つくろ)” の例文
するとお神さんが、慌てて襟元をつくろって、櫛巻髪くしまきがみを撫で上げて敬意を払ったところを見ると、多分ソレ位の金持に見えたのであろう。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
欽吾の財産を欽吾の方から無理に藤尾に譲るのを、厭々いやいやながら受取った顔つきに、文明の手前をつくろわねばならぬ。そこで謎がける。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みなみ亭主ていしゆは一たん橋渡はしわたしをすればあとふたゝびどうならうともそれはまたときだといふこゝろから其處そこ加減かげんつくろうてにげるやうにかへつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「ここもとは茅屋あばらやでも、田舎道ではありませんじゃ。尻端折しりばしょり……飛んでもない。……ああ、あんた、ちょっとつくろっておあげ申せ。」
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五日の討入が延びた時には、いっそ安兵衛に事情を打明けて、兄の前だけでも同盟を脱退したようにつくろってもらおうかとも考えてみた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
おきみが、それをわたくしに取次ぐと、そこに居合せた池上は、是非もないという顔をして、それからなるべくママり気ない様子をつくろ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
検校はばちをとつて一寸威儀をつくろつた。富尾木氏は「さあ」と言つて、白い巻煙草のけむの中で眩しさうに眼を細めてゐたが、暫くすると
爺は、伜の気持ちをつくろうようなことを、何か言い出そうとして、口を二三度動かしたが、ただ、口を動かし得たに過ぎなかった。
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
而も羊羮色になつた黒のモオニングに、穴のあいた中折を被り、そして泥まみれの深ゴム靴は圓い革を當てて處々つくろつてある……
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
「さうか、それはいゝことを聽いた、——ついでに權八が仕立かつくろひに出してゐる着物はないか、階下したのお神さんに訊いて來てくれ」
もともと着物の破れやすい個所をつくろったり、丈夫にしたりするためだったと思います。模様は色々あって、一々方言でその名を呼びます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
けれどもその縫っているのは、郁太郎の着物ではありません。乱れた髪かたちを直してから、自分の着物のほころびをつくろっているものらしい。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
吉次の誇張こちょうがいかにも滑稽に見えたので、もうこらえきれない天狗が吹き出してしまった。それをまた、つくろう為に、ほかの天狗は
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まず山雲やまぐもと戦う 時に油然ゆうぜんとして山雲が起って来ますと大変です。修験者は威儀をつくろ儼乎げんこたる態度をもって岩端いわはな屹立きつりつします。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「寒い時も困るが、おれ達の商売も暑くなると楽じゃあねえ。一体、両国橋のつくろいというのは、いつ頃までに出来上がるのだ」
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ことわざにも言うとおり、旧い衣のつくろいに新しい布を縫いつけるとかえって破綻ほころびは大となり、新しい酒を古い革嚢かわぶくろに入れるとかえって嚢が破れる。
好機いっすべからずとて、ついに母上までもあざむき参らせ、親友の招きに応ずと言いつくろいて、一週間ばかりのいとまを乞い、翌日家の軒端のきばを立ちでぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
豊野より汽車に乗りて、軽井沢にゆく。途次線路のやぶれたるところ多し、又かりつくろいたるのみなれば、そこに来るごとに車のあゆみをゆるくす。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
産婦に血をあがらしてはいけねえと、連れて来た赤ン坊を今産れたと偽る様に産婆と腹を合せてその場をつくろったのが今のお玉。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
すぐ元どおりに縫いつくろって、私どもの菩提寺の舒林寺じょりんじというのへ何はともあれ預かってもらうことにしたのでございました。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
晩には、もう気力もつきはてて、ほとんど口もきかず、食事を済すと、靴下くつしたつくろいながら、椅子いすにかけたまま居眠りをした。
權「先刻さっき箱の棧がれたから、どうかつくろってくんろてえから、糊をもってわしが繕ろうと思って、皿の傍へめえったのが事の始まりでごぜえます」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
自分の破廉恥な寄生生活を人前にまた自分に対してつくろうため、つとめて彼らより一だん高い優れた人間だというような顔をして来ただけである。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
先生はこの近くの或る藩士の零落した老人で、自分の父が呼寄せて、郡長の前などをも具合よくつくろつて永くその村に勤めさせてゐたものであつた。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
その二人が何か小声で話しながら前に腰かけている老母のびんの毛のほつれをかわるがわるとりあげてつくろってやっている。
雑記帳より(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「そんなこたあでもねえさ」と老人は云った、「いかずちの船大工に頼めばすぐつくろってくれるだ、いいとも、おらが持ってって頼んでやるだよ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、もう、それを取りつくろうことをしないで素直すなおに、「いや感心いたしました」と、その小説が一座の作その物ででもあるかのように敬意を表した。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
れの徳義とくぎは——「かくすよりあらはるゝはなし」——へれば——「外見ぐわいけんかざるな、いく體裁ていさいばかりつくろつても駄目だめだ、かはづぱりかはづさ」
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
今度は余所見をつくろいまるで何処かへ行ってしまうような風をし乍らふらふら近づいてきて、麻油の頸を手探りしようやっと襟を握って絞めはじめた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それから、彼はそのついでにあのみぞの上へ冠さつて居る猫楊ねこやなぎの枝ぶりをつくろうても見た。その夕方、彼は珍らしく大食した。夜は夜で快い熟睡をむさぼり得た。
女房の手前をつくろつてまでも!———これは明かに、猫と女房とを天秤てんびんにかけると猫の方が重い、と云ふことになる。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「うむ。僕は取りつくろって答える。『あれは同級の秀才で保険会社へ勤めている孝子こうしです。実に感心な男です』って」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
つくろひぶら/\行ます積なるが如何いかゞなもので御座りませうと言ば主個あるじ片顏かたほに笑みなんの事かと思ひしがもとより安き其御無心ごむしん浪人者の疲世帶やせしよたいむさくろしきを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
だが、ほころびがたとえつくろわれていないとしても、それによってさらけ出された最大の悪徳は不用意に過ぎない。
こちらが照れてしまうほどになり、大きな身体からだをもじもじさせ、スカアトのひだを直したりして体裁ていさいつくろってから、大急ぎでけ去ってしまいました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
人傳ひとづてきましておいかりにふれるとはるも御樣子ごやうすうかゞひたさににくいところつくろつてやうやうのおもひでまゐりましたお父樣とつさまにもお執成とりなしをとしほ/\としていひづるを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
何故かといえば、明日の朝の早くに網を船に積んで沖の漁に出なければならなかったからでした。網は今夜のうちにつくろわねばならぬのでした。父は出しなにも
不思議な魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ハンカチの穴はよくつくろいましたが、私はもうあぶないので、こんな危険な余興はしないことにしました。
それで二人は、こわれた人形を立派りっぱつくろって、それを山の神社おみやおさめました。さるは山の中へもどりました。
人形使い (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
しっとりとした容姿すがたをして、なりもつくろわず、不断着の茶っぽい、だんだらの銘仙めいせん格子縞こうしじま袷衣あわせを着て、形のくずれた銀杏返いちょうがえしのびんのほつれ毛をで付けもせず
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そして皆さんの思召おぼしめしむくいる、というような巧なる事はうまく出来ませぬので、已むを得ず自分の方のはたけのものをば、取りつくろいもしませんで無造作に持出しまして
老いたる白髯はくぜんの観相家は、自ら阿部流と誇称する通り、あたかも阿部の晴明の再来ででもあるかのごとく、いとも厳粛に威容を取りつくろって、気取りに気取りながら
大伴おおとも御行みゆき、粗末な狩猟かり装束しょうぞくで、左手より登場。中年男。荘重そうちょうな歩みと、悲痛ひつうな表情をとりつくろっているが、時として彼のまなざしは狡猾こうかつな輝きを露呈ろていする。………
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
誰もつくろってくれるような者なんぞ居なかったので、次第次第に荒れまさって来るのを、私はただぼんやりと眺めながら、ようやく成長して来る道綱一人を頼みにして
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ほころびをつくろったり、そうかと思うと、工作室からかんなのこぎりを借りてきて、手製の額を壁にかけたりした。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ひとまわりお石場を掃いて来て、惣平次は、陽の射し込む土間に足を投げ出して、手網のつくろいだ。
「蓋!大きいが、もろい蓋だ!何うかすると、ぶツこはされたり、けたりする。併し直につくろはれて、町の形を損せぬ。ただかはらが新しくなツたり古くなツたりするだけだ。」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
満蔵は米搗き、兄は俵あみ、省作とおはまは繩ない、姉は母を相手にぼろつくろいらしい。稲刈りから見れば休んでるようなものだ。向こうのまさ公も藁をかついでやって来た。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
四人が出かけてゆくと、分析台の掃除にとりかかり、それがすむと洗濯をしたりつくろいものをしたりする。十時になると、そろそろ昼の支度にとりかからなくてはならない。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
学校から帰ったら、ちょうど助ちゃんが稽古にきていて、離れでお糸さんが洗濯した助ちゃんの着物のほころびをつくろっていた。そこにとりまとめてある下着や帯や足袋たびを見て、私が
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)