花弁はなびら)” の例文
ハンカチイフもて抑へければ、絹の白きに柘榴ざくろ花弁はなびらの如く附きたるに、貴婦人は懐鏡ふところかがみ取出とりいだして、むことの過ぎしゆゑぞと知りぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
牡丹ぼたんたちまち驚いてひるがえれば、花弁はなびらから、はっと分れて、向うへ飛んだは蝴蝶ちょうちょうのような白い顔、襟の浅葱あさぎれたのも、空が映って美しい。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その少女は艶々つやつやしたおびただしい髪毛かみのけを、黒い、大きな花弁はなびらのような、奇妙な恰好に結んだのを白いタオルで包んだ枕の上に蓬々ぼうぼうと乱していた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
きよは、やさしいおじょうさんのことを、くにいもうといておくなかへとおもって、った、なけしの花弁はなびらひろったのであります。
気にいらない鉛筆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
赤松の間に二三段のこうを綴った紅葉こうようむかしの夢のごとく散ってつくばいに近く代る代る花弁はなびらをこぼした紅白こうはく山茶花さざんかも残りなく落ち尽した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこまで、云いつづけているうちに、頭上にある栴檀せんだんの梢から、白い花弁はなびらが、その雪のように舞い落ち、滝人の身体はよほど埋まっていた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼女は何もかも知っているくせに、ぎこちなくにらみ合った二人の男の気拙きまずさを救う為に、首をかしげ、花弁はなびらの様な唇を美しくゆがめて声をかけた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
御小刀おこがたなの跡におう梅桜、花弁はなびら一片ひとひらかかせじと大事にして、昼は御恩賜おんめぐみかしらしかざせば我為わがための玉の冠、かりそめの立居たちいにもつけおちるをいと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おゝ美しき薔薇の花弁はなびらよ——お前はどうしてそんなに傷ましく散り果てたのか、——どうか、その理由を私に答へて下さい、薔薇の花弁よ——。
青白き公園 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
彼の視線の落ちた所、蒼々あおあおと澄んでいた水の面がモクモクモクモクと泡立つと見る間に牡丹の花弁はなびらさながらの、血汐がポッカリと浮かんで来た。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、一尺ほどまた力を入れて右へ引いた戸の隙間から、頭へ雪の花弁はなびらを被って、黒い影が前倒のめるように飛び込んで来た。
ここにいる限り、その日その日が夢のように楽しくて、まるで薔薇ばら花弁はなびらの中ででも眠っているような気がするのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
時が経てば経つほど、あの花弁はなびらのように開いた清い口唇くちびる活々いきいきとして記憶に上って来た。何処へ行って、何を為ても、それだけは忘れられなかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さま/″\の、青や赤の草花の花弁はなびらをいちまいいちまい、針で通してつなぎました。この花弁で首輪を作つたり腕輪をつくつたりしてあそびました。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
気むずかしい笹村の部屋へは、しょうことなしに小さい方を据えた鏡餅の側に、貧相な鉢植えの梅の花弁はなびらが干からびて、机の傍は相変らず淋しかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さなきだに暗いほど濃い紅梅の花弁はなびらは、もう容易たやすやみに溶けはじめてゐる。二階からは細君のうたふ子守唄が、まだ歌ひ手にそぐはぬ節廻しで聞えてゐた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
然し墨染すみぞめの夕に咲いて、あまの様に冷たく澄んだ色の黄、そのも幽に冷たくて、夏の夕にふさわしい。花弁はなびらの一つずつほぐれてぱっと開く音も聴くに面白い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その一群の花弁はなびらは、のろくなったり、早くなったり、けれども停滞せず、狡猾こうかつに身軽くするする流れてゆく。万助橋まんすけばしを過ぎ、もう、ここは井の頭公園の裏である。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この流派のつねとして極端に陰影の度を誇張した区劃の中による小雨こさめのいと蕭条しめやか海棠かいどう花弁はなびらを散す小庭の風情ふぜいを見せている等は、誰でも知っている、誰でも喜ぶ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
花弁はなびらが一輪ヒラ/\/\と舞込みましたのをお嬢さんが、斯う持った……圓朝わたくし此様こんな手附をすると、宿無やどなししらみでも取るようで可笑おかしいが、お嬢さんはほっと溜息をつき
それに大きい黒燿石こくようせきをちりばめたような眼、ミルク色のやや小さい鼻、それから最後に、先刻深井少年が、夢現ゆめうつつの間に紅芙蓉の花弁はなびらと見た——露を含んだルビーのような
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
で、いつの間にか、花のにほひぐ嗅覚の力が素晴しく発達して、十一二の頃には眼を閉ぢたまんま、花弁はなびらを一寸鼻にあてたまゝで、どんな花の名でも言ひ当てるやうになつた。
障子に薄日が薄赤く射していた。綾子に対しては何故か受動的であるお光は綾子の言うままに花弁はなびらを一枚一枚揃えていたのだ。綾子はお光の揃えた花弁を糸でつなぎあわしていた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
ころは春のすえということは庭の桜がほとんど散り尽して、色褪いろあせた花弁はなびらこずえに残ってたのが、若葉のひまからホロ/\と一片ひとひら三片みひら落つるさまを今も判然はっきりおもいだすことが出来るので知れます。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
指の一つ一つが花弁はなびらのごとく繊細であるが、手全体はふっくらして豊かな感じにあふれていた。そして頬に浮ぶ微笑は指先がふれた刹那せつなおのずからき出たように自然そのものであった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
自分もそれなり降りて花床をまたぐ。はかなげに咲き残った、何とかいう花にすそが触れて、花弁はなびらの白いのがはらはらと散る。庭は一面に裏枯れた芝生である。離れの中二階の横に松が一叢ひとむら生えている。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
女の心臓のかよわなる血の花弁はなびら旋律ふしまはし
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
由来桜の花弁はなびらのやうに
(新字旧仮名) / 中原中也(著)
尊き花弁はなびら
大きな花弁はなびらの形にい上げられた夥しい髪毛かみのけが、雲のように濛々もうもうと重なり合っている……そのびんの恰好から、生え際のホツレ具合までも
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、なつうみのかなたにかたむいて無数むすうのうろこぐもうつくしく花弁はなびらのようにそらりかかったときに、げてんだものもありました。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
自分は明日あす早朝キリクランキーの古戦場をおうと決心した。崖から出たら足の下に美しい薔薇ばら花弁はなびらが二三片散っていた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私にとつてはあんなに稀重けてう至極なオホムラサキが、見るとこの村のあちこちには恰で木蓮の花弁はなびらが風に飛び散る如く、さんさんと舞ひ乱れてゐた。
その村を憶ひて (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
つま屋と名づくるのが、また不思議に貝蛸の小店に並んでいて、防風芹ぼうふ生海苔なまのり、松露、菊の花弁はなびら。……この雨に樺色かばいろ合羽占地茸かっぱしめじ、一本占地茸。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
でも、新選組の中で、土方歳三ひじかたとしぞうと共に、美貌びぼううたわれただけあって、やつれ果ててはいたが、それがかえって「病める花弁はなびら」のような魅力となってはいた。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紅い薔薇の花弁はなびらが彼女の口唇くちびるを思わせるように出来ている。大塚さんはそれを自分の顔に押宛て押宛てして見た。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大空はくっきりと晴れて雲一つなく、桃金花てんにんか薔薇ばらの小枝が顔さし伸べて、私の書いているこの紙草パピュルスの上に花弁はなびらを降らせ、柔らかに陰を作っていてくれるのです。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そこが何より、この場面仕掛の見せ所だったのである。それから、ホレイショの凄惨せいさんな独白があって、それが終ると、頭上の金雀枝を微風が揺り、花弁はなびらが、雪のように降り下って来る。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
花弁はなびらのちり/″\にならで散ればにや、手に取りて弄びたき心地もするなり。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
どこからともなく散り残る花弁はなびらが飛んで来て、陰惨な空気などは感じられませんが、建物に沿って右に曲ると、風の吹廻しか、線香の匂いがプーンと来て、さすがに職業的な緊張を覚えさせます。
この六月に咲く赤い花弁はなびらの上に押潰おしつぶして
花弁はなびらが散らうと何事だらう
においですこと」と三千代は翻がえる様にほころびた大きな花弁はなびらを眺めていたが、それから眼を放して代助に移した時、ぽうと頬を薄赤くした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのから、うちなかで、あお着物きもの少女しょうじょはうたい、あか着物きものむすめは、花弁はなびらかぜかれくるうごとくおどるのでありました。
初夏の空で笑う女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と云ったが、その姿は別の女の背と、また肩の間に、花弁はなびらを分けたようにはさまって、膝も胸もかくれている。明石あかし柳条しまの肩のあたりが淡く映った。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紅いサフランの花弁はなびらは、この家で薬の客に出す為に特に焼かした茶椀の中へ浸して、それを弟に勧める。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なまめかしさを加えたことだろう! 彼女は過ぐる夜、屋敷の中庭で、頼母と会って以来、それまで、春をしらずに堅く閉ざしていた花の蕾が、一時に花弁はなびらを開き
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いつかの大雪のあとが、遥かの県境の山肌には未だ牡丹の花弁はなびらのやうに点々と染みついてゐた。——一九〇五年、三月十日の空は明るく静かなひずらが万遍もなく輝いてゐた。
サクラの花びら (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
その一呼吸ごとに全身に輝き満ちて来るかと思われるくらい……その頬は……唇は……かぐわしい花弁はなびらの如く……又は甘やかなジェリーのように、あたたかい血の色によみがえっております。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
持っていった薔薇ばらを喜んで花瓶にして、その日薔薇の花弁はなびらより、もっともっと青白い顔で天井をみつめながら、あえぎ、ポツリポツリ、話していたあの時の姿が、眼に見えるような気がする。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)