いまだ)” の例文
草花さうくわも蝶に化する事本草ほんざうにも見えたり。蝶の和訓わくんをかはひらこといふは新撰字鏡しんせんじきやうにも見えたれど、さかべつたうといふ名義みやうぎいまだかんがへず。
九人一つ座敷にいるうちで、片岡源五右衛門かたおかげんごえもんは、今し方かわやへ立った。早水藤左衛門はやみとうざえもんは、しもへ話しに行って、いまだにここへ帰らない。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
常磐津ときわづ浄瑠璃に二代目治助が作とやら鉢の木を夕立の雨やどりにもじりたるものありと知れどいまだその曲をきく折なきをうらみとせり。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とは「梅松論」が言っているところで、要するに、準備はいまだしとなす尚早論しょうそうろんと、即刻東上をよしとする意見とが二つにあったものとみえる。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其時越前守殿かさねて彌吉夫婦に向はれ汝等いまだ菊を疑ふ樣子ある故つぶさに申聞すべし我菊がしうとめの死骸を檢査あらためさするついで家探やさがしを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
その声がなんでも何処か、誰かに似ているなと思うが、いまだにその人のことが考え出されない。私は、そのまま頭を傾げて便所に行き又二階へ上ってしまう。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
気を悪くした一人の女先生が山川菊枝部長にこの話をつたえたから、部長は男性の横暴増長に胸をいためられて、男女同権いまだしと怒りの一文を草せられた。
ヤミ論語 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
題のない習作の方は、会話などもさし入れての試みであるが、これも小説にはいまだしというものである。
婦人と文学 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
當夏中より中風相煩歩行相成兼其上をひ鎌作かまさく儀病身に付(中略)右傳次方私從弟定五郎と申者江跡式相續爲仕度つかまつらせたく(中略)奉願候、もつとも從弟儀いまだ若年に御座候に付右傳次儀後見仕
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
然ニ小弟宿の事、色〻たずね候得ども何分無之候所、昨夜藩邸薩摩吉井幸輔より、ことづたへ之候ニ、いまだ屋鋪土佐屋敷ニ入事あたハざるよし。四條ポント町四条河原町二筋束近江屋位ニ居てハ、用心あしく候。
今生こんじょうにて今一度竜顔を拝し奉らんために参内仕りて候ふと申しもあへず、涙を鎧の袖にかけて、義心其の気色に顕れければ、伝奏いまだ奏せざる先にまづ直衣ひたたれの袖をぞぬらされける。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はいまだにこの朝日岳の頂上附近を歩いた時の心持を忘れる事が出来ないのであります。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もし、この時分に、天下のゆるされも不足に、めいぼうも思ふほどなくは、如何いかなる上手なりとも、いまだまことの花を極めぬして(仕手)と知るべし。もし極めずは、四十より能はさがるべし。
てんいまだくらし。東方とうはう臥龍山ぐわりうざんいたゞきすこしくしらみて、旭日きよくじつ一帶いつたいこうてうせり。昧爽まいさうきよく、しんみて、街衢がいく縱横じうわう地平線ちへいせんみな眼眸がんぼううちにあり。しかして國主こくしゆ掌中しやうちうたみ十萬じふまんいまはたなにをなしつゝあるか。
鉄槌の音 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
このことは木米もくべいについても云えるであろう。私は木米の焼物で、彼の南画以上に美しいものを見たことがない。私は書家として画家としての木米をはなはだ好む。だが陶工としてはいまだしである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
長崎に来りて四年よとせの夏ふけむ白さるすべり咲くはいまだ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
菊の色えんいまだこのあした
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかれどもなほやすんぜず、ひそかに歎じて曰く宮本武蔵は※々ひひを退治せり。洋人の色に飢るや綿羊を犯すものあり。僕いまだくここに到るを得ずと。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
西洋に男子の遺精ゐせいを歌へる詩ありや否や、寡聞にしていまだ之を知らず。日本には俳諧錦繍段きんしうだんに、「遺精驚く暁のゆめ、神叔しんしゆく」とあり。
願度依て推參致せりとの言葉の端々はし/″\いまだ十五歳の若年者じやくねんものには怪敷あやしく思へども又名奉行大岡樣の御吟味に間違まちがひのあるべき樣なし由無事よしなきことを訴へ其許迄そのもとまで御咎おとがめ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
雪の上は灰色に凍って、見渡すかぎり、寂莫じゃくまくとしている。その時私の母は四十幾つであった。脊の低いやせた人柄であった。私はいまだに当時のあたりのいたましい景色が身に浸みていて忘れられない。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
是非送ってれと約束したが、いまだに果されないでいる。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
しかしかれこれひる近くなっても、いまだに兵衛は見えなかった。喜三郎はいら立って、さりげなく彼の参詣の有無を寺の門番に尋ねて見た。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
うしないまだも無りしが其後をつとを持ず姑につかへて孝行を盡くしけるに元より其いへまづしければあさをうみはたを織て朝夕姑女しうとめ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
園丁これをオガタマの木と呼べどもわれいまだオガタマなるものを知らねば、一日いちにち座右ざうにありしはぎ先生が辞典を見しに古今集三木さんぼくの一古語にして実物不詳とあり。
来青花 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
これもしらべて見ようと思ひながら、いまだにその儘打遣うつちやつてある。バイロンはサアダナペエラスをゲエテに、ケエンをスコツトに献じてゐる。
本の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そして毎年二度ずつ、この暴行は繰返されて今日に及んでいる。わたくしは世の父兄にしていまだ一人いちにんの深く之を憤り其子弟をして退学せしめたもののある事を聞かない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのうす暗がりに浮んでゐる、半ば仰向いた金花の顔は、色もわからない古毛布に、円いくくあごを隠した儘、いまだに眠い眼を開かなかつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
暗夜の海にもたとへようず煩悩心ぼんなうしんの空に一波をあげて、いまだ出ぬ月の光を、水沫みなわの中に捕へてこそ、生きて甲斐ある命とも申さうず。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
可笑をかしい話でございますが、わたしはいまだに薬種の匂、陳皮ちんぴ大黄だいわうの匂がすると、かならずこの無尽燈を思ひ出さずには居られません。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし幽霊を見たと云ふ話はいまだに時々伝へられる。ではなぜその話を信じないのか? 幽霊などを見る者は迷信にとらはれて居るからである。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし幽霊を見たと云う話はいまだに時々伝えられる。ではなぜその話を信じないのか? 幽霊などを見る者は迷信にとらわれて居るからである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そう云えばかつい肩のあたりや、指節ゆびふしの太い手の恰好かっこうには、いまだ珊瑚礁さんごしょうしおけむりや、白檀山びゃくだんやまの匂いがしみているようです。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その顔がいまだにどうかすると、はつきり記憶に浮ぶ事がある。里見さとみ君の所謂いはゆる一目惚ひとめぼれとは、こんな心もちを云ふのかも知れない。(二月十日)
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女は犬の事ばかりか、いまだにわからない男の在りかや、どうかすると顔さえ知らない、牧野まきのの妻の身の上までも、いろいろ思い悩んだりした。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これは凡兆ぼんてうの付け方、いまだしきやうなり。されどこの芭蕉の句は、なかなか世間なみの才人が筋斗きんと百回した所が、付けられさうもないには違ひなし。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ですからあの秋山図も、今は誰の家に蔵されているか、いや、いまだ亀玉きぎょくやぶれもないか、それさえ我々にはわかりません。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
閣下の怠慢たいまんは、私たち夫妻の上に、最後の不幸をもたらしました。私の妻は、昨日さくじつ突然失踪したぎり、いまだにどうなったかわかりません。私は危みます。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
己は三年ぶりで始めてあの女と向い合った時、思わず視線をそらさずにはいられなかったほど、強い衝動を感じたのをいまだにはっきり覚えている。……
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それでもまだ容貌の醜い若者は、快活な心もちを失わなかった。と云うよりも失う筈がなかった。何故なぜと云えば彼等の不快はいまだに彼には通じなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
紅葉こうえふの句いまだ古人霊妙の機を会せざるは、独りその談林調だんりんてうたるが故のみにもあらざるべし。この人の文を見るも楚々そそたる落墨ただちに松を成すの妙はあらず。
が、空はまるで黒幕でも垂らしたように、しい松浦まつうらの屋敷の上へ陰々と蔽いかかったまま、月の出らしい雲のけはいはいまだに少しも見えませんでした。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
クロオデルもしこれを聞かば、或は恐る、黄面くわうめん豎子じゆしいまだ王化に浴せずと長太息ちやうたいそくに堪へざらん事を。(二月五日)
男はもう一度ハムモックに、ゆらりと仰向あおむけになりながら、同じ言葉を繰返した。男の頭のどこかには、いまだ瀕死ひんしの赤児が一人、小さいあえぎを続けている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この徳蔵には可笑をかしい話が幾つあつたかわかりません。その中でもいまだに思ひ出すのは苗字めうじの話でございます。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その時の怪訝くわいがと同情とを一つにしたやうな心もちは、いまだに忘れようとしても、忘れる事が出来ない。
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
鏡花きょうかの小説は死んではいない。少くとも東京の魚河岸には、いまだにあの通りの事件も起るのである。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
予が先輩にして且知人たる成島柳北なるしまりうほく先生より、彼が西京祇園さいきやうぎをんの妓楼に、雛妓すうぎいまだ春をいだかざるものを梳櫳そろうして、以て死に到らしめしを仄聞そくぶんせしも、実に此間の事に属す。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はそれを聞くと同時に、いまだに自分にもわからない、不思議に生々いきいきした心もちになった。生々した? もし月の光が明いと云うのなら、それも生々した心もちであろう。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たまたま明子の満村に嫁して、いまだ一児を挙げざるは、あたかも天意亦予が計画をたすくるに似たるの観あり。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)