鳶口とびぐち)” の例文
すぐそばが、外麹町そとこうじまち、や組の番屋。追廻しが三、四人飛び出して行って、竹梯子たけはしご鳶口とびぐち逆目鋸さかめのこ龕燈提灯がんどうぢょうちんなどを借りて戻ってくる。
この氷滑こほりすべりがゆきたのしみの一つで、とうさんもぢいやにつくつてもらつた鳶口とびぐち持出もちだしては近所きんじよ子供こどもと一しよゆきなかあそびました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
もうこれまでです。男の血は槍や鳶口とびぐちや棒やすきくわを染めて、からだは雪に埋められました。検視の来る頃には男はもう死んでいました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
押入から鳶口とびぐちを持ち出しかけたが又仕舞しまい込んだ。腕を組んで考えたがポンと手を打ち合わせた。ソロリソロリと二階を降りた。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
それに小さな梯子はしごが掛かり、梯子の上で、人形にんぎょうの火消しが鳶口とびぐちなどを振り上げたり、火の見をしていたりしている形であります。
近所では火事と間違えて手桶ておけを持って飛出すもあれば鳶口とびぐちかついで躍り出すもあると云う一方ひとかたならぬ騒動でございます。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その頃、男の子の春の遊びというと、玩具おもちゃではまとい鳶口とびぐち、外の遊びでは竹馬に独楽こまなどであったが、第一は凧である。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
込地となればいくほどもなく、麻績川はさい川に流れ入る。山清路の景は、ここにひらける。川を流す材木とむる鳶口とびぐちが雪の途上によこたわっていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
と勢揃いの声がして、一方から現われるのは、揃いの着物に向う鉢巻の気負いが五人、手に手に鳶口とびぐちを携えて、しずしずと世話役の前へかしこまる。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とたんに、彼の上へ、棍棒こんぼう鈎棒かぎぼう鳶口とびぐち刺叉さすまた、あらゆる得物えものの乱打が降った。そして、しし亡骸むくろでもかつぐように、部落の内の籾干場もみほしばへかつぎ入れ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ときすで東隣ひがしどなり主人しゆじんいへがべろ/\とめつゝあつたのである。村落むらもの萬能まんのう鳶口とびぐちつてあつまつたときすさまじいいきほひをつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
呼吸いきを吹返すと、鳶口とびぐちを引掛けて、たすけ出してくれたのは、火掛ひがかりを手伝ってました、紋床の親方だったんでさ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最前置きし鳶口とびぐちをこれ忘れてはと小脇にかい込み、いざ花道へかかろうとすると、またもやボカン、ボカン。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
鳶口とびぐち、木製の竜吐水りゅうどすい、強がりは清正のかぶと、銀紙の名刀、神楽の面は木彫の上物もあって、外道げどうひょっとこ、天狗、狐乃至は素盞嗚尊すさのおのみことなどすばらしい出来
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
猫の爪はどっちへ向いてえていると思う。みんなうしろへ折れている。それだから鳶口とびぐちのように物をかけて引き寄せる事は出来るが、逆に押し出す力はない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
スハと一同が立上つて駈けつけてみると、信助夫人は鳶口とびぐちを下段に構へてヂリ/\とつめより、片隅には芥中介が一斗釜を楯にしてボクシングに身構へてゐる。
朴水の婚礼 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
すると書斎の鴨居かもいの上に鳶口とびぐち一梃いっちょうかかっていた。鳶口はを黒と朱とのうるしに巻き立ててあるものだった。
死後 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
下帯一つにむこう鉢巻のもの、尻切れ半纏はんてん鳶口とびぐちをひっかつぐやら、あわてて十能を持ち出したものなど。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ガラツ八の八五郎は、長んがいあご鳶口とびぐちのやうに安唐紙へ引つ掛けて、二つ三つ瞬きをして見せました。
片方の芳公と云うのが「ハッカ」と称える長いさおの先に鳶口とびぐちのついたので片方を「叩き殺」しそこなった、大変に殺気立ったものだった。今夜は七日の上弦月、朧夜おぼろよである。
あくる朝眼がめた時には、こわいもの見たさからか、好奇の色を泛べた村の若い者たちが七、八人、手に手に棍棒こんぼう鳶口とびぐちを持って草鞋わらじ脚絆きゃはん姿で、その間には昨夜ゆうべの石屋のオヤジもいれば
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
二人の仕事師が某夜あるひ夜廻りに往っていると、すぐ眼の前でふうわりと青い火が燃えた。二人は驚いて手にしていた鳶口とびぐちで、それをたたこうとすると、火の玉は吃驚びっくりしたように向うの方へ往った。
遁げて往く人魂 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
長評定ながひょうじょうこらした結果、止むを得ないから、見付出した一方口を硫黄でえぶし、田崎はうちにある鉄砲を準備し、父は大弓だいきゅうに矢をつがい、喜助は天秤棒てんびんぼう、鳶の清五郎は鳶口とびぐち、折から、すこしおくれて
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
多くの人が鳶口とびぐちいかだを引いて水中を歩く辛苦をいたみ尋ねると、この働き、烈しく身にさわり、真砂という地の男子ことごとく五十以下で死するが常だが、故郷離れがたくて、皆々かく渡世すと答えた。
火叩き、鳶口とびぐち、スコップ、くわ、いざといえば焼夷弾ぐらいはとばかり揃っている。入院患者は防空壕の中へ静かに運ばれてゆく。ラジウム室の前で医専三年の上野君にあう。この男はなかなか勇敢だ。
長崎の鐘 (新字新仮名) / 永井隆(著)
鳶口とびぐちを持った刺子半纏さしこはんてんの消防手が活躍をする。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
坂路さかみちおほとうさんのむらでは、氷滑こほりすべりの出來でき塲所ばしよさきにありました。むら子供こどもはみな鳶口とびぐちつてこゞつた坂路さかみちすべりました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
フト思い付いて帳場の隅に立てかけてある親方用の、銀金具の短かい鳶口とびぐちに手をかけたが、又、思い直してもとの処に置いた。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おのれのことを吹聴するようでおかしいが、おぬしらも知っている岩穴の前の畑は、われわれの船頭の才覚で、鳶口とびぐちで岩を突きやわらげてつくったものだ。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
いやもっと、物々しいのは、町会所の柵門さくもんで、刺叉さすまたやら鳶口とびぐちのごとき物まで並べたて、火事やぐらには、人間が登って、四方へ小手をかざしているふうなのだ。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「首筋から肩へかけて、大変な傷があるじゃないか、——それも生きているうちに、鳶口とびぐちのようなもので突かれた傷らしいな。肉がはぜて、ひどく血も出た様子だ」
冬は鳶口とびぐちまとい、これはやはり火事から縁を引いたものでしょう。四季を通じて行われたものは仮面めんです。今でもないことはありませんが、何処の玩具屋にも色々の面を売っていました。
我楽多玩具 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鯨のお日待ひまちのように累々と積み重なりますところを、熟練した川狩りの人夫が、長い鳶口とびぐちをもって、これを縦横にさばいて、程よく放流してやるめざましさは、さながら戦場そのままだと
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
身体を水に浸しながら、鳶口とびぐちをもって、屋根のかわらぎ、あな穿うがち、其所そこから内部にこもった火の手を外に出すようにと骨を折る。これは火を上へ抜かすので、その頃の唯一の消火手段であった。
戦争の最中に支那ちゃん小児こどもを殺したってあんなさわぎをしやあしまい。たちまち五六人血眼になって武者振つくと、仏敵だ、殺せと言って、固めている消防夫しごとしどもまで鳶口とびぐちを振ってけ着けやがった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれ疾走しつそうしたあと異常いじやう疲勞ひらうかんじた。かれ自分じぶん燒趾やけあとてようとするのに鳶口とびぐち萬能まんのうみなそのなかつゝまれてしまつてた。かれ空手からてであつた。唐鍬たうぐはつてかれふたゝあつそばつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
たまに分るかと思うと鳶口とびぐちや掛矢の事を聞かれる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山家やまが育ちの子供らは手に手に鳶口とびぐちを携え、その手のかじかむのも忘れ、降り積もった雪道の遊戯に余念がない。いずれも元の敬義学校の生徒だ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「首筋から肩へかけて、大變な傷があるぢやないか、——それも生きてゐるうちに、鳶口とびぐちのやうなもので突かれた傷らしいな。肉がはぜて、ひどく血も出た樣子だ」
小屋では鼠木戸の前に竹矢来をゆいまわし、鼠木戸の上のやぐらには鳶の者と医者が詰めきっていて怪我人が出来ると、鳶口とびぐちで櫓へつるしあげて応急の手当をするという騒ぎ。
その頃はもう、お綱の姿も万吉の姿も、どこに見ることもならず、神田一帯、駿河台の上り口、すべて、人と提灯ちょうちんと火事頭巾ずきんと、ばれんと鳶口とびぐちの光ばかりにうずまっている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
消防は鳶口とびぐちを持ったまま、又巡査さんはサーベルを握ったまま、あっちでもこっちでも
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
愛らしい軽袗かるさんばきの姿に、鳶口とびぐちを携え、坂になった往来の道を利用して、朝早くから氷すべりに余念もない男の子の中には、半蔵が家の宗太もいる。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
丁度池の端の、鹿野屋の前のあたりまで行くと、平次が八五郎に言ひ付けて出した小船の一隻が、鳶口とびぐちの先に長いきれを引つかけて、何やら池の中から引出してゐるところでした。
全市の、各町ごとに、常備の駈付け火消しを、三十人ずつおいて、ジャンと鳴れば、競って、鳶口とびぐち、まといを振り出して、消火に協力する。いや、これを競わせて、功ある組を、表彰した。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鳶口とびぐち、大釘など、役にたつものがいろいろあったので、それも悉皆しっかい取りおさめ、船板は釘からはずして、入江の岸に井桁いげたに積みあげておいたが、急に高波が来て、跡形もなくさらって行ってしまった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
銀金具の鳶口とびぐちを持った親方も遣って来た。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
鳶口とびぐちにしながらさかうへはうからすべりますと、ツーイ/\と面白おもしろいやうに身體からだきました。もしかすべそこねて鳶口とびぐち身體からださゝそこねた塲合ばあひにはゆきなかころげこみます。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
やがてその隙間からスルスルと伸びて来た鳶口とびぐちが一梃、ガラッ八が念入りに縛った引窓の綱の——土竈へっついの上の折れ釘のところの——結び目に引っ掛ると、なんの苦もなく解いてしまったのです。
半蔵らが橋のたもとまで急いで行って見た時は、本所方面からのとびの者の群れが刺子さしこの半天に猫頭巾ねこずきんで、手に手に鳶口とびぐちを携えながら甲高かんだかい叫び声を揚げて繰り出して来ていた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)