いっ)” の例文
いったい、おまえは私に似て情熱家肌の純情屋さんなのに、よくも、そこをこらえて、現実に生きる歩調に性情をきたえ直そうとした。
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
駄目だめ、私たちのからだは太陽の光を見たらいっぺんに駄目になってしまいます。私たちの眼はうまれつき細く弱くできているのです」
もぐらとコスモス (新字新仮名) / 原民喜(著)
いったんのいきどおりはなすであろうと思われる細川藤孝も、わが娘のしゅうとたり、年久しき刎頸ふんけいともでもある。嫌とはいうまい、協力しよう。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いっさいのものはその心をも静まらせ、ただ曇色ある空を仰ぎ見るような安らかなぼんやりした時のもとに過ぎて行くのみだった。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「どうだい、あの腰つきは」「いい気なもんだぜ、どこの馬の骨だろう」「おかしいねえ、あらよろけたよ」「いっ素面すめんで踊りゃいいのにさ」
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
松の根に這いすがって見ましたがの、潰れた屋のむねの瓦の上へ、いっちさきに、何処の犬やら、白い犬が乗りましたぞい。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茫然ぼうぜんと立って居ると、苅草かりくさいっぱいにゆりかけた馬を追うて、若い百姓ひゃくしょうが二人峠の方から下りて来て、余等の前を通って、またむこうみねへ上って往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いっそのこと誰かにすっかり打開うちあけて、相談して見た方がよくはないかしら、などとも思われるのでありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
うつりかわれる世のなかはただいっすいのゆめのうちには、よろこびさかえもあり、かなしび、あめ山なすこともあれども、さめぬればあとかたちもなきもの。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ところでいったい、天然の災害に対して剣つき銃の出動をたざるを得ざるかの如きは、その理由が何から発しているかを知らず最も不泰平の象ではあるまいか。
サーベル礼讃 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
ここいっ奇談を申せば、王政維新となって明治元年であったか二年であったかとしは覚えませぬが、英吉利イギリスの王子が日本に来遊、東京城に参内さんだいすることになり
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と失望した口ぶりには、よくよく鮒を得たくないこころで胸がいっパイになっているのを現わしていた。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
万法蔵院の晨朝じんちょうの鐘だ。夜の曙色あけいろに、一度騒立さわだった物々の胸をおちつかせる様に、鳴りわたる鐘のだ。いっぱし白みかかって来た東は、更にほの暗いれの寂けさに返った。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
安「お目を大切だいじになせえ、此処のところが肝心ですから、目にはいっチ毒だというから」
青森あおもりあたりだとききました、越中えっちゅうから出る薬売りが、蓴菜じゅんさいいっぱい浮いて、まっさお水銹みずさびの深い湖のほとりで午寐ひるねをしていると、急に水の中へ沈んでゆくような心地こころもちがしだしたので
糸繰沼 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
『あなたも随分ずいぶん苦労くろうをなさいました……。』そうって、わたくしってなみだながされたときは、わたくしかたじけないやら、難有ありがたいやらでむねいっぱいになり、われをわすれてひめ御膝おひざすがりついてしまいました。
奥羽おううで一般にいっパイと謂い、九州ではゴひとつと称えたのは、ともに今日の桝目ますめの約二ごうしゃくであった。是が一人扶持いちにんぶちの五合を二つに分けて、朝夕かたけずつ食わせた痕跡であることは疑いが無い。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
阿Qは「以前は豪勢なもん」で見識が高く、そのうえ「何をさせてもソツがない」のだから、ほとんどいっぱしの人物と言ってもいいくらいのものだが、惜しいことに、彼は体質上少々欠点があった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
ポンポン、そのおととおくではてしなくこだまして、たくさんのがんむれいっせいにがまなかからちました。おとはなおも四方八方しほうはっぽうからなしにひびいてます。狩人かりうどがこの沢地たくちをとりかこんだのです。
室内の人たちは、いっせいに入口の方に眼を注いだ。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ほとんど衆みなその方の威権いけん慴伏しょうふくし、あえてその非を鳴らす者もなかろうが、かかる時こそ、そち自身は、いっそう慎まねばなるまいぞ
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして弟はいったい幾つくらいの顔をしているのだろうと考えて見るほど、普通の子供とは変ったところが際立って見えた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
いったい短気な人は速力スピードが気に入るのだから何でも手っ取り早く先手を打って、先に望むことをしてやればよろこぶものだ。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
時に——目の下の森につつまれた谷の中から、いっセイして、高らかにしょうの笛が雲の峯に響いた。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼を無上むしょうに嬉しがらせたことは申すまでもありませんが、その感じは、嬉しいというよりは、いっそ馬鹿馬鹿しく、馬鹿馬鹿しいというよりは、何となく胸がからっぽになった様な
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたしにはひとりも子供はありませんが、しあったならば、そうしてもし子供がパパ、ママの単純な口調を喜ぶのならば、わたしはいっそトト、カカと呼ばせる方がいいとさえ思うのです。
オカアサン (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
ついでながらいっ奇談を語りましょう。新銭座しんせんざ入塾から三田みた引越ひっこし、屋敷地の広さは三十倍にもなり、建物の広大な事も新旧くらべものにならぬ。新塾の教場すなわち御殿の廊下などは九尺巾きゅうしゃくはばもある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「ヘイ、もういっヶ処しょやって見て、そうして帰りましょう。」
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
見損のうたか、斎藤老人。おぬしのむかしの友松野平介はそんな男ではない。いったん流浪なすべき身を信長公に拾われ、今日ある御恩を
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いっしょになって心配してやらねば不親切だといってヒガむし、そうかといって心配すればキリがいし、仕末しまつに悪い。
良人教育十四種 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
或る波の穏やかな日に、娘は母おやといっしょに舟に乗って、湖心に近い、紫色の島の影のしているところに居た。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
中に(時鳥ほととぎす)何とかと言ふ一句がある。——白妙が(時鳥)とうたひながら、扇をかざしてひざをついた。時しもむねに、時鳥がいっせいしたのぢや。大島守の得意、察するにあまりある。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
パチパチ算盤玉そろばんだまをはじいていればよいのであったが、実業学校なんかやった癖に、小説や絵や芝居や活動写真がひどく好きで、いっぱし芸術が分るつもりでいた私は、機械みたいなこの勤務を
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と彼はいっとき腹をかためてはいた。しかし、龍泉殿の生一本きいっぽんな気性は彼も知っている。取り返しのつかぬことはしてはならない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘はそのこえをあたかも遠方からでも聞いているような気がして、いっそう父親が悲しげに思われた。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
子を思えばわたしとても寝られぬ夜々よよが数々ある。わたしという覚束おぼつかない母がようやく育てた、ひとりのこども。わたしに許しを得て髪を分けたこども、いっしょに洋行したこども。
愛よ愛 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
不思議の風雨ふううに、ひまなく線路をそこなはれて、官線ならぬ鉄道は其の停車場ステエションへた位、ことに桂木のいっ家族に取つては、祖先、此の国を領した時分から、屡々しばしばやすからぬ奇怪の歴史を有する
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いっそのこと、里へ帰って、一伍一什いちぶしじゅうを話そうか、それとも、門野の親御さま達に、このことをお知らせしようか、私は余りの怖わさ不気味さに幾度いくたびかそれを決心しかけたのですけれど、でも
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わざと、こなたの手出しを誘い、それを合図に、また口実に、いっせい市街から大内へまで、なだれ込まんとする憎い狡智こうちだ。そう思わぬか
町へ出ようとするといっしょに連れてッてくれと聞かないんだ。つイ可哀そうになってね……恩樹は、嘘をついたことのないような顔を、その子供の頬に触れさせて言った。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
うぬれの強いかの女はまた、莫迦ばか莫迦しくひがみやすくもある。だが結局人夫にんぷは人夫の稼業かぎょうから預けられた土塊つちくれや石柱をかかえ、それが彼等かれらの眼の中にいっぱいつまっているのだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それと、今となってみて、いっそうなつかしいものは、執筆中の寸暇をみては、よく諸所方々へ史蹟歩きに出かけたそのおりおりの紀行です。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
笏は、わが家の前に立ち、そうしてわが家に不吉なことでもありはしなかったかと、内部をさし覗いてみたが、かわりのない静かさが輝く電燈といっしょにあるきりだった。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その邸内の何町四方はいっぱいの樹海じゅかいだ。緑の波が澎湃ほうはいとして風にどよめき、太陽に輝やき立っているのである。ベルリンでは市民衛生のめ市中に広大なチーヤガルデン公園を置く。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おまえは、路銀もたくさん持っているというし、途々みちみちの用心にも、おまえがいれば、何かにつけ都合がよいから、いっしょに家を出たまでのこと
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まじまじとまたたきもしないでそれの光を眺めているか、もしくはその光を肩から腰へかけて受けているかして、そうして何時いつも眼に触れてくるものは、いったい何処どこの人間だろう
しゃりこうべ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
彼女の情人じょうにんいっさい「技術」というものをさない男だった。彼女はった。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
山上にはすでに斯波しば高経の山手隊の一部がいてそこを占領していたのである。彼らは矢ごろを待ちすまし、急にいっせい射撃に出たものだった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しまいには皆が気味悪くなって、もう二度と彼女を追うものさえいなかった。かの女は老婆といっしょに住んでいたが、それから後も忙しい家族の手伝いに次から次へとやとわれていた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
今月いっぱいで店をたたんで、はあ、ツール在の土となるまでの巣を見つけて買い取りましたよ。巴里にも三十年、まあ三十年もまめに働けばもう、楽に穴にもぐって行く時節じせつが来たというものですよ。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)