てい)” の例文
旧字:
近き頃森田草平もりたそうへいが『煤煙ばいえん小粟風葉おぐりふうようが『耽溺たんでき』なぞ殊の外世に迎へられしよりこのていを取れる名篇佳什かじゅう漸く数ふるにいとまなからんとす。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それへうやうやしく木柱が立てられると、そこで祭りの庭のすべてのていが整うてきたと共に、今宵の祭典の意義も充分に明瞭になりました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
細字さいじしたためた行燈あんどんをくるりと廻す。綱が禁札、ト捧げたていで、芳原被よしわらかぶりの若いもの。別にかすりの羽織を着たのが、板本を抱えてたたずむ。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかるにしょうと室を同じうせる四十ばかりの男子ありて、しきりに妾の生地を尋ねつつ此方こなたの顔のみ注視するていなるに、妾は心安からず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
少々興奮のていで仁王立ちになって、ポケットから手帳を出しかけていたが、母親の顔を見るとまだ何も云わぬ先にグッと睨みつけた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しばらくして頭を上げて右の手で煙管を探ッたが、あえて煙草をもうでもなく、顔の色は沈み、眉はひそみ、深く物を思うていである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
そこへ男の待っている電車が来たと見えて、彼は長い手で鉄の棒を握るやいなせた身体からだていよくとまり切らない車台の上に乗せた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、大きくほうり出して、いわせているというていにも見える。しばし黙っていたが、突然、歯で噛み刻むようにくつくつと笑い出した。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と屏風を開けて入り、其の人を見ると、秋月喜一郎という重役ゆえ、源兵衞はきもつぶし、胸にぎっくりとこたえたが、素知そしらぬていにて。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何分にも狭いところに大勢が押合っているので、足の踏みどころも無いような乱雑のていたらくである。——江戸の末期、二月初旬の夜。
勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
垂れはちぎれ、凭竹もたれ乾破ひわれ、底が抜けかかって、敷蒲団から古綿がはみだしている。とんと、闇討にあった吉原駕籠のていたらく。
娘は門前で馬を降りて、出て来た農夫ていの五十ぐらいのオヤジに手綱を渡すと、そのまま右手のアーチをくぐって、私を導き入れました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
もう古くて厚ぼったくなった檀紙だんし薫香くんこうのにおいだけはよくつけてあった。ともかくも手紙のていはなしているのである。歌もある。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そこで黒猩にわかにすね出し、空缶を番人に投げ付け、とこに飛び上り、毛布で全身を隠す、そのてい気まま育ちの小児に異ならなんだ。
のつそり立ち上りざま「いづれ近日何等なんらかの沙汰をしようが、余りあてにしない方がよからう。」とていよく志望者を送り出してしまふ。
武男が入り来る足音に、老爺じじいはおもむろに振りかえりて、それと見るよりいささか驚きたるていにて、鉢巻はちまきをとり、小腰をかがめながら
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「それゃよかった。何しろこんなていたらくで、うちではしょうがねいけど、婆が欲張って秋蚕なんか始めやがってよわっちまァ」
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
貧しい職人ていの男も居る。中には茫然ぼんやりと眺め入って、どうしてその日の夕飯ゆうめしにありつこうと案じわずらうような落魄らくはくした人間も居る。
並木 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
昨夜ゆうべいといくさのことに胸なやませていたていじゃに、さてもここぞまだ児女わらわじゃ。今はかほどまでに熟睡うまいして、さばれ、いざ呼び起そう」
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
平常つねの美登利ならば信如が難義のていを指さして、あれあれあの意久地なしと笑ふて笑ふて笑ひ抜いて、言ひたいままのにくまれ口
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「実に窮乏のていに見えます。そこで、このたびの東照宮御普請は、各領その高々に応じて、人別で沙汰するようにするのですナ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
最後に彼は、叔父さんていの幻と海中で大格闘を演じた。彼の方が泳ぎが達者だつた。あの男を余ツ程滝は、憎んでゐるらしい。
西瓜喰ふ人 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
すると為朝ためともしたがえられた大名だいみょうたちは、うわべは降参こうさんしたていせかけながら、はらの中ではくやしくってくやしくってなりませんでした。
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それにも拘らず、今諸戸が、この品物の処分法を指図もしないで、喪心そうしんていで立去ったというのは、よくよくの事情があったことであろう。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それでも、どうにか斯うにか次ぎの停車場まで持ちこたえて、這々ほう/\ていでプラットフォームから改札口へ歩いて行く自分の姿の哀れさみじめさ。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
相手が気違いだから、何を食わせても文句は言わないし、大部屋にごしごし詰め込んでも差支えない。保護者も世間ていを考えて、抗議しない。
凡人凡語 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
焦眉しょうびの急がにわかに迫れる時にも、彼ははなはだ冷静なるをもって知られたるに、今や少しく興奮せるていを見て、われは驚けり。
後代手本たるべしとて褒美ほうびに「かげろふいさむ花の糸口」というわきして送られたり。平句ひらく同前どうぜん也。歌に景曲は見様みるようていに属すと定家卿ていかきょうものたまふ也。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
幸村は、大助の背姿うしろすがたを見、「昨日誉田ほんだにて痛手を負いしが、よわるていも見えず、あの分なら最後に人にも笑われじ、心安し」
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ていよく拒絶ことわったばかりでなく、国境いにおいて斬殺する目的のもとに「東目送り」という陰険きわまる法を、あえて行なうことになりました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
周囲まはりには村の若者が頬かぶりに尻はしよりといふていで、その数大凡およそ三十人ばかり、全く一群ひとむれつて、しきりにそれを練習して居る様子である。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「退屈しきった貴婦人」のていよろしく、ひとしきり鷹揚おうように抗弁してみたが、ついにそこの建物の奥深い一室へつれ込まれる。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
運強くして神隠しから戻ってきた児童は、しばらくは気抜けのていで、たいていはまずぐっすりと寝てしまう。それから起きて食い物を求める。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
悪くいうものがあったとすれば、それは「うまくやってたんだなあ」というていの、卑しい心持ちをもつ者ぐらいであった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
けれども天運に恵まれず、堺に旅行中であつたから這々ほうほうていで逃げて帰る、秀吉にしてやられて、天下は彼から遠退いた。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
もしこれが博士の気に入らないと、博士はまた八つ当りのていたらくとなり、大暴れに暴れまわるに相違ないからであった。
病気をもなおしてやらねばならぬと思っているのに、もし、自分のこのていたらくを見知っている者があって、自分を痴愚とも酔狂ともいわば言え
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
散らし髪同然に、鬢髪びんぱつは乱れ、目はうつろに、顔は歪み、着物の前はすっかりはだかって、何ともかとも言いあらわしようの無いていたらくなのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ほうほうのていで、宿を出たが——俺には、到底、あいつは討てぬ、といって、このまま、のめのめと江戸へは立戻れぬ。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
静枝は大詰の幕がおりない前に、後を晴代にまかせて、ていよく逃げたが、残された晴代は二人をくのにひどく骨が折れた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
舞ひつれば勧賞けんしょうをかぶる。見たるにたゞ同じていにていづくに秘事あるべしとも見えねども、折々振舞ひて出入りにつけて秘蔵の事どもありとかや。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「所が、君、とほりのことで無いので、作者すこぶる苦心のていサ——さア行かう、今度はの菊の鮨屋すしやだ、諸君決して金権党の店に入るべからずだヨ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
おとこどもは、ていよくそのげました。しかし、おんなたちも、おせんがかえったとって、品物しなものにやってきたものは、まれだったのであります。
北の不思議な話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こう尋ねた私は内心ひそかに、「質疑なら明日みょうにち講演場で伺いましょう。」と云うていの善い撃退の文句を用意していた。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やがて夜明け近くになってくたくたのていでうちへ帰ったことまで細大もらさず思い出されて、急にもの悲しくなり、過ぎし日が惜しまれるのだった。
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
いわば星野でも、俺でも、そのほかあの女の側に来る若い男たちは、一人残らずていのいいおもちゃにされているんだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
宮はうつむきて唇を咬みぬ。母は聞かざるまねして、折しもけるうぐひすうかがへり。貫一はこのていを見て更に嗤笑あざわらひつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その挙止きょし活溌かっぱつにして少しも病後びょうご疲労ひろうてい見えざれば、、心の内に先生の健康けんこう全くきゅうふくしたりとひそかに喜びたり。
室へ入ろうとするといつの間にか商人ていの男二人その連れらしき娘一人室へいっぱいになって『風俗画報』か何か見ているので、また甲板をあちこち。
高知がえり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それをていよくごまかそうとして、妙な羽目になったので、病室を出てからも、正木一家の人達に対して、よけいなあいそを言わなければならなかった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)