まち)” の例文
そして、あたりはしずかであって、ただ、とおまちかどがる荷車にぐるまのわだちのおとが、ゆめのようにながれてこえてくるばかりであります。
花と人の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やがて人々の出て行く気配があり、馬の馳け去るひづめの音がまちの外に消えました。しばらくして奥さんがひとり静かに戻つて来ました。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
兎角とかくするうちに馬車は早やクリチーの坂を登り其外なる大通おおどおりを横に切りてレクルースまちに入り約束の番地より少し手前にて停りたり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
まちは人出で賑やかに雑鬧ざっとうしていた。そのくせ少しも物音がなく、閑雅にひっそりと静まりかえって、深い眠りのような影をいてた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ジョバンニは、せわしくいろいろのことを考えながら、さまざまのあかりや木のえだで、すっかりきれいにかざられたまちを通って行きました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
鄭吉炳 ワデルフスキイまちに七の日の縁日がありますから、それでは私は、その間にちょっと××運動のアジ演説をやって来ようかな。
急使が曉のまちを飛んで、明神下の平次の寢込みを驚かすと、少し回り道をした平次は、向柳原に、八五郎の叔母さんの家を叩きました。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
もう山形やまがたまちも近くなつたころ、当時の中学校で歴史を担任してゐる教諭の撰した日本歴史が欲しくなり、しきりにそれを父にせがんだ。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
断念する気にはならぬので必ず行くという決心はなかったがしかたなく駅路うまやじの、長いまちつづきを向うへ向うへとどこまでも歩いて行った。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
で、だしぬけに、まちの角で向い側の歩道の上に突っ立ち、両手をうしろに組み、巻き煙草たばこを口にくわえている彼の姿を見つけ出すのである。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
出入りのまちの女房たちでもあろうか、おろおろ声で、人びとの間に、背伸びするもあり、おもてをおおうて、よよと、泣くのもある。
高台になっている公園からはまちが一眼に見えた。一番賑やかな明るい通りの上の空が光を反射していた。龍介は街に下りる道を歩きながら
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
義太夫ぎだゆう音楽でも時とともに少しずつその形式を進化させて行けば「モロッコ」や「まち」の浄瑠璃化じょうるりかも必ずしも不可能ではないであろう。
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夕靄ゆうもやの白く立ちこめたまちの上を、わけもなく初夏の夕を愛する若いハイカラ男やハイカラ女が雑踏にまじってあちらこちらへ歩るいている。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
「さうか。大工が嫌ひなら仕方がないなあ。然し大工になる方が好いぞ。大工の仕事はまちでも出来るし自分の家でも出来る。」
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
東京のまちはショーウィンドーのクリスマスの祝いの飾りなどで美しいことと存じます。妹とそのようなはなしをいたしました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
まちは電燈の世界になっていた。二人は何か引込みのつかないような気持で、酔興にもさらに料金を約束してタキシイを駆った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お産の話をしたついでですから、僕がこの国へ来た三月目みつきめに偶然あるまちかどで見かけた、大きいポスタアの話をしましょう。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
片翳かたかげりの、午後のまちではあったが、人っこ一人通らない閑静さで、蜥蜴とかげが、チョロチョロと歩道を横ぎってゆくほどだった。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
シルクハットをかぶり、大きなつつみをかかえたおかしな人かげは、風のように街路がいろをかけぬけ、まちかどをまがっておかへむかって走っていった。
時刻は暮に近い頃だったから、日の色はかわらにもむねにも射さないで、まぼしい局部もなく、総体が粛然しゅくぜんかまびすしい十字のまちの上に超越していた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
雨が降つて居ても快く明るい感じを受けるのは東京の郊外の灰がかつたのとちがふ。ムンツルツウまちの五番地も矢張やはり石と泥とを混ぜた壁の家だ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
伏したるはなき人なるべし。竈の側なる戸を開きて余を導きつ。このところはいわゆる「マンサルド」のまちに面したる一間ひとまなれば、天井もなし。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
小田原をだはらまちまでながその入口いりぐちまでると細雨こさめりだしたが、それもりみらずみたいしたこともなく人車鐵道じんしやてつだう發車點はつしやてんいたのが午後ごゝ何時なんじ
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
直江津の町は、沖から見ると、砂浜から、松がところどころに上半身を表わしていて、まちはほとんど、その姿を見せないようなところであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
案外にもそれは、麹町こうじまち区のとあるひっそりとした住宅まちだ。二丁も手前で車を降りて、人通りのない淋しい町を歩いた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「一度この子の言うルールシーヌまちれて出れば、すぐその家を見つけるよ。きみはこの子といっしょに行って、その男を尋問じんもんしてくれたまえ」
ふとまちの方を眺めると、彼女は若い工兵隊の士官が自分のいる窓をじっと見上げているのに気がついたが、顔を俯向うつむけてまたすぐに仕事をはじめた。
「そんなことにでもなれば、俺一人ではない、一党の破滅だ!」と、考えただけでも足のすくむような気がして、彼は思わずまちの上に突立ってしまった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
イエスは弟子たちと声を合わせて、終わりの讚美ハレル歌を朗々と歌って後、すでに夜のふけた都のまちを、オリブ山に向かって出て行かれた(一四の二六)。
そのまちにはそこを照らす太陽も月も、神の榮光が輝くが故に、また小羊こひつじはその光であるが故に要らないのであつた。
三ヶ寺ともSというまちに面しているのでして、向かって右から、法光寺、東泉寺、福念寺の順に並んでおります。
墓地の殺人 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
わたしがながめていたのはそんなものではなくて、せまいユダヤ人まちの入口のかどのところにある、緑色にられた、みすぼらしい平民の家だったのです。
しかし、参木は頻々として暴徒に襲われ続ける日本まちの噂を聞き始めると、だんだん足がその方へ動いていった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
最先さきに歩めるかの二人が今しもまちの端にいたれる時、闇中あんちゅうを歩めるかの黒影は猛然と暗を離れて、二人を追いぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
京のまちの中でもない遠い所に置き放しにしてありますために、物思いばかりいたしているふうなのがかわいそうで、町の中へ呼び寄せてやろうと思います。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼の道順には租界中での一番賑やかな街筋が——すなわち黄浦河の岸上のまちと、蘇州渓の街とが軒を並べ、街路整斉と立っている。街には人が出盛っていた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
海に最も近い沖ノ端の漁師原れふしばらには男も女も半裸體のまゝ紅い西瓜をむさぼり、石炭酸の強い異臭の中に晝は寢ね、夜は病魔退散のまじなひとして廢れたまちの中
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
まちには騒ぎがひろまっているものと思ったが、玄智老はなにも知らないようすで、——友人と口論のうえ誤ってけがをした、ということを疑うようすもなかった。
十八条乙 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さかいまちにてき父ほど天子様を思ひ、御上おかみの御用に自分を忘れし商家のあるじはなかりしに候。弟がうちへは手紙ださぬ心づよさにも、亡き父のおもかげ思はれ候。
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
つまりセインスまちに通ずるブルバーセンゼルマンという道路で、わしは六十六番の肉屋の二階にいたが、この店の目的とする下宿屋の番号さてそれはよく解らない。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
やがて、「元祖黒焼」と看板の出てゐる土蔵造りの店が、まちの角に見えた。黒い漆地うるしぢに金文字で書かれた毳々けばけばしい看板が、屋根だの軒だのに沢山かけられてゐる。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
私のはいつのにかわきしたくゞつてゐました。私は東明館前とうめいくわんまへからみぎれて、わけもなくあかるくにぎやかなまち片側かたがはを、店々みせ/\うて神保町じんぼうちやうはうへと歩いて行きました。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
ぶん入院料にふゐんれう前金まへきんをさめろですつて、今日けふ明日あすにもれない重態ぢうたい病人びやうにんだのに——ほんとに、キリストさま病院びやうゐんだなんて、何處どこまち病院びやうゐんちがところがあるんだ。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
『サンガローまち——おつかさん、わたくしいへ彼處あそこにあるんですねえ。』と少年せうねん兩手りようて鐵欄てすりうへせて
年始帰りの酔っ払いがふらふら迷い歩いている位のもので、午後七、八時を過ぎると、大通りは暗いまちになって、その暗いなかに鉄道馬車の音がひびくだけである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これぞわらまちにて教へ、ねたまるゝべき眞理をあかしせしシジエーリのとこしへの光なる。 一三六—一三八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
甲走かんばしる声は鈴のよりも高く、静かなる朝のまちに響き渡れり。通りすがりの婀娜者あだものは歩みをとどめて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まちおもむくとそれを抵当にしてあっちこっちの茶屋や酒場で遊蕩ゆうとうふけっては、経川に面目をつぶすのが例だったが、相変らずさようなことに身を持ちくずしていると見える。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
まちにいでてなにをし食はばたひらけき心はわれにかへり来むかも」などとんだ気もちであろうか。
茂吉の一面 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)