わき)” の例文
寝床の敷いてある六畳の方になると、東側に六尺の袋戸棚ふくろとだながあって、そのわき芭蕉布ばしょうふふすまですぐ隣へ往来ゆきかよいができるようになっている。
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と客の前から、いきなり座敷へ飛込んで、突立状つったちざまゆびさしたのは、床の間わきの、欞子れんじに据えた黒檀こくたんの机の上の立派な卓上電話であった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寒い時分で、私は仕事机のわき紫檀したん長火鉢ながひばちを置いていたが、彼女はその向側むこうがわ行儀ぎょうぎよく坐って、両手の指を火鉢のふちへかけている。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、私はよく勝手を知っていたので、庭の目隠しの下から手を差し込んで木戸きどかぎを外し、便所の手洗鉢てあらいばちわきから家の中に這入はいった。
井戸のわきを通ると、釣瓶も釣瓶たばも流しに手繰り上げてあツて、其がガラ/\と干乾ひからびて、其處らに石ばいが薄汚なくこびり付いてゐた。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
帽子に着いている血のしみと、急拵えの石のかまどと、そのわきに落ちていたセリ・インデヤ人の毒矢とを見れば、ジョン少年の運命は知れる。
其証拠とも云うきは寝床の用意既に整い、寝巻及び肌着ともに寝台のわきいだしあり枕頭まくらもとなる小卓ていぶるの上には寝際ねぎわのまん為なるべく
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
山三郎は石塔の際へ馬をとゞめて居る。圖書は山三郎はまだきたらんと心得てぱっ/\と土煙を立って参りますと、わきから声を掛けまして
それも道理であつて見ればわきから妾の慰めやうも無い訳、嗚呼何にせよ目出度う早く帰つて来られゝばよいと、口には出さねど女房気質
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
僕はわきを向いて聞かない振をしていた。誰を仲間に入れるとか入れないとか云って、しばらく相談していたが、程なく皆出て行った。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
大使の家族に礼をした時、ガロエイ卿と夫人とは無愛想に首を曲げただけで、マーガレット嬢はわきを向いてしまったのである。
小僧は火の気のない帳場格子のわきに坐って、懐手をしながら、コクリコクリ居睡いねむりをしていた。時計がちょうど七時を打った。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
勇んで——さうだ、彼は、ちよつと自分の姿をわきから眺めて見ると、あまり勇みたち過ぎてゐる自分が癪に触るほどだつた。
陽に酔つた風景 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
このお客様なんぞはわきで聞いておりまして、そんなことを言ってはよくなかろうぜと気をつけて上げたくらいでございます。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして桃色の緞帳のかかった舞台のわきにある弁士出入口のカーテンをかかげて、説明者が現われるのであるが、我々と同期のファンにとっては
牛込館:映画館めぐり(十) (新字新仮名) / 渡辺温(著)
こんな恰好で神宮を出でたつと道路のわきに、年の頃二十ばかりの若者が羽織を着、膝を付けて、信長に声を掛けられるのを待って居る様子である。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
日記にはその日の記事のわきに紙切れが丹念に貼りつけてある。小さな伝票用紙である。俳句は走り書きにしたためてあって、極めて読みにくい。
「おや何かしらん」とあやしみつつ漸々ようようにそのわき近付つかづいて見ると、岩の上に若い女が俯向うつむいている、これはと思って横顔を差覘さしのぞくと、再度ふたたび喫驚びっくりした。
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
象は、あわてて麹町一丁目の詰番所わき空地あきちへ引込んで葭簀よしずで囲ってしまい、ご通路の白砂を敷きかえるやら、禊祓みそぎはらいをするやら、てんやわんや。
その時この店の持主池田何某なにがしという男に事務員の竹下というのが附きしたがい、コック場へ通う帳場のわきの戸口から出て来る姿が、酒場の鏡に映った。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
気がつくと、おみつ、幸七、小僧と、それに近所の弥次馬が加わって、勝手元から両わきの小路まで人の垣根が出ていた。
肝心の犯罪捜査を外れたわき道に種々の揷話を生んだものだが、この、漫画に出てくる「ジャック」、舞台や仮装舞踏会の彼の扮装ふんそうは、かならずその
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
一週ひとまはりすれば二里半にあまるといふ天然の大牧場、そここゝの小松のわきにはたり起きたりして居る牝牛の群も見える。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その話すところに由ると、潮来で遊んで閘門のわきに繋いで置いた自分の船に帰つて来たまでは覚えてゐるが、あとは知らない、ちつとも知らない……。
船路 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
風間光枝は、挨拶あいさつをかえして、入口を入った左のすみのところにある応接椅子に腰を下ろした。そのわきに、別な部屋へいくらしい扉があって、閉っていた。
什器破壊業事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
病気で寝ていた房枝の母親が玄関わきの三畳から出て応待した。併し婆さんはそれどころでないという様子だった。
街底の熔鉱炉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
一刻も早く人通りのある往来へ出て了おうと焦りながら、針金をわたした低い柵を越えて、ようやく池のわきへ出た。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
はずかしめられ悲しみに沈んでいる者のように、彼は人家のすぐわきに寄って、ただ当てもなくまっすぐに歩いて行った。一度も後ろを振り返らなかった。
わたしがわきを向いていたのは、せいぜい二分か三分に過ぎなかったが、そのあいだ兄と妹はどう相談をしたのか、網棚の上にあげてある行李こうりをおろし始めた。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は周章あわてて、上を向くと、鼻血は、鼻のわきから、スーッと赤黒い線を残して、耳の裏に、遁げ込んで行った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そしてたいへん慌てながら、わきに化粧をしてゐた、おめかし屋のイソクソキ(啄木鳥きつつきのこと)にむかつて
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
モオラン(Morning-run)と称する、朝の駆足かけあしをやって帰ってくると、森さんが、合宿わきの六地蔵の通りで背広を着て、うつむいたまま、何かを探していました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
おつかさまは、やはらかな調子で云ひきかせて、わきにあつた駄菓子を紙に包んで、彼女の前にやつた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
今だにあのわきを通るにやあ、あらたかな十字架で、前もつて魔よけをしてからでなきやあ、誰ひとり近よる者もねえ、あの納屋を棲家にしをつてな、その悪魔の野郎め
ふと行きあったりすると、セエラはわきを向いてしまいますし、アアミンガアドはアアミンガアドで、妙にかたくなってしまって、言葉をかけることも出来ませんでした。
その一身にたいしている一剣になぜ成りきらないか。なぜわきを見るか。なぜそこに澄みきらないか。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主筆は例の如く少し曲つた広い背を此方こつちに向けて、暖炉ストーブわきの窓際で新着の雑誌らしいものを読んで居る。「何も話して居なかつたナ。」と思ふと、野村は少し安堵した。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そうしたら、電車に別れて、あの辺特有の、今ならば霜解けの非道ひどい、鋪装ペイヴしてない歩道わきの土を踏まなければなりません。ベニイの家は、その近くから始まっています。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
版でってあるという。(板の字のわきに棒が引いてあるから、これはハンと音で読むのである)
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
アルトヴェル氏は、暖炉の薪架まきだいに片足をかけて、もじもじしながらわきをむいて低声こごえでいった。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
そうして二人ともタッタ今血を見た人間とは思えぬ沈着おちついた態度で、街道のわきに立止まった。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「すると!」と博士がわきからいった「あんたは今夜私の実験室へこられなかったのですね」
危し‼ 潜水艦の秘密 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
寄附金といわれて我知らずどきまぎしたが「大略あらまし集まった」とわずかに答えて直ぐわきを向いた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ことに便所は座敷のわきの細い濡椽ぬれえん伝いに母家おもやと離れている様な具合、当人もすこぶる気に入ったのですぐ家主やぬしうちへ行って相談してみると、屋賃やちんも思ったより安値やすいから非常に喜んで
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
読みさしの本をわきに置いて何か考えていると、思わずつい、うとうととする拍子に夢とも、うつつともなく、鬼気きき人に迫るものがあって、カンカン明るくけておいた筈の洋燈ランプあかり
女の膝 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
先にけてか林のわき草原くさはらを濡れつゝきた母子おやこありをやは三十四五ならんが貧苦にやつれて四十餘にも見ゆるが脊に三歳みつばかりの子を負ひたりうしろに歩むは六歳むつばかりの女の子にて下駄を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
谷のわきの山道をうろ/\としてゐますと、一ぴき大蛇だいぢやが向うへ出てきましたので、びつくりして、そこの岩陰にかくれてをりますと、大蛇は神主のゐることを知らないものゝやうに
蛇いちご (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
その下にある中庭のわきの、薄暗い廊下を通って、小使部屋の前にくると内で蕭然しょんぼりと、小使が一人でさも退屈そうに居るから、弟も通りがかりに、「おい淋しいだろう」とはなしかけて
死体室 (新字新仮名) / 岩村透(著)
「妙な物を見付けましたよ、旦那、死体のわきの血の中にこれが落ちていました」
ところ不圖ふとわきると自分じぶん身長せいくらゐもあるおほきなきのこるのにがつくや、早速さつそく其兩面そのりやうめんうしろとを見終みをはつたので、つぎには其頂そのいたゞきになにがあるかを檢査けんさする必要ひつえうおこつてました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)