ふち)” の例文
寒い時分で、私は仕事机のわき紫檀したん長火鉢ながひばちを置いていたが、彼女はその向側むこうがわ行儀ぎょうぎよく坐って、両手の指を火鉢のふちへかけている。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それはたしか部屋へや全体はもちろん、椅子いすやテエブルも白い上に細い金のふちをとったセセッション風の部屋だったように覚えています。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ときどき、ゴンドラのふちと気球との間に、飛行機のような形が見えるのだけれど、二人とも視力がよわっていて、はっきり見えない。
空中漂流一週間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、その病室全体が、急に生暖なまぬるく歪んで来ると、ほろりと熱い泪が、目のふちの繃帯に吸い込まれて、あたりがパッと暗くなった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
小皿のふちを足で抑えて、中をあらしているらしい。ここから出るわいと穴の横へすくんで待っている。なかなか出て来る景色けしきはない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしはその仕事をすましてからの帰途、ぶらぶら公園を通過とおりすぎて、ふと池のふちに立っているオペラ館の楽屋口へ這入はいって見たのだ。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
するうちに、空の黒雲のふちからのぞいていた雷の神は、あまりしつこく金の日の丸の扇で招かれるのがしゃくにさわってきました。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
是までに思い込まれし子を育てずにおかれべきかと、つい五歳いつつのお辰をつれて夫と共に須原すはらもどりけるが、因果は壺皿つぼざらふちのまわり
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
と言つて、引手繰ひつたくるやうに皿を受取つた。そしてそれ以後、ふちの欠けない立派な皿を吟味して、二度ともう欠皿かけざらを出さうとしなかつた。
それをもやり過ごして、なおも廓のふちを歩んで行った竜之助が、いつしか足を留めたところは、とあるお寺の門の前でありました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
病人は深い息を二三度した。それは好い心持ちであった。寝台ねだいふちに掛けてあるショオルを取って体に巻いて、椅子に腰を掛けた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
それを師匠が嫉妬やきもちをやきまして、何も怪しい事も無いのにワク/\して、眼のふちへポツリと腫物できものが出来まして、それがれまして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
からりっと、柄杓の柄が、桶のふちに鳴った。それが何らかの暗示でもあったかのように、彼の毛の生えている大きな耳がびくと立った。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海馬かいばの噴水の横から道をはすくともう白に赤の細いふちを取つたリラの店前テラスの張出した日覆ひおほひが、目の前でぱたぱた風に動いて居ました。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その中の屋號やじるしや紋所や簡單なふちを附けた廣告を思ひ出す。當時有名だつたといふおまん鮨などの廣告を見ると一種懷しい妙な心持になる。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
それをふちどっている絹柳の並木とその向に聳え立ってる神聖ホリトリニティの尖塔を一緒に見通した景色は何とも美しいものだった。
シェイクスピアの郷里 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
沼のふちはもとより、一帯の湿地で、かなり天気の続いた後でも、下駄の歯をめり込ますこの太田の原。その上に、ふんわり積んだ春の雪。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
幾個いくつかの皿すでに洗いおわりてかたわらに重ね、今しも洗う大皿は特に心を用うるさまに見ゆるは雪白せっぱくなるに藍色あいいろふちとりし品なり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
見ると、驚くべし、向つて右の鏡のふちがどういう仕かけか、一寸ほどあいて、藤枝は今や左の手をかけてあけようとしているではないか。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そして寢臺のふちに叩きつけて、激しい調子で、今日中そこから立てるなら立つてみよ、一言でも物が云へるなら云つて見ろときめつけた。
さて、奧樣は、眞白な左の腕を見せて、長火鉢のふちひぢを突き乍ら、お定のために明日からの日課となるべき事を細々と説くのであつた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
憂ひの林これをめぐりて環飾わかざりとなり、さながら悲しみの濠の林に於ける如くなりき、こゝに我等ふちいと近き處に足をとゞめぬ 一〇—一二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ある日、わたしが彼女かのじょの部屋へ入って行くと、彼女は籐椅子とういすにかけて、頭をぎゅっと、テーブルのとがったふちしつけていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
家主の婆あさんのめいというのが、毎晩肌襦袢はだじゅばん一つになって来て、金井君の寝ている寝台のふちに腰を掛けて、三十分ずつ話をする。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
濃い緑の雑樹の中へも、枝なりにひらひらと日の光が折込おれこんで、ふちを浅黄に、の葉を照らす。この影に、人は蒼白あおじろく一息した。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
窓と窓とのあいだの壁には鏡がはめこんであるが、そのふちはやはり白地に金をちりばめて、古くさい彫刻をごてごてと施したものである。
着物は海水服の上からスッポリかぶれるようなワンピースの洋服にして、帽子もなるだけふちの下った顔の隠れるようなのんがええ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、その威厳のある老儒者であるが、右の手を胸へ軽く上げたかと思うと、ホトホトと見台のふちを打った。諸人の注意を呼んだのである。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
第十七 パンのフエタス は先ずパンを二分位の厚さに切ってふちを取って中の柔い処だけを二つに切って牛乳へ漬けておきます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
秋も末に近く、瀬はほとんれてゐた。川上の紅葉が水のまにまに流れて来て、蛇籠じゃかごの籠目や、瀬のふちに厚いあくたとなつて老いさらばつてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その手のこんだ細工の波がたは、箏のふちを、すっかりとりかこんでいるのだった。彼女はこの箏に「青海波せいかいは」の名を与え、青い絃を懸けた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
主人は或百姓家の庭の、藤棚ふじだなの蔭にある溝池どぶいけふちにしゃがんで、子供に緋鯉ひごいを見せているお島の姿を見つけると、傍へ寄って来て私語ささやいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
よるの風は盃のひやふちに似たり。半眼はんがんになりて、口なめずりて飮み干さむかな、石榴ざくろの汁を吸ふやうに滿天まんてんの星の凉しさを。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ブラドン夫人は顔の半分を湯の中にけたまま、片手と片脚を浴槽のふちにかけて、ちょうど湯から出ようとしてもがいている姿勢で死んでいた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
谿は狭くて、その両側が、川のふちから急な斜面になっていて、樫や楓まじりに、主として胡桃くるみと栗の木とが深く茂っていた。
クロース張りの、小型の、赤ふちのバイブルは康雄のポケットに納められ、表紙を爪で小擦ると、ビュー・ビューと唸った。
(新字旧仮名) / 原民喜(著)
帽子のふち上反うわぞりが一箇処垂れると、彼はその日以来それをぶら下げておき、風の吹く時などずいぶんうるさいにも拘らず、そのままにしていた。
直径幾十尺あるかと疑われた……また一段上ると桶のふち一分いちぶ程見え出した。また桶の真中を幅の狭い鉄板が差し渡してあることだけが分った。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
机のかたわらに押立たは二本だち書函ほんばこ、これには小形の爛缶ランプが載せてある。机の下に差入れたはふちの欠けた火入、これには摺附木すりつけぎ死体しがいよこたわッている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
見ると目の前に、見事な金蒔絵まきえをした桐の丸胴の火鉢があったので、頭山先生その丸胴のふちくだんのサナダ虫を横たえた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
吾が近眼にはよくも見えねど、何やらん白繻子しろじゆすやはらかき白毛のふちとりたる服装して、牙柄がへいの扇を持ち、頭のうごく毎にきら/\光るは白光プラチナの飾櫛にや。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
東の空にはもう一條の細い黄いろい線が現われ、それが地平線をふちどって、せまい谿谷の入口をまるで金色のリボンで結んだようにふさいでいた。
葉子は火鉢ひばちふちに両ひじをついて、両手の指先を鼻の先に集めて組んだりほどいたりしながら、古藤の顔に浮かび出るすべての意味を読もうとした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
同じ荒物屋で売る品で感心するのはがまで編んだ雪沓ゆきぐつで、男のは白いフランネルで女のは赤いのでふちを取ります。編み方が丁寧で形にひんがあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あいちやんは爪先つまさき立上たちあがり、きのこふちのこくまなくうちはしなくもそのたゞちにおほきなあを芋蟲いもむし出合であひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
同時に、あの眼のふちの細い真直な線と、細い真直な脣と、鼻の凹みとが、見事に悪魔的に見える皮肉さを見せてゆがんだ。
惡者共は七八人裏手うらてへ廻り立はさみ前後より追迫るにぞ半四郎は彌々いよ/\絶體絶命ぜつたいぜつめいはたふちなるはんの木をヤツと聲かけ根限ねこぎになしサア來れと身構へたり之を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
大きな闇をたたえている運動場のふちを辿っていると、ふと自分と擦れ違いざまに、闇の中へ吸い込まれるように運動場の方へ急いでいる青年があった。
青木の出京 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その代りタイヤは、アアの鋭いふちで削りとられるので、惨憺さんたんたる姿になる。車が通ったあと、アアの塊からしばらく煙が出ていることが珍しくない。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
丘陵おかの間を走ったり、入江のふちを走ったりしていると、一軒の家が星の下に見えました。二人はその戸を叩きました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)