軒端のきば)” の例文
美奈子が宮の下のにぎやかな通を出はずれて、段々さみしいがけ上の道へ来かゝったとき、丁度道の左側にある理髪店の軒端のきばたたずみながら
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「さあ、あたり。さぞ御寒かろ」と云う。軒端のきばを見ると青い煙りが、突き当ってくずれながらに、かすかなあとをまだ板庇いたびさしにからんでいる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんだかうっとうしい晩だけれど、軒端のきばを伝う雨のしずくに静かに耳を傾けていると、思いなしかそれがやさしいささやきのように聞えて来る。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これは疑いもなく軒端のきばスズメの省略であって、他には紛れる語がない故に、しばらく言い馴れて後に、後を切って簡単にしたものである。
「なに、佐々木殿が見えたと」つかつかと彼は玄関へ出てきたのである、そしてほの明るい夕暗ゆうやみ軒端のきばに、その人の影を透かして見て
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空蝉うつせみが何かのおりおりに思い出されて敬服するに似た気持ちもおこるのであった。軒端のきばおぎへは今も時々手紙が送られることと思われる。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
注意してよく見ると、ところどころの柱から黒い綱が二本ずつだるまさんの頭のところで別れて、家の軒端のきばにつながれているのであった。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
軒端のきばの松をながめながら、待っていても甲斐のないこの家で、狐やふくろうを友としてさびしくきょうまで過してまいりました。
穉拙ちせつな句である。春雨の夕方、庭先か軒端のきばかに来て雀が啼き交している。それが何羽いるか、数を算えて見たというに過ぎない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その花のさかり、青葉のさかりは、荒れ朽ちた軒端のきばの感じに混って奥の部屋の縁先にある古い硝子戸ガラスどに迫って来るかのように映っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ゆきって、や、はたけをうずめてしまうと、すずめたちは、人家じんか軒端のきばちかくやってきました。もう、そとちているがなかったからです。
温泉へ出かけたすずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
さながら人なき家の如く堅くも表口の障子を閉めてしまった土弓場の軒端のきばには折々時ならぬ病葉わくらば一片ひとひら二片ふたひらひらめき落ちるのが殊更にあわれ深く
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
緑蔭にほの白く匂う空木うつぎの花もすでに朽ち、さすや軒端のきばのあやめぐさ、男節句の祝い日がすぎて、まだ幾日も経たぬある日のことであります。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
好機いっすべからずとて、ついに母上までもあざむき参らせ、親友の招きに応ずと言いつくろいて、一週間ばかりのいとまを乞い、翌日家の軒端のきばを立ちでぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
れいなにといひかぬるを、よう似合にあふのうとわらひながら、雪灯ぼんぼりにして立出たちいでたまへば、蝋燭ろうそくいつか三ぶんの一ほどにりて、軒端のきばたかがらしのかぜ
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
虫かごにはまだ少し早いが、そのかわり軒端のきばの先には涼しい回りとうろうがつるされて、いずこの縁台も今を繁盛に浮き世話のさいちゅうでした。
彼女は、窓の外の、軒端のきばで笑っているような、すずめの朝の声をきくまいとした。蒲団ふとんをひきかぶるようにして、外は、霜柱が鋭いことであろうと思った。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
侍女五 ……時得て咲くや江戸の花、浪しずかなる品川や、やがて越来こえくる川崎の、軒端のきばならぶる神奈川は、早や程ヶ谷に程もなく、暮れて戸塚に宿るらむ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
といって、そのまま引返す気にもなれないので、うじうじしながら、とうとう女の家の軒端のきばをくぐってしまった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
というので安兵衞がしゃくをする、伊之助は痛む方の足を出し盃を口元まで持って参りますと、不思議な事には軒端のきばから一陣の風がドッと吹き入りますると
ゆめからゆめ辿たどりながら、さらゆめ世界せかいをさまよつづけていた菊之丞はまむらやは、ふと、なつ軒端のきばにつりのこされていた風鈴ふうりんおとに、おもけてあたりを見廻みまわした。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そのなかでは朝から晩までから竿ざおの音がいそがしく鳴りひびき、つばめや岩つばめが軒端のきばをかすめて飛び、さえずり、屋根の上にははとがいく列もならんで
城内の者は、もとより、軒端のきばに宿る小鳥たち、天井裏に巣くうねずみ、のこらずぐっすり眠って居ります。聞いている者は、誰も無い。さあ、おっしゃって下さい。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
庭の風情ふぜいそはりけれど、軒端のきばなる芭蕉葉ばしようば露夥つゆおびただしく夜気の侵すにへで、やをら内に入りたる貫一は、障子をててあかうし、ことさらに床の間の置時計を見遣りて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
室の軒端のきばひるがえっているのは、東海道五十三次の賑わいを、眼前に見る如く、江戸時代以来、伝統の敬神風俗を、この天涯の一角に保存する如く、浮世絵式風景を
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
大海を思わせるような大きい軒端のきばの線のうねり方、——特にそれを斜め横から見上げた時の力強い感じ
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
古寺の軒端のきばからも玉雫たまだれが落ちて瓔珞ようらくの音をたてる。外はしめやかな時雨。柴の乾きがよいので、炉では焚火の色が珊瑚さんごを見るよう。お絹は飽かずに語りつづける。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして縁側の軒端のきばに吊しておいた。宵のうちには鈴を振るような音がよく聞こえたが、しかしどうかするとその音がまるで反対の方向から聞こえるように思われた。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この道幅の狭い軒端のきばのそろわない、しかもせわしそうなちまたの光景がこの琵琶僧とこの琵琶の音とに調和しないようでしかもどこかに深い約束があるように感じられた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
デモ土蔵の白壁はさすがにしろいだけに、見透かせば見透かされる……サッと軒端のきば近くに羽音がする、回首ふりかえッて観る……何もまなこさえぎるものとてはなく、ただもう薄闇うすぐら而已のみ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
軒端のきばから青竹あをだけたなうていてあるむしろわたつておもむろまはる。彼等かれらはそれをお山廻やままはりといふのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
寝鎮ねしずまった家の軒端のきばや、締め忘れた露次ろじに身をひそめて、掘割ぞいの鋪道に注意力をあつめていた。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そこからは、比叡の山の青葉若葉のえたつような色どりの中に文殊楼もんじゅろう軒端のきばが白々とみえる。
心も無く軒端のきばの松をさびしき庵の友として眺めしほどに、憶ひぞ出でし松山の、浪の景色はさもあらばあれ、世の潮泡しほなわの跡方なく成りまし玉ひし新院の御事胸に浮び来りて
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
すだれきあげた軒端のきばから見える空には、淡い雲の影が遠く動いていた。星の光も水々していた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかして来年の計を為し貯蓄を有するもの幾干いくばくかある、来月に備うる貯蓄を有せざる家何ぞ多きや、人類の過半数は軒端のきばを求むる雀のごとく、山野に食を探る熊のごとく
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
或日軒端のきばにけたたましい音がするので、何事かと思って見上げましたら、親雀が気が狂ったかのように羽ばたきして、くるくる廻ります。ただ事ではないと思って、書生さんを呼びました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
文政十年亥の八月廿日隣駅六日町のざい余川よかは村の農人太左エ門の軒端のきばに、両頭の蛇いでたるをとらふ。長さ一尺にたらず、そのかしら二ツならびて枝をなすのみ。いろもかたちも常の蛇にかはらず。
中に入ると人々の混雜が、雨の軒端のきばに陰にしめつたどよみを響かしてゐた。表から差覗さしのぞかれる障子は何所も彼所かしこも開け放されて、人の着物の黒や縞がかたまり合つて椽の外にその端を垂らしてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
軒端のきばには、雀がちゅんちゅんと、間をおいて鳴きかわしている。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
男はちょっと軒端のきばから空を見上げたが
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ほととぎす鳴きすぐ宿の軒端のきばかな
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
軒端のきばもる雨夜あまよゆめもともすれば
命の鍛錬 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
あるいは軒端のきばを伝って飛ぶ。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
軒端のきばを見れば息吹いぶきのごとく
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
ふるさとの軒端のきばなつかし
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
軒端のきばで雀の
のきばすずめ (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
箸にかける白い飯粒も、軒端のきばの星も、すべてが、終りのものである。内匠頭は、今日の朝と夕べとが、百年の隔たりがあるように思えた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このとき、すずめが、軒端のきばほうから二んできて、こまどりのまっている、したほうえだまって、はなしをしていたのです。
美しく生まれたばかりに (新字新仮名) / 小川未明(著)
青い空から、まともに落ちて来る日が、軒端のきばはすに、硝子を通して、縁側えんがわの手前だけを明るく色づけて、書斎の戸口までぱっと暖かに射した。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)