おの)” の例文
ただ口にいってしかして衆人に実行させ、おのれもまたこれを実行するという点に於ては先生の右に出ずる者がなかった。いな今でもない。
人はおのれの力で食わなければならない。姉さんなんぞはほんとにえらいもんだ。と僕のうちでは陰でほめているのサ。ネー斎藤さん。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
しかしそんなことよりも見も知らぬ人のまえでこんな工合ぐあいに気やすくうたい出してうたうとぐにそのうたっているものの世界へおのれを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
〔譯〕象山しようざんの、宇宙うちうないの事は皆おの分内ぶんないの事は、れ男子擔當たんたうの志かくの如きを謂ふなり。陳澔ちんかう此を引いて射義しやぎちゆうす、きはめてなり。
あの時分は今とはだいぶ考えも違っていた。おのれと同じような思想やら、感情やら持っているものは珍らしくあるまいと信じていた。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何事にか夢中になって、それでおのれの背後に人の来り彳むことを忘れたのではありません。本来、この少年はつんぼで、そうしておしです。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただおのれの義務と思うことを為した以上は、勝とうが負けようが、おのれの関するところでないとの考えがちていたように思われる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
第十七条 人にまじわるには信を以てす可し。おのれ人を信じて人も亦己れを信ず。人々にんにん相信じて始めて自他の独立自尊をじつにするを得べし。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
「木々を伝う鶯がおのが羽風によって花を散らしている、その花の散るのを誰か他の者の所為せいでもあるかのように、しきりに鳴く!」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
見向きもしないで、山伏は挫折へしおつた其のおのが片脛を鷲掴わしづかみに、片手できびす穿いた板草鞋いたわらじむしてると、横銜よこぐわへに、ばり/\とかじる……
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おのが現世については何の望みも持たなかったけれども、その生活は荘園にすがってさし当り浮浪の徒となるおそれをまぬがれていた。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
人の哀れを面白げなる高笑たかわらひに、是れはとばかり、早速さそくのいらへもせず、ツとおのが部屋に走り歸りて、終日ひねもすもすがら泣き明かしぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
一五六おのが世しらぬ身の、御ゆるしさへなき事は重き一五七勘当かんだうなるべければ、今さら悔ゆるばかりなるを、姉君よく憐み給へといふ。
しかるに何ぞはからん、今年の一月、余は漸く六つばかりになりたるおのが次女を死なせて、かえって君より慰めらるる身となった。
我が子の死 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
一度単于は李陵を呼んで軍略上の示教をうたことがある。それは東胡とうこに対しての戦いだったので、陵は快くおのが意見を述べた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
節づけつたなけれど、人々の真面目に聴きいる様は、世の大方の人が、信ぜぬながらもおの厄運やくうんにかゝはるうらなひをばいと心こめてきくにも似たり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
争闘の上をかけって来るべき勝利を告ぐる高らかな声に、みずからなろうと欲していた。復活したおのが民族の叙事詩を歌っていた。
殺したなどとは無法むはふ云掛いひかけ然樣の覺えは更になし實に汝ぢは見下果みさげはてたる奴なり公儀おかみの前をもはゞからず有事無事ないこと饒舌しやべり立おのがことを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
自転車の男が帰ってゆくと、懐中の子を女房へ渡して、鷲尾は裏口から田圃たんぼの方へ出た。おのれが忌々いまいましいような、情ないような気持だった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
「小三治さんはうまくなったネ。今のおのが姿を花と見てという所の見をズッと下げて、てエエを高く行く所なぞ箔屋町(小三郎)生き写しだ」
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
電流がおのれの方へ直接に働くことなく、己れと直角の方向へ働いて、横に磁針をまげるということは、余程奇妙に感ぜられたものと見える。
請負人うけおひにんは払ふべき手間てまを払ひ、胡魔化ごまかされる丈け胡魔化してカスリを取り、労働者は皆一度におのが村々へ帰ることになつた。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
他人の軽微な苦痛をおのが享楽の小杯に盛ろうとする不思議な心理がいかなる善良な人々の心の奥にも潜在することを教えてくれたようである。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
よしよし、ならばおのれらが手は借りぬわ。高がこの殿の命一つ、平太夫が太刀ばかりで、見事申し受けようも、瞬く暇じゃ。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ダビデが預言者ナタンによりて自己の罪を指摘せられた時、彼の柔らかなたましいは悔いくずおれて、神の御前におのが罪を言い現わしました。
男のはげしい主張と芳子をおのが所有とする権利があるような態度とは、時雄にこの疑惑を起さしむるの動機となったのである。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
実際そのとおりで、源三郎のほうとしては、あくまで道場は自分のものの気、祝言も式もないものの萩乃はおのが妻の気……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
親戚の者より同医にはかる所ありしに、義侠ぎけふに富める人なりければ直ちに承諾し、おのいま一子いつしだになきを幸ひ、嫡男ちやくなんとして役所に届出とゞけいでられぬ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
何一ツ将来に対して予期する力のなくなった心のほどのいたましさはおのが書斎の書棚一ぱいに飾ってある幾多の著作さえ
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
みずから父母を懐うのみならず、父母のおのれを懐うこと、さらにおのが父母を懐うよりも幾層さかんなるに想着し、「今日の音ずれ何と聞くらん」という。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
おのが唇を許した二人の男を前に、こうまでも厚顔であり無恥である彼女の態度は、蔑まれるべく十分であった。しかし、私達は明らかにめしいていた。
あわれな、おていさいである。パラパラ、ページをめくっていって、ふと、「なんじもしおの心裡しんりに安静を得るあたわずば、他処にこれを求むるは徒労のみ。」
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そは皆各所の山に分れて、おのが持場を守りたれば、常には洞のほとりにあらずただやつがれとかの黒衣のみ、旦暮あけくれ大王のかたわらに侍りて、かれが機嫌をとるものから。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
永「此奴こいつ悪い奴じゃアぞ、おのれ出家の身の上で賭博をるとはしからん、えゝ何じゃア其様そんな穴塞ぎの金をわしにをかりるとは何ういう心得じゃア」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あゝピストイアよ、ピストイアよ、汝の惡を行ふことおのが祖先の上に出づるに、何ぞ意を決して己を灰し、あとを世に絶つにいたらざる 一〇—一二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
おのが世が来た、とほくそ笑みをした——が、氏の神祭りにも、語部をしょうじて、神語りを語らそうともせられなかった。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
まさやけき言立ことだては、ゆるすべきよこしまは、おのが子のためとは言はじ、すべて世の子らをあはれと、胸張り裂くる。
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おのれは金儲けに出掛けるのではない。人をだまかして金を儲けるなんてもっての外の事を言う。実際ラマの化身でないのに化身だなんて、罪を作り金を
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おのが身一つ救えずに、うろうろと乞食するがやっとのぎょうで、それでは、野良犬も修験者も、変りがないといってもよいくらいなものでございましょう
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
六袋和尚は六日先んじておのれの死期を予知した。諸般のことを調ととのえ、辞世じせいの句もなく、特別の言葉もなく、あたかも前栽へ逍遥に立つ人のように入寂にゅうじゃくした。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「葦べ行く雁のつばさを見るごとに」(巻十三・三三四五)、「鴨すらもおのが妻どちあさりして」(巻十二・三〇九一)等の例があり、参考とするに足る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
本心より二心なく敬うを忠といえり、忠はおのが心を尽くすの名にして、如才なき本心を、業と共に尽くすことなり。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
心をとめてその力の及ぶだけをほどこさば、その児またその子を教育するのおのが職たるを知り、ついに一家、風を成し、一郷、俗を成すに至らんことを希望す。
教育談 (新字新仮名) / 箕作秋坪(著)
娘は意外に思うらしく慌ててそっと手をいだし、一秒間程相手の手を握る。貴夫人のおのれと握手する事はありべからざるように思いおるゆえ驚きしなり。
少女は伸びあがりて、「御者、酒手さかては取らすべし。れ。一策ひとむち加へよ、今一策。」と叫びて、右手めてに巨勢がうなじいだき、おのれはうなじをそらせて仰視あおぎみたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
一石にして二鳥、なんにも知らぬ柿丘氏の手を借りて、その人を自滅させると同時に、その美しい呉子夫人をおのが手に収めようとした貴方だったのです。
振動魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さらばとて、姫はそれらのものをことごとく中尉の墓所の側室へ納め、おのが愛人の死出の旅路のはなむけとされました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
それに比べると、陰気な家政婦の方は、まるで日蔭の女である。実際彼女は給仕頭に対しては、おのれを低く屈して、まるで彼の召使か何かのように見える。
蝮蛇ふくだ手をせば壮士おのが腕を断つ」それを声をたてて云い、彼はふと自分の腕を見まわした。目をつぶると腕を斬るいたみが伝わって来るようであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
おのが工夫がまずうては、近松門左が心を砕いた前代未聞の狂言も、あたら京童の笑い草にならぬとも限らない。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)