あらし)” の例文
そして、そこから私が身を起こしたころには、過ぐる七年の間続きに続いて来たような寂しいあらしの跡を見直そうとする心を起こした。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あらしを免れて港に入りし船のごとく、たぎつ早瀬の水が、わずかなる岩間のよどみに、余裕を示すがごとく、二人はここに一夕の余裕を得た。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
其処そこはもはや生物の世界ではなく、暗黒な砂漠のあらしが狂い、大塩湖だいえんこ干上ひあがった塩床が、探険者の足を頑強にこばんでいる土地である。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そのうちに、あらしは、だんだんきちがいじみてきた。しまいにはねげて、空中くうちゅうといっしょに、ばしたのでした。
寒い日のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
生活の連鎖や、過去の悲しみや、未来の懸念や、彼らの心中に積もってきたあらしなど、すべて他のことは、消えせてしまっていた。
彼はただあらしの前の木の葉のそよぎを感じ、重苦しいその場の雰囲気のなかに、いたずらに清川と葉子との気持を模索するにすぎないのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
たまたま逢ひはア——ア逢ひイ——ながらチツンチツンチツンつれなきあらし吹分ふきわけられエエエエエエエエ、ツンツンツンテツテツトン
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と、よけいにきつけると、うるさいとでも感じたか、金瞳黒羽きんどうこくう大鷲おおわしあらしに吹かれたようにムラムラと満身まんしん逆羽さかばねをたててきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんなにはげしいあらしでも傷つかずにきりぬけてゆくのに、そのあとで風がぐと、大ゆれにゆれてマストを水につけてしまうのだ。
鹿じかなく山里やまざとえいじけむ嵯峨さがのあたりのあきころ——みねあらし松風まつかぜか、たづぬるひとことか、覺束おぼつかなくおもひ、こまはやめてくほどに——
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして、たくさんのカラスが、まわりをとりまいて、あらしのように、ものすごくばたいても、いっこうに目をあけませんでした。
またあらしのように敵陣に殺到するとき、その先頭に輝いている唐冠の兜は、敵にとってどれほどの脅威であるかわからなかった。
(新字新仮名) / 菊池寛(著)
私共は熱情もあるが理性がある! 私共とは何だ! 何故なぜ私とは書かぬ、何故複数を用いた? 時雄の胸はあらしのように乱れた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
陳氏はあらしのような拍手はくしゅ一緒いっしょに私の処へ帰って来ました。私が陳氏に立って敬意を示している間に演壇にはもう次の論士が立っていました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
怪獣は眼をいからし、きばを鳴らしてくるいまわるたびに、大木はゆさりゆさりと動いて、こずえはあらしのごとく一ゆうした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
次郎は、かれらが眼を光らせ、耳をそばだてて聞いている沈黙ちんもくの底に、すさまじくうずを巻いている感情のあらしを明らかに感ずることができた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あらしの暗雲をはらんで物凄ものすごいまでに沈滞した前田鉄工場! それに対していかなる手段を取るべきか? 彼はその対策に迷った。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ところが、おもては、ものすごいあらしがあれくるっていましたので、漁師はほとんど立っていることもできないくらいでした。
掻かれた雪はあらしあおられ濛々もうもうと空へ立ち昇る。その下から現われたのは無慙むざんな権九郎の死骸である。さっと狼は飛びかかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その幕があらしのようにすさまじく揺れはためくのを見ると、そこに起こっている闘争のはげしさが、まざまざと想像された。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あらしのために若干の枝は吹き折られたが、幹は揺るがなかった。世界の各地からそこに避難所を求めに来る小鳥によって、日ごとにそれが証明される。
翌朝、あらしはけろりと去っていた。その颱風の去った方向に稲の穂はことごとなびき、山の端には赤く濁った雲がただよっていた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
「あのひところしてください。」——この言葉ことばあらしのやうに、いまでもとほやみそこへ、まつ逆樣さかさまにおれをおとさうとする。
藪の中 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
其処そこに常に種々の変化はあらしの如く起り、雲の如く過ぎ去ってゆく。これを諷詠する詩は偉大なる存在ではなかろうか。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
おまえのような天使の中にもその虫けらが巣くっていて、おまえの血の中にあらしを巻き起こすんだ。うん、それは嵐だ。
外では夜に入るとともに豪雨にひどいあらしが吹き添って来たと思われて、よっぴて荒れ狂うていたが、私はそれとは反対にかえって安らかに眠りにちた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
あらしも起りませんでした。旅行く人々を死にたやす砂柱も、この隊商の上にはまき起りませんでした。家では、美しい妻が夫や父のためにいのっていました。
電火のごとき二条の舌ズッと彼がくびめたり、彼はみずから驚く声に目覚めたるが、峰のあらしの戸を敲く声は地獄よりの使者の来たれるかとも思われたり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
かゝるあらしあひて人に難義なんぎをかくるほどなればとても極楽ごくらくへはゆかるまじ、などつぶやきつゝ立いづるを見て、吾が国の雪吹ふゞきくらぶればいと安しとおもへり。
太平洋に面した外房州の海岸は、風のない穏やかな天気でも、すごい波が打ち寄せて、あらしの日みたいに、その波がどどっと岩にくだけている。壮快である。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
外へ廻つて見ると、此の間のあらしの後で、屋根のもれを見た時の梯子が、その儘お勝手の横に掛けてあります。これも『此處から入りました』の證據の一つです。
あらしのやうな苦しみが、栄蔵の心を過ぎていつたあとだつたけれど、さらにまた繰り返し繰り返し心は痛んだ。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
先日の「あらしの夜の会談」に就いての僕の手紙が、たいへん君の御気に召したようで、うれしいと思っている。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼がもういつのまにか去ってかすかに遠雷のように聞こえるあらしの音に耳を傾けながら、降るごとく一面に星の現われた空をぽかんと仰向いて見上げていた時
僕は眼を視張ってたずねた。なんとも名状しがたい爽快なあらしが僕の胸のうちには更に新しく火の手を挙げた。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
華やかなあらし捲起まきおこしたこの新夫婦、稲舟美妙の結合は、合作小説「峰の残月」をお土産みやげにして喝采かっさいされた。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
きまくだん×(16)あらしなか生命せいめいしてたゝかふおまへたちおれたちの前衛ぜんゑい、あゝ×××××(17)
それが、乗り込んでから、十八日目の夜のことで、戸外のやみには、恐ろしいあらしえ狂っておりました。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それが今、生命の灯にあらしが吹きよせているのだ。不幸はとかくつれを呼ぶといわれる。いつ吹き消されるかもしれぬ命の灯を、守る手だてはもうなさそうに思える。
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
が、それはヘルゼッゲンの頂上からでもなく、またあらしの吹いているあいだでもなかったにちがいない。
世間の人は南の国の空気の違うのは、あたたかで年中花を咲かせるのと、オゾンが少し多いのと、あらしが吹いたり、雪が降ったりしないのと、ただそれだけだと思っている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
雨や風やあらゆる狂暴なあらしに身を任している、それらの人間を見ては、慄然りつぜんたらざるを得なかった。
程なく孫の巨人がグウー、ゴーと、まるで大きな岩穴へ、あらしが吹き入るやうないびきをかいて眠つてしまひましたので、二人はこつそりと手を引き合つて、逃げ出しました。
漁師の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
マニラから独逸までの旅行は大変面白うございました。私達はたった一度、スエズ運河で沙漠のあらしっただけでした。私の従兄弟いとこたちはジェノアで船から下りました。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けれども勿論もちろんおだやかな日和ひよりばかりはつづきません、ある時はからすが來て折角せつかくえかけたその芽をついばみ、ある時は恐ろしいあらしがあれて、根柢こんていから何ももをくつがへしてしまひます。
冬を迎へようとして (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
当山門内の大榎は、さいわいにも無事にて有之候ひしかど、その後両三にちは引続き空曇りて晴れ申さず。また/\あらし来り申すべくなど人々申をり候を聞き、愚僧心痛一方ならず。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
観ずれば松のあらしも続いては吹かず息を入れてからがすさまじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光くらしたるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
テレーギン アイヴァゾーフスキイあたりに描かせたら、さぞいいあらしの絵ができるだろうねえ。
正義と云い人道と云うは朝あらしに翻がえす旗にのみ染めいだすべき文字もんじで、繰り出す槍の穂先には瞋恚しんいほむらが焼け付いている。狼は如何にして鴉と戦うべき口実を得たか知らぬ。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まどごしにつきおしりてあしひきのあらしきみをしぞおもふ 〔巻十一・二六七九〕 作者不詳
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)