くや)” の例文
女房かみさんは、よわつちやつた。可恐おそろしくおもいんです。が、たれないといふのはくやしいてんで、それにされるやうにして、またひよろ/\。
廓そだち (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そしてじっと病人を見ていると、なんとも言われない悲しみとくやみとが起って来る。今ここで死に掛かっているのは恋人に違いない。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
さりながら嬢と中川は向う側にあり、客の三人此方こなたに並んでせり。結句けっくこの方が嬢の顔を見られて都合好しと大原はあながちにくやまず。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「このたびはまア……とんでもないことで……それにおくやみにもまだ上がりもいたしませんで……あいにく宿やど留守るすなものですから」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
これからたくかへつて支度したくをしてうち長家ながやの者も追々おひ/\くやみにる、差配人さはいにん葬式さうしき施主せしゆ出来できたのでおほきに喜び提灯ちやうちんけてやつてまゐ
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
もし自分の生命を振りかえることができるならばいつなんどき召しあげられたところでいささかもくやむところはない。私は必死である。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
藤次郎はお店の袢纒はんてんを着て、新しい麻裏をき、紺の匂ひをプンプンさせて居りました。おくやみかた/″\手傳ひに來たのでせう。
儘ならぬ世の義理に心ならずとは言ひながら、斯かる誠ある人に、只〻一言ひとこと返事かへりごとだにせざりし我こそ今更にくやしくも亦罪深けれ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「守さん、さっきの私立探偵はどこにいるんです。あの爺さんは、一体ここへ何をしに来たんだ。おくやみでも云いに来たんですか」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
静子は故なき兄の疑ひと怒が、くやしい、恨めしい、弁解をしようにも喉がつまつて、たゞ堅く/\袖を噛んだが、それでも泣声が洩れる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
承まはり何にも知ぬ私しさへくやしくぞんずる程なればさぞ御無念ごむねんにも思し召んが他所から出來た事ではなし矢張やつぱりお身からもとめた事故人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ごらんよ、わたしのいふことを聞かないから、おまへたちはとう/\母さまをなくしてしまつたぢやないか。しかしもうくやんでも仕方がない。
星の女 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
そのことを思い返すと米友は、甲府を立つ時に、なぜ駒井能登守を打ち殺して来なかったかと、歯を鳴らしてそれをくやむのでありました。
彼はしょっちゅうそれをくやしがり寂しがるのみで、その境界きょうがいを打開する方法はあっても、それに対する処置を取り得なかった。
殊に第二軍司令部附であった記者は、大山大将が一処に帰ろといわれたのを聴かずに先へ帰って来て実にいまいましい訳だ、とくやんで居た。
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
さしもに猛き黄金丸も、人間ひと牙向はむかふこともならねば、ぢつと無念をおさゆれど、くやし涙に地は掘れて、悶踏あしずりに木も動揺ゆらぐめり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
自分の注意のはなはだ粗漫だったことが……なぜ、もッと、完全なメモをとって置かなかったかということが、わけもなくくやまれたのである……
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
一緒にいる時分は、ほんのちょいとした可笑おかしいことでも、くやしいことでも即座にちまけて何とかかんとか言って貰わねば気が済まなかったものだ。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
くやみ状をその婦人へ出したいと思ったが、「自分たちもどうせ死ぬのだし、悔みの百まんだらも死人を生き返らせはしない」
その人は何という名でしたか今は忘れてしまいました。別段くやしくも何ともなかったからでしょう。何でも米国帰りの人とか聞いていました。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
致して居ります建具屋でございますが……。このたびは何とも申し上げようもない次第で……。早速おくやみに出る筈でございましたが、かぜを
くやしいにつけゆかしさ忍ばれ、方様かたさま早う帰って下されと独言ひとりごと口をるれば、利足りそくも払わず帰れとはよく云えた事と吠付ほえつかれ。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
誹謗ひぼうに抗し屈辱に堪え、或はいかり、或はもだえ、或はくやみなどしたとすれば、さしもの父も痩せずにはいなかったであろう。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
悦ぶ孝といふべし生知せいちの君子九皋きうかうに鳴て聲天にきこゆる鶴殿をあしくも見あやまり狡才猾智の人とせしこそくやしけれ誠や馬を相して痩たるに失ひ人を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
しんに心から同情したくやみを述べ「若旦那も、あなたさまがなにかとお心忙しないでしょうと仰言ってゞございました」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は時々、この多くの自動車やその他の動くものの中で、何に轢殺れきさつされたら比較的くやしくないかを考えることがある。
ほんとにさうだ、忙しい身分なんだ、どうしてそこに気がつかなかつたらう、——と、徳次は瞬間本気にさう考へ、自分のはしたなさをくやんでゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
それにつけても、何と思って兄になぞ大事を打明けたかと、今さらのように自分の不覚をくやまずにはいられなかった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
ヂュリ なみだ創口きずぐちあらはしゃるがよい、そのなみだころにはロミオの追放つゐはうくやわしなみだ大概たいがいつけう。そのつなひろうてたも。
くやしかも、く來まさず。吾は黄泉戸喫よもつへぐひ一一しつ。然れども愛しき我が汝兄なせの命、入り來ませることかしこし。かれ還りなむを。しまらく黄泉神よもつかみあげつらはむ。
わたしは母にわかれてからもう五十年にもなるが、それでもこの歌を聴くと思い出して、いつも孝行の足りなかったことをくやなげかずにはいられない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
自分がいいだしてアグリなどと欲ばった名をつけたことを、かやは何度も口に出して、まるでそのことがいねの病気のもとででもあるかのようにくやんだ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
短気ものの蜜蜂は、くやしまぎれに直接行動でも思い込んだらしく、誰にも言葉を交わさないで、いきなり小さな羽を拡げて、森から外へ飛び出しました。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
看護婦さんは自分の手にかけた患者が死ぬとおくやみに行かねばならぬ。お手当によっては会葬もせねばならぬ。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
妾は身の不幸不運をくやむよりほかの涙もなく、この上は海外にもおもむきてこのこころざしつらぬかんと思い立ち、おもむろに不在中の家族に対する方法を講じつつありし時よ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
城太郎は遂に一言も、この際を、師と語ることもできなかったけれど、その時間だけ、お通に分け与えたのだと思うと、くやむ気もちは少しも起らなかった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女たちの會話の間には、一度だつて親切に私を引取つたことをくやんだり、または私を怪しんだり、嫌つたりするやうな言葉はなかつた。私は慰められた。
なかったからこそ、なおさらくやしかったり恥かしかったりしたのだ。何で私が、特別扱いにされたり免状をもらえなかったりするのかとそれが悲しかったのだ。
「あまかぞふ大津おほつの子が逢ひし日におほに見しかば今ぞくやしき」(巻二・二一九)という歌をも作っている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それは、私のこれまでいだいて来た希望が、全く根のない切り花のようなものであったとしましても、私はその希望を恥じてもくやんでもいないということです。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
高利貸の奴にだまされて無実の罪に陥ちたのは、雅さんの災難だと、私は倶共ともどもくやし……悔し……くやしいとは思つてゐても、それで雅さんの躯に疵が附いたから
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
今更にそれをくやんだとて何としよう。自分を育てた時代の空気は余りにやわらかく余りに他愛がなさ過ぎたのだ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
東京には親戚といって一軒もなし、また私の知人といっても、特に父の病死を通知してくやみを受けていいというほどの関係の人は、ほとんどないといってよかった。
父の葬式 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
くやみやら向うの模様を都合よく語ったりしたが、そのうちにお鳥の容色に迷い、遂に通じてしまったばかりか、実は莫大な遺産が僕の上に落ちてくるのを見すまし
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかしこの事は彼女にびしいとか、くやしいとか、そう云うような感情を生じさせるいとまは殆どなかった。一つの想念が急に彼女の心に拡がり出していたからだった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
平常なら「兄らも何だか、二十七にもなってまアだ嬶も持てねえで。……」としっぺ返しをするところだったが、その元気もなく、ただくやしさでいっぱいの彼女だった。
錦紗 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
いったい日本語には敬語がおびただしいから、人の葬式そうしきくやみに行っても、心の中の半分だも思わぬことまで述べる。少し正直しょうじきな人はまどわされる。古人のなげける一首にわく
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「はははは、何もそう泣かんでもいいよ。……その男は気の毒な死に方をしたけれども、いわば自分の大切な使命のために死んだんだから、くやむこともなかったろう……」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かはきまるとともつぎにはうゑくるしみ、あゝ此樣こんことつたら、昨夜さくや海中かいちう飛込とびこときに、「ビスケツト」の一鑵ひとかんぐらいは衣袋ポツケツトにしてるのだつたにと、今更いまさらくやんでも仕方しかたがない
今となってみれば、一年に一度のクリスマスに、あんな役にも立たぬとぼけた贈物おくりものをしたことがくやまれる。こうと知っていたら、お小遣いをやって喜ばせることもできたのに。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)