ゆる)” の例文
旧字:
宮路、冠山の二城を失って、七城連環の敵の外輪は、その防禦陣に歯の抜けたようなゆるぎを呈し出した。一歯を失えば両歯がゆらぐ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
憎まれている家では飯時めしどきにやたらにこの綱をゆるかされてなべ薬罐やかんも掛けておくことができなかった、というような話も残っている。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
昨夜二更一匹の狗子くし窓下に来ってしきりに哀啼あいていす。筆硯ひっけんの妨げらるるをにくんで窓を開きみれば、一望月光裡いちぼうげっこうりにあり。寒威惨かんいさんとしてゆるがず。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
草鞋わらじ脚絆きゃはんいかめしく、小山のゆるぎ出たように歩き出して来たものですから、新しい人だか、古い人だか、ちょっと見当がつかなくなりました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
北九州地方は、このために、日の丸の旗に埋めつくされ、凱旋部隊を歓迎する声のどよめきは、文字どおり、天にとどろき、地をゆるがした。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ホラ大変!、母も武も驚ろいたことといつたら、ねるやら、るやら、もがくやらで、四百もある魚のことですから、舟もゆるばかりでした。
鼻で鱒を釣つた話(実事) (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
汽車はときどき立ちどまって、水と燃料の薪を積みこみ、そうして思い出したようにまた遠い残光をさしてゆるぎ出すのだ。
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
と無意識に小児こどもの手を取って、卓子テイブルから伸上るようにして、胸を起こした、帯の模様の琴の糸、ゆるぐがごとく気を籠めて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さあ御乗んなさいと勧めながら、すぐ御者台の方へ向いて、総裁の御宅までと注意を与えた。御者はすぐむちった。車は鳴動のうちゆるした。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
てられる立禁たちきんふだ馘首かくしゆたいする大衆抗議たいしうこうぎ全市ぜんしゆるがすゼネストのさけび。雪崩なだれをはん×(15)のデモ。
起きて焚火をする音に南日君も目を覚して、二言、三言話したかと思うと又ごろり横になって、大袈裟にいえば鼾声かんせい小屋をゆるがさんばかりであった。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いっこう平気な顔で「ほとほとに(女洞の掛言葉)舟は渚にゆるるなり、あしの下ねの夢ぞよしあし」などとろうがわしい和歌を詠み、面憎いようすだった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
緋桃白桃の影をおぼろにゆるがせる雛段の夜の灯を、お道は悲しく見つめた。來年も再來年も無事に雛祭が出來るであらうか。娘はいつまでも無事であらうか。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
花房一郎の腕からけようとして、暫らくは死物狂いで争いましたが、恐ろしい剛力に締め付けられて、貧乏ゆるぎも出来ないとわかると、あきらめた様子で
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
錨を抜いた港から、汽笛と共にゆるぎ出て、乗ツてる人の目指す港へ、船首へさきを向けて居る船にはちがひない。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それから車のゆるぎ出す音——軋りつつ、車は牽かれ、車は急ぎ、それも聞えなくなつてしまつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
北方人の魂がけっしてよく知り得ないような、日の照り渡った静寂とゆるぎない観照とをむさぼる性質をそなえており、平和な生活を官能的に享楽する性質をそなえていた。
しかし此処もいつ浸水するか分らないし、悪くすれば線路の下の地盤がゆるぎ出すかも知れない。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
うです。これで不足はないじゃろう。はゝゝゝゝ。」と、荘田は肩をゆるがせながら笑った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「自分には、この世に、生れたり死んだりするものの外に何か永劫えいごふに変らない、少しのゆるぎすらないる理法と云つたやうなものが存在してゐるやうな気がしてならない。」
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
詩には何をいても気象が立っていなければならない。たけ高いすがたである。どんなに柔艶な言葉を弄しても、底の底からゆるぎのないいきざしが貫き通っていなくてはならない。
幌が少し破れて、雨がぽたり/\と漏ります。梶棒の尖端とっさきを持ってがた/\ゆるがせて、建部の屋敷裏手までまいると、藤川庄三郎曲り角の所から突然だしぬけ車夫しゃふの提灯を切って落した。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
やがて、香煙こうえんゆるがせて、おそおそふすまあいだからくび差出さしだしたのは、弟子でし菊彌きくやだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
『独異志』に劉牧南山野中に果蔬かそを植えると人多く樹をそのむ、にわかに二虎来り近づき居り牧を見て尾をゆるがす、我を護るつもりかと問うと首をせてさようと言うていだった
ウワーッ! という歓声、ただもう大歓声で、シャンデリヤの輝く大天井だいてんじょうゆるぎ落ちるかと思うような感激の旋風が、一階席からも二階席からも三階席からも四階席からもき起った。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二三の漁火ぎょかの星の如く、遠くちらつくと、稀に、銚子行汽船の過ぐるに当り、船燈長く波面にゆるき、金蛇隠現いんけんする如きを見るのみにして、樹林無く、屋舎おくしゃ無く、人語馬声無く、一刻一刻
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
湯に入って(自分はいただけで)折詰の御馳走を喰うて、珍しく畳の上に寐て待って居ると午後三時頃に万歳万歳、という声が家をゆるかして響いた。これは放免になった歓びの叫びであった。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
また山を越えると、踏まえた石が一つゆるげば、千尋ちひろの谷底に落ちるような、あぶない岨道そわみちもある。西国へ往くまでには、どれほどの難所があるか知れない。それとは違って、船路は安全なものである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この怪物の家がゆるぎ始める。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
大気たいきゆるがしみだるれば
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二十八宿星座せいざゆる
しやうりの歌 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
隣邦の中国では、大同だいどうに兵乱があり、遼東りょうとうが騒いだりしていたが、げんの国号をあらためてみんとしてから、朱氏しゅし数百年の治世はまだゆるぎもしなかった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
手の汗を、ずぼんの横へこすりつけて、清めた気で、くの字なりに腕を出したは、短兵急に握手のつもりか、と見ると、ゆるがぬ黒髪に自然おのず四辺あたりはらわれて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし葉子の心は水が澄んだようにゆるがなかった。葉子はそうしたまま短銃をまたひざの上に置いてじっとながめていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかも夜のしらしらと明けて、さわやかな微風が緑の葉をゆるがす時刻だけはどれもこれも約半時ほどの間、同じようなゆるい調子で同じ一つの音を上下している。
「曙井戸の茶碗が出て来さえすれば、二万両の金が入るのだよ。浅田屋は貧乏ゆるぎもしないだろうよ」
女は洗えるままの黒髪を肩に流して、丸張りの絹団扇きぬうちわかろゆるがせば、折々はびんのあたりに、そよと乱るる雲の影、収まれば淡きまゆの常よりもなお晴れやかに見える。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼にとっては、何物も存在しないように思われた。そうだ、馬車もその無慈悲な響きで舗石をゆるがしてはしなかった。通行人もそのれた雨傘で彼に突き当たりはしなかった。
宵にこんな物はなかった筈だがと思いながら、彼はそれを手に取ってながめると、虎は急に眼がさめたように不格好な首を左右にふらふらとゆるがした。しかしお駒は醒めなかった。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女は涙をはらりと落して、竜之助の前にがっくりと結立ゆいたての髪をゆるがしての歎願です。
と思うと共に、きこえぬ霹靂へきれきの大きな音がわたくしを振りゆるがして気をひき立てた。もともと異教徒であったパウロがダマスコの町へ入る途中、大きな光にめぐり照らされて地に倒れた。
そして小姓たち数名と、堀尾茂助、浅野弥兵衛、その他三十騎ほどの者に囲まれて、山門からゆるぎ出す兵列を見ていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心持こゝろもち余程よほど大蛇だいじやおもつた、三じやく、四しやく、五しやく、四はう、一ぢやう段々だん/″\くさうごくのがひろがつて、かたへたにへ一文字もんじさツなびいた、はてみねやまも一せいゆるいだ
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
何にも言わずに、白い眼で平次と久三郎を見上げながら、小刻みに貧乏ゆるぎをしているのでした。
ほとんど眠るひまをもたなかったクリストフは、子供たちが自分に代わって眠りを楽しみ、魂の休息や信念の安全や、おのれの夢想にたいするゆるがない絶対の信頼などをもつことを
ゆるだけという岩はそのまん中に立っていて、首ひきの綱に引っ掛かってゆるいだから揺嶽、山に二筋のくぼんだところがあって、そこだけ草木の生えないのを、綱ですられたあとだといい
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
倫理学者や、教育家や、家庭の主権者などもそのころから猜疑さいぎの目を見張って少女国を監視し出した。葉子の多感な心は、自分でも知らない革命的ともいうべき衝動のためにあてもなくゆるぎ始めた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一陣の凉風が青い蔭をゆるがしてさっと通る。
御堀端三題 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
涼風すずかぜならぬ一陣の凄風せいふう、三人のひっさげがたなにメラメラと赤暗い灯影ほかげゆるがした出会であがしら——とんとんとんとやわらかい女の足音、部屋の前にとまって両手をついた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ありッたけくちばしを赤く開けて、クリスマスにもらったマントのように小羽を動かし、胸毛をふよふよとゆるがせて、こう仰向あおむいて強請ねだると、あいよ、と言った顔色かおつきで、チチッ
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)