象牙ぞうげ)” の例文
十三絃じゅうさんげんを南部の菖蒲形しょうぶがたに張って、象牙ぞうげに置いた蒔絵まきえした気高けだかしと思う数奇すきたぬ。宗近君はただ漫然といているばかりである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先祖は十八大通じゅうはちだいつうといわれた江戸の富豪で、また風流人の家筋に当り、三月の雛祭ひなまつりには昔の遺物の象牙ぞうげ作りの雛人形が並べられた。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今もその当時使った象牙ぞうげの玉の算盤を、離室の違棚ちがいだなに置いて、おりおりそれを取り出しては、必要もないのにぱちぱちとやり出す。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
英夫は、ガラスのコップを取りのけようとして、ふと、マホガニーの机の上に、白い小さな象牙ぞうげの三つのボタンのあることに気づいた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
何と気を変えたか、宗匠、今夜は大いにいなって、印半纏しるしばんてんに三尺帯、但し繻珍しゅちん莨入たばこいれ象牙ぞうげの筒で、内々そのお人品ひとがらな処を見せてござる。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車のうえに板をわたしたやたい店で、絵はがき、絵本、絵いり雑誌、木や竹のおもちゃ、象牙ぞうげ細工物さいくものなど、いっぱいにならべています。
街の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
香木こうぼくの車を造らせるやら、象牙ぞうげの椅子をあつらえるやら、その贅沢を一々書いていては、いつになってもこの話がおしまいにならない位です。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
象牙ぞうげの塔のガラス窓の中から仮想ディノソーラス「ジャーナリズム」の怪奇な姿をこわごわ観察している偏屈な老学究の滑稽こっけいなる風貌ふうぼう
ジャーナリズム雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
象牙ぞうげで無際限の変化——物象を真実に描写したものから、最も架空的な、そして伝統的なものに至る迄のすべて——が、喧伝けんでんされている。
夢みるまなこ、霞む眉、象牙ぞうげを刻んだような鼻に、紅玉石ルビーの唇、現代娘の愛くるしさと清々すがすがしさが、この娘の顔に溢れて居ります。
古銭の謎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
支那象牙ぞうげの日がさの柄をいじってる手は、白い手袋を通していかにも繊細なことが察せられ、絹の半靴はその足の小さいことを示していた。
髪も少し濡れたとみえて、ほつれ毛のうずが、象牙ぞうげの白さへペッタリとついているのを、指でいて櫛巻くしまきの根へなでつけながら
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蛇味線じゃみせんの音楽がさかんで、楽器作りにも技を示しますが、それに用いるつめの形は、見とれるほど立派なものであります。牛角や象牙ぞうげで作ります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかしソロモン王が外国から致した商品中に猴ありて、三年に一度タルシシュの船が金銀、象牙ぞうげ、猴、孔雀くじゃくもたらすと見ゆ。
そう信一郎が云った刹那せつな、夫人の美しいまゆが曇った。時計を持っている象牙ぞうげのように白い手が、思いしか、かすかにブル/\とふるえ出した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
うかれ車座のまわりをよくする油さし商売はいやなりと、此度このたび象牙ぞうげひいらぎえて児供こどもを相手の音曲おんぎょく指南しなん、芸はもとより鍛錬をつみたり、品行みもちみだらならず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
にぎりには緑色のぎよく獅子頭ししがしらきざみて、象牙ぞうげの如く瑩潤つややかに白きつゑを携へたるが、そのさきをもて低き梢の花を打落し打落し
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼はテーブルに近より、ほこりまみれになった一冊の厚い書物をとり上げて、ぱたりと開くと、象牙ぞうげに水彩で描いた小さな肖像を、頁の間から抜き出した。
象牙ぞうげの紙切り小刀こがたなで、初めの方を少し切って、表題や人物の書いてある処をひるがえして、第一幕の対話を読んでいる。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どんな技巧家たくみより、もっともっと熱心に、小さい象牙ぞうげくれに、何やら、細かな図柄を彫り刻んでいた、闇太郎だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
イギリス旦那マスターの「文明履物かわぐつ」のようなチョコレート色の皮膚と、象牙ぞうげの眼と、蝋引ろうびきの歯、護謨ごむ細工のように柔軟やわらかな弾力に富む彼女らの yoni とは
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
自体口が少し大きい奴なので、それから思いついて、絵の具で口を割ったり、象牙ぞうげの箸をきばにこしらえたりしたんですが、周悦の家にはおふくろがあります。
半七捕物帳:41 一つ目小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それから書卓の抽出ひきだしを開け、象牙ぞうげの柄に青貝のり込んでいる、女持ちの小形なピストルを取り出した。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
日本にては杖は下駄同様に取上げらるるが故銀細工象牙ぞうげ細工なぞしたるものはたちまち疵物きずものになさるるおそれあり。
洋服論 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
僕は、象牙ぞうげのように真白な夫人の頸筋くびすじに、可憐かれん生毛うぶげふるえているのを、何とはなしに見守りながら、この厄介者やっかいものから、どうして巧くのがれたものかと思案しあんした。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
美の脆弱ぜいじゃくさが彼女には欠けてゐた。その不具によつて、劉子のは象牙ぞうげの彫像のやうに永遠に磨滅することのない美であつた。これは永遠の不具乃至ないしは完成であつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
小さい鳥居が月光を浴びて象牙ぞうげのように白く浮んでいるだけで、ほかには、小鳥の影ひとつなかった。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お玉はそれを、町の方へ向けてなるべく明るいようにして、仔細に見ると、梨子地なしじ住吉すみよしの浜を蒔絵まきえにした四重の印籠に、おきなを出した象牙ぞうげ根付ねつけでありましたから
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
象牙ぞうげのおはしを持ってまいりましょうか……それでのどでますと……」婆やがそういうかいわぬに
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
アントアネットの室の中を見回していた——(勉強の机はアントアネットの室に置いてあるのだった)——黄楊つげの小枝といっしょに象牙ぞうげの十字架が上方にかかってる
鉄で作った金平糖こんぺいとうのようなえらの八方へ出た星を、いくらかゆがみなりにできた長味のある輪から抜き取るのや、象牙ぞうげでこしらえた小さい角棒の組合せから、糸でつないだ
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いかにも公卿くげの血を引いている、衣冠束帯の似合いそうな風貌ふうぼうの持主で、せた、面長の、象牙ぞうげのような血色をした、ちょっと能役者と云った感じの人で、見たところ
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つまり貢物の交易でちょうどネパール政府が五年に一遍象牙ぞうげとか虎の皮とかいうような貢物をシナ政府へ納めて、絹布けんぷ金襴きんらんの類を沢山貰って帰るようなものでしょう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そう云って、私は彼を裸かにさせたまま、その脊骨のへんな突起を、象牙ぞうげでもいじるように、何度もでてみた。彼は目をつぶりながら、なんだかくすぐったそうにしていた。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼はわたしを馬から降ろそうとして近寄ると、くびに金のくさりをかけた黒いビロードの衣服をつけた執事らしい男が、象牙ぞうげの杖をついて私に挨拶するために出て来ました。
アッシリアの隊はキッチムの諸島より携え来たるの象牙ぞうげをもってなんじの椅子を作れり。なんじの張りてもって帆とするところのものはすなわちエジプトより来たれる文繍ぶんしゅう
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
十年前の江戸の旅にはまだそれでも、紙、織り物、象牙ぞうげぎょく、金属のたぐいを応用した諸種の工芸の見るべきものもないではなかったが、今は元治年代を誇るべき意匠とてもない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「マガイ」とは馬爪ばづ鼈甲べっこうに似たらしめたるにて、現今の護謨ゴム象牙ぞうげせると同じく似て非なるものなれば、これを以て妾を呼びしことの如何いかばかり名言なりしかを知るべし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ウン、軸も同じような色あいの象牙ぞうげだし、表装の古び方もよく似ています。これなら申し分ありません。これにきめましょう。おや、両方とも箱の上に画題が書いてありますね。
妖怪博士 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
小さいけれども樫材かしざいの頑丈な小机と、小刀や各種ののみ糸鋸いとのこ、特別にあつらえたらしい小さなまんりき、三種類ほどのきりなどが道具で、材料は上質の象牙ぞうげと、鉛の延棒だけであった。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
厚い口尻に深いくぼみを刻みつけて、真っ白な象牙ぞうげのような腕を袖口から出しながら、手をあごのあたりまで持っていって笑うとき、ちょっと引き入れられる。私はこの人の声も好きだ。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
あいのような青い顔に褐色かっしょくの肌をした大男はあるいは巌の変化へんげかも知れない。象牙ぞうげのような滑らかな肌に腰から下は緑の水藻でさも美しく装われているのは云うまでもなく水の精である。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長い睫毛まつげの先が、れたようにそよいで、象牙ぞうげ彫りのようにキメのこまかな横顔……キラキラとした、亜麻色の髪……しかも、膝と膝が触れ合って、彼女の身体を流れている温かい血が
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
手もとに象牙ぞうげの小さな糸巻きがついている。穂先の白鯨も卵色になっている。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
そのきずのある象牙ぞうげの足の下に身を倒して甘いほのおを胸のうちに受けようと思いながら、その胸はあたたまるかわりに冷え切って、くやみもだえや恥のために、身も世もあられぬおもいをしたものが幾人いくたりあった事やら。
白いふきんと象牙ぞうげのはしとをだいじに持っておって、それは人に手をつけさせない。この象牙ぞうげのはしにはだれもおどろいてる。ややたいらめなしつのもっとも優等ゆうとう象牙ぞうげで、金蒔絵きんまきえがしてある。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
きん象牙ぞうげを手に入れたり、敵をころしたり、海賊のなかまにはいったり、ジンを飲んだりしながら、最後には美しい女の人と結婚をして、農場をこしらえたりしなければならないことを知った。
少年たち (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まだ其の頃は余り兵児帯へこおびは締めません時分だから、茶献上ちゃけんじょうの帯を締め、象牙ぞうげへ四君子のってある烟管筒きせるづつ流行はやったもので、烟草入たばこいれは黒桟くろざんに金の時代のい金物を打ち、少し色は赤過ぎるが
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
第一みかけがまっ白で、きばはぜんたいきれいな象牙ぞうげでできている。皮も全体、立派で丈夫じょうぶな象皮なのだ。そしてずいぶんはたらくもんだ。けれどもそんなにかせぐのも、やっぱり主人がえらいのだ。
オツベルと象 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
子どもにすごろくは少しも不思議はないが、いぶかしいのはそのさい! 粘土造りの安物と思いのほかに、りっぱな象牙ぞうげなのです。子どものすごろく用にはぜいたくすぎる角製のさいころなのです。