温順おとな)” の例文
「これ、温順おとなしく寝てるものを、そうッとして置くが可い」とお種は壁に寄せて寝かしてある一番幼少ちいさい銀造の顔をのぞきに行った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうすると、内輪に歩くということ、人形のように温順おとなしくしているということなどが「女らしさ」の一つの条件であることは確かです。
「女らしさ」とは何か (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
「えゝ/\、夫れは本当においしいのよ。これから谷川へ行つて、うんと捕つて来てあげるから、此所ここ温順おとなしく待つておいで。」
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
我が同類を殺しはせぬかとうたぐっての事であろう、もっとも千万、しかわれ強力ごうりきに恐れてか、温順おとなしくなったとは云うものゝ、油断はならぬわい
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
うた子さんはそれから毎日、三人で温順おとなしく遊びました。本を見たり、絵や字をかいたり、お手玉をしたりして日が暮れると、二人は揃って
青水仙、赤水仙 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
彼が怒り出すと、どうしてあんなに温順おとなしかった息子が斯うも変ったらうかと母は目をみはって、ハラハラし乍ら、彼が妹を叱るのを見て居た。
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
また温順おとなしい当り前の書き方ですから、特にどうということはありませんが、その人の見識がそれでよいならば、それでよかろうと思います。
それに私なんかう見えても温順おとなしいんだから、鉄火てつかな真似なんかとても柄にないの。ほんとうに温順しい花魁おいらんだつて、みんながう言ふわよ。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
返事は聞えなかったが、次のつつみを投出す音がして、直様すぐさま長吉は温順おとなしそうな弱そうな色の白い顔をふすまの間から見せた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
世間からは傲慢ごうまん一方の人間に、また自分たち家族に対しては暴君タイラントの良人が、食物に係っているときだけ、温順おとなしく無邪気で子供のようでもある。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
温順おとなしい、美しい方ですねえ。今日はいつもよりも綺麗に見えた。あなたがお惚れになるのも無理はないと思いました」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
また月島の方のある工場ではやはり軍需品を嫌でも応でも温順おとなしく作らせるべく全職工を強制的に国粋的色彩の御用団体にまとめ上げてしまった。
メーデーに備えろ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
だから読む方の力は今の人達より進んで居た様に思われるが、然し生徒の気風に至っては実に乱暴なもので、それから見ると今の生徒は非常に温順おとなしい。
落第 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おゝ、おかへりになりましたとも、そして今頃いまごろは、あの保姆ばあやや、番頭ばんとうのスミスさんなんかに、おまへ温順おとなしくおふねつてことはなしていらつしやるでせう。
見眞似みまね温順おとなしづくり何某學校なにがしがくかう通學生中つうがくせいちゆう萬緑叢中ばんりよくさうちゆう一點いつてんくれなゐたゝへられてあがりの高髷たかまげ被布ひふ扮粧でたち廿歳はたち
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あの温順おとなしい女にも、中々濶達かったつな所がある、所謂近江商人の血が流れて居る、とあとで彼等は語り合った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
彼の姿が見えなくなってから二三日というもの、見知らぬ男女がどやどやと箱のぐるりであばれて家の様子が変ったので、小さな動物は脅えたように温順おとなしかった。
モルモット (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
この以後自分と志村は全く仲がくなり、自分は心から志村の天才に服し、志村もまた元来が温順おとなしい少年であるから、自分をまたなき朋友ほうゆうとして親しんでくれた。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
老いてはたのむ子供のあることが何よりの力であり、その羸弱ひよわい子供を妻が温順おとなしくして大切に看取り育ててくれさへすればと、妻の心の和平が絶えずいのられるのだつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
むしろ、昔ながら温順おとなしくつて控へ目で精神的な友人の好意と同情を持つてゐたのであつた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
チベット人は外見は温順おとなしくってよく何もかも考えるですが、一体勉強の嫌いな質でごくごく怠惰たいだな方で、不潔でくらすのも一つは怠惰なところそこから出て来たようにもあるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
平生いつもは猫のように温順おとなしい綱行がちょっとした事で綱右衛門に喰ってかかったので
お化の面 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
何となく祖母を味方のように思っているから、祖母が内に居る時は、私は散々我儘を言って、悪たれて、仕度三昧したいざんまいを仕散らすが、留守だと、萎靡いじけるのではないが、余程よっぽど温順おとなしくなる。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
よし子は、温順おとなしく眼を伏せてうなずいたが、美和子は
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『でドーブレクが温順おとなしくそれを渡したかね?』
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
「今に当方の用事が済んだら出してあげるよ。ここまで来て了えば、いくら騒いでも到底のがれる事は出来ないのだから、その積りで諦めるが可い。別に心配する事はない。晩の十時まで温順おとなしく此処にいればそれでいいのだ」
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「やい畜生、温順おとなしく往生しろよ」
「今日は大層温順おとなしいのねえ」
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
幸三郎はおりゅうにすっかりだまされまして、あれは世間へ出るのが嫌いで、至って温順おとなしい、志も感心なものだ、芝居も見たがりもせず
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『御医者様が入来いらッしゃるとお水を下さる』そんなこと言ってだましましたら、ようやくそれで温順おとなしく成ったところなんですよ……
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ほんとに温順おとなしい、品のいいお嬢さんですこと。うた子と遊んでいると、うちにいるかいないかわからない位ですわね」
青水仙、赤水仙 (新字新仮名) / 夢野久作海若藍平(著)
返事はきこえなかつたが、つぎつゝみ投出なげだす音がして、直様すぐさま長吉ちやうきち温順おとなしさうな弱さうな色の白い顔をふすまあひだから見せた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「此所に温順おとなしくしておいで、ね、賢い児だから……」と言つて、お母さんは黒ちやんのせなかを優しくたたいてやりました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
初めは皆なも、平常ふだんから、あんな温順おとなしいに似ず、どうかすると、よく軽い戯談じょうだんなどを言ったりすることもあるので
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
一度脳をわずらったりなどしてから、気に引立ひったちがなくなって、温順おとなしい一方なのが、彼女かれには不憫ふびんでならなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あんまり御前が温順おとなし過るから我儘わがままがつのられたのであろ、聞いたばかりでも腹が立つ、もうもう退けてゐるには及びません、身分が何であらうが父もある母もある
十三夜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひとりいてるといへば至極しごく温順おとなしくきこえるが、其癖そのくせ自分じぶんほど腕白者わんぱくもの同級生どうきふせいうちにないばかりか、校長かうちやうあまして數々しば/\退校たいかうもつおどしたのでも全校ぜんかうだい一といふことがわかる。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
理兵衛の趣味としてこれ一つくらい続けさせねば、理兵衛は温順おとなしくしていないだろう。そういう三人の監督なので総領息子の清太郎の育て方にも、ある種の掣肘せいちゅうが加えられました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「何か、何かッて、お前達は食べてばかりいるんだね。温順おとなしくして遊んでいると、父さんがまた節ちゃんに頼んで、御褒美ごほうびを出してもらってやるぜ」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんな事は思いまったら宜かろう、それより相変らず当家に奉公してればわしあれ温順おとなしい事も看抜みぬいてるから、後々には私も力になってやろう
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ひとふなり温順おとなしう嫁入よめいつてわたしを、自然しぜん此樣こんうんこしらへていて、盲者めくらたにつきおとすやうなことあそばす、神樣かみさまといふのですかなんですか、其方そのかたじつうらめしい
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
いくらか温順おとなしくなつたやうに見えたが、それも日がたつに従つて、前よりも一層附けあがつて来た。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼女はそれでまた温順おとなしく、「へえ」とうなずきながら両手の襦袢じゅばんそででそっと涙を拭いている。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
女性的で温順おとなしい恰好をしているなぞ、随分矛盾した特徴を持った顔で、全体を綜合した印象から云っても、ちょっとどんな性格か要領の得難えにくい表情と云わねばならぬ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
独で画を書いているといえば至極温順おとなしく聞えるが、そのくせ自分ほど腕白者わんぱくものは同級生のうちにないばかりか、校長が持て余して数々しばしば退校をもっおどしたのでも全校第一ということが分る。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
兄は「うむ、さうか」と温順おとなしく返事をしたので、かえつて気が痛みかけた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
不思議ふしぎにもそのとしとつたへび動物園どうぶつゑんにでもるやうに温順おとなしくしててついぞ惡戲いたづらをしたといふことをきません。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
いくら温順おとなしいたってからにわりい奴にでもくっついて、え、おう、智慧え附けられてい気になって、其の男に誘われてプイと遠くへくめえもんでも
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此方で何処までも温順おとなしく苦笑で、済していれば付け上って虫けらかなんぞのように思っている。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
竹村たけむらはその温順おとなしさと寛容くわんようなのに面喰めんくらはされてしまつた。彼女かのぢよやはらかで洗煉せんれんされた調子てうしから受取うけとられる感情かんじやうると、しかしかんがかたが、きはめて自然しぜんえるのであつた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)