真黒まっくろ)” の例文
ただ黒いかめを一具、尻からげで坐った腰巻に引きつけて、竹箆たけべら真黒まっくろな液体らしいものを練取っているのですが、粘々ねばねばとして見える。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うしろを限る書割かきわりにはちいさ大名屋敷だいみょうやしき練塀ねりべいえがき、その上の空一面をば無理にも夜だと思わせるように隙間すきまもなく真黒まっくろに塗りたててある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
真黒まっくろの木綿著物——胸の釦をはずして幅広の黒帯をだらしなく腰のまわりにくくりつけ、入口へ来るとすぐに老栓に向ってどなった。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
そうしたら真黒まっくろなお月様のような帽子が小さく丸まった狸のようにも見えました。そうかと思うとやはり僕の大事な帽子でした。
僕の帽子のお話 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
蠅が真黒まっくろにたかる。のみ跋扈ばっこする。カナブン、瓜蠅うりばえ、テントウ虫、野菜につく虫は限もない。皆生命いのちだ。皆生きねばならぬのだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
薄白く曇った空からは露がふるとみえ、夜風がひいやりとしめっぽかった。光の弱い稲妻が真黒まっくろな本願寺の大きな屋根を折々あかるくした。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
実だけが真黒まっくろくなって竹垣によりかかって立っている日輪草ひまわりそうをびっくりさせて、垣根の竹の頭で、ぴゅうぴゅうと、笛をならしたりしました。
玩具の汽缶車 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
と是から萩原束が真赤まっかに酔って、耳のあたりまで真黒まっくろ頬髭ほゝひげの生えている顔色がんしょくは、赤狗あかいぬが胡麻汁を喰ったようでございます。
くつも、靴下くつしたも、ふくらはぎ真黒まっくろです。緑の草原くさはらせいが、いいつけをまもらない四人の者に、こんなどろのゲートルをはかせたのです。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
たたみは色が変ってお負けに砂でざらざらしている。かべすす真黒まっくろだ。天井てんじょうはランプの油烟ゆえんくすぼってるのみか、低くって、思わず首を縮めるくらいだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真黒まっくろけたからだおどくるわせてみずくぐりをしているところはまるで河童かっぱのよう、よくあんなにもふざけられたものだと感心かんしんされるくらいでございます。
小便もし、あらゆる汚ない物を流す真黒まっくろな溝であった。私は助け上げ家に入れられて、着物を脱がせられるやら、湯をあびせられるやら大騒ぎであった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
「水車場の土手にはガラスびん破片かけらが星のようにきらめき、犬だか狼だかの真黒まっくろな影が転がるようにけ抜けた」
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
鶏卵をその泥土でいどからわく湯気に置くと二、三分で半熟になり殻が真黒まっくろになる。その真黒な鶏卵を一つ食べて見た。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
十分程すると、私達の立っているところより少しく左にって、第二号船渠ドック扉船とせんから三メートルへだたった海上へ、おびただしい泡が真黒まっくろな泥水と一緒に浮び上って来た。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
甚兵衛はびっくりして、あっ! といったまま、こしぬかさんばかりになって、そこにたおれかかりました。するとその真黒まっくろなものが、からからとわらいました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
桃色の変色してしまったのを重ねた上に、何色かの真黒まっくろに見えるうちぎ黒貂ふるきの毛の香のする皮衣を着ていた。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ホームズは笑いながら、その子供の耳のうしろに、彼の手をやって、その顔から面をはぎ取った。すると石炭のように真黒まっくろい顔をした、小さな黒ン坊の女の顔が現われた。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
全体が真黒まっくろで、水に近いところだけ、真赤に塗ってある、まるで高い高い壁のような汽船の横腹、その前を、海軍将校のような金モールの徽章きしょうの帽子をかぶった船員が
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と少しあまえて言う。男は年も三十一二、頭髪かみうるしのごとく真黒まっくろにて、いやらしく手を入れ油をつけなどしたるにはあらで、短めにりたるままなるが人にすぐれて見きなり。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あの子が夜あそびに出て帰らぬ時は、わたしは何時いつもここに立って真黒まっくろな外を眺めて、もうあの子の足音がしそうなものじゃと耳を澄まして聞いていて、二時が打ち三時が打ち
四日目の夜、空は真黒まっくろな雲に覆われた。バルメラ男爵はいよいよ今夜忍び込むことに決めた。
みな口々に叫んで表へかけ出すので、私も好奇心に駆られて出てみると、西の方角——おそらく海であろうと思われる方角にあたって、大空に真黒まっくろな雲が長く大きく動いている。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
尾鰭おびれがして、真黒まっくろにしてしまうのなどは、せっかくの美味おいしさを台なしにしてしまうものだ。いわば絶世ぜっせいの美人を見るに忍びない醜婦しゅうふにしてしまうことで、あまりに味気ない。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
実際は雨天体操場などという新しい名前はなくて、私たちはたまりと呼んでいた。十分の休み時間には、この溜り一杯胡麻ごまを散らしたように、児童たちが真黒まっくろむらがって走りまわっていた。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ある時、お皿の半分だけしか真黒まっくろにならなかったが、アンポンタンらしい理屈を考えた。どうせ、毎日おばあさんがいてゆくのだからと——今思えば、それが眉墨まゆずみであったのだが——
「ウン」兄は真黒まっくろい山の上に昇った月から眼を離そうともせず返事をしました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この夜も六七人の子供がみんな大きな周囲まわりに黙って座りながら、鉄鍋の下の赤く燃えている榾火ほだびいじりながらはなしている老爺おやじ真黒まっくろな顔を見ながら、片唾かたずを呑んで聴いているのであった
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
別に何も入っていないが、そのあたりには真黒まっくろすすが、うずたかつもっていて、それに、木のきれや、藁屑わらくずなどが、乱雑にちらかっているので実に目も当てられぬところなのだ、それから玄関を入ると、突当つきあたりが台所
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
ラサ府の婦人はまあ顔を洗い手を洗う事位は知って居るけれども、そのはだを見ると真黒まっくろである。つまり人の見るところだけちょっとよく洗って置くという位のもの。上等社会はまんざらそうでもない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
だが彼女は、真黒まっくろになった手を伸ばしてかまどの闇をさぐった。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
真黒まっくろになってやったけれどもれは到頭とうとう出来ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
堀割は丁度真昼の引汐ひきしお真黒まっくろな汚ない泥土でいどの底を見せている上に、四月の暖い日光に照付けられて、溝泥どぶどろの臭気をさかんに発散している。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
はっと袖で囲ってお縫は屋根裏を仰ぐと、引窓がいていたので、すす真黒まっくろな壁へ二条ふたすじ引いた白い縄を、ぐいと手繰ると、かたり。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おどろくまい事かすき通るほど光ってござった王子はまるで癩病らいびょうやみのように真黒まっくろで、目は両方ともひたとつぶれてござらっしゃります。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と云いながら障子を明けてうちへ通ると、六畳ばかりの狭い所に、真黒まっくろになった今戸焼いまどやきの火鉢の上に口のかけた土瓶どびんをかけ、茶碗が転がっている。
ほたるであった。田圃を上りきると、今度は南の空の根方ねかたが赤く焼けて居る。東京程にもないが、此は横浜の火光あかりであろう。村々は死んだ様に真黒まっくろに寝て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「まあ汚いだねえ」と仰言おっしゃって、母様はあなたの生傷のついてる真黒まっくろな膝を洗っておやりになった。そして綺麗きれいになったところで、いつでもこう言いなさる。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
真黒まっくろ帽子ぼうしをかぶり、真黒まっくろふくをつけ、真黒まっくろくつをはき、手にまがりくねったつえっていました。かおには真白まっしろひげえて、そのあいだから大きなが光っていました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
と華大媽は倅をび込んだ。奥の間のまんなかには細長い腰掛が一つ置いてあった。小栓はそこへ来て腰を掛けると母親は真黒まっくろな円いものを皿の上へ載せて出した。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
自動車は先刻さっきの位置へ徐行を続ける。C字カーブの終りの角の直前だ。道がグッと左に折れているので、ヘッド・ライトの光の中には、真黒まっくろな谷間の澄んだ空間があるだけだ。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
一か年真黒まっくろな服を着ていた麗人たちの薄鈍うすにび色に変わったのもえんに見えた。姉君の思っているように、中の君は美しい盛りの姿と見えて、喪の間にまたひときわ立ちまさったようにも思われる。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
辻永は石炭庫のそばから、真黒まっくろになった紙片を拾い出して、私に示した。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
往来を真黒まっくろにうずめている見物の雨傘が一度にゆらいだ。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
巴里パリーの墓地に立つ悲しいシープレーの樹を見るような真黒まっくろな杉の立木に、木陰の空気はことさらに湿って、ひややかに人の肌をさす。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
脊丈のほどもおもわるる、あの百日紅さるすべりの樹の枝に、真黒まっくろ立烏帽子たてえぼし鈍色にぶいろに黄を交えた練衣ねりぎぬに、水色のさしぬきした神官の姿一体。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云いながら見ると、肩巾の広い、筋骨のたくましい、色が真黒まっくろで、毛むくじゃらでございます。実に鍾馗しょうきさまか北海道のアイノじんが出たような様子で有ります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今日は此方のお神楽かぐらで、平生ふだんは真白な鳥のふんだらけの鎮守の宮も真黒まっくろになる程人が寄って、安小間物屋、駄菓子屋、鮨屋すしや、おでん屋、水菓子屋などの店が立つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
與太郎とおさいは、なきながらうちの方へ歩きました。質屋の横町を曲ろうとすると、いきなり真黒まっくろいものにぶつかって、與太郎は泥溝どぶのわきへはね飛ばされました。
たどんの与太さん (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
ナイフで色々ないたずら書きが彫りつけてあって、手垢てあか真黒まっくろになっているあのふたげると、その中に本や雑記帳や石板せきばんと一緒になって、あめのような木の色の絵具箱があるんだ。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)