かた)” の例文
元来がんらいこのバナナが正しい形状を保っていたなら、こんなえる肉はできずに繊維質のかた果皮かひのみと種子とが発達するわけだけれど
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
お島がてたような顔をして、そこへ坐ったとき、父親がかたい手に煙管きせるを取あげながら訊ねた。お島はうるんだ目色めつきをして、黙っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女は、私を洗面臺に引つぱつていつて、石鹸と水とかたいタオルをとつて、無慈悲に、だけど幸ひにも簡單に、顏と手を摩擦まさつした。
理髪師は身支度の指図にやって来て、クリストフのかたい髪を縮らしてくれた。羊のような巻毛をこしらえないうちは彼を放さなかった。
麥色の薔薇ばらの花、くくりの弛んだ重い小束こたばの麥色の薔薇ばらの花、やはらかくなりさうでもあり、かたくもなりたさうである、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
かはかたうして素人しろうとの手に刻まれねば、給仕を頼みて切りて貰ひ、片隅に割拠かつきよし、食ひつゝ四方を見るに、丸髷まるまげの夫人大口開いて焼鳥を召し
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
「それだけ広島が遅れていたのは有難いと思わねばならぬではないか」と清二は眼をまじまじさせてなおもかたい表情をしていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
それにまあ、なめくじばけもののようなやわらかなおあしに、かたいはがねのわらじをはいて、なにが御志願でいらしゃるのやら。
ところが、いくら上手に剥がしてもやはり微かながら痕跡が残る。あんなツルツルのかたい紙でも、どうしても多少の疵がつく。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
余の病気はしだいに悪い方へかたぶいて行った。その時、余は夜の十二時頃長距離電話をかけられて、かたい胸を抑えながら受信器を耳に着けた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
熊楠いう、これも羵羊や羔子同様多少よるところある談で、わが邦に鹿角芝ろっかくしなどいうかたい角状の菌あり、熱帯地にはおびただしく産する。
その頂上てうじやうにはふるむかしから、大理石だいりせきのやうにかたくて真白ましろゆきこほりついてゐて、かべのやうにそゝりつ、そこまで、まだ誰一人だれひとりのぼつたものがない。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
かたくて円い帽子を取上げ、新しい帽子をためすときやるように、両手で念入りにかぶりながら、「君は万事をなんて単純に考えているんだろう!」
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
汝なほ食卓つくゑに向ひてしばらく坐すべし、汝のくらへるかた食物くひものはその消化こなるゝ爲になほ助けをもとむればなり 三七—三九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
と寛一君は又義理にかされた。伯父さんに睨まれるとかたくなる程度で伯母さんの前へ出ると軟かくなる。新太郎君に会えば悉皆すっかり共鳴してしまう。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼らは、その労働を終えた時、帰って行く、から荷車の上へよじ登るのが困難なくらいに、からだがかたくなっているのだ。彼らの一人ひとりは言っていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
この以外にも石芋いしいも脂桃やにもも不喰梨くわずなしの類、この梨はかたくてとても喰われませぬとあざむいたら、それから後は喰うことの出来ぬ梨になったというような話は
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
某県より来る学生は、上京当時はすこぶるかたい、なんとなれば某県にある時はいわゆるスパルタ式教育法を受け、猛獣的に強くなっているからである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
灰色の繻子しゅす酷似こくじした腹、黒い南京玉ナンキンだまを想わせる眼、それかららいを病んだような、醜い節々ふしぶしかたまった脚、——蜘蛛はほとんど「悪」それ自身のように
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
古代ロプ鹹湖の涸底こていは、峻しい粘土の丘がもつれるように起伏し、一面に塩が化石のようにかたく凍りついていた。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「やあ、お嬢さん、それはありがとう。で、そのネッソンという奴は、荒くれ男を使って、どんな悪いことをするのかね」白木の顔が、ちょっとかたくなった。
暗号音盤事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おにしまちかくなって、もうかたいわたたんだおにのおしろえました。いかめしいくろがねのもんまえはりをしているおに兵隊へいたいのすがたもえました。
桃太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
どこへ行っても野薔薇のばらがまだ小さなかたい白いつぼみをつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それを聴いて私は、あまりの腹立たしさに顔が痙攣けいれんするかと思うほどかたくなったのを、いて笑いながら
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
その台所にちかい炉のある部屋から隣りのふすままで抜いて、十二、三名のひとがかたくなってひかえていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、一がいには言へない。死んで少し時が經つと、死人の身體がかたくなる、その時を待つて握らせられるが、その前、斷末魔だんまつまの緊張でも、得物を握らせることが出來る」
おのれのかたい心が他人を苦しめていることに気がつかぬのでしょう。私はなさけなくなります。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
かたいような、柔らかいような、なんともいえない一種特別の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやってみたくてたまらなかった。
愛撫 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
北斎は従来の浮世絵に南画なんがの画風と西洋画とを加味したる処多かりしが、広重はもっぱら狩野かのうの支派たる一蝶の筆致にならひたるが如し。北斎の画風は強くかたく広重はやわらかくしずかなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手許てもとから切先きつさきまで澄み切つたかたはがねの光は見るものを寒くおびやかした。兄は眼をそばたてゝ、例へば死體にしろ、妻の肉に加ふべき刃を磨ぎすます彼れの心をにくむやうに見えた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
それはあの、結婚当初の盛子といふよりも、すでに十分成熟した、娘らしいかたさのすつかりとれ切つた、まぶしさのない代りに何か直接的な女らしさといふやうなものであつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
それらの土器どきかたは、まへまをした彌生式土器やよひしきどきたところのあかいろやはらかい素燒すやきのものもありますが、たいていは鼠色ねずみいろをした、ごくかた陶器とうきとでもいへるものであつて
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
すでに他の波斯兵の掠奪にあった後であることは、一見して明らかである。古いほこりのにおいが冷たく鼻をおそう。やみおくから、大きな鷹頭神の立像が、かたい表情でこちらをのぞいている。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かたくて歯が立たないならいいが、きたての餅のように軟らか過ぎて歯が立たない。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
元子からいろいろのかたさのものが造られるが、元子自身は完全に剛体であると考えなければならない。なんとならば、元子が柔らかいものであれば、これはその中に空虚を含んでいる。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
喞筒ポンプの材料には初めへきの厚いガラスを用い、活栓にかたゴムを使用致しました。これは血液の流れ工合を外部から観察するためでありましたが、後には、喞筒ポンプも活栓も共に鋼鉄に致しました。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
これに反し全く不透明で罅が沢山入っているものがありましたら凡て陶器であります。また普通は磁器の方が焼く時の熱度が高いので、よく焼きしまり従ってかたくて丈夫なわけであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いやにかたくなって受け合った。と、その背後はいごの物がニヤと笑ったようすで
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
行燈あんどんながかげをひいた、その鼠色ねずみいろつつまれたまま、いしのようにかたくなったおこののかみが二すじすじ夜風よかぜあやしくふるえて、こころもちあおみをびたほほのあたりに、ほのかにあせがにじんでいた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
結婚した当時、博士は笑談に、お前は硝子出がらすでだから、扱ふに気骨が折れると云つた事があるさうだ。大抵日本の女で別品といふのは、青みがゝつた皮膚の皮下組織が、やゝ厚くてかたさうに見える。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
自然は私に教へた、わたしの心は青くかたこのみのやうであることを。
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
(三)ちっとかたいものを切りたいのだが、よく切れるかイ。
三角と四角 (その他) / 巌谷小波(著)
本章ほんしやういてある、かたいが、ものやはらかにあはれである。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
はちはちと蜜柑のかたき葉を燃してゐろり大きなり蜜柑山の家
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
モーセが離婚を許したのは、汝らの心がかたいからだ。
河野の体はもうかたくこわばっていた。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かたい頷きかたで、それから云った
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
セルを着て白きエプロンのりかた
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
頸の動きがまるでかたい。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
くまでしゝかたうへ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)