから、さだめて異国へ渡ってから、何か眼をつけたことがあるだろう、それをつまびらかに申し述べよ』
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これを以て余は自からが不学短識を忘れ、みだりにその員にそなわれり。ただ余や不学短識、本校に補う所なかるべし(否々)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
途方もなく大きな銅製の炉が、湯沸かし用の円筒形のかまや、そのほか銅管だの活栓カランだのの一切の装置をそなえて、窓と反対側の一隅いちぐうを占めていた。
その一つの意味ではゲーテは十分豊かに歴史的意識をそなへてゐた。然しそれだけ、他の意味では彼は非歴史的であつた。
ゲーテに於ける自然と歴史 (新字旧仮名) / 三木清(著)
書体に独創が多く、その独創が皆普遍性を持っているところを見ると、よほど優れた良識をそなえていた人物と思われる。
書について (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
多少の肉体をそなえた四人称は、これは又特別のニュアンスをもつもので、私のここでふれたい問題は完全に肉体を持たない四人称に限られている。
文章の一形式 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
鶴見にはその折の情景がようようにかたちそなえて喚起されるに従って、その夏というのは日華事変の起ったその年の夏であったように思われてくる。
それ、熊野本宮の阿弥陀如来は、済度苦界の教主、法身ほうしん報身ほうしん応身おうしんの三身をそなえたる仏なり。或は早玉宮はやたまぐう本地ほんちの薬師如来は衆病悉除しゅびょうしつじょの如来なり。
いや、どうしてどうして、パーウェル・イワーノヴィッチ! 腹蔵なく言わせて頂けば、私はあなたがそなえておいでになる値打ねうちの、せめて何割かを
もし、兄弟心をひとつにするとか、或いは、どっちか一人でも英武にして時潮を知る眼をそなえていたら、決してこんな破局は見なかったであろう。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかれども韓非かんぴぜいかたきをり、説難ぜいなんしよつくることはなはそなはれるも、つひしんし、みづかのがるることあたはざりき。
上に挙ぐる所の句の如き各首趣味もあり、音調もそなはりて「や」の字のためにたるみを生ぜざるなり。ひたすらにたるみを嫌ふより出づるの一弊なり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そなえたる少年、とし二十に余ることわずかなれば、新しき剃髪ていはつすがたいたましく、いまだ古びざる僧衣をまとい、珠数じゅずを下げ、草鞋わらじ穿うがちたり。奥の方を望みつつ
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
剉焼舂磨ざしょうしょうまの獄を立て、輪廻報応りんえほうおうの科をそなう。善をなす者をして勧んでますます勤め、悪をなす者をして懲りて戒めを知らしむ。法の至密、道の至公しこうと謂うべし。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
が、く調査したならかの大国の事であるから、十億万くらいは取って取れぬ事はなかろうと思う。税法さえそなわり、それに才能ある官吏さえあればい。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
学者の中にも科学の応用に興味を有ち、その方面に特別の天賦をそなえている人がある。また一方では純理的の興味から原理や事実の探究にのみふける人もある。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
明窓浄几めいそうじょうき一炷しゅノ香一へいノ花。筆硯ひっけん紙墨ハかならずそなフ。茗ハ甚シク精ナラザルモマタ以テ神ヲ澄スニ足リ、菓ハ甚シク美ナラザルモマタ以テ茗ヲ下スニ足ルベシ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私におそひかゝつた考へを——形を表はし、見る間に強い確實な可能性をそなへて來た考へを、懷かうとする自分を信じなかつた。まして、云ひ表はすことなど。
うち見たところ教養も豊かにそなへてゐるに違ひないこの令嬢が、雑誌一つ開くではなくぼんやりと窓外へ眼をやつてゐるのが、ひどく不思議なやうな気がした。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
それをまかしと云って、その時期には自然○○○がうとくなり、稼ぎが低くなるのであるから、その対策として、楼主側では「釘抜」と呼ぶ制裁法をそなえていた。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
泡盛あわもりだとか、柳蔭やなぎかげなどというものが喜ばれたもので、置水屋おきみずやほど大きいものではありませんが上下箱じょうげばこというのに茶器酒器、食器もそなえられ、ちょっとした下物さかな
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その作の造化に似たるは、曲中の人物一々無意識界より生れいでゝ、おの/\その個想をそなへたればなり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
臨終に男根縮んで糞門に入り、大苦悩し、最後に他世相あのよのそうを見る。たとえば悪色不可愛、一切猛悪ことごとくそなわれる獅虎等を見、悪虎の声を聞き大恐怖を生ず。
いはく、宗教にして、し、万世不易ふえきの形を取り、万人の為め、あらかじめ、劃然かくぜんとしてそなへられたらむには、精神界の進歩は直に止りて、いとふべき凝滞はやがてきたらむ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
陳列棚などに思わぬ金がかかって、店が全く洋服屋の体裁をそなえるようになるまでに、昼間お島の帯のあいだに仕舞われてある財布が、二度も三度もからになった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
うめせいよりかもはるかに威厳いげんがあり、何所どこやらどっしりと、きかぬ気性きしょうそなえているようでございました。
既に十分の実力をそなえていたのでしたが、しそのまま大阪に居住していたとしたならば、忠敬もたやすくその教えを乞うことはできなかったに違いないのでした。
伊能忠敬 (新字新仮名) / 石原純(著)
たとへば地名ちめいなかにも姓名せいめいそなふるらしいのがあるが、この場合ばあひ姓名せいめい轉倒てんたふするのは絶對ぜつたい不可ふかである。
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
蹂躙じゅうりんされる様で実は搭載し、常に負ける様で永久に勝って行く大なる土の性を彼等は共にそなえて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
反対に明らかに自然現象の研究としての性質をそなえている交換理論は分配理論の一部をなしている。
もって目的を達せんとせられたのはなんとしても認識をそなえた所業と受け取ることは出来なかった。
君! 手足や胴体をそなえた人間には兎角とかく偽りが多いが心臓は文字通り赤裸々だから、たれはゞからぬ搏ち方をするにちがいない、結婚を目の前に控えた君たちの心臓を思って
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
南洲其の免れざることを知り相共に鹿兒島にはしる。一日南洲、月照の宅をふ。此の夜月色清輝せいきなり。あらかじ酒饌しゆせんそなへ、舟を薩海にうかぶ、南洲及び平野次郎一僕と從ふ。
一ツのらちを破り、また他の埒を越え、こうして限りなく突撃し、拡大してゆくとします、そういう事をする性質をおのずからそなえた者があったとしたらどうしましょう。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
ロミオ はて、そのねらひはづれた。戀愛神キューピッド弱弓よわゆみでは射落いおとされぬをんなぢゃ。處女神ダイヤナとくそなへ、貞操ていさうてつよろひかためて、こひをさな孱弱矢へろ/\やなぞでは些小いさゝか手創てきずをもはぬをんな
立ちまさった客観力もそなわった生活者にするであろうということ以外にはあり得ないと思える。
家持は、父の旅人があのような歌人であり、はやくから人麿・赤人・憶良等の作を集めて勉強したのだから、此等六首を作る頃には、既に大家の風格をそなえているのである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)