手綱たづな)” の例文
ふたりとも、黒っぽい洋服を着、長い靴をはき、細いむちを持っていました。鞭や手綱たづなには、何かきらきら光るものがついていました。
金の目銀の目 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
にもと思う武士達の顔をズラリと一渡り見廻してから彼は手綱たづなを掻い繰った。馬は粛々と歩を運ぶ。危険は瞬間に去ったのである。
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
若者わかものは、近所きんじょぬのたんわりに、手綱たづなとくつわをってうまにつけますと、さっそくそれにって、またずんずんあるいて行きました。
一本のわら (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
 千仭せんじんがけかさねた、漆のような波の間を、かすかあおともしびに照らされて、白馬の背に手綱たづなしたは、この度迎え取るおもいものなんです。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬の口からは真赤な腰紐が手綱たづなである。乗手はそれをグングンと引いて、ハイシイハイシイと腰で調子を取って行く。見事な調馬師だ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
サービスは手綱たづなをとって、だちょうの目かくしをはずした。その一せつな! だちょうはかなたの森をさしてまっしぐらに走りだした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
聞ぬ中は知れやせん成程然樣で有う元は遠州ゑんしうの者在所に居る時は九郎兵衞と云たが今は何と云かと云顏をくだんの馬士は熟々つく/″\見て手綱たづな
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
すこしへだてて、一群の騎馬隊が燦々さんさん手綱たづなくつわをそろえて来るのが見えた。中ほどにある年歯ねんしまだ二十一、二歳の弱冠が元康その人だった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太郎は、そこを栗毛くりげの裸馬にまたがって、血にまみれた太刀たちを、口にくわえながら、両の手に手綱たづなをとって、あらしのように通りすぎた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
馬から下りて手綱たづなを引っぱったりして、遊びながら東の方へ歩いて行ったのを見た者があるといいましたから、それではないかと思います。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手綱たづなをかいくる手首の自由な屈撓性くっとうせいを養うために、手首をぐるぐる回転させるだけの動作を繰り返しやらされるそうである。
「手首」の問題 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこで亭主の羚羊の方は先生さま、嬶の羚羊はお嬢さまが手綱たづなをつけて『大平場グラン・プラトオ』の下まで引っぱって来るんでございまス。
「もうこれでいいから、しまいに大麦を一俵わたしに下さい。そしてこの手綱たづなをゆるめておいて、すぐに船へお乗りなさい。」
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
二十四、五かと思われる屈強な壮漢わかもの手綱たづないて僕らの方を見向きもしないで通ってゆくのを僕はじっとみつめていた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうそうわたくし現世げんせ見納みおさめに若月わかつき庭前にわさきかせたとき、その手綱たづなっていたのも、矢張やはりこの老人ろうじんなのでございました。
マンは、手綱たづなをにぎって、一散に、街の方に、馬を飛ばした。蹴散らされる雪といっしょに、花札や、骰子さいころが弾ねとんだ。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
すると、あくまで剛情ごうじょううまきゅうあばして、こうの百しょうをそこに蹴倒けたおして、手綱たづなって、往来おうらいしたのでした。
駄馬と百姓 (新字新仮名) / 小川未明(著)
だが一度手綱たづなを取ると、彼は、すぐにそれをあやつつて、鞍に飛び乘つた——その努力をしてゐたとき、彼はひどく顏を顰めた、挫傷がねぢれたのだ。
と和太郎さんは、手綱たづなを松の太いみきにまきつけながら、いいました。牛はいつものようにおとなしくしていました。
和太郎さんと牛 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
御者は、御者台の上で体をひねってうしろの座席の伸子たちにそう説明しながら、ゆっくり手綱たづなをさばき、その記念像の正面へ馬車をまわしかけた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
青年期への新入者は性慾を抑制するすべを知らない。手綱たづなをかけられぬ性慾はほしいままに荒れまわる。鶴見は最初から性慾道をそんな風に経験したのである。
馭者は心得て鞭を挙げて敬礼をしながら、手綱たづなを取ってしゃくりますと、馬車は忽ち王宮の方へと走り出しました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
その小門より奥行五間ばかり中庭に入って静かに立って見ますと、左右の壁には勇壮活発なモンゴリヤ人が虎の手綱たづなを引張って居る図が描かれてある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「そこでクレオパトラがどうしました」とおさえた女は再び手綱たづなゆるめる。小野さんはけ出さなければならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
トヨの手綱たづなは、源吉じいさんに握られているが、爺さんの姿は、トヨに劣らないくらい、十分にけだるそうである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
その次の瞬間、青は、坑夫の手から手綱たづなを奪ってけ出した。頭から掩いをされたまま一散に駈け出した。
狂馬 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
天皇を兵庫の御道筋おみちすじまで御迎え申し上げたその時の有様を形にしたもので、おそれ多くも鳳輦ほうれんの方に向い、右手めて手綱たづなたたいて、勢い切ったこま足掻あがきを留めつつ
第一にくらといい、あぶみといい、手綱たづなといい、いっさいの馬具が相違しているのであるから、いかなる素人でも西洋馬と知らずに牽き去るはずがないと、彼は思った。
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山三郎は此の馬を見まするとい白馬だ、白馬と申しても濁酒にごりざけとは違います、実に十寸ときもある大馬で、これに金梨地きんなしじの蒔絵の鞍を置き、白と浅黄あさぎの段々の手綱たづな
やがて二頭曳にとうびきの馬車のとどろきが聞えると思うと、その内に手綱たづなひかえさせて、緩々ゆるゆるお乗込になっている殿様と奥様、物慣ものなれない僕たちの眼にはよほど豪気ごうぎに見えたんです。
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
そのため御者はめちゃめちゃに馬にむちをあてたり、手綱たづなをぐっと引きしぼったりしました。それで、馬はふうふうあわをふきだしていました。馬は若くて元気でした。
シャンシャンと手綱たづなの鈴が鳴ってです。小諸こもろ………出て見いりゃ、となります。小諸節ともいいます。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そして、自分の馬の手綱たづなをわたしにあずけると、しばらくその丸太積みのそばで待っているように言いつけて、自分は細い横町へ折れるなり、姿を消してしまった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
それでは使われるほうも、手綱たづなでもつけて引きまわされるような具合で、必ず窮屈なことであろう。
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
もとよりどぶも道路も判らぬのである。たちまち一頭は溝に落ちてますます狂い出す。一頭はひた走りに先に進む。自分は二頭の手綱たづなを採って、ほとんど制馭せいぎょの道を失った。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
男はあぶみをとって、わたしをまず馬の上にのせてくれましたが、彼は鞍の上に手をかけたかと思うとたちまちほかの馬に乗り移って、膝で馬の両腹を押して手綱たづなをゆるめました。
「あれに出喰わしたら、こう手綱たづなを持っているだろう、それのこちら側へ避けないと危いよ」
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
まこと言ひかはせし事だになけれども、我のみの哀れは中々に深さの程こそ知れね、つれなき人の心に猶更なほさら狂ふ心の駒を繋がむ手綱たづなもなく、此の春秋はるあきは我身ながらつらかりし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
雪をいていた者は雪払ゆきかきめる、黄色い真綿帽子を冠った旅人の群は立止る、岩村田がよいの馬車の馬丁べっとう蓙掛ござがけの馬の手綱たづなを引留めて、身を横に後を振返って眺めておりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女の肩からすべちた一束の黒髪は、差し延べた白い片腕にからまりながら、太陽の光りを受けた明るい泉の水面へ拡った。長羅は馬の手綱たづなを握ったまま彼女の姿を眺めていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それをば無理無体に荒くれた馬子供まごども叱咜しったの声激しく落ちた棒片ぼうぎれで容捨もなく打ちたたく、馬は激しく手綱たづなを引立てられ、くつわの痛みに堪えられぬらしく、白い歯をみ、たてがみを逆立て
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
むちは持たず、せをしたように頭を低めて、馬の背中にぴたりと体をつけたまま、手綱たづなをしゃくっている騎手の服の不気味な黒と馬のどうにつけた数字の1がぱっと観衆のにはいり
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「ふしだらな真似をして、後で後悔しないがいいよ」とソフィヤが言った、「聞いたろう、マーシェンカの話を。足蹴あしげにされる、手綱たづなでひゅうひゅう打たれる。お前さんも用心おしよ。」
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
長い影を地にひいて、痩馬やせうま手綱たづなを取りながら、れは黙りこくって歩いた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
西洋の狩猟の絵に見るような黒い鳥打とりうち帽子をかぶり、霜降しもふりの乗馬服に足ごしらえもすっかり本式なのが、むち手綱たづなと共に手に持って、心持前屈まえかがみの姿勢をくずさず、振向きもせずに通り過ぎた。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
往きはまず無事、御評定所で御墨付を受取り、一応懐紙をふくんで改めた上、持参の文箱に移して御評定所を退き、東雲しののめまたがって、文箱を捧げ加減に、片手手綱たづなでやって来たのは牛込見附です。
停車場ギヤアルの前には御者ぎよしや台に鞭をてて御者ぎよしや帽をかぶつた御者ぎよしや手綱たづなを控へて居るひんの好い客まちの箱馬車が十五六台静かに並んで居た。ぐ左手に昔の城を少し手入して其れに用ひた博物館がある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ウォルコフは、手綱たづなをはなし、やわい板の階段を登って、ドアを叩いた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
むちを必要とする弟子もあれば、手綱たづなを必要とする弟子もある。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
達二は、牛の手綱たづなをその首からいて、引きはじめました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)