あか)” の例文
少年は幽かに吃驚した色を表はしたが、うつろな眼を画布に向けて、返答をせずに、顔をあからめた。そして次第に俯向いてしまつた。
傲慢な眼 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
生絹の顔はあおざめ、心は沈み、「をかしき物ならべ商ひせる」ことを思いでて、ひとりでにあおい顔をそめてあからむほどであった。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
力士りきしだといったら誰もほんとうにするだろう。かたいししむらがあから顔の両顎りょうあごにたっぷり張ッていて、大きな鼻の坐りをよくしている。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たすきをかけてあねさまかぶりをして朝の火鉢の灰をふるっていた小間使いのおきみは、父親のことを言われたので少しあかくなっていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
賀古氏は四角なあから顔の大男でしたのに、緒方氏は色のあくまでも白い貴公子風の人でしたが、親孝行なのがよく似ていられました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
常に裸の背の高い、色のあかい眼の光の鋭い、ほぼ我々が想像する山人に近く、また一方ではこれを山男ともいっているのであります。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
まだどこか子供々々したおもかげのぬけきらぬ顔をあかくし、パタ/\とその書面を叩きながらそれを奥方に見せに座を蹴つて立つた程であつた。
そのカツフエはごく小さかつた。しかしパンの神のがくの下にはあかい鉢に植ゑたゴムの樹が一本、肉の厚い葉をだらりと垂らしてゐた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
驚いて眼を上げると、此の家の主人らしい・あから顔の・前歯の大きく飛出た男がじっと此方を見詰めている。一向に見憶えが無い。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
半七は表からのぞいてみると、今しきりに呶鳴っているのは、三十五六のあから顔の大男で、その風俗はここらの馬子まごと一と目で知られた。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あかっぽく薙いだ「崩れ」が、荒々しくぐられて、岩石と一緒に押し流された細い白樺が、揉みくしゃに折られて、枝が散乱している。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
さも窮屈らしく恭々うやうやしげな恰好をして坐っていたのは、第八、百人隊長のブブリウス・アクヴールスという喘息ぜんそく持であから顔の肥満漢で
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
続いてるはアグラヴェン、たくましき腕の、ゆるき袖を洩れて、あかくびの、かたく衣のえりくくられて、色さえ変るほど肉づける男である。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は顔があかくなった。私の眼の前には、チェリーの真白なムチムチ肥えたあらわな二の腕が、それ自身一つの生物せいぶつのように蠢動しゅんどうしていた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
夏は翡翠ひすい屏風びょうぶ光琳こうりんの筆で描いた様に、青萱あおかやまじりに萱草かんぞうあかい花が咲く。萱、葭の穂が薄紫に出ると、秋は此小川のつつみに立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
したとき、……おきなあかがほは、のまゝけさうに俯向うつむいて、をしばたゝいた、とると、くちびるがぶる/\とふるへたのである。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
定の父親はあから顔の酒食ひで陸に暮してゐた頃から定職がなかつたと同様、川に追はれて来てもやはり彼の船は定つた航路をたなかつた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
屋根裏からすゝの落ちさうな内井戸で、轆轤くるまきの水を汲み上げてゐたあから顏の眼の大きい下女のお梅は、背後を振り向いて笑つた。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
翌暁、あか泥河でいがのそばで河馬かばの声を聴いた。その、楽器にあるテューバのような音に、マヌエラは里が恋しくなってしまった。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし長老はう云った時何故か其顔をあかくした。勿論次の瞬間には僧侶らしい強い意志の力で顔色がんしょくを元へ返えしはしたが。
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
フロック・コウトの肩にあから顔を載せて、靴紐くつひもで鼻眼鏡を吊ってるお爺さんこそは、言うまでもなく密偵に決まっています。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
藩札はあかき紙ぎれ、皺にかびくさきさつ、うちすたり忘られし屑、うち束ね山と積めども、用も無し邪魔ふさげぞと、はふられてあはれや朽ちぬ。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
現在げんざいわたくしとて、まだまだ一こう駄眼だめでございますが、帰幽当座きゆうとうざわたくしなどはまるでみにくい執着しゅうじゃく凝塊かたまり只今ただいまおもしてもかおあからんでしまいます……。
あひだそらわたこがらしにはかかなしい音信おどづれもたらした。けやきこずゑは、どうでもうれまでだといふやうにあわたゞしくあかつた枯葉かれは地上ちじやうげつけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
でっぷりしたあから顔の快活な小男で、り残してる長めの頬髯ほおひげ、聞き取れないほどの早口——いつも騒々しくって、ちょこちょこ動き回っていた。
と思うとそのうしろの数歩離れたところに、つば広の帽子をかぶったあから顔の主人が、太短いステッキを振りながら畑の間を歩いているのが見えた。
麦畑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
楠緒さんはちっとも顔をあからめず、不愉快な表情も見せず、先生のお言葉をただそのままにうけとられたらしかったと、なつかしいお話しがありました。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すると、トルコ風呂で背中をマッサージしてくれるたびに、いつもはずかしそうに頬をあからめているお杉の顔が浮んで来た。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あかちゃけた畳に沁み込むような朝日が窓から差し込んで、びんの毛にかかる埃が目に見えるほど、冬の空気が澄んでいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
唇の厚い、眉毛の太い、酒焼けであかくなったつやのいい顔が、とつぜん老人にでもなったように、暗く皺立しわだってみえた。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ヘルメルトはあから顔で眼をしょぼしょぼさせた何となく田舎爺のような感じのする、しかしどこかなかなか喰えないような気のする先生であったが
ベルリン大学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
内庭を前にした美しい小室に、火桶ひおけを右にして暖かげに又安泰に坐り込んでいるのは、五十余りの清らなあから顔の、福々しいふとじしの男、にこやかに
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
馭者ぎょしゃは橇の中で腰まで乾草ほしくさに埋め、くびをすくめていた。若い、小柄な男だった。頬と鼻の先が霜であかくなっていた。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
幸内は、こんなお歴々の方の中へ剣術が達者だの手筋がよいのと吹聴ふいちょうされたから、さすがに面をあかくしてしまって
飯台の上にあかい童顔を載せ、いっぱし女といちゃついているところを見せつけられたから、我慢がならなかった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
あから顔の一等兵の運転手は、二等兵らしい相手にえらそうに答えてやっとバスを停めた。彼は外へおどり出した。
その一年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「まだ五時位なのに誰だろう」そんな事を考えながら、ふすまして庭の透けて見える硝子戸をのぞくと、大きなあから顔の男が何気なく私の眼を見て笑った。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
隊長の関重之進は鉢巻はちまきをねじあげて、汗に洗われたそのあから顔が、鍬をふりあげるごとにぎらぎら輝いていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
せて青ざめて眼ばかり大きな子、髪のあかい小さな子、骨の立った小さなひざを曲げるやうにして走って行く子
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
この山の中に住みながら、紳士は血色のいいあから顔で、半白の頭髪をキチンとくしけずって、上衣うわぎは着けていませんが、ネクタイにスエターをまとっているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
いつになくくっきりとあかちゃけた山肌を見せている八ヶ岳などを私が指して示しても、父はそれにはちょっと目を上げるきりで、熱心に話をつづけていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あかい大顏の銅八の叱咜につれて、どつと二つに割られた群集の間を何やら女の繩付が送り出された樣子です。
煉瓦工場では遠方にその材料の粘土をもとめ出した。あかい二つの触角は、森山の所有地を挟んで伸びて行った。
黒い地帯 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
まるであかい顔色をして、髪の毛も赭く、非常にぴったりと体に合っている型の衣服を著て、頭には親衛歩兵の桝型帽、それもずいぶんの桝目のもののような
雨戸を開けて顔を出したのは、四角なあから顔のいさんである。瀬田の様子をぢつと見てゐたが、おもひほかこばまうともせずに、囲炉裏ゐろりそばに寄つて休めと云つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ただ一面に平滑な、あかくはげた土地の上を、原始状態の川が縦横に流れている。そして彼方にアリューシャン山脈のけわしい岩山が、たくさん並んで黒く見える。
アラスカ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
何処を見廻してもあか茶けた峭壁がぐるりと取り巻いて、別に危険が身に迫っているという訳ではないが
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
店にはランプが一つともっているきりで、その下であから顔のでっぷり肥った男が袴をはいて坐って、時々表の方の人影を意味ありげな笑いを含んだ眼で眺めている。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
丈の高い骨組の大きな、今年漸く五十の坂を越したばかりだのに、もう頭は半白になり、あかい顔には深い皺が幾条も刻まれて、年よりは五つも六つもけて見えた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
イギリスの特務機関にその人ありと知られた敏腕びんわん家で、あから顔の、始終にこにこしている、しかし時として十分ぴりりとしたことをやってのける、軍人というよりも
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)