かんざし)” の例文
「隱したつて駄目だよ、證據は銀流しのかんざしだ。柳橋で藝妓のやつこを殺したのを手始めに、四人まで手にかけた、お前は鬼のやうな女だ」
故老の話では四五十年前にも一度あったが、その時は女たちがかんざしに小さな短冊たんざくをつけて、魔よけにしたと云って、その歌を引いてある。
簪につけた短冊 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
堂とは一町ばかりあわいをおいた、この樹のもとから、桜草、すみれ、山吹、植木屋のみちを開きめて、長閑のどかに春めく蝶々かんざし、娘たちの宵出よいでの姿。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蒼白い靄にうずもれながら、すぐ窓下の冬薔薇の木は、しぼんだ花と満開の花とをかんざしのように着けながら、こんもりと茂って居るのでした。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「どうも申訳が御在ございません。どうぞ御勘弁を……。」とばかり前髪から滑り落ちるかんざしもそのままにひたすらひたいを畳へ摺付すりつけていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分が等々力の妻君から貰ったという紫水晶のかんざしを見せびらかしつつ、甘木柳仙宅襲撃の仕事を見逃がしてくれるように頼み込む。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「長居していると、麓に待たせておいた轎舁かごかきが、ひょっと登って来るかもしれない。オオ女の櫛、かんざしも路銀の足し、そいつも拾って」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母が頭から銀のかんざしをぬいて燈心を掻き立てている姿の幻のようなものを想い出すと同時にあの燈油の濃厚な匂いを聯想するのが常である。
追憶の冬夜 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
さむらいは、つばを売り、女は、かんざしを売って献金し、十三ヶ月に渡って、食禄が頂戴できないまでに窮乏してしまった。そして、彼は隠居をした。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
この点にいたると婦人はあなどるべからざる強いところがある。日ごろは一つのやさしき飾りに過ぎぬ「かんざし逆手さかててば恐ろしい」。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
幅の狭い茶色の帯をちょっきりむすびにむすんで、なけなしの髪を頸窩ぼんのくぼへ片づけてその心棒しんぼうに鉛色のかんざしを刺している。そうして襷掛たすきがけであった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何とかいう先生が無理矢理に切ろうとしたらこの男、かんざしを武器にして手ひどく抵抗した。あちこちですすり泣きの声も聞えた。
私の子供時分 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
その時、由子は、紅玉ルビー色の、硝子の、薔薇ローズカットの施こされたかんざしをお千代ちゃんのたっぷりした束ね髪の横に見たのであった。
毛の指環 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
町が狭隘せまいせいか、犬まで大きく見える。町の屋根の上には、天幕がゆれていて、さくらかんざしを差したむすめ達がゾロゾロ歩いていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お銀様は頭を自棄やけに振って、銀のかんざしを机の上へ振り落しました。振り落したその簪をグイと掴んで、呪いの息を写真のおもてに吹きかけました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女はくしだのこうがいだのかんざしだのべにだのを大事にしました。彼が泥の手や山の獣の血にぬれた手でかすかに着物にふれただけでも女は彼を叱りました。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
大連だいれんでみんなが背嚢はいのうを調べられましたときも、銀のかんざしが出たり、女の着物が出たりして恥を掻く中で、わたくしだけは大息張おおいばりでござりました。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
かんざしをさしたへびと原子爆弾の原理とが仲よく組合わされていた幼年の日の夢を、今更のようになつかしく思い見る次第である。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「うるさいのね、さあ、これでいいの」彼女は柚木が本気に自分を見入っているのに満足しながら、薬玉くすだまかんざしの垂れをピラピラさせて云った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
このあいだも旧友の一人にって、その細君が小娘の頃、ひらひらのかんざしなどを挿して、長煙管ながキセルをくわえていたことを思い出しておかしかった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
十一娘はそこで別れて帰ることにして、金のかんざしをとって三娘にやった。三娘ももとどりの上にさした緑のかんざしをぬいて返しをした。
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「——向う山で鳴く鳥は、ちゅうちゅう鳥かみい鳥か、源三郎げんざぶろうの土産、なにょうかにょう貰って、きんざしかんざしもらって……」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何々屋なになにや後家ごけさんが、おびってやったとか。酒問屋さけとんやむすめが、舞台ぶたいしたかんざししさに、おやかねを十りょうしたとか。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
朱縮緬の帯止をこて/\巻付けて、仕入物の蒔絵まきえの櫛に鍍金足めっきあしに土佐玉のかんざしで、何処ともなく厭味の女が、慣れ/\しく
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山吹の真白なじくも押出して、いちょうがえしへかけた。五月の節句には菖蒲しょうぶの葉を前髪に結んだり、矢羽根やばねに切ったのをかんざしにさしたものだった。
その繁き葉の一つ一つはかんざしの脚のように必ず二本の葉が並んで、これを幾千万の夫婦の偕老かいろうの表象だとも見立て得べく
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
図510・511はI嬢で、年は十二位。花かんざしを示し、環の内側には赤い縮緬をくっつける。これはこの年頃の少女には、非常に一般的な髷である。
申べしと云ばおきく得心とくしんして出たりけりさて大岡殿おほをかどの利兵衞にむかひ如何に利兵衞其方そのはうくしかんざし證據しようことして與兵衞供々とも/″\吉三郎を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
十四あさぼく支度したく匆々そこ/\宿やどした。銀座ぎんざ半襟はんえりかんざし其他そのたむすめよろこびさうなしなとゝのへて汽車きしやつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
千浪は大きく頷首うなずいて、髪から、かんざしを抜き取った。そして、大次郎の口もとから眼を離さずに、横ざまに片手をさし伸べて、行燈あんどん灯立ほたちをらした。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
友染いうぜんの着物に白茶錦しらちやにしきの帯をむすびにして、まだ小い頃から蝶々髷てふ/\まげやら桃割もゝわれつて、銀のすゝきかんざしなどを挿して
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
わたしは一倍も高い櫃台デスクの外から著物きものかんざしを差出し、侮蔑さげすみの中に銭を受取り、今度は脊長けと同じ櫃台デスクの前へ行って、長わずらいの父のために薬を買った。
「吶喊」原序 (新字新仮名) / 魯迅(著)
危うく「坊主にかんざしさし場がない、畑に蛤掘ってもない」と傍らの小木魚叩いて歌いだしてしまうところだった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
……長いそでのあるキモノを着ましてね、髪に桜の花のかんざしをさして、いつも眼を伏せて微笑ばかりしていました。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして拭き掃除がすんでしまうと、手摺てすりにもたれて、お互いに髪をめ合ったり、くしかんざしの話をしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
三十本十銭の筆だの、金のかんざしと時計の鎖と羽織の紐と指輪二つとで五十銭という金ぴかがぞろりと並んだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
籠の天井は七色の絹の糸の網で、寵をるすひもは皆かんざしの玉にする程の大きな真珠がつないでありました。
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
〽青すだれ川風肌にしみじみと汗に濡れたる(枕がみ袖たもと) 合びんのほつれをかんざしのとどかぬ(愚痴も惚れた同士命と腕に堀きりの櫛も洗い髪幾度と風に吹けりし)
中には雑踏ひとごみに紛れて知らない男をののしるものも有った。慾に目の無い町の商人は、かんざしを押付け、飲食のみくいする物を売り、多くの労働の報酬むくいを一晩になげうたせる算段をした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
隣りの細君が御召縮緬おめしちりめんに純金のかんざしをと聞きて大いに心を悩まし、急に我もと注文して後によくよく吟味すれば、あに計らんや、隣家の品は綿縮緬に鍍金めっきなりしとぞ。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さりとて何等の武器をも持たぬ彼女かれは、咄嗟とっさあいだに思案を定めて、頭にしている銀のかんざしを抜き取った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして銀のピラピラかんざしを前の方に飾ったものでございますが、鼈甲べっこうの櫛笄が灯影に栄え銀簪がちらちらひかる様子は、何と申しましても綺麗なものでございました。
帯の巾が広すぎる (新字新仮名) / 上村松園(著)
すみ子は真赤な帯を胸高に〆めて、何かキラキラするかんざしをさしていた。私と並んで坐って、前に見て知っているので、番組をひろげては得意そうに色々と説明した。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
結いたての日本髪(ごくありきたりの髷だったが、何という名だか園は知らなかった)の根にさした銀の平打のかんざしを抜いて、その脚でするすると一方を切り開いた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かんざしをつまみ出し、香水の瓶をちよつと鼻の先に当てて匂ひを嗅ぐと、礼も言はずに戸棚の中にしまつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
返事を差し上げないこともおそれおおいことであると思われて、斎宮の女御は苦しく思いながら、昔のその日の儀式に用いられたかんざしの端を少し折って、それに書いた。
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
かんざしだの、鬼灯だの、太白飴だの、葡萄餅だの、竹かんろだの、あやめ団子だの……そうしたかない、こまこました、縁日々々した露店が透きなくならんだのである。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
それが髪をまん中から割って、忘れな草のかんざしをさして、白いエプロンをかけて、自働ピアノの前に立っている所は、とんと竹久夢二たけひさゆめじ君の画中の人物が抜け出したようだ。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お濱さんは裏口うらぐちから廻つて、貢さんの居間ゐまえんに腰を掛けて居た。眉のうへで前髪を一文字にそろへて切下げた、雀鬢すゞめびん桃割もヽわれに結つて、糸房いとぶさの附いた大きいかんざしを挿して居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
『さうなの』と、つね子さんは大へん感心をしまして、赤い鼻緒の草履と赤い花かんざしとを買つてやりました。子兎は赤い鼻緒の草履をはいて、赤い花簪をさして嬉しさうに
つね子さんと兎 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)