茅葺かやぶき)” の例文
広々した構えの外には大きな庭石を据並すえならべた植木屋もあれば、いかにも田舎いなからしい茅葺かやぶきの人家のまばらに立ちつづいている処もある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たきくつがへすやうで小留をやみもなくうちながらみんな蓑笠みのかさしのいだくらゐ茅葺かやぶきつくろひをすることは扨置さておいて、おもてもあけられず、うちからうち隣同士となりどうし
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
 花火から茅葺かやぶき屋根に火がうつって火事になったのは、三囲稲荷のほとりの、其角堂きかくどうであった。そしてそれは全然別のときのことであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それは七、八軒さきの小さい茅葺かやぶき屋根の田舎家で、強い風には吹き倒されそうに傾きかかっていた。その軒さきには大きいえんじゅの樹が立っていた。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其処には一軒の茅葺かやぶきの百姓家があって、その家の窓の障子しょうじから灯がれて来るらしい。彼処には誰が住んでいるのだろう。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
左がなにがし大名の下屋敷とも思われる大きな塀、右は松並木で、その間に、まばらに見える茅葺かやぶきの家が、もう一軒も起きているのはありません。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丈八は、曾てその老母の許に帰郷していた一学を訪ねて、三州横須賀村の茅葺かやぶき屋根のもとに一晩泊めてもらった事がある。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或は又鉄筋コンクリイトの借家しやくや住まひをするやうになつても、是等の歌はまぼろしのやうに山かげに散在する茅葺かやぶき屋根を思ひ出させてくれるかも知れない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
屋根裏でいやな音が致しますから、ヒョイと見ると、縁側の障子が明いて居ります、と其の外は縁側で、茅葺かやぶき屋根の裏に弁慶と云うものが釣ってある。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
とある小山の麓に僅かに倒れ殘つた荒屋あばらやが即ちそれで、茅葺かやぶきの屋根は剥がれ、壁はこはれて、普通の住宅すみかであつたのを無理に教場らしく間に合せたため
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「春夏秋冬花不断」「東西南北客争来」とした二枚のれんを両方の柱にかけた茅葺かやぶきの門を間もなく三人はくゞった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
筑後にある窯場では三池みいけ郡の二川ふたがわを挙げるべきでありましょう。仕事場として美しい茅葺かやぶきの建物が見られます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
わずかしかない人家は皆茅葺かやぶきであったが、しかし皆風流な構えであった。北向きになった一軒の家があった。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
これが恋だと自分に判つた。私は用事にかこつけて木槿むくげの垣にかこまれた彼女の茅葺かやぶき屋根の家の前を歩いた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
板庇にそそぐ雨の音をずることは同じであっても、茅葺かやぶき屋根に居住する人の心持と、トタン葺に馴れた人の心持とでは、その間に多大の逕庭けいていあるを免れまい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
追々買い広げて、今は山林宅地畑地を合わせて四千坪に近く、古家ながら茅葺かやぶき四棟よむねもあって、廊下、雪隠、物置、下屋一切を入れて建坪が百坪にも上ります。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
最後の駒込林町を見ようというので、団子坂を登って右に折れて、林町の裏通りの細い道を這入りまして、一丁目ほど行くと右側に茅葺かやぶき屋根の門がある。はてな。
此處こヽとなりざかひの藪際やぶぎはにて、用心ようじんためにと茅葺かやぶきまうけにまはする庭男にはをとこさてさて此曲物このくせものとは。
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
毎日四時過ぎになると、前の銭湯の板木はんぎの音が、静かな寒い茅葺かやぶき屋根の多い田舎の街道に響いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そこで庭の中に茅葺かやぶき屋根を建てて馬を住まわし、きれいなじょちゅうを選んでつけてあった。馬はそれでおちついたが、しかし、数日するとひどく黄英のことが思われるので呼びにやった。
黄英 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
街道より迂折うせつする数百歩、たちま茅葺かやぶきの小祠堂あり、ああこれ吉田松陰の幽魂を祭る処。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
伯父の家は、金鱗湖きんりんこという小池のふちの茅葺かやぶきの家である。別府で一流のKというホテルの主人の別荘地をひらいているのである。伯父も変り者であるが、Kの主人はまた一層変っている。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
谷中やなか感応寺かんおうじきたはなれて二ちょうあまり、茅葺かやぶきのきこけつささやかな住居すまいながら垣根かきねからんだ夕顔ゆうがおしろく、四五つぼばかりのにわぱいびるがままの秋草あきぐさみだれて、尾花おばなかくれた女郎花おみなえし
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
一本道の両側に三丁ほど茅葺かやぶきの家が立ちならんでいるだけであったのである。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その神の森を遠く囲繞し、茅葺かやぶき小屋や掘立小屋や朽葉色くちばいろ天幕テントが、幾何学的の陣形を作り、所在に点々と立っているのは、これぞ水狐族と呼ばれるところの、巫女どもの住んでいる部落であった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何年か前まではこの温泉もほんの茅葺かやぶき屋根の吹きさらしの温泉で、桜の花も散り込んで来たし、溪の眺めも眺められたし、というのが古くからこの温泉を知っている浴客のいつもの懐旧談であったが
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
向岸に茅葺かやぶきの家が立っている。よく見ると小田原在の生家だ。三年前に死んだ白髪しらがの母が立っている。小手をかざして招いている。弟もいる。妹もいる。幼馴染みもいる。みんなで与惣次を呼んでいる。
朝のかぜ吹けば野寺の茅葺かやぶきに雪のはだれと散るさくらかな
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
茅葺かやぶきのいかにも矮屋ひきゝいへ也。
広々ひろ/″\したかまへの外には大きな庭石にはいし据並すゑならべた植木屋うゑきやもあれば、いかにも田舎ゐなからしい茅葺かやぶき人家じんかのまばらに立ちつゞいてゐるところもある。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
滝をくつがえすようで小歇おやみもなく家に居ながらみんな簑笠みのかさしのいだくらい、茅葺かやぶきつくろいをすることはさて置いて、表の戸もあけられず、内から内、となり同士
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
湯本でも宮の下でもみんな茅葺かやぶき屋根に描いてあるでしょう。それを思うと、むかしと今とはすっかり変ったもんですよ。
半七捕物帳:14 山祝いの夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……そのとき、その道ばたの一軒の茅葺かやぶき小屋の中から、襤褸ぼろをきた小さな子供が走り出してきて、その四つ手網を重そうに一人で持ち上げだした。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それに野良で用いれば雨に対し雪に対し便宜なものであるに違いない。丁度農家における茅葺かやぶき屋根と同じ意味あいがあろう。土地と生活とに添った品物である。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それらの指揮をば、道誉は席を移してから、例の茅葺かやぶきの茶堂で居ながらに取っていた。そして高氏と酒くみ交わしながら、いよいよ、機密な熟談に入っていた。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下駄突かけて、裏の方に廻って見ると、小山のすそを鬼のいわやの如くりぬいた物置がある。家は茅葺かやぶきながら岩畳がんじょうな構えで、一切の模様が岩倉いわくらと云う其姓にふさわしい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
むね茅葺かやぶき屋根と一つの小さい白壁造の土蔵とがあつて、其後にはけやきの十年ほどつたまばらな林、その周囲には、蕎麦そばや、胡瓜きうり唐瓜たうなすや、玉蜀黍たうもろこしなどを植ゑた畠、なほ近づくと
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
賤「なんだか茅葺かやぶきで、妙なとがった屋根なぞ、其様そんな広い事はいらないといったんだが、一寸ちょっと離れて寝る座敷がないといけないからってねえ、土手から川の見える処は景色がいよ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
圭一郎は郷里の家の大きな茅葺かやぶき屋根の、爐間の三十疊もあるやうなだゝつ廣い百姓家を病的に嫌つて、それを二束三文に賣り拂ひ、近代的のこ瀟洒ざつぱりした家に建て替へようと強請せがんで
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
彼はこの島の南の小山に、茅葺かやぶきの宮を営ませて、安らかな余生を送る事にした。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ところどころ柱の太い茅葺かやぶき屋根の農家であったらしいものが残っているので、むかしは稲や蓮の葉の波を打っていた処である事を知った。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
給金しんしょう談判かけあいでした。ずんずん通り抜けて、寺内へ入ると、正面がずッと高縁たかえんで、障子が閉って、茅葺かやぶきですが本堂らしい。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東海道から小半町も山手へはいった横町の右側で、畑のなかの一軒家のような茅葺かやぶき屋根の小さい家がそれであった。
半七捕物帳:59 蟹のお角 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あれに見える山の南の、帯のような岡を、臥龍がりょうの岡と申しますだ。そこから少し低いところに、一叢ひとむらの林があって、林の中に、柴の門、茅葺かやぶきいおりがありますだよ」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駄菓子だがしを売る古い茅葺かやぶきの家、ここまで来ると、もう代々木の停留場の高い線路が見えて、新宿あたりで、ポーと電笛の鳴る音でも耳に入ると、男はその大きな体を先へのめらせて
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
此のに包を抱えて土手へ這上はいあがり、無茶苦茶に何処どこう逃げたか覚え無しに、畑の中やどてを越して無法に逃げてく、と一軒茅葺かやぶきの家の中で焚物たきものをすると見え、戸外おもて火光あかりすから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
茅葺かやぶきには様々な美しいのがあるし、瓦葺かわらぶきでも石州せきしゅう窯場かまばの赤屋根の如きは忘れられぬものではあるが、形の立派さではこの石屋根に比肩するものは他にあるまい。支那の強ささえ聯想れんそうされる。
野州の石屋根 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
故郷の家の傾斜の急な高い茅葺かやぶき屋根から、三尺餘も積んだ雪のかたまりがドーツと轟然ぐわうぜんとした地響を立ててなだれ落ちる物恐ろしい光景が、そして子供が下敷になつた怖ろしい幻影に取つちめられて
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
第三図は童児二人紙鳶たこを上げつつ走り行く狭き橋の上より、船のほばしら茅葺かやぶき屋根の間に見ゆる佃島の眺望にして、彼方かなたよこたはる永代橋えいたいばしには人通ひとどおりにぎやかに
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それを、上目づかいのあごで下から睨上ねめあげ、薄笑うすわらいをしている老婆ばばあがある、家造やづくりが茅葺かやぶきですから、勿論、遣手やりてが責めるのではない、しゅうとしえたげるのでもない。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)