一度ひとたび)” の例文
一度ひとたび死んだ後の世界というものは、そこでまたみんなが楽しく笑い集えるところであるから、死は決して永遠の別離なぞではなくて
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
一度ひとたび、土中に埋めた屍体を三年目(これは原則であって例外のある事は言うまでもない、それについては後に述べる)に掘り出し
本朝変態葬礼史 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
しかるに、身を売る時の動機はいかに正しくとも、一度ひとたび身の独立と自由とをうしなった以上は、心もまた堕落だらくすることが多数の事実である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼が新年の賀状を兄に送るや、たちまちその本色を顕わして曰く、「一度ひとたび血を見申さざる内は、所詮しょせん忠義の人もあらわれ申さぬかと存じ奉り候」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一度ひとたびこの境界きょうがいに入れば天地も万有も、すべての対象というものがことごとくなくなって、ただ自分だけが存在するのだと云います。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
王制一度ひとたび新たなりしより以来、わが日本の政風大いに改まり、外は万国の公法をもって外国に交わり、内は人民に自由独立の趣旨を示し
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
然るが故に社会百般の現象時として甚だ相容あいいれざるが如きものありといへども一度ひとたびその根柢こんていうかがいたれば必ず一貫せる脈絡の存するあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
学者一度ひとたび志を立てては、軒冕けんべんいざなう能わず、鼎鑊ていかくおびやかす能わざるものがなくてはならぬ。匹夫ひっぷもその志は奪うべからず、いわんや法律家をや。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
それじゃけに、愛国社の連中は一度ひとたび、時を得て議論が違うて来ると、外国の社会主義者連中と同じこと直ぐに離れ離れになる。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その上に、もし一度ひとたび興起り、想みなぎきたって、無我の境に筆をとる時の、ひとみは輝き、青白いほおに紅潮のぼれば、それこそ他の模倣をゆるさない。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
一度ひとたび静岡の地を踏んで、それを知らない者のない、浅間せんげんの森の咲耶姫さくやひめに対した、草深の此花このはなや、にこそ、とうなずかるる。河野一族随一のえん
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かなふまじき由申し聞け候所、一度ひとたびは泣く泣く帰宅致し候へども、翌八日、ふたたび私宅へ参り、「一生の恩に着申す可く候へば、何卒なにとぞ御検脈下されたし
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いわんやこの海底戰鬪艇かいていせんとうていは、波威はてい沈降ちんかうすること三十フヒート乃至ないし五十フヒートその潜行せんかう持續ぢぞく時間じかん無制限むせいげんであるから、一度ひとたびこの軍艇ぐんてい睥睨にらまれたる軍艦ぐんかん
逃げだしたが、一度ひとたび、御方の甘い香にふれ、お延の濃艶にむしばまれている新九郎は、到底、その淋しさに耐えなかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくも安らかなることなし、一度ひとたび梟身けうしんを尽して、又あらたに梟身を得。つまびらかに諸の苦患をかうむりて、又尽くることなし。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
一度ひとたび教師から案外な賞讃と激励の辞を聞かされた沼倉は、大いに感奮すると同時に一層図に乗って活躍し出した。
小さな王国 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あはれ一度ひとたびはこの紳士と組みて、世にめでたき宝石に咫尺しせきするの栄を得ばや、と彼等の心々こころごころこひねがはざるはまれなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
併し一度ひとたびこれを牧田の行為と結付けて考えて見ると、疑問は釈然として氷解するのだよ、というのは、若し富美子さんが自分で家出をしたものとすれば
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一度ひとたび愕然ぎょっとして驚いたが耳を澄まして聞いていると、上の方からだんだんと近づいて来るその話声は、ふたたび思いがけ無くもたしかに叔父の声音こわねだった。
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大「ウム至極もっともだ、少しの間己が呼ぶまで来るな、しかし菊もまだ年がいかないから、死んでもいやだと一度ひとたび断るは女子おなごじょうだ、ま部屋に往って寝ていろ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
やろうと一度ひとたび決心した事は必ずやり遂げる。それが私の性質なのです。あの人はそれをよく知って居りました。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
しょうが過ぎかた蹉跌さてつの上の蹉跌なりき。されど妾は常にたたかえり、蹉跌のためにかつて一度ひとたびひるみし事なし。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
思い一度ひとたびここに至ると、酔わない時でも、酒乱の時と同様に、食い入る無念さに、心身が悩乱し狂います。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見渡す限りの満山の錦、嵐が一度ひとたびさっと渡るや、それが一度に起き上がり億万の小判でも振るうかのように閃々燦々せんせんさんさんと揺れ立つ様はなんとも云われない風情ふぜいである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、一度ひとたび消えてつひに二度とは聞かれない聲もあつた。その聲は何處に拉し去られたのであらうか。
(旧字旧仮名) / 島木健作(著)
道元はこの物語を結んで言った、「今の衲子のっすもこれほどの心を一度ひとたび発すべきなり。これほどの心一度起さずして仏法悟ることはあるべからざるなり」(随聞記第一)。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
学校の読本の、正行が御暇乞の所、「今一度ひとたび天顔を拝し奉りて」といふのがヒントをなした。
我が詩観 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
僕等は生活様式や境遇は失業者に違いないが、一度ひとたび、ハンマーを握らせ、配電盤スイッチ・ボードの前に立たせ、試験管と薬品とを持たせるならば、彼等の度胆どぎもを奪うことなどは何でもない。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一度ひとたび野村の事に移ると、急に顔を曇らせて、「従兄には弱つて了ひます。」と云つて居た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
今までの経験にり僕はの様な事件でも一度ひとたびは女房の意見を聞いて見る、女房は女の事で随分詰らぬ事も言い殊に其意見が何うかすると昨夜の様に小説じみて来るけれど
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
初めて知るわが身の素性すじょうに、一度ひとたびは驚き一度は悲しみ、また一度は金眸きんぼうが非道を、切歯はぎしりして怒りののしり、「かく聞く上は一日も早く、彼の山へせ登り、仇敵かたき金眸をみ殺さん」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
すなわち自分は、腕を振って一度ひとたび叫べば応える者が雲の如く集る英雄ではないと知った。
「吶喊」原序 (新字新仮名) / 魯迅(著)
三十年後の今日迄こんにちまで依然として其の色を変ぜざるのみか、一度ひとたびやまと新聞に写し植字うえたるに、また時期に粟田口あわだぐち鋭き作意と笛竹ふえたけの響き渡り、あたか船人せんどうの山に登るべき高評なりしを
ああ死にたくなった、モウこの世に居たくない、玉川電車の線路か、早十一時——、モウ電車は通うまい、ヨシ汽車がある、轟々ごうごうたる音一度ひとたびとどろけば我はすでにこの世に居ないのだ。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
人間五十年化転げてんの内をくらぶれば夢幻の如く也、一度ひとたび生をけ滅せぬ物のあるべきか……
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
事件は一度ひとたび歴史となると、いろいろの人の利害や政策などに塗り潰されて、その真相を探ることは容易でありませんが、此処ここに、不思議にも、此の事件に関係した、もう一人の方が
一度ひとたび大河に少女の心うつるや、皆大河のためにこれを祝してあえねたむもの無かりしという。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「若菜集」一度ひとたび出でて島崎氏の歌を模倣するもの幾多相踵あひついであらはれたが、いたづらに島崎氏の後塵を拜するに過ぎなかつたことは、「若菜集」の價値を事實に高めたものとも言へやう。
新しき声 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
一同は今水を学校の屋根にそゝがうとして居るので、しきりに二箇の管を其方向に向けつゝあるが、一度ひとたびはそれが屋根の上を越えて、遠く向ふに落ち、一度は見当違ひに一軒先の茅葺かやぶき屋根を荒し
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
あゝあ、山川にして情あらば、嘗て一度ひとたび志を立てて郷関を出でたる我れ、今、身に錦は飾らずとも、美しき妻を携へて、再び汝の懐に還り来れるを喜び迎へよか。ブウブカドン、ブウドンドンだ。
村で一番の栗の木(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
我が父はわれ等はらからに對して曾て一度ひとたびも怒り罵りし事なく、すべてをわれ等が思ひのままに任されたれば、われ等父をおそるる心を知らで過ぎにき。これわが殊にありがたく思へるところなり。
境内きやうないに特種の理想を発達し来れり、而して煩悩ぼんなうの衆生が帰依するに躊躇ちうちよせざるは、この別天地内の理想にして、一度ひとたび脚を此境に投じたるものは、必らずこの特種の忌はしき理想の奴隷となるなり。
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
それゆゑぱん子女しぢよのやうではなくおつぎのこゝろにもをとこたいする恐怖きようふまく無理むり引拂ひきはらはれる機會きくわいかつ一度ひとたびあたへられなかつた。おつぎは往來わうらいくとては手拭てぬぐひかぶりやうにもこゝろくばたゞをんなである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
つら/\年月の移りこしつたなき身のとがを思ふに、ある時は仕官懸命の地を羨み、一度ひとたび仏籬祖室ぶつりそしつとぼそに入らむとせしも、たより無き風雲に身を責め、花鳥に情を労して暫く生涯のはかり事とさへなれば
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一度ひとたびこの泥田どろたに足をつっこむともう身動きができなくなる。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ふとるる笑みのかなしも生涯に一度ひとたびの賞受くると知りて
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
おん身等のこうべめぐって漂っている。かつて一度ひとたび6430
一度ひとたび、わが良人と呼べば
初夏(一九二二年) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
親友にしろ恋人にしろ、妻にしろ、その関係は、如何いかに余儀なくとも、堅くとも、苦しくとも、それは自己が一度ひとたび意識して結んだものです。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なるほど寒月君のために猫にあるまじきほどの義侠心ぎきょうしんを起して、一度ひとたびは金田家の動静を余所よそながらうかがった事はあるが、それはただの一遍で
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)