溜池ためいけ)” の例文
十一月に入って冬至の節に、大垣侯戸田氏正うじまさの家老小原鉄心おばらてっしん溜池ためいけの邸舎に詩筵を開いた。戸田氏の邸は今日の赤坂榎坂町えのきざかちょうにあった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤坂土橋のお濠から、虎の門まで、溜池ためいけ通りは、その頃、夏月遊賞の名所で、多くの蓮を植え、近江鮒おうみぶながピンピン波紋を描いていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吹田村すゐたむら氏神うぢがみの神主をしてゐる、平八郎の叔父宮脇志摩しまの所へ捕手とりての向つたのは翌二十日で、宮脇は切腹して溜池ためいけに飛び込んだ。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
幅三尺ばかりの、ほんの浅い泥溝どぶ川であるが、溜池ためいけに続いているので、そっちから小さな魚や川蝦がのぼって来るのである。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
水底みづそこ缺擂鉢かけすりばち塵芥ちりあくた襤褸切ぼろぎれくぎをれなどは不殘のこらずかたちして、あをしほ滿々まん/\たゝへた溜池ためいけ小波さゝなみうへなるいへは、掃除さうぢをするでもなしにうつくしい。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
当時はまだ今の赤坂溜池ためいけではないので、あそこへ移ったのは、この事件の起きたときより約二十年後の承応三年ですから、このときはまだもと山王
これはネパール国王の王妃おうひがおかくれになった時分に、その功徳くどくおさむるためにこの四里の大林の間には一滴も水がないから、一里毎に溜池ためいけを設けて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
百舌鳥もずが、けたたましくほりの向うで鳴いている。四谷見附から、溜池ためいけへ出て、溜池の裏の竜光堂という薬屋の前を通って、豊川いなり前の電車道へ出る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
自動車は余の嫌いなものゝひとつである。曾て溜池ためいけ演伎座前えんぎざまえで、微速力びそくりょくけて来た自動車をけおくれて、田舎者の婆さんが洋傘こうもりを引かけられてころんだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
平線儀は、その頃田畑用水掛井手かけいで溜池ためいけなどを築くときに水盛違いで仕損じるのを防ぐためなのでした。
平賀源内 (新字新仮名) / 石原純(著)
さあ、はつきりした事は申上げられませんが、溜池ためいけで、フトそんな女の人を見掛けたことがあります。
後玉川上水が開かれると、その溜池ためいけにもなったが、今は東京都水道の補助水になることもあります。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
「ほかじゃねえが、これから赤坂御門外へ行って、溜池ためいけ麦飯むぎめし茶屋を、洗ってくんねえ」
「幸い今日は主親しゅうおやの命日というでもなし、殺生をするにはあつらえ向きじゃ。下町からのたくって来た上りうなぎを山の手奴が引っつかんで、片っ端から溜池ためいけの泥に埋めてやるからそう思え」
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
外へ出たが直ぐ帰えることも出来ず、さりとて人に相談すべき事ではなく、身に降りかかった災難を今更の如く悲しんで、気抜けした人のように当もなく歩いて溜池ためいけそばまで来た。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
自動車はもう、日比谷公園の中から虎の門を横筋かいに、溜池ためいけとおりを突き抜けている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのひっそりとした夜の静けさを破って、溜池ためいけか虎の門方面にまた戦勝の号外屋でも走っているのであろうか、曲りカーブきしっている電車の響きの間々から遠く躍るような鈴の音が聞えていた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
たぶん溜池ためいけの火の烟でそれが日比谷ひびやの烟と一つになって見えたのであろう。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
車につんで、溜池ためいけの方にある被服廠ひふくしょう下請したうけをしている役所へはこびこまれて行く、それらの納めものが、気むずかしい役員のためにけちをつけられて、素直に納まらないようなことがざらにあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
こなひだも溜池ためいけに水が出て、梅龍の家の揚板の下まで水が這入つた時も、自分の荷物だけはちやんと二階の安全な所へ納つて置いてから、尻つぱしよりで下をはしやぎ廻つたといふ利己的な奴である。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
足の向くがまゝ芝口しばぐちいで候に付き、堀端ほりばたづたひにとらもんより溜池ためいけへさし掛り候時は、秋の日もたっぷりと暮れ果て、唯さへ寂しき片側道。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中にも利安は伊丹の町の銀屋をかたらつて、闇夜あんやに番兵を欺き、牢屋の背後の溜池ためいけおよいで牢屋に入り、孝高に面會した。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
水底のその欠擂鉢、塵芥ちりあくた襤褸切ぼろぎれ、釘のおれなどは不残のこらず形を消して、あおい潮を満々まんまんたたえた溜池ためいけ小波さざなみの上なる家は、掃除をするでもなしに美しい。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初舞台は溜池ためいけのローヤル館で、やがて浅草の世界館へ出るころは、ひとかどの顔になっていた。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
功徳くどく溜池ためいけと銃殺の権利 その森林の四里の間は一里ごとに大なる溜池があり、その溜池に鉄管が通じて居って往来の人に水を供給するようになって居る。その水は実に清水せいすいである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
權六 幸ひ今日は主親しゆうおやの命日といふでも無し、殺生するにはあつらへ向きぢや。下町からのたくつて来た上り鰻、山の手奴が引つ掴んで、片つぱしから溜池ためいけの泥に埋めるからさう思へ。
番町皿屋敷 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
先年溜池ためいけにて愚僧が手にかゝり相果て候かの得念が事、また百両の財布取落とりおとし候さむらいの事も、その後は如何いかが相なり候と、折々夢にも見申みもうし候間
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もやか、きりか、朦朧もうろうとした、灰色の溜池ためいけに、色もやや濃く、いかだが見えて、天窓あたままるちいさな形が一個ひとつ乗ってしゃがんで居たが、煙管きせるくわえたろうと思われる、火の光が、ぽッちり。
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秀麿は大学に行くのに、綾小路は画かきになると云って、溜池ためいけの洋画研究所へ通い始めた。それから秀麿がまだ文科にいるうちに、綾小路は先へ洋行して、パリイにいた。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
老樹鬱蒼として生茂おひしげ山王さんわう勝地しようちは、其の翠緑を反映せしむべき麓の溜池ためいけあつて初めて完全なる山水さんすゐの妙趣を示すのである。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
おどろいて、じつとれば、おりうげた卷煙草まきたばこそれではなく、もやか、きりか、朦朧もうろうとした、灰色はひいろ溜池ためいけに、いろやゝく、いかだえて、天窓あたままるちひさかたち一個ひとつつてしやがむでたが
三尺角拾遺:(木精) (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは銀座に立てられた朱骨のぼんぼりと、赤坂溜池ためいけの牛肉屋の欄干が朱で塗られているのを目にして、都人とじんの趣味のいかに低下しきたったかを知った。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
裏庭うらにはとおもふあたり、はるおくかたには、のやゝれかゝつた葡萄棚ぶだうだなが、かげさかしまにうつして、此處こゝもおなじ溜池ためいけで、もんのあたりから間近まぢかはしへかけて、透間すきまもなく亂杭らんぐひつて
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
震災ののち、わたくしの家に遊びに来た青年作家の一人が、時勢におくれるからと言って、無理やりにわたくしを赤坂溜池ためいけの活動小屋に連れて行ったことがある。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
溜池ためいけ真中まんなかあたりを、頬冠ほおかむりした、色のあせた半被を着た、せいの低い親仁が、腰を曲げ、足を突張つッぱって、長いさおあやつって、の如く漕いで来る、筏はあたかも人を乗せて、油の上をすべるよう。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「別墅ノ谷中ニアル者園ヲ賜春トなづク。多ク春花ヲ植ヱ、氷川ニアル者園ヲ錫秋ししゅうト名ク。多ク秋卉しゅうきウ。しこうシテ石浜ニ鴎窼おうかアリ。溜池ためいけニ八宜アリ。青山ニ聴松アリ。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
水ッてのは何、深川名物の溜池ためいけで、片一方は海軍省の材木の置場なんで、広ッ
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
浅草寺境内せんそうじけいだい弁天山べんてんやまの池も既に町家まちやとなり、また赤坂の溜池ためいけ跡方あとかたなくうずめつくされた。それによって私は将来不忍池もまた同様の運命に陥りはせぬかとあやぶむのである。
もののいろもすべてせて、その灰色はひいろねずみをさした濕地しつちも、くさも、も、一部落ぶらく蔽包おほひつゝむだ夥多おびたゞしい材木ざいもくも、材木ざいもくなか溜池ためいけみづいろも、一切いつさい喪服もふくけたやうで、果敢はかなくあはれである。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ヨウさんは溜池ためいけ三河屋みかわやへ電話をかけわたしに晩餐ばんさん馳走ちそうしてくれた。わたしは家へと帰る電車の道すがら丁度二、三日前から読みかけていたアンリイ・ド・レニエーが短篇小説。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ものの色もすべてせて、その灰色にねずみをさした湿地も、草も、樹も、一部落を蔽包おおいつつんだ夥多おびただしい材木も、材木の中を見え透く溜池ためいけの水の色も、一切いっさい喪服もふくけたようで、果敢はかなくあわれである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「中島さん、どなたか見えましたよ。」とその時硝子屋ガラスやのおかみさんの声がしたので、重吉は梯子段はしごだんを三、四段降りながら下をのぞくと、昨日の午後溜池ためいけの角で出逢であったかの玉子である。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まったくねえ、お前さん、溜池ためいけからいて出て、新開の埋立地で育ったんですから、私はそんなに大した事だとも思いませんでしたが、成程、考えて見ると、そのお持物は、こりゃちと変でしたね。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遂に夜な/\恐しき夢に襲はれ候やうに相なり候間、せめて罪滅つみほろぼしにと、慶蔵の墓のみならず、往年溜池ためいけにて絞殺しめころし候浄光寺の所化しょけ得念とくねんが墓をも、立派に建て、厚く供養くようは致し候へども
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
やがて、赤坂檜町ひのきちょうへ入って、溜池ためいけへ出た。道筋はこうなるらしい。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヤアさんというのは赤阪あかさか溜池ためいけの自動車輸入商会の支配人だという触込ふれこみで、一時ひとしきりは毎日のように女給のひまな昼過ぎを目掛けて遊びに来たばかりか、折々店員四、五人をつれて晩餐ばんさん振舞ふるまう。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
溜池ためいけ屋舗やしきの下水落ちて愛宕あたごしたより増上寺ぞうじやうじの裏門を流れてこゝおつる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
溜池ためいけ屋舗やしきの下水落ちて愛宕あたごしたより増上寺ぞうじょうじの裏門を流れてここおつる。
溜池ためいけまで来た時、うしろからやっと一輛いちりょう満員の車が走って来た。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤坂区内では○溜池ためいけ桐畠の溝渠。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)