こば)” の例文
言葉と言葉とがおたがいに相続き合う事を妙にこばみでもしているように感じられたりしていつも五行と書き進める事ができなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
すると彼女は私のこの無躾な仕草をこばまなかったばかりでなく、僅かに首をうなずかせて、私の申出でをも受入れて呉れたのである。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その縄に巻かれると、大力の与八が、もろくも囲炉裏いろりのそばまで引き戻されてしまいました。それはこばめば首がくくられるからです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は別にこばむ色もなく、小女を呼び返して、喬生のうちへ戻って来た。初対面ながらはなはだうちとけて、女は自分の身の上を明かした。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
父は子供をあやすように母のくちに茶碗を押しつけ無理にも飲まそうとしたが、母はかぶりを振って固くこばんで飲まなかったそうである。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
と彼女はあの折に、武蔵が自分へ迫って求めた烈しいそして率直な欲望を、自分もまた、満身の力でこばんでしまったことを、幾たびも
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其処そこはもはや生物の世界ではなく、暗黒な砂漠のあらしが狂い、大塩湖だいえんこ干上ひあがった塩床が、探険者の足を頑強にこばんでいる土地である。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
登はわきの下に汗のにじむのを感じた。それは、初めにその筆記図録を出せと云われたとき、彼は頑強に「これは私のものだ」とこばんだ。
絶對の意志は惡にくみせず、そのこれに與するは、こばみてかへつて尚大いなる苦難なやみにあふを恐るゝことの如何に準ず 一〇九—一一一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ということになりおわる。僕は決して名利めいりが悪いとは言わない。名も利も求めずして来たるものならば、こばむべきものとは思わない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼女はそれをこばんで、あまり俯向うつむいていたので頭痛がして来たから、あなたに読んでもらいたいと言うので、バーグレーヴ夫人が読んだ。
よし原と違って、新宿や品川には旅籠屋はたごやに給仕の女をおくという名義で営業しているのであるから、かれらの宿泊をこばむわけには行かない。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、こばむ筋合ではなく、第一その口実も無かったので、藤波金三郎はこの美少女お染と不思議な旅に上ることになったのです。
「持彦さま、どうぞご存分にあそばせ、わたくしはあなた様の前では、心をまもることもこばまれているとしか思われませぬ。」
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
僕たち三人が同時にルピックの姓を名乗ってるからって、それは誰の罪だ? 君たちは、それをこばむことはできなかったんだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
来るものがあったらこばむまいと思いながら年を送るうち、いつか四十を過ぎ、五十の坂を越して忽ち六十も目睫もくしょうかんに迫ってくるようになった。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
此所こゝ餘裕よゆうると、これひらくのをこばんで、一狂言ひときやうげんするのであるが、そんな却々なか/\ぬ。ぶる/\ふるへさうで、いやアな氣持きもちがしてた。
メルキオルは父がひそかにルイザへ補助を与えてるのに気づいていた。そしてしばしば、なんとこばまれてもそれに手をつけることが多かった。
だが、リーマン博士にいわせれば、彼等こそ、わが民族の躍進をこばみ、人類の幸福を見遁みのがしてしまうところの軽蔑すべき凡庸政治家ぼんようせいじかどもです。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
維盛卿は父に向ひ、『先刻祖父そふ禪門ぜんもん御勸おんすゝめありし宋朝渡來の醫師、聞くが如くんば世にも稀なる名手めいしゆなるに、父上のこばみ給ひしこそ心得ね』
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
しかすこしの米を京都におくることをもこばんで、細民さいみんが大阪へ小買こがひに出ると、捕縛ほばくするのは何事だ。おれは王道の大体を学んで、功利の末技を知らぬ。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
もとよりこばむべき筋合すじあいのものでございませぬから、わたくし早速さっそく身支度みじたくしてこの親切しんせつな、いたる竜神りゅうじんさんのあとについて出掛でかけることになりました。
夫は反対に、前より一層飲ませたがる。差されればこばまない癖を知っているので、いくらでも飲ますつもりらしい。でももうこの辺が極量である。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかるに醫學博士いがくはかせにして、外科げくわ專門家せんもんかなるかれちゝは、斷乎だんことしてかれ志望しばうこばみ、かれにして司祭しさいとなつたあかつきは、とはみとめぬとまで云張いひはつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
一人彼是申こばむは重役をないがしろに致す所行しよぎやうことに再吟味は天下の大法たいはふそむあひだ相成ぬとの上意なりと嚴重げんぢうにこそ申渡しける越前守ははつとばかり御受を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
餘程巧みに談判しなければこばまれると云つた調子で、紙數も唯八百しか出て居なかつたが、それでもく續けて行く。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
出奔しゅっぽんした前太子蒯聵は晋の力を借りて衛の西部に潜入せんにゅう虎視眈々こしたんたんと衛侯の位を窺う。これをこばもうとする現衛侯出公は子。位をうばおうとねらう者は父。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「僕は、どんな労働でもやりますから、この島に置いて下さい」ドアの外へ、つまみ出されるのをこばんで、こう哀訴したが、青年技師はいよいよ冷酷だ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
是は男の普通選挙も同じことで、女にも国事人事を憂えしめようという説は、理論として誰もこれをこばむ者は無い。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
吾人の魂を解放せしめよ!……形あるものはその形に固執こしゅうする。現在は未来の犠牲となることをこばむ。ピラミッドは長くピラミッドたらんことを欲する。
しき念のへがたかりしその心のまだ失せざると、恐しかりしあとの楽しきとに、われはこばまずしてうなずきぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしは金のあたいというものをよく知っております。あなたもわたくしには、三枚の切り札の秘密をおこばみにはならないでしょう。さあ、いかがですか
そして求めた愛がこばまれると、彼の戦いは相手に対する反抗や、虚偽の言動となり、また第三者に対する嫉妬ともなって現れたのであるが、それはむしろ
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
万一、雪之丞どのがこばみもしなば、そのときこそ、たとえ、腕ずくにてでも、ここまで連れてまいる外はない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
自身がたとい高級軍医であろうとも、命令が不当なものであろうとも、上官の命令をこばむことはどのような結果をもたらすものか、花田が知らぬわけがない。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
勘次かんじはどれほど嚴重げんぢうにしてもおつぎがかはやかよ時間じかんをさへせまにはなかはなつことをこばむことは出來できなかつた。執念深しふねんぶかい一にん偶然ぐうぜんさういふ機會きくわい發見はつけんした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
何としても中津に居ようなど云うことは思いも寄らぬ事であるけれども、藩の正式に依ればチャント勤をしなければならぬから、その命をこばむことは出来ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
愛せらるるをこばむは汝他を悩ますなり、汝の愛するものは汝の愛せられんことを望むなり、世に病者の存する理由は世に愛せらるるもののあらんがためならん
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
むなしき家を、空しく抜ける春風はるかぜの、抜けて行くは迎える人への義理でもない。こばむものへの面当つらあてでもない。おのずからきたりて、自から去る、公平なる宇宙のこころである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
容易ようい胸隔きようかくひらかぬ日本人にほんじん容易ようい胸隔きようかくつる日本人にほんじんそろ失望しつぼうさうならざるなしと、かつ内村うちむら先生申されそろしか小生せうせい日本人にほんじんそろこばまざるがゆゑ此言このげんそろ
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
このあいちやんはローリーてうはたしていくとしとつてるか、それをかないうち承知しようちしませんでした、がローリーてううしても其年齡そのとしふのをこばんだものですから
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
もしもこの婚礼をこばむなら大原君の父親を離縁するといい出した騒ぎだ。大原君も自分一人のために一家の大騒動を惹起ひきおこしては済まんから遂に婚礼の事を承諾した。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
天麩羅屋だと聞いてはこばむ訳にもかなかつた。広業氏は海老が日の出を拝んでる絵をいてやつた。
主要な點——つまり僕と一緒に英國イングランドを離れること、將來の仕事を僕と協力してやること——はあなたはこばまない。あなたはもう鋤に手をかけてゐるのと同じことだ。
仕方がないから「実は大変な用事を持って居るから」と大いにこばむようにして承諾してやりました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
七つになる一番末の子が、逸早く私のたもとを捉えて甘えかかった。同行の友人の手前、私がこばみ得ないという弱点を、かの女は経験によってちゃんと知っているのだった。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
自分はあなたの八犬伝と云ひ、巡島記と云ひ、あんな長たらしい、拙劣な読本よみほんを根気よく読んであげたが、あなたは私のたつた六冊物の読本に眼を通すのさへこばまれた。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども、紀代子がこばみもしないどころか、背中にまわした手にぐいぐい力をいれてくるのを感ずると、だしぬけに気が変った。物も言わずに突き放して、立ち去った。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
生ら言は粗暴といえども、意は則ち実に精確なり。執事願わくはその情を察し其の意を憐み、疑うことを為すなかれ、こばむことを為すなかれ。万二、公大同じく拝呈す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ぼくかわへいくとおかあさんにしかられるから、いやだ。」と、ゆくのをこばんだものもあります。
子供の時分の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)