“筑波:つくば” の例文
“筑波:つくば”を含む作品の著者(上位)作品数
泉鏡花6
中里介山4
泉鏡太郎3
吉川英治2
柳田国男2
“筑波:つくば”を含む作品のジャンル比率
歴史 > 日本史 > 日本史3.5%
芸術・美術 > 演劇 > 大衆演芸3.2%
芸術・美術 > スポーツ・体育 > 戸外レクリエーション2.9%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
前後ぜんごあしぼんでのそりとまつて、筑波つくばやま朝霞あさがすみに、むつくりとかまへながら
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ヒイと泣叫なきさけぶ声が悲しげに響いて、あれ/\と見るうちに、遠く筑波つくばの方へかすんでしまつた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
新「成程そうでしょうねえ、雷鳴かみなりには実に驚きまして、此地こっち筑波つくばぢかいので雷鳴はひどうございますね」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「おい、忙がしいかね」と、長次郎は声をかけた。「焚き物はたくさん仕込んで置くがいい。もう直き筑波つくばが吹きおろして来るからね」
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その以前、筑波つくば騒動の時、武田伊賀守(耕雲斎)が幕府へ向けて、騒動を鎮めるための軍用金として借受けた三万両の金がありました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
出発の前日、筑波つくばの方の水戸浪士の動静について、確かな筋へ届いたといううわさを東片町の屋敷から聞き込んで来たものもあったからで。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白魚しらうお、都鳥、火事、喧嘩、さては富士筑波つくばの眺めとともに夕立もまた東都名物のひとつなり。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
筑波つくば組の田丸、藤田らと、館山たてやまから合流した武田との立場の相違はそこにもあらわれている。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
また飛鳥山あすかやまより遠く日光にっこう筑波つくばの山々を見ることを得ればただちにこれを雲の彼方かなた描示えがきしめすが如く
あの新治にひばり近邊きんぺん筑波つくばをとほりぎて、今夜こんや幾晩いくばんたとおもふ、といはれたのです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
当時、この国では初めて二隻の新艦を製し、清輝せいき筑波つくばと名づけ、明治十二年の春にその処女航海を試みて大変な評判を取ったころである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その後、その辺りにては、某村の海浜にて数名の青年を苦しめしは、筑波つくば山の天狗なりと風聞せり。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ことしもまた筑波つくばおろしの寒きに琥珀こはくに似たる数朶すうだの花をつづりぬ。
臘梅 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
蝦夷えびすどもをたいらげながら、常陸ひたち新治にいばり筑波つくばを通りすぎて、ここまで来るのに、いく夜寝たであろう」とおっしゃるのに対して、
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
西に富士ヶ根東に筑波つくばの一語は誠によく武蔵野の風景をいい尽したものである。
そうして一方にはまた有名な、富士と筑波つくばという古い話もあるのである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
田園の果に、筑波つくば加波かばの山波が夕陽を浴びて黄ばんでいた。
再び山へ (新字新仮名) / 松濤明(著)
常陸の新治にいはり筑波つくばぎて幾夜いくよたか。
東石田は筑波つくばの西に当るところで、国香もこれに居たのである。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
新治にひはり筑波つくばを過ぎて幾夜いくよか寝つる
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
骨にしみとおるほど寒い、筑波つくばおろしに吹かれながら、大川端おおかわばたに茫然とたたずんでいたり、また、山の手の、どことも知れぬ町を、ひもじさにふるえながら、歩きまわることもあった。
今日浅草にいたかと思えばあしたは奥州街道に、——ゆうべ武蔵野をゴソゴソ歩いていたかと思えば今朝けさは音羽の筑波つくば屋あたりで、熱燗あつかんの湯豆腐に首をつッこんでいようというあんばい。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
筑波つくばおろし吹きしきる大江戸の昼日中町を
や橋の北側きたがは人垣ひとがきたちつどひ、川上かはかみはるかに見やりて、みどりかすむ筑波つくばの山も、大尉たいゐが高きほまれにはけおされてなど口々くち/″\いふ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「つまり筑波つくばの町のような工合だね。」
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
笑ふこゑ富士ふじ筑波つくばにひゞく。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
筑波つくばの歌垣のように、夜もすがらの神前かみまえで、かがりも焚かず、他の人妻と他の人夫ひとづまが、闇の香を、まさぐり合う祭りに似た風習など、この豊田郡、相馬郡の辺りにも、広く行われていた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野暮なしまも隠されず、頬被ほおかぶりがわりの鳥打帽で、朝から見物に出掛けた……この初阪とは、伝え聞く、富士、浅間、大山、筑波つくば、はじめて、出立いでたつを初山ととなうるにならって
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
右は、遠く荒天にそびえる筑波つくばの山。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
昔のおもかげ殘る武家の邸つゞきとの片側町かたかはまち、時折車の音の聞ゆるばかり、春は囘向院えかうゐん角力すまふの太鼓夢の中にきいて、夏は富士筑波つくばの水彩畫をてんねむの後景として
うづみ火 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
八月から四年四月までのあいだに大和やまと生野いくの筑波つくばの挙兵、六月の長兵大挙上洛と蛤門はまぐりもんの敗戦、ただちに征長詔勅、そして征長軍が進発しないうち四国連合艦隊に攻められて大敗
尊攘戦略史 (新字新仮名) / 服部之総(著)
筑波つくばおろしもさむうなつたと
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
筑波つくばれぬ野も暮れぬ
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
筑波つくば山を真近くに見ます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
なかにはまた、あのながれ邸内ていないいて、用水ようすゐぐるみにはいけにして、筑波つくばかげほこりとする、豪農がうのう大百姓おほびやくしやうなどがあるのです。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
また筑波つくばでわかる。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
とじり/\と吸込すひこんで吹殼ふきがらのこそげいてけないやつ、よこなぐりに、並木なみきまつへトンとはらつて、はなかすみ江戸えどそら筑波つくばよこいそぐ。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
師走しわすからこのかた湿りがなく、春とはほんの名ばかり、筑波つくばから来る名代のからッ風が、夕方になるとうしとらへまわり、こずえおろしに枯葉を巻き土煙つちけむりをあげ、斬りつけるようにビュウと吹き通る。
源氏が須磨すまへ引きこもったうわさも、遠い国で聞いて、悲しく思いやらないのではなかったが、音信をする便たよりすらなくて、筑波つくばおろしに落ち着かぬ心を抱きながら消息の絶えた年月を空蝉うつせみは重ねたのである。
源氏物語:16 関屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
筑波つくば見ろ
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
源右大将は常陸守ひたちのかみの養女に興味は覚えながらも、しいて筑波つくばの葉山繁山しげやまを分け入るのは軽々しいことと人の批議するのが思われ、自身でも恥ずかしい気のされる家であるために、はばかって手紙すら送りえずにいた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
翌る文久四年正月、すでに長州はじめ討幕派陣営の塵もとどめぬ、合体派天下の京都へ将軍は再び入洛したが、四月になっても攘夷方策はおろか、長州征伐の段取りすら一決せず、諸侯は気をくさらせて退京しはじめ、虚に乗じて筑波つくばに討幕の旗があがり
新撰組 (新字新仮名) / 服部之総(著)
今にもひる小島こじまの頼朝にても、筑波つくばおろしに旗揚はたあげんには、源氏譜代の恩顧の士は言はずもあれ、いやしくも志を當代に得ず、怨みを平家へいけふくめる者、響の如く應じて關八州は日ならず平家のものに非ざらん。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「あんなことつて、おまへさんまたおだましだよ。筑波つくばへおまゐりぢやありますまい。博奕ばくち元手もとでか、うでなければ、瓜井戸うりゐどだれさんか、意氣いき女郎衆ぢよらうしうかほにおいでなんだよ。」
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
関東地方では茨城県の筑波つくばとか、遠くは福島県の会津あいづ地方のような、田畠がすくないか、または秋の農作のはやく片づく村から、群れをなしてその屋根葺き職の者が出てきて、大よそけんとうをつけ、または前の年からやくそくをして、今年ことし葺きかえる家々を廻っていた。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼はそれを眼前に生起する幾多の現象に結びつけて見て、かつて水戸から起こったものが筑波つくばの旗上げとなり、尊攘そんじょうの意志の表示ともなって、きた歴史を流れたように、今またそれの形を変えたものが佐賀にも、土佐にも、薩摩さつまにも活き返りつつあるのかと疑った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
標高千米突内外の筑波つくばや箱根では、麓で天候を予想して登っても、大なる失策はなかろう、が三千米突以上の高山となると、山麓で晴天の予想も、頂上へ行くとがらりかわり、折々雲霧に見舞われる、これによると、今回のように度々御幕がかかるのが、かえって嵩高すうこうに感ぜられる。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
「関東では、山として高い方では日本一の富士、低いけれども名に於て、このもかのもの筑波つくばがある。高さにして富士は一万五千尺、山も高いが、名も高いことこの上なし。筑波は僅かに数千尺——山は高くないが名が高い。米沢の吾妻山なんて、山も高くない、名も高くない……いったい、その吾妻山なるものの高さは、何尺あるのだ」
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)