とんび)” の例文
戸山ヶ原にも春の草がえ出して、その青々とした原の上に、市内ではこのごろ滅多に見られない大きいとんびが悠々と高く舞っていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ればさはれば高慢かうまんしたたゞらしてヤレ沙翁シヱークスピーヤ造化ざうくわ一人子ひとりごであると胴羅魔声どらまごゑ振染ふりしぼ西鶴さいくわく九皐きうかうとんびトロヽをふとンだつうかし
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
今や工場こうじょう煤烟ばいえんと電車の響とに日本晴にほんばれの空にもとんびヒョロヒョロの声まれに、雨あがりのふけた夜に月は出ても蜀魂ほととぎすはもうかなくなった。
そらにはしもの織物のような又白い孔雀くじゃくのはねのような雲がうすくかかってその下をとんび黄金きんいろに光ってゆるくをかいて飛びました。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
低い綿雲が垂れ下がって乙供おつともからは小雨が淋しくふり出した。野辺地のへじの浜に近い灌木の茂った斜面の上空にとんびが群れ飛んでいた。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さっきまでは居る影さえしなかったとんびが、いつの間にかすぐ目の前で五六度を描いて舞ったかと思うと、サッと傍の葦間へ下りてしまう。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そんなところでいつ迄もマゴマゴしていると、とんびに眼のくり玉を突ッつかれますぜ。……ねえ、先生、いったい何を見物しているんですってば。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今しがた大根畑から首を出してゆびさしをした奥の院道の土橋をはるかに見る——一方は例の釣橋から、一方はとんびくちばしのように上へかぶさった山の端を潜って
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その役者たちは、幾日も熱心に物干ものほしに下りたとんびを見て研究したのだそうです。やがて高時の側へ来て、しきりにくちばしを動かすのは、舞を教えようというのでしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
一同、とんびに物をさらわれたような気持になって、自身番へ持ち込んだ親爺連の後ろを恨めしげに見送っていること暫時しばし、幸いに大した騒ぎにはならずに散ってしまいました。
その音に目を醒ますと、晴れた朝空にとんびが翼をひろげて、大きく輪を描いて、笛を吹いている。
だんだんえるのを楽しみにしていたのに、ここで召上げられてはとんびに油揚だ、あの紙入といいこれといいなんと不運な日だったろう、大四郎はすっかりくさってしまった。
ひやめし物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「小崎の姉さまも一ト晩どうだね。」と、田舎の小父は大きな帽子のついた、帯のあるとんびを着ながら、書類の入った折り鞄を箪笥の上にしまい込んで、出がけに母親に勧めた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お勢はツイと彼方あちらを向いて「アラとんびが飛でますヨ」と知らぬ顔の半兵衛模擬もどき、さればといって手を引けば、またこころあり気な色目遣い、トこうじらされて文三はとウロが来たが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ついに空中に大圏を画きながら、とんびのように小さくなった体を暫くは、瘤だらけな太い線で赤裸の花崗岩体を根張りの大きいピラミッド形に刻み上げた雄山の天空に見せていたが
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
この土地ばかりでなくひとたび戦禍せんかに見舞われたあとには、村にも町にもたくさんな家なき子が出来、それが忽ち、野盗の手先や、寺荒しや、火放ひつとんびや、戦後の死骸がしなどになって
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべてがほこりまみれて汚らしく、肉慾で人を繋ぐグロテスクで残忍な獄屋の正体をありありと見せ付けられる感じがした。空だけが広く解放されていて、そこにとんびと雲がのびのびとうかんでいた。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お秋さんはそれを見て「ふぐり見た樣ですね」といつた。自分は意外であつた。お秋さんは眞面目である。能く聞いて見たらふぐりといつたのはとんびのふぐりといふことで螳螂かまきりの卵のことだ相である。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
なになれば猫の児のごと泣くならむとんびとまれり電線はりがねうへ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まづしく みすぼらしいとんびのやうだ。
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
それをみてゐた大空おほぞらとんび
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
とんびア昼寝に(ヤンレ)
野口雨情民謡叢書 第一篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
「又とんびさらわれたな」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
とんびがとろり
歌時計:童謡集 (旧字旧仮名) / 水谷まさる(著)
騙詐かたり世渡よわた上手じやうず正直しやうぢき無気力漢いくぢなし無法むはう活溌くわつぱつ謹直きんちよく愚図ぐづ泥亀すつぽんてんとんびふちをどる、さりとは不思議ふしぎづくめのなかぞかし。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
三羽のとんびしきりいて舞っている空高く、何処どこからともなく勇ましい棟上むねあげの木遣きやりの声が聞えて来るのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うす暗いなかに浮き出しているふくろうのような大きい眼、とんび口嘴くちばしのような尖った鼻、骸骨のように白く黄いろい歯、それを別々に記憶しているばかりで
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかも今時分、よしんば落して行った処にしろ、お前何だ、拾って店へ並べておきゃ札をつけて軒下へぶら下げておくと同一おんなじで、たちまちとんびトーローローだい。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昔の日本人は前後左右に気を配る以外にはわずかにとんび油揚あぶらげさらわれない用心だけしていればよかったが
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
……依怙贔屓えこひいきになりますから、ありようをざっくばらんに申上げますが、どちらかといえば、鷹にとんび
さうです。そしていったいとんびは大へん機敏なやつで勿論もちろんその染屋だって全くのそろばん勘定からはじめましたにちがひありません。いったいとんびは手が長いので鳥を
林の底 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
他の一人からは冬のとんびと云う風に、いずれも上等品の註文を取ることに抜目がなかったが、いつでも見本を持って行きさえすれば、山の町でも好い顧客とくいを沢山世話するような話をも
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
今は折よく、日本橋の袂で、重左自身が彼の姿を見つけたのであったが、場所がら人目も多いので、しばらく手を引いている間に、思いがけないとんび油揚あぶらげをさらわれた形となったのだった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蜻蛉とんぼがからんだ、螽蟖ばつたがセ、栗鼠りすが駈け出す、とんびがセ
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「だって、お前、とんびたかを生むということもあるぜ」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まづしく みすぼらしいとんびのやうだ
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
とんびが 輪をかいた
青い眼の人形 (新字新仮名) / 野口雨情(著)
熟々つら/\かんがふるにてんとんびありて油揚あぶらげをさらひ土鼠もぐらもちありて蚯蚓みゝずくら目出度めでたなか人間にんげん一日いちにちあくせくとはたらきてひかぬるが今日けふ此頃このごろ世智辛せちがら生涯しやうがいなり。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
いや、面喰めんくらつたのはやつこである。……れいつて「お手間てまれますツ。」をはないうちに、眞向まつかう高飛車たかびしやあびせられて、「へーい、」ともず、とんびさらはれた顏色がんしよく
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
動物心理学者はなんと教えるかしらないが、私には牛馬やとんびからすが物を「考える」とは想像できない。考えの式を組み立てるための記号をもたないと思われるからである。
数学と語学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
五角、扇形おうぎがた軍配ぐんばい与勘平よかんぺい印絆纒しるしばんてんさかずき蝙蝠こうもりたことんび烏賊いかやっこ福助ふくすけ瓢箪ひょうたん、切抜き……。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いつの日にか、わたくしは再び妙林寺の松山にとんびの鳴声をきき得るのであろう。今ごろ備中総社びっちゅうそうじゃの町の人たちは裏山の茸狩きのこがりに、秋晴の日の短きをなげいているにちがいない。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
明日にしろよ、明日にしろよ、ととんびがいつでも云ひました。それがいつまでも延びるのです。
林の底 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
火の見やぐらの上にはとんびが眠ったように止まっていた。少し汗ばんでいる馬を急がせてゆく、遠乗りらしい若侍の陣笠のひさしにも、もう夏らしい光りがきらきらと光っていた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もちろんとんびに油揚をさらわれた形の又八も、黙っている筈はなかったが
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
短日みじかびの寒きこずゑののちあかりとんびくだり羽根たをりつつ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「ナニ、とんびだって——」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とんびがお昼寝
蛍の灯台 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
真昼間まっぴるま、……お尻を振廻して歩行あるいたって、誰も買手は有りはしないや。……とんび、鳶、」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
処々に広漠たる空地あきちがあるので、青空ばかりが限りなく望まれるが、目に入るものは浮雲の外には、遠くに架っている釣橋の鉄骨と瓦斯ガスタンクばかりで、とんびや烏の飛ぶ影さえもなく
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)