しか)” の例文
もつと第一義的国民性をしかとつかんでゐる。昔、深林の中から生れた暗い強い気分が、今日でも歴然として残つてゐるのを私は見る。
真剣の強味 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
むこの勘五郎に任せましたが、金箱はしかと押えて、五十文百文の出入りも、自分の手を経なければ、勝手にさばきはさせなかったのです。
と、鞍の上でのけったが、あぶみしかと踏みこたえて、片手でわが眼に立っている矢を引き抜いたので、やじりと共に眼球も出てしまった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分がしかとした人間だったら、あんなことを源氏がお言いになっても、軽率にこんな案内はしなかったはずだと思うと悲しかった。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
夫だけではしかと分らぬ何か是と云う格別な所が有そうな者だ女「有ますとも老人の室の掃除むきと給仕とはわたくしが引受けて居ましたもの、 ...
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「それはしかとはきまらんがの、下谷したやに富山銀行と云ふのがある、それ、富山重平な、あれの息子の嫁に欲いと云ふ話があるので」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いつものように黄昏たそがれの軒をうろつく、嘉吉引捉ひっとらえ、しかと親元へ預け置いたは、屋根から天蚕糸てぐすはりをかけて、行燈を釣らせぬ分別。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで何と滝沢氏、明日あすは是非とも年始がてら初湯を試みにお出かけ下され。しかとお約束致しやした。しからばこれにて、ハイハイご免。
戯作者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
然し初めは、自分も激して居るせゐか、しかとは聞き取れなかつた。一人は小使の聲である。一人は? どうも前代未聞の聲の樣だ。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
広い風呂場をてらすものは、ただ一つの小さき洋灯ランプのみであるから、この隔りでは澄切った空気をひかえてさえ、しか物色ぶっしょくはむずかしい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と手を放しますると、又々腰に差したる木刀ようの物を持って文治に打ってかゝる。その小手下こてした掻潜かいくゞって又も其の手をしかと押え
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかと検して置こうと言うて野猪のたてがみの直ぐそばに生えおった高いすすきじ登りサア駈けろと言うと同時に野猪の鬣に躍び付いた
たしかに見覺えましたしなこれは幸手宿の者より否々いや/\粕壁かすかべいちかひましたと云に原田始め役人共は何か取留ぬ申口たり林藏しかと申せ胡亂うろんなことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
悲嘆の苦しみにもがき返り、滅茶苦茶に虚空をつかんでいる人物だけが素面で、しかとは見定めもつかなかったが、やはり正銘な万豊の面影だった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
彼はいよいよたまらなくなって、懐中電燈をほうりだすと、今度こそはしか呼吸いきの根を止めようとして、頸ったまを押えつけた。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
しかしこう云うことを洗立あらいだてをして見た所が、しかとした結果を得ることはむずかしくはあるまいか。それは人間の力の及ばぬ事ではあるまいか。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
腰に下げた手拭てぬぐいをとって、海水帽の上からしか頬被ほおかむりをした。而して最早大分こわばって来たすね踏張ふんばって、急速に歩み出した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
だが、最初は、自分たちが立会って、その果し合いをとくと見定めたような話しぶり。おいおい進むと、その人相年齢すらもしかとは判然しない。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……生来拙い身は二箇月の謹慎の生活を送りながら、未だに現つ心なく、眼前の鉄格子さえしかとは眼に入らぬ、たよりない心の状態に居ります。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
そんな事は全く知らない空虚の生命であった。その生命がこの世に認め得たものは唯「女の死」という一事だけであった。これをしかと見届けた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ただどれだけ歴史を溯らせ得るか、今のところ確証がない。それで今日文献がない以上何もしかと断定は出来ぬが、起原は相当古いとも想像される。
野州の石屋根 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
増田に突き当たったのも鮎川と同様、天鵞絨か毛皮のような肌ざわりで、暗いなかでしかとは判らなかったが、犬よりも大きい物らしかったと云うのです。
「しかしそんな事はしかと予言の出来るはずのものではないのです。随分長く生命が保てる事もあるのですから。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
踏み出し足溜りをこしらへてはまた踏み固め二間餘のところ道をつけさて立戻り蝙蝠傘かふもりがさの先を女にしかと掴ませ危うくも渡り越して互にホト息して無事を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
尚頭蓋骨は何分年数が経って居りますのでしかと申上げられませんが、当時のものより心持ち小さい様に思われます
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
しかとそうならば、これは是非書きのこして置き度い。書くことによってせめて、共鳴者を、私のほか一人でも増して置き度い。寂しいが私はこれ以上は望むまい。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それは、虹鱒にじますであろう。かげろうの羽虫を餌として、はりを瀬脇に投げ込めば、瞬間にグッとくる。しかと餌を食い込んだのだ。竿も折れよとばかりの強引である。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
カピ長 さゝゝ、沒分曉漢わからんをとこぢゃ。しか然樣さやうか? 其樣そのやうなことをすれば身爲みだめになるまい。……すれば、なんぢゃな、では乃公おれ命令いふことかぬ! はて、いまときぢゃ。
源次郎が右の方から金作の帯をしかと握って、片足を岩角にかけて反身になる、長次郎はしっかりしっかりと懸声しながら矢張やはりニコニコして様子を伺っている
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
それと知るや与兵衛は、腰に結んで居た細引で、射取うちとつた猿をしかと縛つて川岸の方へ引摺り下しました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
前田利家は余り人の悪口を云うような人では無いが、其の世上の「うつけ者」の二人として挙げた中の一人は、しかと名は指して無いが信雄ではないかと思われる。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この蟷螂かまきり少からず神経性だと見える。その利鎌を今度はた振り右と左でくうかえす、そのつかを両膝にしかと立てると、張り肱の、何かピリピリした凄い蟀谷こめかみになる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それほどまでにいうんなら、仕方しかたがない、あずかろう。そのかわり、太夫たゆうりにたにしても、もう二ふたたすことじゃないから、それだけはしかねんしとくぜ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
もはや最後の際でありますから、何をいわれるか、しかとは言葉も聞き取れませんが、何しろ、自分の亡き後のことなど私へたのむということであることだけは分る。
髮と折敷との離れぬやうに赤い糸でしかと結び付けてブラ下げてあるのを、おみつは一心に見入つてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
或は、遠くの遠くの不思議な世界まで、これらの顏の斷片きれはしを持つていつて、それを土臺に全く別の新しいのを造上げるかも知れないが、これとてもしかとは受合はれぬ。
落葉 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
何分にも、道路を隔てているのでしかとは判らないが、どうやら中折帽を冠っている男は、旅行に行っている筈の伯父であり若い女はビアトレスであるらしく思われた。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
朝旨にもとらず、三条の教憲をしかと踏まえて、正を行ない、邪をしりぞけ、権衡けんこうの狂わないところに心底を落着せしめるなら、しいて天理に戻るということもあるまい。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雲竜二刀をしかと抱きしめて子恋の森を走り出た弥生、ゆくてを見ると、四つの駕籠がおりているので、さては得印門下の四人が、何かの用で森の家へ帰って来たのか
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「左様なれば申し聞けるが、先頃より其の方、伊賀守様上屋敷にまかり出で、御落胤云々の虚構を申し立てたるばかりか、大枚なる金子を騙取へんしゅせりというがしかと相違ないか」
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何故と申し候はば、貴殿平生の行状誠に面白からず、別して、私始め村方の者の神仏を拝み候を、悪魔外道げだうかれたる所行なりなど、しばしば誹謗ひぼう致され候由、しかと承り居り候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そうなったら私も、お望みのことはなんなりとお答えしますよ——これはしかとお約束します!
博士も大分心配せられてかたわらを去らずに付き切り、その内にドクトルが出て来られてしかとは分らんけれども、これはチスター熱に違いない。チスターのマラリヤ熱に相違ない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
手芸を習ふか、縁付くか、どちらにしても、しかとした談話はなしの纒まるそれまでは、かうして気楽に暮すがよい。たとへば二年三年でも、汝一人をかうして置くが、乃公の痛痒いたみになりはせぬ。
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
うちの様子をうかがふに、ただ暗うしてしかとは知れねど、奥まりたるかたよりいびきの声高くれて、地軸の鳴るかと疑はる。「さてはかれなほ熟睡うまいしてをり、このひまおどり入らば、たやすく打ち取りてん」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
実際耳学問であるか、そうでないかということは、まだしかと考えてみたことはない。また考えてみる必要もなかったが、とかく耳の方で聞いたのは、ろくな学問になっていないことは事実だ。
我輩の智識吸収法 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ではこのみ仏は現世の地獄をしかとみず、いたずらに夢三昧にふけっていたのだろうか。いな、この菩薩にとっては見るということは直ちに捨身しゃしんを意味した。地獄のあらゆるものの身に即して化身けしんする。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
しかと相違御座りませぬ。九郎右衛門、よも見忘れまい。中川十内じや」
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
この三十四箇条を削り取ったのは何故であるかはしかと分らぬが、多分後にバビロニアを征服したエラム王のスートルーク・ナクフンテ(Sutruk-Nakhunte, 1100 B.C.)
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
何處どこかの森でふくろの啼いてゐる。それが谷間に反響して、恰どやまびこのやうにきこえる。さて立ツてゐても爲方しかたが無いから、あとへ引返す積りで、ぼつ/\あるき始めたが方角とてもしかと解ツてゐなかツた。
水郷 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)