小鬢こびん)” の例文
しるこの鍋をくつがえされて、かお小鬢こびんおびただしく火傷やけどをしながら苦しみ悶えている光景を見た時に、米友の堪忍袋かんにんぶくろが一時に張り切れました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おめえと別れて、あれから切支丹屋敷の高塀を越え、中の様子をのでいていると、いきなりおれの小鬢こびんへ、石をぶつけたやつがある。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次はさう言ひましたが、その頃の岡つ引警察制度の缺陷けつかんを一盲人に指摘してきされたやうな氣がして、何んとはなしに小鬢こびんを掻きます。
自己おの小鬢こびんの後れ毛上げても、ええれったいと罪のなき髪をきむしり、一文もらいに乞食が来ても甲張り声にむご謝絶ことわりなどしけるが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
巾着頭きんちゃくあたまの、髪を綺麗に分けているので、小鬢こびんのところに白髪が二三本生えているのを気に止めなければ、それほどの歳のようには見えない。
蘿洞先生 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、及川はぐっと口を結んだが、ひたい小鬢こびんには興奮の血管が太く二三筋現れました。けれどやがてその興奮をも強く圧えてから云った。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「万助の奴をしらべて、すっかり判りました。贋物を売った古道具屋は御成道の横町で、亭主は左の小鬢こびん禿はげがあるそうです」
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
刻限はちょうど晩景の六つ下がりどきで、ぬんめりとやわらかく小鬢こびんをかすめる春の風は、まことに人の心をとろかすようなはだざわりです。
お熊は四十格向がッこうで、薄痘痕うすいもがあッて、小鬢こびん禿はげがあッて、右の眼がゆがんで、口がとんがらかッて、どう見ても新造面しんぞうづら——意地悪別製の新造面である。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
一度、しかとしめてこまぬいた腕をほどいて、やや震える手さきを、小鬢こびんそっと触れると、喟然きぜんとしておもてを暗うしたのであった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのようなものは、ひたい小鬢こびんの抜け上った、田舎者におまかせなされ、学問武芸——すべてああした粗硬のわざは、そなたなぞのるものではない。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と声をかけると、いや、番頭の薬罐頭め、てれまい事か、慌てて桝を馬子半天に渡しながら、何度も小鬢こびんへ手をやつて
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
青柳は頭顱あたまの地がやや薄く透けてみえ、あかるみで見ると、小鬢こびん白髪しらがも幾筋かちかちかしていたが、顔はてらてらして、張のある美しい目をしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
向て有し故左りの方へ跳起はねおきて枕元に有し短刀を拔きおのれ曲者御參なれと切て掛れど病につかれし上痛手いたでをさへ負たれば忽ちくらみて手元の狂ひしゆゑ吾助が小鬢こびん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
母「いよ、おらたゞ追出おんだす心はねえから、彼奴あいつに逢って頭の二つ三つ殴返はりけえして、小鬢こびんでもむしゃぐって、云うだけの事を云って出すから、連れてって逢わせろよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
主人杉浦氏の小鬢こびんのあたりがあおくなり、右の頬がぴくっと痙攣ひきつった。癇が強そうだと思ったとおり、氏はその年齢と格式をもって抑えきれないほどの忿いかりを発した。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
他人ひとくしまあ」おつぎはれをはうとしておぼえずあしすと、一はこんだ勘次かんじがむづとおつぎの首筋くびすぢとらへた。かれ同時どうじにおつぎの小鬢こびんよこつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
伴って登場、小鬢こびんの所に傷痕のある浅黒い顔、少しやつれが見えるためいっそう凄みを見せている。関東縞の袷に脚絆草鞋で、鮫鞘の長脇差をはいすげの吹き下しの笠をかぶっている
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
うかけはなれてんでては、看護みとりとどかんでこまるのじゃが……。』めっきり小鬢こびんしろいものがまじるようになったちちは、そんなこともうしてなにやらふか思案しあんれるのでした。
ちようあたりてひるむその時、貫一は蹶起はねおきて三歩ばかりものがれしを打転うちこけし檳榔子のをどかかりて、拝打をがみうちおろせる杖は小鬢こびんかすり、肩をすべりて、かばん持つ手をちぎれんとすばかりにちけるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いらだつ源三郎の小鬢こびんから、雨の粒が、白玉をつないだように、したたり落ちる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
肩のところにひどいカギ裂きの出来た海老茶色えびちゃいろのルバーシカを着たの。鳥打帽をぞんざいに頭の後ろに引っかけたの。つよそうな灰色の髪の小鬢こびんへどういうわけか一束若白髪を生やしたの。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
痩せ指に小鬢こびんのぬけ毛からめつつさてこの秋にふさふ歌なき
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
すると商人あきゅうどは困ったように、小鬢こびんのあたりへ手をやったが
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
左近将監の小鬢こびんからは、あぶら汗がたれてまいります。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
喜三郎は神經質らしく小鬢こびんいたり、襟を直したりして居ります。蒼白あをじろいおたな者で、いかにも弱々しく善良さうでさへあります。
笠の紐癖ひもぐせでそそけているのかも知れないが、小鬢こびんの毛が荒く立って、これが戦場に立ったら、武者面むしゃづらのほどもしのばれる骨柄である。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東洋は面白いな。巴里の郊外にも電柱はあったが道筋の家の壁や屋根を借りて取り付けたもので長さも小さく小鬢こびんこうがいを挿したほどの恰好だ。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
忽ち私の顔は左の小鬢こびんから右の頬へかけて激しく蹈み躪られ、其の下になった鼻と唇は草履の裏の泥と摩擦したが、私は其れをも愉快に感じて
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
右腕に二カ所、左肩に一カ所、腰に一カ所、小鬢こびんに一カ所、背の方にもあるらしいが、目に見えるは以上の五カ所です。
おまけにおれのなぐつた所が、小鬢こびんの禿から顋へかけて、まるで面がゆがんだやうに、れ上つてゐようと云ふものだ。
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これで喧嘩相手の小鬢こびんや腕を切った時のこころよい感じが、彼の両腕の肉をむずがゆいように顫わせた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小鬢こびんに霜のわれらがと、たちまち心着いて、思わず、禁ぜざる苦笑をもらすと、その顔がまた合った。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
委敷くはしく物語り重て若黨の忠八と云ふ者をそばちかく招き寄汝は我が方に幼少より勤めたましひをも見拔し故申殘すなり我吾助を一打に爲んと思ひしにくらみたればわづか小鬢こびん少しを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
うしろからお柳が組付くを刄物で払う刀尖が小鬢こびんかすったので、お柳は驚き悲しい声を振搾ふりしぼって
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
勘次かんじひとそばなる徳利とくりきつけて幾抔いくはいかたむけて他人ひとよりもさき小鬢こびんすぢふくれてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
音もなく飛んだ刀は壮士の小鬢こびんをかすめて、再び刃の音の立つ時、壮士は鳥の如く後ろへ飛び退さがる、竜之助はすかさずそれを追いかける、受けて、また後ろへ飛ぶ途端に、無残や大の男は
泰軒先生が近づくと、襟をかきあわせたり、袖口をひっぱったり、ある者は手につばをして、小鬢こびんをなでつけたり、手拭で裾をはたいたり……イヤ、忙しく身づくろいして並んでるところへ
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ゆるく波打てる髪を左の小鬢こびんより一文字に撫付なでつけて、少しは油を塗りたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
小鬢こびんの所に、傷痕きずあとのある浅黒い顔が、一月に近い辛苦で、少しやつれが見えたため、一層凄味すごみを見せていた。乾児も、大抵同じような風体ふうていをしていた。が、忠次の外は、誰も菅笠を冠ってはいなかった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それが急所を外れたにしても、小鬢こびんや頬をかすっただけでも、丈太郎の構えに破れが出来て、赤崎才市の邪剣に付け入られるでしょう。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
どちらかといえばかくあかがおのほうで、それに痘瘡ほうそうあとがいっぱいござりましてな、右の小鬢こびんに、少々ばかり薄禿うすはげが見えまするで
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月明かりにすかして見ると、赤黒いものが一すじ、汗ににじんで、左の小鬢こびんから流れている。が、死に身になった次郎には、その痛みも気にならない。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「どうも思うように出来ないので甚だ延引、なんとも申し訳がありません」と、澹山は小鬢こびんをかいた。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
働らき前書にあらはし置たる通り後藤半四郎の道連みちづれとなり三島宿の長崎屋と云ふ旅籠屋はたごやに於て半四郎が胴卷どうまきの金子を盜取ぬすみとらんとして引捕へられ片々の小鬢こびんの毛を拔取ぬきとられ眞黒に入墨いれずみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
山之助が漸うに起上って燈火あかりで顔を見ると、成程年齢としごろは四十一二にして色白く、鼻筋通り、口元が締って眉毛の濃い、散髪の撫付なでつけで、額から小鬢こびんに掛けてきずが有りますなれども
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
白髪しらがが生えていることも前から気が付かないではなかったが、それが特に小鬢こびんに多く、かゞり火の餘焔よえんが遠くでめら/\と燃え上るのを逆光線に浴びて、針鉄はりがねのように光っている。
五分刈ごぶがりのなだらかなるが、小鬢こびんさきへ少しげた、額の広い、目のやさしい、眉の太い、引緊ひきしまった口の、やや大きいのも凜々りりしいが、頬肉ほおじしが厚く、小鼻にましげなしわ深く、下頤したあごから耳の根へ
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
竜之助の色が蒼白あおじろさを増します。両の小鬢こびんのあたりは汗がボトボトと落ちます。今こそ分けの合図をと思う矢先に、今まで静かであった文之丞の木刀の先が鶺鴒せきれいの尾のように動き出してきました。
見事に出した小鬢こびんをゆらりとくずしたからたまらない。