さから)” の例文
逆らってもムダという理を会得するに至って逆わないのであるから、逆らえばもッとうまくいくという理が算定できればさからうのである。
武者ぶるい論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
彼は一度だけさからわれたことがあった。それはもう彼の末期に近い頃で、私の父が死病に罹って病勢がよほど進んでいる時のことだった。
「今ならそんな組が幾らもあるけれど、二人は根負けがして、運命の皮肉にさからう気がなくなったのさ。そこに考えさせるところがある」
田園情調あり (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
のがれて、山に入るのがせめても反逆で御座る——強力に存分に、思うところを押し進むる父上に、私風情がさからうことなど思いも寄らない
「御米、久しく放っておいたが、また東京へ掛合かけあってみようかな」と云い出した。御米は無論さからいはしなかった。ただ下を向いて
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
コスタンティーンが鷲をして天の運行にさからはしめし(ラヴィーナをめとれる昔人むかしのひとに附きてこの鷲そのかみこれにしたがへり)時より以來このかた 一—三
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「おちやん、お召しや。」と、千代松は目顏で知らして、病人にさからふなと注意したので、お駒は澁々病床近く膝行にじり寄つて、お辭儀をした。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それにさからはん勇なきにはさらさらあらねど、二十余年めぐみ深き母の歎きに、ままよ二年三年はかくてありともくやしからじと思へばこそよ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼の胸は暴虐な壓縮に堪へられずに意志にさからつて擴がり、自由を得る爲めに、力強い跳躍をするかのやうに、一度、あへいだ。
何時いつもは、訳もなくグルリと廻転する取手が、ガチリと音を立てたまゝ、彼女の手にさからうように、ビクリともしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかるに、アダムは陽に向う時、ほぞより上は陽に従いて背後に影をなせども、ほぞより下は陽にさからいて、前方に影を落せり。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
生憎あいにくよるからつてそらにははげしい西風にしかぜつて、それにさからつてくおしな自分じぶんひど足下あしもとのふらつくのをかんじた。ぞく/\と身體からだえた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それだからドイツの政治は、旧教の南ドイツをさからわないようにおさえていて、北ドイツの新教の精神で、文化の進歩をはかって行かなくてはならない。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
多勢が寄ってたかって、むりに女のたぶさを放させたが、それにさからったというので、とうとう万年屋を袋叩きにしてしまった。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
あいちやんはけつしてさからはうとはしませんでした、屹度きつとのこらず間違まちがふだらうとはおもひましたが、それでもふるごゑで、——
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
仕方がない! 酔って居ないのがまだしもだ、なまじいさからってわめかれるより逆に利用して此処の説明でも聞く方が増しだと彼は腹をめて仕舞った。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「私もそう思ったんですがね、お内儀さん、例の、大下組の刺青をした女なんですよ。さからうと後がいけませんからね」
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
マグロアールにも合い図をして兄の意にさからわぬようにさせます。兄は自分で思ったことはどんな危険をも冒します。
「江戸へ帰りたいとも思わず、ここで一生を送りたいとも思いませぬ……運には勝てませぬから、何事にもさからわず身を任せて行くつもりでございます」
愛山君は文学が何処までも嫌ひなり、余は文学が何処までも好きなり。余が愛山君にさからひたるも之を以てなり。
人生の意義 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
ただすらりと開かないで、何かがおさえてでもいるようでしたら、お見合せなさいまし。さからうと悪いんですから。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お島はそれまでに、幾度となく父親や母親にさからって、彼等を怒らせたり悲しませたり、絶望させたりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
れから私は構わない、構おうといった所が構われもせず、めようと云た所が罷められる訳けでない、マア/\言語げんぎょ挙動をやわらかにして決して人にさからわないように
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
天佑てんゆうとは、要するに、大いなる天運に順うことで、天の運行に、さからうことでないことと解している。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仕事場をのぞくとそこにも山あり谷ありで、少しも自然の地形にさからわない。品物がこんな所に根を下していると考える。出来る物が凡て立派なのも、ここでなぞが解けよう。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
船を停めて修理をすべきだと思うのだが、暴風にさからってむやみに船を走らせている。吉之丞が上にあがってみると、大帆も矢帆もいっぱいに張り、小矢帆まで出してある。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こりゃなに仔細しさいあっててんのおとがめ、此上このうへ天意てんいさからうて、ゆめ/\御赫怒みいかりをばまねかせらるゝな。
クリストフがやって来たので、なお騒ぎが募った。彼女らは彼を追い出そうとした。しかし彼はさからって、その有名な料理を味わうことができた。彼はちょっと顔をしかめた。
『男子は一般に恋愛を友とし或はそれにさからつて人生の職務に従事しなければならなかつた』
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
主人へ上げると心得て忠義をつくすのだ、決して軽挙かるはずみの事をするな、曲った奴にはさからうなよ
長患ひの末、母は翌年あくるとしになつて遂に死んだ。程なくして兄は或る芸妓げいしや落籍ひかして夫婦いつしよになつた。智恵子は其賤き女を姉と呼ばねばならなかつた。遂に兄の意にさからつて洗礼を受けた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
君が痛酷なる論文を「文学界」に掲げて余を駁撃ばくげきしたるより数日を隔てゝ君は予が家の薯汁飯を喫せり。余が君に遇ふや屡〻しば/\論駁の鋒を向けぬ。君はがうも之れにさからふことなかりし也。
北村透谷君 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
風にさからっているせいか、双翼をぶるぶるふるわせながら、極度にのろい速力で、丁度空を這っているように見えた。特攻隊に此の練習機を使用していることを、二三日前私は聞いた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
今日中たれもお前を殺さない処を見ると、きっと田螺たにしか何かで飼って置くつもりだらうから、今までのやうに温和おとなしくして、決して人にさからふな、とな。う云って教へて来たらよからう。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
屋外そとの町々は次第に薄暗い空気の中へ沈んで行った。やがて夫婦はこの食堂を下りた。物憂い生活にさからうような眼付をしながら、三吉は満腹した「妹」を連れて家の方へ帰って行った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
無益むやくことばを用ゐんより、唯手柔ただてやはらかつまみ出すにかじと、直行は少しもさからはずして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
申渡し表門には封印ふういんし御徒士目附御小人目附ども晝夜ちうや嚴重げんぢうに番をぞ致しける良藥は口ににが忠言ちうげんみゝさからふの先言せんげんむべなるかな大岡越前守は忠義一※いちづ凝固こりかたまりて天一坊の身分再吟味の直願ぢきぐわん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
耶馬台やまとの宮では、一人として王を殺害した反絵に向ってさからうものはなかった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
たつよりひつじに至って、両軍たがいに勝ち互に負く。たちまちにして東北風おおいに起り、砂礫されきおもてを撃つ。南軍は風にさからい、北軍は風に乗ず。燕軍吶喊とっかん鉦鼓しょうこの声地をふるい、庸の軍当るあたわずしておおいに敗れ走る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
然し彼は云いさからわなかった。また本当に下宿へ帰るつもりでもなかった。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
文学に於て向上の一路を看出みいだしたのだ、堕落なんぞと思われては心外だと喰って懸ると、気の練れた父は敢てさからわずに、昔者むかしものおれには然ういうむずかしい事は分らぬから、おれはもう何にも言わぬ
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
が、御辞退申しましてはかえって御意ぎょいさからう道理でございますから、御免を蒙って、一通り多曖たわいもない昔話を申し上げると致しましょう。どうか御退屈でもしばらくの間、御耳を御借し下さいまし。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
誰かにさからうように、深くも考えずに木之助はそこの硝子戸ガラスどをあけた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
こころみ吾妻橋あずまばしの欄干に佇立たたずみ上汐にさからって河をりて来る舟を見よ。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僕は、巨浪にさからって、抜手を切った。水夫は、そのあとを追って
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
祐吉の真剣な態度に、平野氏はさからう気もせて馬車を降りた。
天狗岩の殺人魔 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「まあまあ……」照子はどうしても彼にさからつて来なかつた。
公園へ行く道 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
暴風にさからって奮闘し、沈まんとする舟のきしめきにも
さからひ、海のおほいなる波浪怒りて叫ぶ時
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
広栄は対手あいてさからってはならなかった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)