前後あとさき)” の例文
つい、そのころもんて——あき夕暮ゆふぐれである……何心なにごころもなく町通まちどほりをながめてつと、箒目はゝきめつたまちに、ふと前後あとさき人足ひとあし途絶とだえた。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「その殺された甚助の後を追って、出て行ったお前さんにも疑いが掛らずには済むまい。もう少し前後あとさきの様子を話して貰えまいか」
源は前後あとさきの考があるじゃなし、不平と怨恨うらみとですこし目もくらんで、有合う天秤棒てんびんぼうを振上げたからたまりません——お隅はそこへたおれました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
前後あとさきに二人ずつ居りまして、中乗なかのりが三人ぐらい居まして、たちまちに前橋まで此の筏が下りて参りますが、中々容易なものでは有りません。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
とかく愚痴っぽい母親が、奥の納戸なんどでゴツゴツした手織縞ておりじまの着物を引っ張ったり畳んだりしていると、前後あとさきの考えのない父親がこう言って主張した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「でしょう」などと前後あとさきのない詞があって、貞之進は何を話すことか一向解せぬけれども、末の一段が何だか気に懸り、ことに泣通したということが
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
この鏡を取った前後あとさきのお話しを申し上げた時、この珍らしい鏡というものを拝見に来ていた、沢山のたっとい人々の内で、泣かぬ者は一人もありませんでした。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
そんなことをいっているとき、さっきの労働服を着たアメリカ軍が五人ばかり、前後あとさきになって入ってきた。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それ故その身の上ばなしも、前後あとさき辻褄の合わぬことも多くって、私には何処までが真個なのか分らない。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
かような手続の前後あとさきにまで目角めかどを立てられる教育家の不心得の方がよほどしからん事かと存じます。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
敬太郎は前後あとさき綜合すべあわして、何でもよほどたっとい、また大変珍らしい、今時そう容易たやすくは手に入らない時代のついたたまを、女が男からもらう約束をしたという事が解った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「何を生意気な」葉子は前後あとさきなしにこう心のうちに叫んだが一言ひとことも口には出さなかった。敵意——嫉妬しっとともいい代えられそうな——敵意がその瞬間からすっかり根を張った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彦兵衛、同時に前後あとさきに気を使いながら突風に逆らって行くのだが、なかなか容易な業ではない。が、そこはよくしたもので、甚右衛門は絶えず音を立てているから、それを知辺に方向が定められる。
列車は前後あとさきが三等室で、中央まんなかが一二等室、見ると後の三等室から、髪をマガレットにつかねた夕闇に雪をあざむくような乙女の半身が現われた。今玉のようなかいなをさし伸べて戸のラッチをはずそうとしている。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
ところが源之進が余りの醜男ぶおとこなのに厭気がさし(長いこれからの浮世を、こんな男と一緒にくらさなければならないとは。厭だ厭だ)と思い詰め、一本の娘の、前後あとさき見ない感情からその席をがれ
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
御用あるにつきすぐと来たられべしと前後あとさきなしの棒口上。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
岡部精一、吉田東伍二氏も前後あとさきになつて死んで往つた。
西山せいざんしづみしかば惡漢わるもの共兩人前後あとさきより引はさみ御旅人酒代さかて
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そのままには帰らないで、溝伝いにちょうど戸外おもてに向った六畳の出窓の前へ来て、背後向うしろむきりかかって、前後あとさきみまわして、ぼんやりする。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「今、いろ/\聽いてゐたんだが、もう一度お前の口から話しちやくれまいか。菱屋のことや、金藏の行方不明になつた前後あとさきのことだよ」
誠に有難い事と心得まして、只私はえゝ何うも其の有難くばかり存じますので、へえ自然に申上げます事もその前後あとさきに相成ります
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
熟々しみじみ奥様があの巡礼の口唇を見つめてい声に聞惚れた御様子から、根彫葉刻ねほりはほり御尋ねなすった御話の前後あとさきを考えれば、あんな落魄おちぶれた女をすら、まだしもと御うらやみなさる程に御思召すのでした。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御用あるにつき直と来られべしと前後あとさき無しの棒口上。
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「今、いろいろ聴いていたんだが、もう一度お前の口から話しちゃくれまいか。菱屋のことや、金蔵の行方不明になった前後あとさきのことだよ」
……それが、どぶはしり、床下ゆかしたけて、しば/\人目ひとめにつくやうにつたのは、去年きよねん七月しちぐわつ……番町學校ばんちやうがくかう一燒ひとやけにけた前後あとさきからである。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
わたくし愚昧ぐまいでございまして、それゆえ申上げますことも前後あとさきに相成ります事でございまして、何かとお疑ぐりを受けますことに相成りましたが、なか/\何う致しまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
寂然しんとして、はては目をつむって聞入った旅僧は、夢ならぬ顔を上げて、葭簀よしずから街道の前後あとさきながめたが、日脚を仰ぐまでもない。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そっと客間の障子をひらき中へり、十二畳一杯に釣ってある蚊帳の釣手つりてを切り払い、彼方あなたへはねのけ、グウ/\とばかり高鼾たかいびき前後あとさきも知らずている源次郎のほうあたりを
「ところで、外に變つたことはありませんか、その前後あとさきに」
加茂川の邸へはじめての客と見える、くだんの五ツ紋の青年わかものは、立停たちどまって前後あとさきみまわして猶予ためらっていたのであるが、今牛乳屋ちちやに教えられたので振向いて
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此方こちらはまだ年が若いから、何の気も附かず、是は全くお梅から届けたものと心得て、前後あとさきの思慮も浅く、其の巾着の内へ、本堂再建さいこんの普請金八十両というものを盗み出して押込み
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「それがわからないから、前後あとさきのことを訊きたいのだよ」
けれども、私だって、まるで夢を見たようなんですから、霧の中を探るように、こう前後あとさき辿たどり辿りしないと、ぼうとしてつかまえられなくなるんですよ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「どんな樣子でした、前後あとさきのことを少し詳しく——」
急いで手拭を懐中ふところへ突込むと、若手代はそこいらしきりに前後あとさきみまわした、……私は書割の山の陰にひそんでいたろう。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あいがかった水のながれが、緩くうねって、前後あとさきの霞んだ処が、枕からかけて、まつげの上へ、自分と何かの境目さかいめあらわれる。……
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとり境内にたたずみしに、わッという声、笑う声、木の蔭、井戸の裏、堂の奥、廻廊の下よりして、五ツより八ツまでなるの五六人前後あとさきに走り出でたり
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かじもない、舟に、むしろに乗せられて、波に流されました時、父親の約束で、海の中へ捕られてく、私へ供養のためだと云って、船の左右へ、前後あとさき
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、令夫人は仲通りの前後あとさきを、芝居気の無い娘じみたみまわし方。で、くだんの番小屋の羽目を、奥の方へ誘い入れつつ
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あんまり思懸けない方がお見えなさいましたもんですから、私は狼狽とっちてしまってさ。ほほほ、いうことも前後あとさきになるんですもの、まあ、御免なさいまし。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとり境内けいだいたたずみしに、わツといふ声、笑ふ声、木の蔭、井戸の裏、堂の奥、廻廊の下よりして、五ツよりツまでなるの五、六人前後あとさきに走りでたり
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
早速さそくに一人が喜助と云う身で、若い妓の袖に附着くッつく、前後あとさきにずらりと六人、列を造って練りはじめたので、あわれ、若い妓の素足の指は、爪紅つまべにが震えて留まる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
狭いが、群集ぐんじゅおびただしい町筋を、斜めにやっこを連れて帰る——二個ふたつ前後あとさきにすっと並んだ薄色の洋傘こうもりは、大輪の芙蓉ふよう太陽を浴びて、冷たく輝くがごとくに見えた。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それと二人は卓子テエブルさしはさんでひとしく立上ったのが、一所になり前後あとさきになって出ようとする、横合の椅子から
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前後あとさきみまわしながら、そっとその縄を取ってくと、等閑なおざりに土の割目に刺したらしい、竹の根はぐらぐらとして、縄がずるずると手繰たぐられた。慌てて放して、後へ退さがった。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先刻さっき中引けが過ぎる頃、伸上ってしとみを下ろしたり、仲の町の前後あとさきを見て戸を閉めたり、揃って、家並やなみは残らず音も無いこの夜更よふけの空を、に引く腰張の暗い板となった。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、話の意味は通ぜずに、そのまま捻平のがまた曳出ひきだす……あとの車も続いてけ出す。と二台がちょっとれ摺れになって、すぐもとの通り前後あとさきに、流るるような月夜の車。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前後あとさきに次第に高くなって、白いふくろ、化梟、蔦葛つたかずらが鳥の毛に見えます、その石段をじるのは、まるで幻影まぼろしの女体が捧げて、頂の松、電信柱へ、竜燈があがるんでございました。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「話が前後あとさきになったんだがね、……夢を見たのは、姉がもう行方知れずになってからです。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
初夜しよやぎの今頃いまごろ如何いかなつ川縁かはべりでも人通ひとどほりはえてない。ひとくるまも、いづれ列席れつせきしたものばかりで、……前後あとさきくるまなかから、かれ引外ひきはづして、此處こゝはひつてたのである。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)