つづみ)” の例文
「ああ、酔うたなあ。右門……つづみを取って来ぬか。おぬし、猿楽さるがくを舞え。……何、舞えん。然らば、鼓を打て、わしが舞うてみせる」
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その洋燈は細長い竹の台の上に油壺あぶらつぼめ込むようにこしらえたもので、つづみの胴の恰形かっこうに似た平たい底が畳へ据わるように出来ていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
年を取ると滅切めっきり気が弱くなって、若い時にひどい眼に逢わせた奴が、つづみを鳴らして仕返しに来そうで、どうも、夜もオチオチ眠られない
「そうそうぼた餅稲荷の森から小川にそうてつづみヶ原はらへ抜けようとするあたり、あの辺は何と言ったけな。青柳町ではなし——。」
寛永相合傘 (新字新仮名) / 林不忘(著)
女は三味線も琴も生花も茶も娘の頃に習い覚えているし、ことにつづみに対しては興味もあり、自信もあり、修行ももっと積みたいと言った。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
「ござんせん」がイヤに「ござんせん」れがして甘ったるい。寄席よせ芸人か、幇間たいこもちか、長唄つづみ望月もちづき一派か……といった塩梅あんばいだ。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
十勝岳ではよく水晶のような六角柱の雪の結晶で両底面に六花ろっかの板状結晶がついて丁度つづみのような形になったものが降って来ることがある。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その刹那聞こえて来たものが、例のつづみの音である。春陽のようにも温かく松風のようにも清らかな、人の心を平和に誘う天籟てんらいのような鼓の音!
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雛は両方さしむかい、官女たちは、横顔やら、俯向うつむいたの。お囃子はやしはぐるり、と寄って、つづみ調糸しらべめたり、いたり、御殿火鉢ごてんひばちも楽屋の光景ありさま
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酒が三、四まわると笙歌しょうかが下から聞えて来たが、かねつづみは鳴らさなかった。その笙歌の声も小さくかすかであった。やや暫くして王は左右を顧みて
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
と、つづみの音がばったり止んだ。主翁ていしゅは明るいの光がさしてほかほかとしているとっつきのへや障子しょうじを開けてみた。
鼓の音 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と、まるでつづみを打っているように、紙風船の肛門を貼ってゆくのであった。——だがこんな仕事は、せいぜい一と月もやれば、いやになるものだった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うぐいすがささ鳴きをし、目白めじろが枝わたりをしている。人声もきこえぬ静かさで、何処からかうたいつづみの音がきこえてくる。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
いちばん上のおよめさんは琵琶びわをひき、二ばんめのおよめさんはしょうき、三ばんめのおよめさんはつづみつのでした。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
菜摘邨来由なつみむららいゆ」と題する巻物が一巻、義経公より拝領の太刀たち脇差わきざし数口、およびその目録、つばうつぼ陶器とうき瓶子へいし、それから静御前よりたまわった初音はつねつづみ等の品々。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこで煙草入を取り出して、ひうちを切って一ぷく吸いつけると、松風の響きがつづみのように頭上に鳴り渡ります。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もしもそんな宮があったらつづみを打って手向たむけるだろうくらいなところで、この一聯いちれんの句はできたのであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
旧の正月が近くなると、竹藪たけやぶの多いこの小さな村で、毎晩つづみおと胡弓こきゅうのすすりなくような声が聞えた。百姓の中で鼓と胡弓のうまい者が稽古けいこをするのであった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
つづみをうちならし乱舞に興ずる陣所もあり。しかれば一生涯を送るとも、かつて退屈の気あるべからず
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その軒提燈のきぢょうちんと同じ赤い提燈をゆらめかして、鮎漁あゆとりの扁長ひらながい船がつづみを鳴らして瀬を上下してゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「そいじゃね、クラリネットの人しか知ってませんから、クラリネットとね、それからつづみで調子だけとりますから、それでよかったら二節目からついて歌ってください。」
ポラーノの広場 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
打つやつづみのしらべ、三味の音色ねいろに事かかぬ場処も、祭りは別物、とりいちけては一年一度のにぎはひぞかし、三嶋みしまさま小野照をのてるさま、お隣社となりづから負けまじの競ひ心をかしく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
今とちがって、その頃は年礼を葉書一枚で済ませる人がまだ少なかったので、表には日の暮れるまで人通りが絶えなかった。獅子の囃子はやしや万歳のつづみの音も春めいてきこえた。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山川野辺のけしきこよなかるべしとつづみうつ頃より野遊のあそびに出たりき、三橋といふ所にいたる、中根師質なかねもろただあれこそ曙覧の家なれといへるを聞て、にわかにとはむとおもひなりぬ
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
何程どれほど甘味うまみのあると云ふではないが、さびのある落ちついた節廻しは一座をしんとさせることが出来た。金太郎と云ふ芸者がひよつとこ踊でよく喝采を博した。おもちやはつづみをうつ。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
常に汝らの挙動に注目して一毫いちごうさず、つづみを鳴らしてその罪を責めんと欲する者なり。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ちょうど学校でひもかざりを習っていたフサエは赤いカタン糸で麻の葉やつづみなどを縫い取りながら自分の家にはカタン糸ばかりでなくいろんな色の絹糸が仰山ぎょうさんあると、つい自慢をした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
ただ、中に「隅田川すみだがわ」とか、「あやつづみ」の如きものがあって、これらはどこまでも苦悶くもん憂愁執著しゅうじゃくが続くのであるが、こういうものは異例である。大概成仏じょうぶつして舞を舞うという事に終る。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
気がつかぬに、さっきの若い軽業師が持って来たのであろう、三味線しゃみせんつづみかね拍子木ひょうしぎなどの伴奏が入っていた。耳をろうせんばかりの、不思議なる一大交響楽が、テントをゆるがした。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いたづらに材料を他に示すことを惜んでつひにその材料を烏有ういうに帰せしめた学者の罪はつづみを鳴らして攻むべきである。大野洒竹おほのしやちくの一生の苦心に成つた洒竹しやちく文庫の焼けせたけでも残念で堪らぬ。
伊勢の白子浜につづみうらという漁村があって、去年からそこに一軒の家を借りまして、夏じゅうだけ避暑といってもよし、海気に親しむといってもよし、家族づれで出かけていって、新鮮な空気と
王族広間のかみのはてに往着ゆきつき玉ひて、国々の公使、またはその夫人などこれを囲むとき、かねて高廊のに控へたる狙撃聯隊の楽人がひと声鳴らすつづみとともに「ポロネエズ」といふまいはじまりぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
二階からは三絃しゃみせんつづみの音がにぎやかに聞こえた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
われは聞く、おほどかにつづみうつなる
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
虫干やつづみにたゝく書物箱 此山
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そのつづみ 臼に立てて一〇
つづみうすの上に立てて
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
うてやつづみの春の音
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
つづみを叩いて
朝おき雀 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
張任は、こう勇断を下して、やがて一発の烽火のろしをあいずに、銅鑼どらつづみの震動、喊声かんせいの潮、一時に天地をうごかして、城門をひらいた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「少し気がききすぎているくらいだ。これじゃつづみのようにぽんぽんする絵はかけないと自白するはずだ」と広田先生が評した。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
打てばひびく、たたけば応ずるというので、つづみの名を取ったほど、駒形こまがたでも顔の売れた遊び人。色の浅黒い、ちょいとした男。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おりから同じ方角から、つづみの音が聞こえて来た。ポンポン、ポンポン、ポンポンと、堤に添って遠隔とおざかって行った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
目覚しき獅子の皮の、かかる牡丹の母衣の中に、三味さみ胡弓こきゅう、笛、太鼓、つづみを備へて、節をかしく、かつ行き、かつ鳴して一ゆるぎしては式場さして近づき候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかし津村の持ち出したのは、それとは別で、例の静御前しずかごぜん初音はつねつづみ、———あれを宝物として所蔵している家が、ここから先の宮滝の対岸、菜摘なつみの里にある。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さて、囃子方はやしかたの座がととのう。太鼓があり、つづみがあり、笛があり、しょう、ひちりきの類までが備わっている。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しばらくしてその柳の耳につづみや笙の音が聞えて来た。柳はすこし眼が醒めかけたのであった。蘭麝らんじゃの香が四辺あたりに漂っているのも感じられた。柳はそっとのぞいてみた。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
後にわかったのは、薬研堀やげんぼりにいたひとは、日本橋区堀留ほりどめの、杉の森に住んでいた堅田かただという鳴物師なりものしの妹だった。今でも二絃琴の鳴物は、つづみの望月朴清ぼくせいの娘初子が総帥そうすいである。
東南たつみの浮気な風が吹く夜には、くるわの唄やつづみのしらべが手に取るようにここまで歓楽のひびきを送って、冬枯れのままに沈んでいるこの村の空気を浮き立たせることもあるが
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
能楽上の一大倶楽部クラブを起し、天下の有志を集めて依怙贔屓えこひいきなく金春こんぱる金剛こんごう観世かんぜ宝生ほうしょう喜多きたなどいふ仕手しての五流は勿論、わきの諸流も笛、つづみ、太鼓などの囃子方に至るまで
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)