“薩摩:さつま” の例文
“薩摩:さつま”を含む作品の著者(上位)作品数
柳田国男8
吉川英治8
佐々木味津三4
島崎藤村4
夏目漱石3
“薩摩:さつま”を含む作品のジャンル比率
芸術・美術 > 工芸 > 工芸25.0%
文学 > 日本文学 > 小説 物語1.1%
文学 > 日本文学 > 評論 エッセイ 随筆0.3%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
薩摩さつまには石神氏という士族の家が方々にありますが、いずれも山田という村の石神神社を、家の氏神として拝んでおりました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大城を請け取る役目も薩摩さつまや長州でなくて、将軍家に縁故の深い尾州であったということも、父の耳をそばだてさせた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この街道を通って帰国した会津藩の負傷兵が自ら合戦の模様を語るところによれば、兵端を開いたのは薩摩さつま方であったと言うような
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今日こんにち九州きゆうしゆうみなみ日向ひうが大隅おほすみ薩摩さつまほうさだめられてありますが
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
——薩摩さつま鹿児島に、小給しょうきゅうの武士の子でとし十四に成るのが、父の使つかいに書面を持つて出た。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ナカマはすなわち中間食の意で、九州でも薩摩さつまの南端でナカンマとも呼んでいるから、かなり古くからの名であったことがわかる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
結城ゆうき薩摩さつまの二座が絶えた後、東京の人形芝居は単に寄席においてのみ観られる興行物になってしまった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
光遠は、それをきいたが、少しも驚かず(音にきく昔の薩摩さつまの氏家なら妹を質にとられようが)と、すましている。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たとえば九州もずっと南、薩摩さつま甑島こしきじまという離れ島などにも、この夜の月が三体に分れて出たという口碑こうひがある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
白い旋風つむじを巻いて「いくさ」がけてくる。——五十年めの大雪だという雪かぜと共に、薩摩さつまと肥後の国境を越えて。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薩摩さつまにしかない名字の鮫島さめじま家のごときも、はるばる駿河の富士山麓から担いで行った家号であります。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
薩摩さつまの沖で以前に難船して徳川政府の保護を受けていたアメリカの船員らも、咸臨丸で送りかえされるという。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
命はそれからすぐに、今の日向ひゅうが大隅おおすみ薩摩さつまの地方へ向かっておくだりになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「秦野の古葉ひねは小出しがしてなくてお生憎様あいにくさまですが、薩摩さつまじゃ如何でございましょう」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同じ公武合体の熱心な主唱者の一人ひとりで、しばらく沈黙を守っていた人に薩摩さつまの島津久光もある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
薩摩さつまの壮士に擁せられ。義理でもない義理にからまれて。心にもなく叛賊はんぞくの汚名を流したは。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
筑前ちくぜん筑後ちくご肥前ひぜん肥後ひご豊前ぶぜん豊後ぶんご日向ひゅうが大隅おおすみ薩摩さつまの九ヵ国。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「それでは」お町は膳を持って広巳の右側へ往った。「薩摩さつまあげと、佃煮つくだにしかありませんが」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
薩摩さつま冠岳かんむりだけには蘇我煙草そがタバコと称して、蘇我馬子そがのうまこと関係づけられていた天然の煙草というものもあった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大和守は唾をのんだ、「仙台六十万石の取潰しが成功すれば、加賀、薩摩さつまにも手を付けることができるでしょう」甲斐はそこで叫ぶように囁いた
「もしうまく伊達家を潰すことができれば、加賀の前田や薩摩さつまの島津へも手が付けられるかもしれない」
目ざす対手は、大隅おおすみ薩摩さつま日向ひうが三カ国の太守なる左近衛少将島津修理太夫さこんえしょうしょうしまずしゅりだいふです。
いつでも脅かしに男下駄を玄関に出しておくのが、お京の習慣で、その日も薩摩さつま下駄が一足出ていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これは忠明が、禄仕の後か、その前の神子上時代のことか、定かでないが、薩摩さつまに一話を残している。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薩摩さつま甑島こしきじまでは「あめがた節供」といい、この日は必ずあめを食う習わしがある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし去年の秋の末には、もうあの靴や薩摩さつま下駄が何処どこからか其処そこへはひつて来た。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
このごろ、江戸で流行はやる、薩摩さつまッぽうの口真似くちまねをして、仰向けに、ころがった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
九州の端々はしばしでも上五島かみごとうでバッジョ、薩摩さつま下甑島しもこしきじまではバッコーというのが、ともにままごとを意味している。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
少しきこんで来ると、東京者が薩摩さつま人と喧嘩けんかをした時くらいにむずかしくなる。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の家は代々薩摩さつまの国に住んでいたので、父は他の血を混えない純粋の薩摩人と言ってよい。
私の父と母 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
きわどいのは、もの仕舞い際になると、蝋燭(薩摩さつまろうそく)やカンテラを消して店を方附け、たった一本位出して置いて、客がつくと、それを売る。
が、頭は極端に奔放であるにもかかわらず、薩摩さつま上布の衣物きものに、鉄無地のの薄羽織を着た姿は、可なり瀟洒しょうしゃたるものだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
西郷南洲さいごうなんしゅう翁が慶応けいおう年間、京都に集まった薩摩さつまの勇士の挙動はなはだ不穏なりと聞き、これが鎮撫ちんぶに取りかかったとき
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
また薩摩さつま大隅おおすみでは、道路のつき当たりに「石敢当」と刻したる建て石がある。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
これより先き美妙斎は薩摩さつまの美少年の古い物語を歌った新体詞を単行本として発表した。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
中を開けて見ると、粉煙草が少々、薩摩さつま國府こくぶでもあることか、これはきざみの荒い、色の黒い、少し馬糞まぐそ臭い地煙草ではありませんか。
銭形平次捕物控:050 碁敵 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
幕の内には隼人はやと薩摩さつま壮士おのこ神来しんらいきょうまさにおうして、歌ゆる時四絃続き、絃黙げんもくす時こえうた
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
高橋多一郎が、薩摩さつま高崎猪太郎たかさきいたろうの手紙を読み上げているのだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
遠くは、薩摩さつま日向ひゅうがから。もちろん豊前ぶぜん肥前ひぜんの沿海からも徴集し、しかもそれは戦艦として使える堅牢な船質でもなければならない。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あの薩摩さつま生まれの剛気で男まさりな天璋院にもすでに御対面せられたはずである。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「さっき万両まんりょうと植え替えた。それは薩摩さつまはちで古いものだ」
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薩摩さつま琉球りゅうきゅう、朝鮮、吉野、花の名の八重百合というのもある。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
縮緬ちりめん透綾すきや伊達だてもあれば、薩摩さつまがすりのあら黒繻子くろじゆす幅狹帶はゞせまおび、よきをんなもありをとこもあり
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
縮緬透綾ちりめんすきやの伊達もあれば、薩摩さつまがすりの洗ひ着に黒襦子くろじゆす幅狭帯はばせまおび、よき女もあり男もあり、五人七人十人一組の大たむろもあれば
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
演壇では、筒袖つつそでの少年が薩摩さつま琵琶びわいて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夕方に商人が出る時分に「おはよ/\」の蝋燭ろうそく屋の歌公というのが、薩摩さつま蝋燭を大道商人に売り歩いて、一廉ひとかどもうけがあった位だということでした。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
悲田の非人小屋として名高いその小屋と、薩摩さつま屋敷の二ヵ所だった。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
当時の京都には越前えちぜんも手を引き、薩摩さつまも沈黙し、ただ長州の活動に任せてあったようであるが、その実、幾多の勢力の錯綜さくそうしていたことを忘れてはならない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「火の手の揚がりようによっては薩摩さつまも危ないものでございますな」
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
康頼 それは及びもつかない願いでございます。ここからいちばん近い薩摩さつまの山が、糸すじほどに見えるところまで行くのでも、どんな速い船でも二、三日はかかると言いますから。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それも阿波あわ煙草や薩摩さつま煙草ではなく中国ものだ——。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その旧勤王派の同僚の中でも、肥後の河上彦斎かわかみげんさいとか、土佐の岡崎剛介おかざきごうすけとか、薩摩さつまの横山正太郎などの正直者は、新政府を、第二の幕府の出現と見て
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲州のつきしずく、伊勢のはまぐり、大阪の白味噌、大徳寺だいとくじの法論味噌、薩摩さつまの薩摩芋、北海道の林檎、熊本のあめ、横須賀の水飴、北海道のはららご
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その上体を支えて洗い浄められた溝板どぶいたの上に踏み立っている下肢は薩摩さつまがすりの股引ももひきに、この頃はまだ珍しい長靴を穿いているのが、われながら珍しくて嬉しい。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
薩摩さつまとの交通が琉球を日本に近づけたのは云うまでもない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
長州の木戸孝允きどたかよしのごとき人はそれを言って、西郷ありてこそ自分らも薩摩さつま合力ごうりきし、いささか維新の盛時にも遭遇したものであるのに、と地団駄じだんだを踏んだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
孔子は恐らく貧相な不男ぶおとこであったろうし、孫子は薩摩さつま芋侍いもざむらいのような骨太な強情きごわものであったであろう——のたまわくや、矢声掛声やごえかけごえ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
前者の例は生麦なまむぎ薩摩さつまの武士がイギリス人を斬った、いわゆる生麦事件に代表されるものであり、後者はたとえば対馬つしまが占領されたとき最後まで反抗した対馬の住民であった。
黒船来航 (新字新仮名) / 服部之総(著)
それからのちの記録にはオコが多く、今も全国にわたって皆オコかオーコであり、北九州のほうにはボーコというところもあり、薩摩さつま甑島こしきじまなどははっきりとホコと呼んでいる。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
薩摩さつま蝋蠋らふそくてら/\とひか色摺いろずり表紙べうし誤魔化ごまくわして手拭紙てふきがみにもならぬ厄介者やくかいもの売附うりつけるが斯道しだう極意ごくい
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
土方は、洋式鉄砲の威力がの位のものか、この戦争が最初の経験であった。味方のフランス式伝習隊の兵を見ると、旗本のへっぴり侍ばかりで薩摩さつまのイギリス仕込みだって、これと同じだろう。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
すなわち一人は薩摩さつまの大領、島津修理しゅり太夫のお側用人、猪飼市之進いかいいちのしんその人であり、もう一人は毛利大膳太夫だいぜんだゆうの家老、宍戸備前ししどびぜんその人であり
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小握飯一箇、薩摩さつま芋数片の弁当を持参しながら。
三年 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
笛吹は、こまかい薩摩さつま紺絣こんがすり単衣ひとえに、かりものの扱帯しごきをしめていたのが、博多はかたを取って、きちんと貝の口にしめ直し、横縁の障子を開いて、御社おやしろに。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昭和三年十月十日 薩摩さつまに赴き、桜島に遊ぶ。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
役者の中にはこれも困って夜店を出す者がある位で、実ににぎやかなものだったが、それらの夜店商人が使う蝋燭ろうそくは、主に柳橋の薩摩さつま蝋燭といって、今でも安いものを駄蝋だろうという位
梵雲庵漫録 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
その自然木の彎曲わんきょくした一端に、鳴海絞なるみしぼりの兵児帯へこおびが、薩摩さつま強弓ごうきゅうに新しく張ったゆみづるのごとくぴんと薄を押し分けて、先は谷の中にかくれている。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「八五郎の煙草入に煙草が入つて居るのが妙ぢやないか。その煙草が馬糞まぐそ臭い鬼殺しでもあることか、プーンと名香の匂ひのする上葉だ。水戸か薩摩さつまか知らないが、何處でくすねて來やがつたんだ」
ところが、先申す通り、楠公の馬の出所が分りません。木曾、奥州、薩摩さつまなどは日本の名馬の産地であるが何処どこの産地の馬とも分らんので、日本の馬の長所々々を取ってやろうということに一決しました。
薩摩さつま」というのも同じではないか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
東海道から関西へかけては、紀州、尾州、ご両卿りょうきょう伊勢いせ松平、雲州松平、伊予松平ならびに池田備前侯、長州の毛利、薩摩さつまの島津、といったようなお歴々が参覲交替のためにご出府なさるときは
安井息軒やすいそっけんの門にいたのだ、西郷さんのいくさに、熊本城に立て籠って、薩摩さつまの大軍をくいとめた谷干城たにたときさんも、安井の門にいたのだ、私は運が悪くて、こんなことになっちまったのだが
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
尚ほ手先を使つて、彼等盜賊のあとを附けさせると、それが今のしば薩摩さつまぱらの薩州屋敷にはいるといふのでこの賊黨はとう/\薩藩さつぱんちうあふものだといふことが分つた。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
薩摩さつまの言葉は判りにくい。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
中国は長州の毛利一族、九州は薩摩さつまの島津一家、というような太閤たいこう恩顧の大々名のところへはこっそりと江戸から隠密おんみつを放って、それとなく城内の動静を探らしたくらいでしたが、しかしさいわいなことに
イタドイ 薩摩さつま長島
首謀者はおそらく伊豆守信綱と思われる、酒井侯は亡き伊豆守の遺志を継いだものであろうし、ここでもし伊達家改易に成功すれば、加賀、薩摩さつまにも手を付ける事に違いない、少なくとも、二大雄藩の頭を押えるだけの収穫は充分にある
薩摩さつまあげ
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
本州の類話はその神々仏たちの名を、その場限りにさしえていながら、なお山中の大木の根を枕にしてというものがあり、また薩摩さつま甑島こしきじまなどでは、山の中に野宿しているのに、山の神がホダ殿ホダ殿お産があるで早く行こうと誘いにくる。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
究竟きうきやうするに紅葉は実を写す特有の天才より移つて、佐太夫なる、或意味に於ての理想的伝記を画き出たるを以て、平常へいぜいの細微巧麗なる紅葉の作を読み慣れたる眼には、何となく琴曲をおもふ時に薩摩さつま琵琶びはを聞くが如きの感あるなれ。
座元は結城ゆうきだか薩摩さつまだか忘れてしまいましたが、湯島天神の境内けいだいで、あやつり人形芝居を興行したことがありました。なに、その座元には別に関係のないことなんですが、その一座の人形使いのあいだに少し変なことが出来しゅったいしたんです。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
商人あきんどといってもお前、ぴんからきりまであるよ。廻船問屋というものは、いざ天下の大戦とでもなってごらん。薩摩さつま様でも細川様でも、藩のお手船だけでは足りはしない。だからふだんはただの問屋でも、いざとなれば、御合戦の一役をするのですからね」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はそれを眼前に生起する幾多の現象に結びつけて見て、かつて水戸から起こったものが筑波つくばの旗上げとなり、尊攘そんじょうの意志の表示ともなって、きた歴史を流れたように、今またそれの形を変えたものが佐賀にも、土佐にも、薩摩さつまにも活き返りつつあるのかと疑った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「あれくらいいやなばばっちゃありゃしない。けちけちの、わからずやの、人をしかり飛ばすがおやくめだからね、なんにもご存じなしのくせにさ。そのはずだよ、ねエ、昔は薩摩さつまでおいもを掘ってたンだもの。わたしゃもうこんなうちにいるのが、しみじみいやになッちゃった」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
とはいえ、興味をもってもすぐに忘れがちな子供のおりのことで、川上音二郎が薩摩さつまガスリの着物に棒縞ぼうじま小倉袴こくらばかまで、赤い陣羽織を着て日の丸の扇を持ち、白鉢巻をして、オッペケ節を唄わなかったならば、さほど分明はっきりと覚えていなかったかも知れない。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
隙間すきまなくしぶれた劈痕焼ひびやきに、二筋三筋あいを流す波をえがいて、真白ましろな桜を気ままに散らした、薩摩さつま急須きゅうすの中には、緑りを細くり込んだ宇治うじの葉が、ひるの湯にやけたまま、ひたひたに重なり合うて冷えている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
以前『昔話と文学』という書物の中に、チュウドンブリという昔話を一つ載せて置いたが、薩摩さつまの国の鼠たちと、長崎の港の鼠たちとが、互いに相手の国の様子をしらず、もしかあちらに行ったらまだ食いものが有ろうかと、大きな船を仕立てて海に乗り出したというふうに、この昔話では語られている。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
逃げる時はいつも盗みをした。体をけがすに従って、妻は益々美しくなり、そうして俺も美しくなった。二人はどうしても離れられなかった。ああ悪の美の牽引力! ……四国へはいっては長曽我部へ仕え、九州へ渡っては大友家へ仕え、肥前ひぜんへ行っては竜造寺家へ仕え、薩摩さつまへ入っては島津家に仕えた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
薩摩さつま(いまの鹿児島県かごしまけん)のとのさまの行列ぎょうれつが、江戸えどをたってくにへかえることになり、東海道とうかいどう生麦村なまむぎむら(いまは横浜市内よこはましない)をとおっていたとき、横浜よこはまにきていたイギリスじんがうまにのってやってきて、ばったりぶつかったのです。