いばら)” の例文
まつたく考へて見るに婦女子をなごどもといふやつは何から何まで実に器用なものぢや! いつか皆さんはいばらの実を入れた梨の濁麦酒クワスだの
音楽の名をせんしてるいばらや枯れ葉の中に、少数の音楽家らの素朴なしかも精練された芸術を、彼はオリヴィエに助けられて見出した。
いばら冠冕かんむりを編みて冠らせ、「ユダヤ人の王安かれ」と礼をなし始め、またあしにてその首をたたき、つばきし、ひざまずきて拝しました。
いばらか、野棗のなつめか、とげばかりが脚を刺した。帝も陳留王も生れて初めて、こうした世のあることを知ったので、生きた気もちもなかった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旅人は斯様こんな山中にどうして斯様こんな女がいるかと怪しみながら傍へ行こうとすると蔦葛つたかずらや、いばらに衣のからまって、容易に行くことが出来ず
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
べて神聖しんせいものはてよろこびる。われらがしゆきみはこのあかいばらうへに、このわがくちに、わがまづしい言葉ことばにも宿やどつていらせられる。
晃 お百合こう。——(そのいそいそ見繕いするを見て)支度が要るか、跣足はだしで来い。いばらの路はおぶって通る。(と手を引く。)
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どんなところでも、夜のとばりの裾のはいり込まないところはない。そしていばらに引掛っては破れ、寒さに会っては裂け、泥によごれてはいたむ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
我々のよじ登ったこの天然の高台にはいばらが一面をおおっていて、大鎌がなかったらとても先へ進むことができまいということがすぐわかった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
白髪しろかみいばらの如き痩せさらぼひたる斃死のさまの人が、吾児の骨を諸手に握つて、キリ/\/\と噛む音を、現実の世界で目に見る或形にしたら
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
着物も袴も、ひき裂け、ほころびている。髪毛はばらばらになり、顔には泥と(いばらかなにかで傷ついたのであろう)幾筋も乾いた血のあとがある。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はさみを入れず古いいばらの株を並木のやうに茫々ぼうぼうと高く伸びるがまゝにした道の片側があつて、株と株の間は荒つぽく透けてゐた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
たいへん匂いの強い純白の小さい花が見事に咲き競っているいばらの陰にさしかかった時、王子は、ふいと立ちどまり一瞬まじめな眼つきをして
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ただ所々に馬の足跡がある。たまに草鞋の切れがいばらにかかっている。そのほかに人の気色けしきはさらにない、饂飩腹うどんばらの碌さんは少々心細くなった。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人ともに振りかえりて、女は美しく染めたる歯を見せてほほえみしが、また相語りつつ花いばらこぼるる畦路あぜみちに入り行きたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
いわんや一時の醉興で、これにまじらるべきものではない。前途は險難だ。光明の此方に闇黒といばらと鐵條網がある。しかもあまり榮えない運動だ。
文芸運動と労働運動 (旧字旧仮名) / 平林初之輔(著)
なあにほんとうはあのいばらやすすきの一杯いっぱい生えた野原の中で浜茄などをさがすよりは、初めから狐小学校を参観した方がずうっとよかったのです。
茨海小学校 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
広巳は四辺あたりに眼をやった。そこは右側にいばらの花の咲いた生垣があって、それが一度往ったことのある家のように思われた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
花聟の衣裳は磨り切れて艶々しい色もせ、荒野の悪い野良犬や尖ったいばらにその柔らかな布地ぬのじは引き裂かれてしまった。
ひづめの足でしたから、どんなやぶでもつきぬけられました。すると、いばらつたが、大木にからみあつてる茂みの先に、少し打開うちひらけてる場所に出ました。
悪魔の宝 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
堤には一面すすき野萩のはぎいばらがしげって衣物にひっかかる。どう勘違いしたのか要太郎はとんでもない方へ進んでいる。
鴫つき (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこにいばらに近い嫉妬よりもむし薔薇ばらの花に似た理解の美しさを感じるばかりである。かう云ふ年少のクリストのどの位天才的だつたかは言はずとも善い。
続西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
此方こちらは富五郎はバッサリ切った音を聞いて、すぐうちへ駈けてく、其の道すがらいばらか何かでわざ蚯蚓腫みみずばれの傷をこしらえましてせッ/\と息を切ってうちへ帰り
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その子がずっと今まで養父母のもとにいたわけで、葉の黒ずんだいばらのあいだにある花園の薔薇よりも美しく、このあばら屋のなかに花咲いているのだった。
山寺には誰もすみついていないと見えて、楼門にはいばらが生いかかり、経閣きょうかくも見捨てられたまま苔が生えている。
若き女人ひとたちが達しるというより、その出発点とするところまでのいばらの道を切り開き、築きあげて来たのだ。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
みぞをまたぎ、生籬いけがきを越え、垣根かきねを分け、荒れはてた菜園にはいり、大胆に数歩進んだ。すると突然、その荒地の奥の高く茂ったいばらの向こうに一つの住家が見えた。
そはわれいばらが、冬の間はかたく恐ろしく見ゆれども、後そのこずゑ薔薇しやうびの花をいたゞくを見 一三三—一三五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そうして、竜之助は、かなりいらいらした気持で湖畔の山脚をたどりたどり歩いて行きましたが、別段巌石の足を噛むものもなく、いばらの袖を引留むるものもない。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
このときから彼にとって新しい世界が開かれるとともに、いばらの道がはじまったのである。すなわち都に出るには出たものの、何もかもが彼の希望に反してしまった。
絵のない絵本:02 解説 (新字新仮名) / 矢崎源九郎(著)
やがてもとつてなさけなき樣子やうすおもはるゝと後言しりうごつありけらし、須彌しゆみいでたつあしもとの、其當時そのはじめことすこしいはゞや、いばらにつらぬくつゆたまこのらうにもこひありけり
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
五月端午たんごの日の神と人との食物として、ちがやささがまいばら等さまざまの葉で巻いた巻餅をこしらえる風は全国的であるが、別にある土地限りでこの日にする事が幾つかある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
このときから彼にとって新しい世界が開かれるとともに、いばらの道がはじまったのである。すなわち都に出るには出たものの、何もかもが彼の希望に反してしまった。
きょうも朝から、のような銀糸がいちめんに煙って、かきいばらの花も、ふっくらと匂いかけている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
午飯ひるめしが出来たと人から呼ばれる頃まで、庭中の熊笹、竹藪のあいだを歩き廻って居た田崎は、空しく向脛むこうずねをば笹やいばらで血だらけに掻割かきさき、頭から顔中をくもの巣だらけにしたばかりで
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
宿禰のいばらの根で作ったつえは若者の方へ差し向けられた。たちまち、使部しぶたちの剣は輝いた。若者は突っ立ち上ると、つかんだ粟を真先に肉迫する使部の面部へ投げつけた。剣を抜いた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
つたからむ、いばらとげは袖を引く、草の実は外套からズボンから、地の見えぬまで粘りつく。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
磁器でつくった美事な花環、桜の花、色とりどりないばらや小さな花もあったが、これ等に比べると古いドレスデンやチェルシイの製品も弱々しく、パテでつくったように思われる。
何だかこう、いばらに刺された傷のあとを、親切な手でさすってもらってでもいるような、………
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そんな気配を悟られてまたもやゼーロンの気勢がくじけたら一大事だと憂えたから、血を吐く思いの悲壮な喉を搾りあげて、魔の住む沼もいばらの径も、吾がこまの蹄に蹴られ……と
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
前出の「愁ひつつ丘に登れば花いばら」や、春の句の「陽炎かげろうや名も知らぬ虫の白き飛ぶ」
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そうして其処で、まどろんで居る中に、悠々うらうらと長い春の日も、暮れてしまった。嬢子は、家路と思うみちを、あちこち歩いて見た。脚はいばらとげにさされ、そでは、木のずわえにひき裂かれた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
このあたりから、いばらや名も知らぬ灌木が、雑草の中に混りはじめた。やがて大月氏が枯れかかった灌木の蔭で、転っていたクーペの予備車輪を拾いあげた。人々は益々無言であせり立った。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
そして、いばらの中にでも突き倒されたような痛みを覚えて、思わず悲鳴をあげた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
馬が飛びあがったのは事実だが、今度は道の向う側のいばらやはんの木のしげみに飛びこんだ。先生は今やむちかかとと両方使って、年とったガンパウダーのやせほそった脇腹わきばらを滅多打ちにした。
そうしていばらだのはぜだの水松みずまつだの、馬酔木あしびだの、満天星どうだんだの這い松だのの、潅木類は地面を這い、さぎうずらきじふくろたかわしなどの鳥類から、栗鼡りす鼯鼡むささび𫠘いたちまみ、狐、穴熊、鹿などという
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「民やは町場者まちばものだから、股引佩くのは極りが悪いかい。私はまたお前が柔かい手足へ、いばらすすきで傷をつけるが可哀相だから、そう云ったんだが、いやだと云うならお前のすきにするがよいさ」
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その甲や足にいばらのようなとげがたくさん生えているのでございますが、今晩のは俗にかざみといいまして、甲の形がやや菱形になっていて、その色は赤黒い上に白いのようなものがあります。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
見すぼらしいいばらの繁みに、こんもりと美しい糸杉が一本だけ聳えている。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
この句の下駄穿いて行くといふことについて、疑問を起してあるが、余が特に下駄を持つて来たのは、下駄ならばいばらの焼けた跡なども平気でんでゆけるといふやうな心持からいふたのである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)