うらら)” の例文
かかる折から、柳、桜、緋桃ひもも小路こみちを、うららかな日にそっと通る、とかすみいろど日光ひざしうちに、何処どこともなく雛の影、人形の影が徜徉さまよう、……
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……雨露をしのいで生きてさえおれば、やがてはうららかな日も見ようかと、頼みにならぬ未来を楽しみ、やはり拙者は生きております。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大空は名残なごりなく晴れて朝日うららかに輝き、光る物には反射を与え、色あるものには光を添えて雑踏の光景をさらに殷々にぎにぎしくしていた。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
若い頃の自分にはおや代々だいだいの薄暗い質屋の店先に坐ってうららかな春の日をよそに働きくらすのが、いかに辛くいかになさけなかったであろう。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僕はぼんやりして立っていた。晴れたうららかな日であった。お母様の機を織っておいでなさる音が、ぎいとん、ぎいとんと聞える。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この第一楽章に示された高雅な雲雀の歌の美しさは、春の野辺のべうららかさを彷彿ほうふつさせるもので、今は亡きカペエの傑作レコードの一つである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
葉山へ移ってから、二三日の間は、うららかな秋日和びよりが続いた。東京では、とても見られないような薄緑の朗かな空が、山と海とをおおうていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
物のあわれの胸にみなぎるは、とざせる雲のおのずから晴れて、うららかなる日影の大地を渡るに異ならず。野をうずめ谷をうずめて千里のほかに暖かき光りをひく。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小鳥は籠の中から、この春のうららかな景色を眺めていた。頭を傾げて、身の自由にならぬをうらんで梢に来て暗く他の鳥を見て、うらやむように見えた。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
渡邊をれてうららかな秋の街を散歩でもするような足どりで歩き出した、二人は漸次だんだん郊外の方へ近よると、其所そこには黒ずんだ○△寺の山門が見えた
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
三月から四月への、坂東一帯の春の野のうららかさは言語に絶える。自然美の極致を、際涯さいがいなき曠野の十方にひらくのである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小春日和のうららかさに陽炎かげろうが燃えていた。海岸通りには荷役の権三ごんぞうたちが群をしてやかましく呶鳴り合って居た。外国の水夫が三々五々歩き廻っていた。
上海された男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
此頃このごろ日晷ひあし滅切めっきりつまって、午後四時には燈火あかりが要る。うららかな日も、今日は午後からにわかくもって、夕から雨を催した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
うららかなはる日永ひながを、あなからひだした田螺たにしがたんぼで晝寢ひるねをしてゐました。それをからすがみつけてやつてました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
うららかに晴れた秋の朝の、アトリエの明りを反射している彼女の顔は穏やかに青ざめ、総べてをあきらめてしまったような深い静けさがそこにありました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしてそれから何分かの後私は、例の港を俯瞰みおろす部屋でうららかな朝暾あさひを浴びながらモネス探偵と向い合っていた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
従姉あねが起きて来た時分には、母屋の方の座敷も綺麗に掃除が出来て、うららかな日影が畳のうえまで漂ういていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「我がためにうららなり冬の空——これはおきなの句ですが、空気の温か味はありますが、水の温か味はうたってありません。おもしろし雪にやならん冬の雨——」
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それからそれと朧気おぼろげに続いて、今になつては、皆、仄かな哀感の霞を隔てゝうららかな子供芝居でも見る様に懐かしいのであるが、其中で、十五六年後の今日でも猶
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一方に春のうららかさを覚えると同時に、何処か霊気を感ずるようなところが陽炎に調和するのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あるうららかな春の日暮、彼は弓矢をたばさみながら、部落の後に拡がっている草山くさやまひとくだって来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いまわしい第一、第二の犠牲者を、昨日一昨日に送ったとは思えないほど、うららかな陽春の空だった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
春めいたうららかな日光の讃岐さぬきの山々に煙っていることもあれば、西風が吹荒れて、海には漁船の影もなくって、北国のような暗澹あんたんたる色を現わしていることもたまにはあった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
時候は立春、暮春ぼしゅん余寒よかんあたたかうらら長閑のどか日永ひながの類をいふ。人事は初午はつうま二日灸ふつかきゅう涅槃会ねはんえ畑打はたうち雛祭ひなまつり汐干狩しおひがりの類をいふ。天文は春雪、雪解、春月、春雨、霞、陽炎かげろうの類をいふ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
揺り覚まされた虻が茫漠ぼうばくとした堯の過去へ飛び去った。そのうららかな臘月ろうげつの午前へ。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それから一月も立てば、うららかな天気が幾日も続いて、雪がおのづと解けてくる。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
春になると彼女は学校への道の中途で忘れ物をして来たと嘘をついて、うららかな春の日の照っている菜の花畑で、雲雀の声を聞きながら、幸福な春の半日を静かな野に送るのを常としていた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
一人の婢女はしためを連れてクララは家を出た。コルソの通りには織るように人が群れていた。春の日はうららかに輝いて、祭日の人心を更らに浮き立たした。男も女も僧侶もクララを振りかえって見た。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その時ふと胸にきたものは、あんなにうららかなおもばせで、れいれいとした声で話されるに、憂苦ゆうくといおうか、何かしら、話してしまいたいといったようなものを持っていられるということだった。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
近江屋の隠居が自慢たらたらで腕をふるった腰の曲がったえびの跳ねている海老床の障子に、春は四月のうららかな陽が旱魃ひでりつづきの塵埃ほこりを見せて、焙烙ほうろくのように燃えさかっている午さがりのことだった。
目さめし時は東の窓に映る日影珍しくうららかなり、階下したにては母上の声す、続いて聞こゆる声はまさしく二郎が叔母なり
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それが蜜柑の木のあわい。しかも会社が何週年かの祝日にやあたりけむ、かかる山路に、ひらめく旗、二にんかたにそよそよとなびいて、天うららかに祝える趣。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宗助はうちへ帰って御米にこの鶯の問答を繰り返して聞かせた。御米は障子しょうじ硝子ガラスに映るうららかな日影をすかして見て
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まず今日は、秋園のうららかな下へ玉歩を運ばれて、や若君たちと終日嬉々ききとお遊びになられたがよいでしょう
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
静子の生涯に忘るべからざる盆の十四日の日は、朗々ほがらほがらと明けた。風なく、雲なく、うららかな静かな日で、一年中の愉楽たのしみを盆の三日に尽す村人の喜悦よろこびは此上もなかつた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
午前十時、初冬の日はいよいよ暖かくうららかになって、白い霜の消えて行く地面からは、遠近おちこちに軽い煙を噴いていた。南向みなみむきの小屋の前には、二三枚のむしろが拡げて乾してあった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「そら叔父さんいとが……」雪江は私に注意した。釣をする人たちによって置かれた綸であった。松原が浜の突角に蒼く煙ってみえた。昔しの歌にあるような長閑のどかさとうららかさがあった。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それさえ何となく、ホーム・スウィート・ホームで、明朗さを与えるもののように思われた。蠅のやつも、恐らく伸び伸びと、このうららかな部屋に逆様さかさまになってねむっていることであろう。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
やっぱりうららかな春の陽が、南欧桜の香と一緒に室の中へいっぱいに射していた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
第三日は、うららかな天気に帰路に就いた。七八里も来たころ、父は茶屋に寄つてぬたもちを註文した。ぬた餅とふのは枝豆を擂鉢すりばちつて砂糖と塩で塩梅あんばいをつけて餅にまびつたものである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
うららかな五月の日曜日の朝などに、大森あたりの青葉の多い郊外のみちを、肩を並べて歩いている会社員らしい一人の男と、桃割れに結った見すぼらしい小娘の様子を、誰かが注意していたとしたら
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
口先ではそんないやがらせをいながらも、顔だけの頃の秋の空のように、澄み渡ったうららかな瑠璃子を見ていると、不思議に手がすくんで、茶碗を投げ付くることは愚か、一指を触るゝことさえも
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
日本海の風に吹かれて、滄浪そうろうの寄せ来る、空の霞める、雲も見えず、うららかなる一日を海辺にさまよい、終日ひねもす空想に耽っていたことがあるが、その時の文章と閲歴とを思い出さずにはいられなかった。
風もないし、障子に差した朝日は春のようにうららかだった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
うららかにふるさと人と打ちまじり
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ふと、生垣をのぞいたあかるい綺麗な色がある。外の春日はるびが、うららかに垣の破目やれめへ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花にまじ紫雲英げんげである。……
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はしばらく庭の方を向いて、うららかな日脚ひあしの中に咲く大きな椿つばきながめていたが、やがて視線をもとに戻した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのあくる日も申分のない天気であった。霜は日増ひましに深くなって来るが、朝の日影はうららかであった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこには必ず、その前に通って、はやうららかな顔を揃えている幾組もの先客がいた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明朝あしたうららかな、いい天気であった。空には紙鳶たこのうなりなどが聞かれた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)