さら)” の例文
「病院とか兵站部へいたんぶとか、婦人たちは、それぞれ適宜な部署へ分けて、なるべく、危険にさらされんように、明日でも配置してくれんか」
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多摩川にさらす手作りさらさらに何ぞこの許多ここだかなしき。こう万葉に詠まれたところのその景色のよい多摩川で彼は終日狩り暮した。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
河岸に面して、軒の低い、古くて雨風にさらされた、小さな家が並び、なかばこわれた舟があげてあったり、干し網が垂れていたりした。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あしたにはポヽロの廣こうぢに出でゝ、競馬の準備こゝろがまへを觀、夕にはコルソオの大道をゆきかへりて、店々の窓にさらせる假粧けしやうの衣類をけみしつ。
しかし水際に始めて昨日、今日のわかい命を托して、娑婆しゃばの風に薄い顔をさらすうちは銭のごとく細かである。色も全く青いとは云えぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日華洋行にっかようこうの主人陳彩ちんさいは、机に背広の両肘りょうひじもたせて、火の消えた葉巻はまきくわえたまま、今日もうずたかい商用書類に、繁忙な眼をさらしていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
櫻に早い三月の初め、死體は朝日にさらされて、道端の下水の中に轉げ込んで居たのを、町内の人達が見付けて大騷ぎになつたのでした。
源吉は、熱っぽい頬を、夜風にさらしながら、一つ一つが、余りに順序よく、破綻を起さなかったのが、むしろ、あっ気なくさえ思われた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「誰が親と奉公人と一緒にして物を言うような、そんな人があるものですか。こんなところで親の恥までさらさなくってもようござんす」
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それにかかわらず安陵竜陽みな凶終するよう論ずるは、性慾顛倒の不男ぶおとこや、えくぼを売って活計する色子野郎ばかりに眼をさらした僻論へきろんじゃ。
それが、あの本物の空襲下にさらされて、どこの区域よりも二三倍がた、混乱ぶりのひどかったことは、まことに意外の出来ごとだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は、いつまでも外気に顔をさらしていることに「或る危惧」を覚えたので、まだ酔いを醒してもいなかったのだが、御面師に声をかけた。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
裏の物干しには、笹村が押入れにつくねておいた夏襯衣なつシャツ半帕ハンケチ寝衣ねまきなどが、片端から洗われて、風のない静かな朝の日光にさらされていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
雨がれると水に濡れた家具や夜具やぐ蒲団ふとんを初め、何とも知れぬきたならしい襤褸ぼろの数々は旗かのぼりのやうに両岸りやうがんの屋根や窓の上にさらし出される。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
斎戒沐浴して髪に香を焚きこめる、——刺客の手にかかることがあろうとも、見苦しい首級しゅきゅうさらしたくないとのゆかしい御覚悟からなのだ。
老中の眼鏡 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
前様方めえさんがたが人中でつらさらして、こんな会をしなさるのは、ああ、あの夫人おくさんなさけ深い感心な御方だと人に謂われたいからであろう。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先ず目についたのは鑵詰工場らしい、ほとんど吹きさらしのバラックだ。大きい、こうしほどの樺色の樺太犬がのそりと、その前には出ていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
かれえずあるものさがすやうなしか隱蔽いんぺいした心裏しんりあるものられまいといふやうな、不見目みじめ容貌ようばう村落むらうちさら必要ひつえうやうやげんじてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
あそこにアイスフォオゲルのいえがある。どこかあのへんで、北極探険者アンドレエの骨がさらされている。あそこで地極ちきょくが人をおどしている。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
この驚くべき夫婦の秘密が明るみへさらし出されたけれども、それもほんの五六日世間の視聴を集めただけで、次第に忘れられたのであった。
相川珠子と云えば、殺人鬼「赤い蠍」の第二の犠牲者として、無残にもその死体を銀座街頭にさらされた娘さんではなかったか。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「それはわかりませんが、姦通まおとこだということです……引き上げられてからまたその死骸を、三日の間さらされるんだそうですよ」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これ等の売薬や書籍は白昼堂々と店頭にさらされている。いずれも数年以前はその筋のお許しが出なかったものばかりである。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
祭の日などには舞台据えらるべき広辻ひろつじあり、貧しき家の児ら血色ちいろなき顔をさらしてたわむれす、懐手ふところでして立てるもあり。ここに来かかりし乞食こじきあり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それが誘拐ゆうかいされて屋根のないボウトにみ、何カ月も風雨にさらされて、こんな物をただ一つの玩具おもちゃに一人で遊んでいたのだ。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
神楽坂署で夫の前科を云い立てられた時には、彼女は自分の身体を裸にしてさらされたよりも、浅間しく感ぜられたのだった。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「私はもしも遣損やりそこなつて、はぢでもさらすやうな事が有つちやと、それが苦労に成つてたまらなかつたんだから、これでもう可いわ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私はむくむくと床をぬけ出して、そのぢぢむさい姿を日向ひなたさらし、人並に、否病めるが故に更により多くの日光を浴びようと端近くにじり出る。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
うまくランデブーすれば、雄蝉おすぜみ莞爾かんじとして死出しで旅路たびじへと急ぎ、あわれにも木から落ちて死骸しがいを地にさらし、ありとなる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
針で刺すように冷い朝風に吹きさらされながら、ほのぼのと明け行く雪の山を眺めていた三人連れの草鞋履きの男があった。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
「そんなに永くぐずぐずしていちゃいかん。私は一秒一秒自分の命もここにいられる方々かたがたの命も危険にさらしているのだ。」
空の雄鶏は残らず来いと身構える——しかし、嵐におもてさらすことさえおそれない「もう一つの」は、この時、微風に戯れながら相手にならない。
本三位の卿の擒となりて京鎌倉に恥をさらせしこと、君には口惜しう見え給ふほどならば、何とて無官の大夫が健氣けなげなる討死うちじにを譽とは思ひ給はぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
隠居した後も、道を行きつつ古草鞋ふるわらじを拾って帰り、水に洗い日にさらして自らきざみ、出入の左官に与えなどした。しかし伊兵衛は卑吝ひりんでは無かった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と大津にゐて詠んでゐる句を見ると、二百年前にはそれが實景であつたかも知れぬが、今はもう半ば枯れて空しく無慘な殘骸を湖畔にさらしてゐる。
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
この様なる所にて犬畜生同様名も知れぬかばねさらすこと如何にも口惜しく候まま、息のあるうちに月の光を頼りに一筆書残し申候、右にしたためし條々実証也
家の壁もところどころげて漆喰下地しっくいしたじがむきだしになっているのは、雨や旋風かぜや、秋の気候の変化など、あらゆる荒天にさらされて来たものと見える。
何年もの風雨でさらされ、もはやはげかかっているその色が今日の荒々しい灰色の空の下では、佐伯祐三の絵にあるような都会の裏町の趣を見せている。
海流 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
だが、それはまだまだ、手軽な方でな、後でさらけ出された事実というのが、比べもつかんほど奇怪なことじゃった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
これに反して他の一方は、危険と徒労とにさらされてはいるけれども、時あって莫大ばくだいな利得を挙げ得たことは、昔は今よりもさらに著しい体験であった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
嗚呼人よ、東海君子国の世界に誇負こふする所以ゆゑんの者は、一に鮮血を怒涛に洗ひ、死屍を戦雲原頭にさらして、汚塵をぢん濛々もうもうの中に功を奏する戦術の巧妙によるか。
渋民村より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
されたとしたら、どうして、その顔を、そのままなつかしい家人たちの前にさらすことが出来るだろう! 彼は、一さんばしりに、逃げ去る外はないのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そんな年寄りになるまで生きていて、人から老人扱いをされ、浅ましい醜態をさらして徘徊はいかいする位なら、今のうちに早く死んだ方がどんなにましかも知れない。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
私などもその一人であるが、これではならぬと思ってつとめて天下の劇跡に眼をさらすことにしているのである。
書について (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
その日、二人は電車を降りて別れるまで、この冒険の予想を、ことに、どの程度まで自分達は危険にさらされるであろうかという点について色々と語り合った。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
国民塗炭に苦しむここに十数年、我の忠実なる兵卒にして我のためにかばねを戦場にさらせしものその幾千なるを知らず、我何ぞ永くこの悲劇を見るに忍びんや
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ワシントン、那波翁なおう云々うんぬん中々なかなか小生はいの事にあらず、まん不幸ふこう相破あいやぶかばねを原野にさら藤原広嗣ふじわらのひろつぐとその品評ひんぴょうを同じゅうするも足利尊氏あしかがたかうじと成るを望まざるなり
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
如何いかなる露国ロシアの、日本に対する圧迫、凌辱りょうじょくって、日本の政府が、あのごとく日本国民を憤起させてあえて満洲の草原に幾万の同胞のしかばねさらさせたかは、当時
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
人々の前へさらけ出しに行くことがどうして私にできようか!——何としてもそれはできない!——それ故に
それとも死ぬまでも惑いもだえて衰頽したからだを荒野にさらすのが偉大であるか愚であるか、それは別問題として
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)