蹴立けた)” の例文
たちまち私のそばを近々と横ぎって、左右に雪の白泡しらあわを、ざっと蹴立けたてて、あたかも水雷艇の荒浪を切るがごとく猛然として進みます。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬鹿言え、乃公おれは国に帰りはせぬぞ、江戸に行くぞと云わぬばかりに、席を蹴立けたてゝ出たことも、のちになれば先方さきでもしって居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
看視人も早いが逃げる男も早く、二人の蹴立けたてる水しぶきは、しだいに遠くなり、やがて根戸川の川口のほうへと、見えなくなっていった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
護送役人の下知げじに従いまして、遠島の罪人一同上陸致しますると、図らずも彼方あなたに当りパッパッと砂煙すなけむり蹴立けたって数多あまたの人が逃げて参ります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
敷石道を蹴立けたてる靴音のその音波で、靄はうらうらと溶けていった。その裂け目からバラックの建物が浮き出してくる。道は間もなく橋にかかった。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
彼はロドルフを狡猾こうかつ漢だとし偽善の犬だとして、しり蹴立けたてて追い出した。ロドルフはその仕返しに母を煽動せんどうした。
暫くは舞台のはなに立つて、鉛筆のやうに真直になつてゐたが、急にくつ音を蹴立けたててフロオマンの前へ出て来た。
さんざんに銀子とやり合った果てに、太々ふてぶてしく席を蹴立けたててち、段梯子だんばしごをおりる途端にすそが足に絡み、三段目あたりから転落して、そのまま気絶してしまった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ランナア達はその五色の雪を身にあびて、それを蹴立けたてて、瘋癲ふうてん病院の運動会の様に、走りに走った。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雪を蹴立けたてて先へ行く人々の足もとから、銀の光が煙って、後から黒々と続く人影を吹きなぐった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はっ! とわれに返ったように、近江之介が畳を蹴立けたてて喬之助のあとを追おうとした。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
つづいて尻端折しりはしおり股引ももひきにゴム靴をはいた請負師うけおいしらしい男の通ったあとしばらくしてから、蝙蝠傘こうもりがさと小包を提げた貧しな女房が日和下駄ひよりげたで色気もなく砂を蹴立けたてて大股おおまたに歩いて行った。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
勘次かんじうへむしろよこたへて、喪心さうしんしたやうに惘然ばうぜんとしてつた。かれ卯平うへい糜爛びらんした火傷やけどた。かれなにおもつたかいそがしくゆき蹴立けたてゝ、桑畑くはばたけあひだぎてみなみいへはしつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こたへるとかれ莞爾につこ打笑うちえみ、こも/″\三人みたり握手あくしゆして、其儘そのまゝ舷梯げんていくだり、先刻せんこくから待受まちうけてつた小蒸滊船こじやうきせんうつすと、小蒸滊船こじやうきせんたちまなみ蹴立けたてゝ、波止塲はとばかたへとかへつて
濶葉樹かつようじゅのすき間にちらついていた空は藍青らんせいに変り、重なった葉裏にも黒いかげが漂っていた。進んで行く渓谷にはいち早く宵闇がおとずれている。足もとの水は蹴立けたてられて白く泡立った。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
一間いっけんあまりも投げ飛ばしたまま、また砂けむりを蹴立けたてて走って行きました。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
新入港の船がテイジョ河口の三角浪を蹴立けたてて滑りこんで、山の手バイロ・アルトの家々の窓掛けを爽やかな異国の風がなぶると、週期的活気・海と陸との呼応・みなとのざわめきが坂の上の町一帯に充満して
ヂュリ いや、あさぢゃ、あさぢゃ。はやいなしませ、はやう/\! 聞辛きゝづらい、蹴立けたたましい高調子たかてうしで、調子外てうしはづれに啼立なきだつるは、ありゃ雲雀ひばりぢゃ。雲雀ひばりこゑなつかしいとは虚僞いつはり、なつかしいひと引分ひきわけをる。
やがて、軍艦旗を翻した水雷艇が、白波を蹴立けたてて近づいて来た。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
一同は畳を蹴立けたてて奥の間へ進もうとした。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
たちまわたしそば近々ちか/″\よこぎつて、左右さいうゆき白泡しらあわを、ざつと蹴立けたてて、あたか水雷艇すゐらいてい荒浪あらなみるがごと猛然まうぜんとしてすゝみます。
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
畳を蹴立けたてゝ挨拶もせず出てき掛ると、見兼て其所そこへ出ましたのはお八重という女郎、其の時分だから検査と云うことがないから梅毒かさで鼻の障子がなくなって
つゞいて尻端折しりはしをり股引もゝひきにゴム靴をはいた請負師うけおひしらしい男のとほつたあとしばらくしてから、蝙蝠傘かうもりがさ小包こづゝみげた貧しな女房が日和下駄ひよりげたで色気もなく砂を蹴立けたてゝ大股おほまたに歩いて行つた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
決然と畳を蹴立けたてた多門へ、ひしゃげたような藤次郎の声が追いすがった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
水上署すいじょうしょに事の次第を告げて、大型ランチの出動を促し、水上署の警官達と共に、自から数名の刑事をひきいて、それに同乗し、夜明け前の隅田川の、黒い浪を蹴立けたて、賊船にと急いだのである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それと同時どうじに、吾等われら陸上りくじやう一同いちどう萬歳ばんざいさけぶ、花火はなびげる、はたる、日出雄少年ひでをせうねん夢中むちうになつて、猛犬稻妻まうけんいなづまともに、飛鳥ひちやうごと海岸かいがんすな蹴立けたてゝ奔走ほんさうした。じつこのしまつて以來いらい大盛况だいせいけう
おれ見着みつけてつてかへる、死骸しがいるのをつてれ。』とにらみつけて廊下らうか蹴立けたてゝた——帳場ちやうば多人数たにんず寄合よりあつて、草鞋穿わらぢばき巡査じゆんさ一人ひとりかまちこしけてたが、矢張やつぱりこといてらしい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その眞先まつさき砂塵すなけむり蹴立けたてゝ、かけつてるのはまさしく猛犬稻妻まうけんいなづま
算を乱して仰向あおむけにどたりと倒れ、畳を蹴立けたて、障子をゆすぶり、さア殺せ、くるしいわい、切ないわい、死ぬぞ、のたるぞ、と泣喚なきわめくに、手の附けようもあらざれば、持余したる折こそあれ、奥にて呼ぶ声
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)