一時ひとしきり)” の例文
敏捷すばやい、お転婆なのが、すっと幹をかけて枝に登った。、松の中に蛤が、明く真珠を振向ける、と一時ひとしきり、一時、雨の如く松葉がそそぐ。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肩に懸けたる手をば放さでしきりゆすらるるを、宮はくろがねつちもて撃懲うちこらさるるやうに覚えて、安き心もあらず。ひややかなる汗は又一時ひとしきり流出ながれいでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これがために鐘の声は一時ひとしきり全く忘れられてしまったようになるが、するうちに、また突然何かの拍子にわたくしを驚すのである。
鐘の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちょいちょい立ってはお島をのぞきに来た人達も、やっと席に落着いて、銚子ちょうしを運ぶ女の姿が、一時ひとしきりせわしく往来ゆききしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ずツと昔時むかししば金杉橋かなすぎばしきは黄金餅こがねもち餅屋もちや出来できまして、一時ひとしきり大層たいそう流行はやつたものださうでござります。
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
一時ひとしきり騒々さう/″\しかつたのが、寂寞ひつそりばつたりして平時いつもより余計よけいさびしくける……さあ、一分いつぷん一秒いちびやうえ、ほねきざまれるおもひ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つもる思いのありたけを語りつくそうとあせれば、一時ひとしきり鳴くとどめた虫さえも今は二人が睦言むつごとを外へはもらさじとかばうがように庭一面に鳴きしきる。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いで男の声はざりしが、間有しばしありていづれより語り出でしとも分かず、又一時ひとしきり密々ひそひそと話声のれけれど、調子の低かりければ此方こなたには聞知られざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
当時、女学校の廊下を、紅色の緒のたった、襲裏かさねうら上穿うわばき草履で、ばたばたと鳴らしたもので、それが全校に行われて一時ひとしきり物議を起した。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一時ひとしきり病院にも入れたことがあるんださうですが、一晩でも白井が側にゐないと起きて帰らうとするんで、仕方がなく、退院させたんださうです。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一時ひとしきりさむさ太甚はなはだしきを覚えて、彼は時計より目を放つとともに起ちて、火鉢の対面むかふなる貫一がしとねの上に座を移せり。こは彼の手に縫ひしを貫一の常に敷くなり、貫一の敷くをば今夜彼の敷くなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これをさまると、一時ひとしきりたゝきつけて、屋根やねかきみだすやうな風雨あめかぜつた。驟雨しううだから、東京中とうきやうぢうにはらぬところもあつたらしい。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
一時ひとしきり、わたくしの仮寓していた家の裏庭からは竹垣一重を隔て、松の林の間から諏訪田の水田を一目に見渡す。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一時ひとしきり世の中がラジウムばやりだった頃、つきものがしたようににぎわったのだそうですが、汽車に遠い山入りの辺鄙へんぴで、ことに和倉の有名なのがある国です。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一時ひとしきりしんとしていた二階のどこやらから、男女の話声が聞え出した。炊事場では又しても水の音がしている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
思い思い、町々八方へちらばってるのが、日暮になれば総曲輪から一筋道を、順繰に帰って来るので、それから一時ひとしきり騒がしい。水をむ、胡瓜きゅうりを刻む。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八重その年二月の頃よりリウマチスにかかりて舞ふ事かなはずなりしかば一時ひとしきり山下町やましたちょう妓家ぎかをたたみ心静に養生せんとて殊更山の手の辺鄙へんぴを選び四谷荒木町よつやあらきちょうに隠れ住みけるなり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一時ひとしきり魔鳥まちょうつばさかけりし黒雲は全く凝結ぎょうけつして、一髪いっぱつを動かすべき風だにあらず、気圧は低落して、呼吸の自由をさまたげ、あわれ肩をもおさうるばかりに覚えたりき。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヤアさんというのは赤阪あかさか溜池ためいけの自動車輸入商会の支配人だという触込ふれこみで、一時ひとしきりは毎日のように女給のひまな昼過ぎを目掛けて遊びに来たばかりか、折々店員四、五人をつれて晩餐ばんさん振舞ふるまう。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今しがた一時ひとしきり、大路がかすみに包まれたようになって、洋傘こうもりはびしょびしょする……番傘にはしずくもしないで、くるま母衣ほろ照々てらてらつやを持つほど、さっと一雨かかった後で。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一時ひとしきり夏のさかりには影をかくした蝶が再びひら/\ととびめぐる。蟷螂かまきり母指おやゆびほどの大きさになり、人の跫音をきゝつけ、逃るどころか、却て刃向ふやうな姿勢を取るのも、この時節である。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
その老人としよりは、年紀とし十八九の時分から一時ひとしきり、この世の中から行方が知れなくなって、今までの間、甲州の山続き白雲しらくもという峰に閉籠とじこもって、人足ひとあしの絶えた処で、行い澄して
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
次の日から千代子は一時ひとしきり投げすてて置いた毛糸の編物を再び編みはじめた。
心づくし (新字新仮名) / 永井荷風(著)
維新以来の世がわりに、……一時ひとしきり私等の稼業がすたれて、夥間なかまが食うに困ったと思え。弓矢取っては一万石、大名株の芸人が、イヤ楊枝ようじを削る、かるめら焼を露店で売る。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一時ひとしきり夏のさかりには影をかくした蝶が再びひらひらととびめぐる。蟷螂かまきりが母指ほどの大きさになり、人の跫音あしおとをききつけ、逃るどころか、かえって刃向うような姿勢を取るのも、この時節である。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一時ひとしきり、芸者の数が有余ったため、隣家となりの平屋を出城にして、桔梗ききょう刈萱かるかや女郎花おみなえし、垣の結目ゆいめ玉章たまずさで、乱杙らんぐい逆茂木さかもぎ取廻し、本城のてすり青簾あおすだれは、枝葉の繁る二階を見せたが
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう、大したことはないんだけれど、一時ひとしきりは大病でね、内の病院に入っていたんです。東京で私が姉妹きょうだいのようにした、さるお嬢さんの従兄子いとこでね、あの美術、何、彫刻師ほりものしなの。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
牛込見附で、仲間ちゅうげんの乱暴者を一にん、内職を届けた帰りがけに、もんどりを打たせたという手利てききなお嬢さんじや、くるわでも一時ひとしきり四辺あたりを払ったというのが、思い込んで剃刀で突いたやつ
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名にし栃木峠とちのきとうげよ! ふもとから一日がかり、のぼるに従ひ、はじめは谷に其のこずえ、やがては崖に枝組違くみちがへ、次第に峠に近づくほど、左右から空を包むで、一時ひとしきりみち真暗まっくらよると成つた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
商人あきうどで此のせつは立派に暮して居るけれど、若いうち一時ひとしきり困つたことがあつて、瀬戸せとのしけものを背負しょつて、方々国々を売つて歩行あるいて、此の野に行暮ゆきくれて、其の時くさ茫々ぼうぼうとした中に
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と言って、それなり前途むこうへ、蘆を分ければ、ひさしを離れて、一人は店を引込ひっこんだ。いその風一時ひとしきりくものを送って吹いて、さっと返って、小屋をめぐって、ざわざわと鳴って、寂然ひっそりした。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
氷店こおりみせ休茶屋やすみぢゃや、赤福売る店、一膳めし、就中なかんずくひよどりの鳴くように、けたたましく往来ゆききを呼ぶ、貝細工、寄木細工の小女どもも、昼から夜へ日脚ひあしの淀みに商売あきない逢魔おうまどき一時ひとしきりなりを鎮めると
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夕方、今しがた一時ひとしきりは、凪の絶頂で口も利けない。餉台を囲んだ人の話声を、じりじりと響くように思って、傍目も触らないで松原の松を見ていて、その目をやがて海の上にこう返すと
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二人とも目を据えてみまもるばかり、一時ひとしきり、屋根を取ってひしぐがごとく吹きなぐる。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一時ひとしきりは魔の所有もの寂寞ひっそりする、草深町くさぶかまちは静岡の侍小路さむらいこうじを、カラカラといて通る、一台、つややかなほろに、夜上りの澄渡った富士を透かして、燃立つばかりの鳥毛の蹴込けこみ、友染のせなか当てした
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一時ひとしきり、吸い草臥くたびれて、長々と寝たるもあれば、そのあとへ、い寄って、灰色の滑らかな背をなかくぼに伸ばしながら両手で穴に縋るもあり、ぐッたりと腰を曲げてへそへ頭をつけるもあり、痩せた膝に
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また一時ひとしきり、がやがやと口上があちこちにはじまるのである。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みゝれたおとが、一時ひとしきりざツとたかい。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)