つか)” の例文
手をつかねて遊んでゐるやうな青年は何処にも見出されなかつた。私の行つた頃は、丁度田に肥料を入れる山の草の刈込で忙しかつた。
スケツチ (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
玉蜀黍とうもろこしの毛をつかねて結ったようなる島田を大童おおわらわに振り乱し、ごろりと横にしたる十七八の娘、色白の下豊しもぶくれといえばかあいげなれど
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
いよいよ杉山に火がうつった時、各字かくあざの者は手をつかねて、せめて、人家へ焼け出さないように用心するよりほかはありませんでした。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「もしこれを向うみずな若い方たちが聞いたら、黙って手をつかねてはいないでしょう、きっとまた、品川のお下屋敷のときのような」
油でよごれた所へ二三度くしを通して、癖がついて自由にならないのを、無理にひさしつかげた。それが済んでから始めて下女を起した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見たという人の話によると、鳥の巣のような頭髪かみのけつかねて、顔色は青白くて血の気のない唇は、寒さのためにうす紫色をしていた。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こは大なる母衣ほろの上に書いたるにて、片端には彫刻したる獅子ししかしらひつけ、片端には糸をつかねてふつさりと揃へたるを結び着け候。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ねえ、君、お願いだ、それよりほんのつかでもよい、一と目でも、いや、物越しにでも、お逢い申してお声を聞かして戴きたいのだ。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
政宗の様子はべて長政に合点出来た。長政はそこで上洛じょうらくする。政宗も手をつかね居てはならぬから、秀吉の招喚に応じて上洛する。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
だが、そのつかの歓喜から、彼は更に、絶望などという言葉では云い尽せぬ程の、無限むげん地獄へつきおとされて了ったのである。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それよりももつと突き詰めたことをいへば、大学が古書を高閣かうかくつかねるばかりで古書の覆刻ふくこくを盛んにしなかつたのも宜敷よろしくない。
忽然巨大な一振りのつるぎが雲の中から現われ出たが、まず継母の首を斬り、次いで壺皇子をつかへ乗せ、どことも知れずけ去ったのである。
産婆が赤いせなかの丸々しい産児を、両手でつかねるようにして、次のの湯を張ってある盥の傍へ持って行ったのは、もう十時近くであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
友人の妻であつた邦子をさらつて、たのしい月日を暮したのはつかで、富岡は二年もしないで、仏印へ軍属として旅立つてしまつたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
若者の鼈四郎は、こういう景致や物音に遠巻きされながら、それに煩わされず、逃れて一人うとうとするつかを楽しいものに思いした。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いや、及ばぬといって、空しく手をつかねてはいられない。おそうたものは、川長でも見かけたことのある天堂一角、その他の阿波侍あわざむらいであろう。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それもほんのつかのことで、胸のなかは再びがらんとしてしまい、何を甲斐かいに生きているのやらつくづく分からなくなる。
可愛い女 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その喜びもつかであった。実の兄、カリギュラ王の発狂である。昨日のやさしき王は、一朝にしてロオマ史屈指の暴君たるの栄誉を担った。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは頭髪を角髪みずらにして左右の耳の上につかねた頭に、油をなみなみと入れた瓦盃かわらけを置いて、それに火をともすのでありました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
姉よ、あなたはいる、葡萄棚ぶどうだなの下のしたたる朝露のもとに。あんなに美しかったつかに嘗ての姿をとりもどすかのように、みんな初々ういういしく。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
男も女も、村中の人が皆野送の列に加つたが、巡査が剣のつかに手をかけながら、『物を言ふな、物を言ふな』と言つてゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
手早く、銘仙の着物に着換え、帯もシャンと締直し、髪も手がるにつかねなおし、気を落ちつけるように机の前に、坐った。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼を喜ばせるすべてのもの、彼を苦しませるすべてのもの、それらも皆自分の意志のままになるがように思われる。しかしそれもつかの間である。
刀のつかに巻く鮫の皮は、エビス鮫の子だ。長さ三四けんもあらうといふエビス鮫の親の皮についてゐる粒は想像しても分るやうに、鶏卵大位はある。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
ただに涼風すずかぜに吹かれるつかの心地よさを、みなと一緒にすることができないばかりでなく、重い病苦を負っているものの絶え間なき不愉快さに
親子の愛の完成 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
そう云って、警部は一振りの洋式短剣ダッガーを突き出した。銅製のつばからつかにかけて血痕が点々としていて、烏賊いかの甲型をした刃の部分は洗ったらしい。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
七八間先けんさききざみに渋蛇しぶじゃよこを、一文字もんじ駆脱かけぬけたのもつか、やがてくびすかえすと、おにくびでもったように、よろこいさんでもどった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
婆は鴫沢しぎさわの前にその趣を述べて、投棄てられし名刺を返さんとすれば、手を後様うしろさまつかねたるままに受取らで、ひておもてやはらぐるも苦しげに見えぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
年寄りをいたわってやって、よい功徳くどくをしたようにお峰親子は思った。しかもそれはつかで、老婆と入れ代って駕籠に乗ったお妻はたちまちに叫んだ。
経帷子の秘密 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あんずるに此類このるい石噐せききは或は釣糸つりいとを埀るる時に錘りとして用ゐられし事も有るべく、或は鳥をとらふるにさいつかね糸の端にくくり付けられし事も有るべく
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
……ほんのつかたち現われたわたしの初恋はつこいのまぼろしを、溜息ためいき一吐ひとつき、うら悲しい感触かんしょく一息吹ひといぶきをもって、見送るか見送らないかのあのころ
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
どう今日きょう船出ふなで寿ことほったのもほんのつか、やや一ばかりもおかはなれたとおぼしきころから、天候てんこうにわかに不穏ふおん模様もようかわってしまいました。
早いもので、三年もつかの間に過ぎ去りました。いつも私共は御なずかしき御両人様おふたりさまの御噂のみいたして居ります。千歳村、実になずかしく思います。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それもつか薄青うすあお渦紋かもんにかわり、消えてしまった。しかし、ぼく達は、相手のない、不敵さで、ただ、漕いだ。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
彼はつかも自分の肩に新しい外套のかかっていることが忘れられず、何度も何度も、こみあげる内心の満足からにやりにやりと笑いをもらしさえした。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
二、三日わなかった懐かしい顔は櫛巻くしまきにつかねた頭髪あたまに、蒼白あおじろ面窶おもやつれを見せて平常いつもよりもまだ好く思われた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
この世はつかの夢なり。あの世に到らんには、アヌンチヤタも我もきよたまにて、淨き魂は必ず相愛し相憐み、手に手を取りて神のみまへに飛び行かむ。
しかし今から考えますと、ソウした幸福感はホンノつかの間の夢だったのです。私の一身にからまる怪奇な因縁は、中々ソレ位の事で終結おしまいにはなりませんでした。
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この人達の耳にも、死刑になると云う話がもう聞えたので、中には手をつかねてやいばを受けるよりは、むしろフランス軍艦に切り込んで死のうと云ったものがある。
堺事件 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今井、大刀のつかに左手だけを掛けて、無言で暴徒等を見渡す。……間。すでに気を呑まれてしまっていた暴徒達、何もいわずスゴスゴ歩んで戸口から出て行く。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
あの呪わしい人達が平気な顔で揃いも揃って、栄華を極めている、その江戸へ、やっと上って来ることが出来たこのわたしが、どうして手をつかねていられよう。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それでもさすがに古島さんは、驚きうろたへながらも、上からまじまじと自分を覗きこんでゐる婦人の眼を、ほんのつかのま見返すだけの余裕があつたさうです。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
が、飽くことない静穏、それ以上不足を感じなかつた世と懸け離れた生活も、つかあだなる夢であつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
婦人の体においてもっとも貴要部たる小腹をつかねて蜂の腰のごとくならしめ、もって妊娠の機を妨げ、分娩の危難を増し、そのわざわいの小なるは一家の不幸を致し
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
されば行け、汝一もとの滑かなるをこの者の腰につかねまたその顏を洗ひて一切の汚穢けがれを除け 九四—九六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
村の家々ではお萩餅はぎを拵へ、子供たちは亥の子藁といつて、細い棒をシンに藁をつかねて繩でキリ/\と堅く卷いたもので、ポン/\と音させつゝ地べたを打つて
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
しかし、それもほんのつかの間です。アルコール中毒にかかったものは、また何かの機会に杯を手にします。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
南の方へ転地して、体が不思議に好くなったものは幾らもある。たとえ一縷いちるの望みでもある以上は、何も手をつかねているには及ばない。僕にだってまだ望みはある。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
年齢としはいくつなのか、まだ子供子供し、つかの盛りを見せるもろい花といった、ものやさしさで、線の細いエッチングか素描でも見ているような清楚な印象を受けた。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
船の修理を待つ間、そのことに関する限り、彼らは手をつかねているに過ぎない。そういう無為な日を迎え、また、送っているうちに、何かあわい悔恨に捉われていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)