一層いっそう)” の例文
そは戦敗の黒幕におおわれ、手向たむけの花束にかざられたストラスブルグの石像あるがために、一層いっそう偉大に、一層幽婉ゆうえんになったではないか。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いや、むしろ窮民よりも鋭い神経を持っている彼は一層いっそうの苦痛をなめなければならぬ。窮民は、——必ずしも窮民と言わずともい。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
午後三時ごろの夏の熱い太陽が、一団の灰色雲の間からこの入江を一層いっそう暑苦しく照らしていました。鳶が悠々ゆうゆうと低い空をかけっていました。
少年と海 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
その日の夕飯はさびしかった、酒を飲んで喧嘩けんかをするのは困るが、さてその人が牢獄ろうごくにあると思えばさびしさが一層いっそうしみじみと身にせまる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ジュリアは西の声を聞くと、一層いっそう帰りたがった。そこで西のほかに検事が附添って帰ることになり、大江山課長と蝋山教授は残ることになった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
男が煙草を喫いながら言うと、女は何か言おうとしながら口をつぐんだ。表情はすぐまぶたの顫えたのをきっかけに、一層いっそうの冷たさと蒼白さを加えた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
あだかもはるゆきれてかえってびるちから若草わかくさのように、生長しとなりざかりの袖子そでこ一層いっそういきいきとした健康けんこう恢復かいふくした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が多くは、細かい花びらがほおかすめて胸に入っても、一向いっこう無関心でありました。無関心が一層いっそうあわれを誘いました。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
見馴れた半纏はんてんを着ていません。よろいのようなおぶい半纏を脱いだ姿は、羽衣を棄てた天女に似て、一層いっそうなよなよと、雪身せっしんに、絹糸の影がまつわったばかりの姿。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしういうものでございますが、現世げんせりましたときからふかくあなたさまをおしたもうし、こと先日せんじつ乙姫おとひめさまから委細いさいうけたまわりましてから、一層いっそうなつかしく
しかもその苦しさ切無せつなさといったら、昨夜ゆうべにも増して一層いっそうはなはだしい、その間も前夜より長くおさえ付けられて苦しんだがそれもやがて何事もなくおわったのだ
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
そこへひょっこりかおした弟子でし藤吉とうきちは、団栗眼どんぐりまなこ一層いっそうまるくしながら、二三つづけさまにあごをしゃくった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
聞いて見てもわざわざ中へ入って見るようなものは一人もないとのことに、私の好奇心は一層いっそうそそられた。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
これらの苦痛や煩悶がもとで前よりあった肺病が一層いっそう悪くなってついに娘はどっと床についた、かないがこんな病気になったからとて、夫は別に医師にかけるではなし
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
「よう、ご健康を祝します。いい酒です。貧乏びんぼうぼくのお酒はまた一層いっそうに光っておまけにかるいのだ。」
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私は、家へはいると、外で見たよりも、一層いっそう陰気を感じた。そして、急な狭い、暗い梯子段を上った。つきあたりの六畳を、これかと思って覗いた。壁は処々ところどころ壊れていた。
貸間を探がしたとき (新字新仮名) / 小川未明(著)
備えておられたのでござりましょうなかなか凡人ぼんじんには真似まねられぬことでござりますただ盲目になられてからはほかに楽しみがござりませぬので一層いっそう深くこの道へお這入はいりなされ
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
当家こちらのお弟子さんが危篤ゆえしらせるといわれ、妻女はさてはそれゆえ姿をあらわしたかと一層いっそう不便ふびんに思い、その使つかいともに病院へ車をとばしたがう間にあわず、彼は死んで横倒よこたわっていたのである
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
新ポン教の教理は仏教に似て、そうしてまた神道しんとう気味合きみあいを持って居る教えである。ちょうど日本の両部神道りょうぶしんとうというたようなものであるが、しかし其教それよりもなお一層いっそう進んで居ります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それに私のは作り話でなく、身をもって経験した事柄なのだから、一層いっそう書きやすいと云うものだ、などと、たかをくくって、さて書き出して見た所が、仲々なかなかそんな楽なものでないことが分って来た。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ぬばたまの夜の黒髪にすヒラヒラする銀紙の花簪はなかんざし、赤いもの沢山の盛装した新調の立派な衣裳……眉鼻口まゆはなくちは人並だが、狐そっくりの釣上つりあがった細い眼付めつきは、花嫁の顔が真白いだけに一層いっそうすごく見える。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
その為めななめにかげられて、ベンチの上の悲しげな蒼白い相貌をなお一層いっそう憂鬱に、かつ懶げに映し出しているのであった。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
わたしはある批評家の云ったように、わたしの「作家的完成を棒にふるほど懐疑的かいぎてき」である。就中なかんずくわたし自身の愚には誰よりも一層いっそう懐疑的である。
文放古 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしにもおでん屋よりか、やるなら一層いっそうの事、あの方の店をやれって云うのよ。店も玉も照ちゃんが檀那にそう言って、いいのを紹介するって云うのよ。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
美女が化粧よそおえば一層いっそうにおいをし醜女がとりつくろえば、女性らしい苦労が見えて、その醜なのが許される。
女性の不平とよろこび (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……蚊帳のこの古いのも、穴だらけなのも、一層いっそうお由紀さんの万事最惜いとしさを思わせるのですけれども、それにしても凄まじい、——先刻さっきも申したひどつぎです。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なんとなく袖子そでこにむかってすねているような無邪気むじゃきさは、一層いっそうその子供こどもらしい様子ようすあいらしくせた。こんないじらしさは、あの生命せいめいのない人形にんぎょうにはなかったものだ。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
是等これらの笛の音も、歌の声も、寒い、澄み渡った空気に透通って、一層いっそう木精こだまに冴える思いがした。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
このさわぎのうちに人々は一層いっそう不安の念を起こしたのは三年生の全部が見えないことであった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ダリアはこの事を勿論もちろん感づいた。しかしだネ、彼女は悪魔だけに賢明だった。事を荒立あらだてる代りに、一層いっそう深山の弱点を抑えて、徹底的にこれを牛耳ぎゅうじってしまう考えだった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ところがいつか竜宮界りゅうぐうかいおとずれたときに、この弟橘姫様おとたちばなひめさま玉依姫様たまよりひめさま末裔みすえ——御分霊ごぶんれいけた御方おかたであるとうかがいましたので、わたくしひめをおしたもうこころ一層いっそうつよまってまいりました。
そうだとすればおれは一層いっそうおもしろいのだ、まあそんな下らない話はやめろ、そんなことは昔の坊主ぼうずどもの言うこった、見ろ、向うをかりが行くだろう、おれは仕止しとめて見せる。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
吾々が初めて通る難路のことであるから、一層いっそうに吾々の好奇心を喚起よびおこしたのであった。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
見ぬようにしてと意識が恢復かいふくするにつれて一層いっそう云いつの
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その山の前に、戸室とむろというのが一つ聳えていましたが、それよりも一層いっそう紫いろをして、一層静かになって見えました。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
害毒の一つは能動的に、他人をも通人に変らせてしまう。害毒の二つは反動的に、一層いっそう他人を俗にする事だ。
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
逸作とかの女の愛の足ぶみを正直に跡付ける息子の性格、そしてかの女の愛も一緒に其処そこを歩めるのが、息子が逸作にとって一層いっそううってつけの愛の領土であるわけなのだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
後にのこった一軒の、柿村屋という男は、にがみ走った、く黙った四十五六の男であったが、腹は一層いっそう黒くて落付いた、見ただけでは分らない人物である。村の人々はこういった。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いずれも当時の惨状を想像されないところはなかった、つその山麓の諸温泉には、例の雪女郎ゆきじょろうはなしだの、同山の一部である猫魔山ねこまやまの古い伝説等は、吾々をして、一層いっそう凄い感をおこさしたのである。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
町の方の子供こどもらが出て来るのは日曜日にかぎっていましたから私どもはどんな日でも初蕈はつたけくりをたくさんとりました。ずいぶん遠くまでも行ったのでしたが日曜には一層いっそう遠くまで出掛けました。
二人の役人 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
このために生徒は一層いっそう学課にはげまざるを得なかった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そして、一層いっそう早口はやくちになって、ハンスを呪いだした。
人造人間の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
真暗な口を開いている階段の下から抜ける、雨戸漏れの空気のゆらぎが一層いっそう冷たく脇の下を通りすぎた。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
この十円札を保存するためには、——保吉は薄暗い二等客車の隅に発車の笛を待ちながら、今朝けさよりも一層いっそう痛切に六十何銭かのばらせんまじった一枚の十円札を考えつづけた。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ランプは、一層いっそう声を高く、ジ、ジーといって油の尽きるのを急ぐようだ。そうなれば、夜が明ける。今まで、変りのなかった家に、今夜、始めて変りのないようにと火影が、幾度かまたたいた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ふかいところが一層いっそう深くなるはずです。もっと大きなのもあります。〕
台川 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ことにこれは横にしたよりも縦にすると一層いっそう凄く見える。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
眠元朗は、ふりかえってなお岩壁をも一層いっそう高みへ上ろうとしたときに、かれはそれにのみある清澄な水溜りのふちにたたずんでいる女の姿を見た。——全くそれは女の姿であった。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
昔よりも一層いっそう丈夫そうな、頼もしい御姿おすがただったのです。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それを見ていた父親はまるで身体中がしびれるような恐ろしい悪寒を感じました。娘がそういう恐ろしいことをしようなんて、一度も考えなかっただけに、その驚きようも一層いっそう強かったのでした。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)