犠牲ぎせい)” の例文
旧字:犧牲
と云うよりは、むしろ、始からそれほど「主」を大事に思っていない。だから、彼は、容易たやすく、「家」のために「主」を犠牲ぎせいにした。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
“ワシントン、一夜のうちに崩壊ほうかいす——白堊館最初に犠牲ぎせいとなる。危機一髪、ル大統領、身を以てのがれる。崩壊事件の真相全く不明”
とにかく僕ひとりが犠牲ぎせいになれば、何もかもそれで片づくんだ。そう思うと、女の問題だろうと何だろうとかまわんという気もするね。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
……そこでふと思い出されたのは、いつかルーシンの言ったことである——『自分を犠牲ぎせいにすることを、快く感じる人もあるものだ』
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
しかじかの事業はおのれには不利であるが国家的事業であるから、身を犠牲ぎせいにしてこれに当たるなどいうことは、言葉を換えていうと
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
東京帝国ていこく大学の招聘しょうへいに応じて、松江まつえ熊本くまもとの地を去ったことも、同じくヘルンの身にとっては、愛する妻への献身的けんしんてき犠牲ぎせいだった。
「はい、あなたさまのいちばんだいじなものを犠牲ぎせいにしてくださいますなら、わたくしはもういちど生きかえることができます。」
「ああ、俵の旦那も、とうとう阿波の犠牲ぎせいになってしまった……」ふと暗然とつぶやいたが、気を取り直すように立ち上がった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「正三には正三の天分がある。照彦様には照彦様の天分がおありです。どっちをどっちの犠牲ぎせいにしても天下国家のためにならん」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
明治になっても、陸奥むつ宗光むねみつを出し、大逆だいぎゃく事件じけんにも此処から犠牲ぎせい一人ひとりを出した。安達君は此不穏の気の漂う国に生れたのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なにしろ、東京とうきょうでは、幾人いくにんということなく、自動車じどうしゃや、トラックの犠牲ぎせいとなっているから、こののちも、よくをつけなければならない。
空晴れて (新字新仮名) / 小川未明(著)
家のために、自分の名誉を犠牲ぎせいにして、貴下から妙子さんを、兄さんの嫁に貰おう、とそう思ってこちらへ往来ゆききをしているの。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この勝負の目的は恋であって、おたがいの命ではない。勝負さえついてしまえば、あとに残った一人の生命をむざむざ犠牲ぎせいにすることはないのだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
おなかのっているうえに、ゼルビノはひじょうに大食らいであった。だからこれはかれにとっては大きな犠牲ぎせいであった。
それはこんなさびしい田舎暮いなかぐらしのような高価な犠牲ぎせいはらうだけのあたいは十分にあると言っていいほどな、人知れぬ悦楽えつらくのように思われてくるのだった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「自分は一緒に行きたくはないのだが、二人では工合が悪いだろうから、ママのために犠牲ぎせいになって附き合って上げる」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかりといえども勝氏もまた人傑じんけつなり、当時幕府内部の物論ぶつろんはいして旗下きかの士の激昂げきこうしずめ、一身を犠牲ぎせいにして政府をき、以て王政維新おうせいいしんの成功をやすくして
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
おゝこの集団しふだん姿すがたあらはすところ、中国ちうごく日本にほん圧制者あつせいしゃにぎり、犠牲ぎせいの××(1)は二十二しやうつちめた
犠牲ぎせい、献身の尊とさが子供への愛情の中から湧きあがってくるのも、今は唯、不思議だと思うだけである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
これは畢竟ひっきょう世間普通の考えで真実事業の為には便宜の地位を犠牲ぎせいにする位の事は訳のない事であります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もし途中で霧かもやのために懊悩していられる方があるならば、どんな犠牲ぎせいはらっても、ああここだという掘当ほりあてるところまで行ったらよろしかろうと思うのです。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふと、自分が神前にささげた犠牲ぎせい牡牛おうしの、もの悲しい眼が、浮かんで来た。誰か、自分のよく知っている人間の眼に似ているなと思う。そうだ。確かに、あの女だ。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
前に述べたように一定の社会条件があるところでは、もっと平和的で犠牲ぎせいの少ない進化または改良の方法が可能である。そしてできれば革命よりもこの方が望ましい。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
「久子さんも片足犠牲ぎせいにしたんだから、岬勤みさきづとめはもうよいでしょう。本校へもどってもらうことにしたんじゃがな、その足じゃあ、本校へもまだ出られんでしょうな」
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
あのひとが父の犠牲ぎせいとして、寛容の絶頂にあるに引き替え、おれは一匹の南京虫ナンキンむしに等しいからなんだ。
それに、ガンたちといっしょにいたいからこそ、いろんな犠牲ぎせいまでもはらったのではありませんか。
「人それぞれに、五十年の月日を稼がせ給ふは、これみな犠牲ぎせいの修業を積ませ給はんが為なり……」
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
一切の恩愛義理をも犠牲ぎせいにしようとするような人間に対しては、利害一途で、相い争わせ、相いませ、骨髄まで傷つけ合せるのこそ、最大苦痛をあたえることだと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
義明が煩悩ぼんのうたかぶらせ、彼女へ犠牲ぎせいを強いるごとに、彼女は見目よい侍女をもって自分の代わりにあてがった。そうして彼女は遠い所から冷やかにそれを眺めやった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天下のめに一身を犠牲ぎせいにしたるその苦衷くちゅう苦節くせつりょうして、一点の非難ひなんさしはさむものなかるべし。
犠牲ぎせいだとか精神的せいしんてき教育けういくだとか能弁的のうべんてき社界しやかいうつたへながら自らは米国的べいこくてき安楽主義あんらくしゆぎるものなり、即ち義を見て為し得ざる卑怯者ひけうしやなり、即ち脳髄のうずい心臓しんざう性質せいしつことにするものなり
時事雑評二三 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
そんな怖ろしい犠牲ぎせいを主君は家来に向って要求することのできるものだろうか。家来に扶持ふちを与えておけば、その家来からそんな人間性を奪うような犠牲を要求してもいいのか。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
いよいよ確信をたというものの、もしまちがえば他人ひとさまの子を犠牲ぎせいにしなければなりませんから、そのときのジェンナーの祈りこそは純粋じゅんすいなものであったにちがいありません。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
貴様にはまだ文学者じみたセンティメンタリズムが影を潜めてはいないのだ。科学者らしい雄々しさを持て。真理の前には何事を犠牲ぎせいにしても、微笑していられるだけの熱情を持て。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
別に重吉のためにその身を犠牲ぎせいにすることをいとわないというような堅い決心からではない。何事に限らずその時々の場合に従って何の思慮もなく盲動するのがつまりこの女の性情である。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
尾瀬おせが原を戸倉とくらかへるべしと、たちまち一决す、之によりて戸倉にいたるを得べき日数もあらかじ想像さう/″\することを得、衆心はじめて安んじ、犠牲ぎせいに供したる生命せいめいからうじてたもつを得べからしめたり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
「いつか生蕃せいばんカンニング事件のときにも生蕃は手塚の犠牲ぎせいにされたんだぞ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
結局こんな間接のことまで論じていたんじゃきりがない、ただわれわれはまっすぐにどうもいけないと思うことをしないだけだ。野菜も又犠牲ぎせいはらうというがそれはわれわれはよく知っている。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
幾年いくとせかにまたが賊徒ぞくと征伐せいばついくさ旅路たびじに、さながらかげかたちともなごとく、ただの一にちとしてきみのおそばはなれなかった弟橘姫おとたちばなひめなみだぐましい犠牲ぎせい生活せいかつは、じつにそのとき境界さかいとしてはじめられたのでした。
魂があると仮定して、それを望むなら与えもしよう。自分がこの都会の中心に復帰出来るための手段なら、すべてを犠牲ぎせいに投げ出しもしよう。だがこの宮大工上りの五十男の滑稽こっけいな申込みようはどうだ。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
果せるかな、手応てごたえがあって、井神陽吉が飛んだ犠牲ぎせいとなったのである。それからのちは、少くとも表面だけの騒動は前述の通りであった。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おのれの身を犠牲ぎせいにして、社会に貢献こうけんするところあらんとするとか、あるいはこれ実に国家の事業なりとの意をほのめかす者がはなはだ多い。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
双方そうほうとも死力しりょくをつくしてたたかいましたから、容易ようい勝敗しょうはいはつきませんでしたが、おおくの犠牲ぎせいをはらって最後さいごに、ふじのはなくにったのでした。
ひすいを愛された妃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だからもし妻と妻の従弟いとことの間に、僕と妻との間よりもっと純粋な愛情があったら、僕はいさぎよ幼馴染おさななじみの彼等のために犠牲ぎせいになってやる考だった。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は、諸君が朝倉先生留任運動の美名に欺かれて、彼らの劣情の犠牲ぎせいにならないように、敢えてこの機会に警告する。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そして、別れる時に私は、「このことは一切御主人に御話なさらん方がいいでしょう。あなたの秘密を犠牲ぎせいになさる程の大した事件ではありませんよ」
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そりゃあるいは雨も降ろう、黒雲くろくもき起ろうが、それは、惨憺さんたんたる黒牛の背の犠牲ぎせいを見るに忍びないで、天道が泣かるるのじゃ。月がおもておおうのじゃ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
差別界しゃべつかいに住んで居る。煩悩ぼんのうもある。愚痴ぐちもある。我等は精神的に生きんと欲する如く、肉体の命も惜しい。吾情を以て他を推す時、犠牲ぎせいさけびは聞きづらい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
妻にすべてを打ち明ける事のできないくらいな私ですから、自分の運命の犠牲ぎせいとして、妻の天寿てんじゅを奪うなどという手荒てあら所作しょさは、考えてさえ恐ろしかったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしは無性むしょうに腹が立ったが、同時にまた、噴水のほとりのあの仕合せ者になれさえしたら、どんなことでも承知してみせるどんな犠牲ぎせいでもはらってみせる、と思った。……
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)