寂然しん)” の例文
寂然しんとして、はては目をつむって聞入った旅僧は、夢ならぬ顔を上げて、葭簀よしずから街道の前後あとさきながめたが、日脚を仰ぐまでもない。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寂然しんと更けた纐纈城、耳を澄ませば地下に当って、物の呻くような音がする。人間の血を無限にむさぼる、血絞り機械の音である。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……時計の刻む音は、火の気のない寂然しんとした広間に響いて、針線しんせんは目に見えぬ位に、しかし用捨ようしゃなく進んだ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
母は如何どうしたろうとうしろを振向く途端に、「おお作か」、という声がにわか寂然しんとなった座敷のうちに聞えたから、又此方こッちを振向くと、其処に伯父が居るようだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
法廷は水を打ったように寂然しんとなった。人々の同情は、この黒衣を着て面窶おもやつれのした百姓婆さんに集まった。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
母を呼びまた姉を呼んで見たが、答うる者は木精こだまの響き、梢の鳥、ただ寂然しんとして音もしない。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
境内は寂然しんとして雨水の溜りに石燈籠と若木の桜の影との浮んでいるばかりであった。
写況雑記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
暫くすると廊下を三階の階段の方へ歸つてゆく跫音がした、その階段には近頃それを塞ぐドアが造られてゐた。そのドアが開いてまるのが聞え、そしてすべては寂然しんとしてしまつた。
或る朝二番船も出まして、もう一人も客はおりませんで寂然しんとしております。
宿に帰って、私は寝ようとして、寂然しんとした心持ちになると、隣室の人達が計画している音楽会が、この今夜のように静かに眠っている町に、何か新らしい波紋を起こそうとしているように思われる。
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
私は人気のない寂然しんとした教室で、ひとりで涙をながしていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし其声は口の中で消え四辺あたり寂然しんと静かである。彼は襖を引き開けた。それは開けたと思ったばかりで、依然として襖は閉ざされている。
赤格子九郎右衛門 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
山中の湯泉宿ゆやどは、寂然しんとしてしずまり返り、遠くの方でざらりざらりと、湯女ゆなが湯殿を洗いながら、歌を唄うのが聞えまする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なるほどこのまちにきてみると、それは人々ひとびとのいったように気味きみわるまちでありました。おとひとつこえるではなく、寂然しんとして昼間ひるまよるのようでありました。
眠い町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あとは皆小官吏や下級の会社員ばかりで、皆朝から弁当を持って出懸けて、午後は四時過でなければ帰って来ぬ連中れんじゅうだから昼のうちは家内が寂然しんとする程静かだった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
やなぎわたかぜもなし、寂然しんとして、よくきこえる……たゞそらはしくもばかり、つきまへさわがしい、が、最初はじめからひとひとツ、ほがらかこゑみゝひゞくのであつた。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
後は寂然しんと音もしない。しかし無数の邪教徒が、四方八方から彼を取りこめ、討ち取ろう討ち取ろうとしていることは、ほとんど疑う余地はなかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
またおとひとつこえてこない寂然しんとしたまちであります。また建物たてものといっては、いずれもふるびていて、こわれたところも修繕しゅうぜんするではなく、けむりひとつがっているのがえません。
眠い町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
宵惑よいまどいの私は例の通り宵の口から寝て了って、いつ両親りょうしんしんに就いた事やら、一向知らなかったが、ふと目を覚すと、有明ありあけが枕元を朦朧ぼんやりと照して、四辺あたり微暗ほのぐら寂然しんとしている中で
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
この断乎だんこたるオースチン師の言葉に、鬼王丸は失望したか、何事も云わず下俯向うつむいた、一座寂然しんとして言葉もない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
裏町うらまち表通おもてどほり、いましむる拍子木ひやうしぎおとも、いしむやうにきしんで、寂然しんとした、臺所だいどころで、がさりと陰氣いんきひゞく。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
うまのやうに乘上のりあがつたくるまうへまへに、角柱かくばしら大門おほもんに、銅板どうばんがくつて、若葉町わかばちやうあさひくるわてかゝげた、寂然しんとした、あかるい場所しまたからである。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
叔父の家を出た弓之助は、寂然しんと更けた深夜の江戸を屋敷の方へ帰って行った。考えざるを得なかった。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それでいて——寂然しんとして、海ばかり動きます耳に響いて、秋谷へ近路のその山づたい。鈴虫がを立てると、露がこぼれますような、い声で、そして物凄ものすご
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
六蔵の体が地の上へ潰されたがまのようにヘタバった。寂然しんと後は静かであった。常夜燈の灯がまばたいた。ギー、ギーと櫓を漕ぐ音が、河の方から聞こえて来た。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
くるま寂然しんとした夏草塚なつくさづかそばに、小さく見えて待っていた。まだ葉ばかりの菖蒲あやめ杜若かきつばた隈々くまぐまに自然と伸びて、荒れたこの広い境内けいだいは、宛然さながら沼の乾いたのに似ていた。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
場内は寂然しんと静かであった。松明の火が数を増した。火事場のように赤かった。後から後からと無数の信者が、出入り口からはいって来た。みんな得物えものを持っていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白昼も寂然しんとしていてこだまをするか、濁って呼ぶから女の名ではあるまいが、おなじ名のきれいな、あわれなおんながここで自殺をしたと伝えて、のちのちの今も
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……箱から現われ出た大猩々おおしょうじょう! 私はそのまま気絶して再び呼吸いきを吹き返した時には四辺は寂然しんと静まり返り、一人さっきの欧羅巴ヨーロッパ人が死んだように倒れているばかりだ。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
寂然しんとしておりますので、尋常ただのじゃない、と何となくその暗い灯に、白い影があるらしく見えました。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこに立ててある几帳きちょうの蔭へ彼女は静かにはいって行った。と、一瞬間「あっ」という声が几帳の蔭から聞こえて来たが、ただ一声聞こえただけで後は寂然しんと静かになった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さっ照射入さしいる月影に、お藤の顔はあおうなり、人形の形は朦朧もうろうと、煙のごとくほの見えつ。霊山にく寺の鐘、丑満時うしみつどきして、天地寂然しんとして、室内陰々たり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
博士の声が消えた後は書斎の中は寂然しんとなって呟き一つ聞えなくなった。やがて老僕は跫音を忍んで書斎の前を立ち去ったが其晩を限りにバルビューの姿は永久世間から失われた。
物凄き人喰い花の怪 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
口々くち/″\かはして、寂然しんとしたみちながら、往來ゆききあわたゞしいまちを、白井しらゐさんの家族かぞくともろともに立退たちのいた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひとしきり寂然しんと静かであった。がんの灯がユラユラと揺らめいた。どこからか微風がはいったと見える。面が一斉に瞬いた。がしかしすぐ止んだ。龕の灯が静止したからであろう。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
崖下ながら、ここの屋根に日は当るが、軒もひさしもまだ雫をしないから、狭いのに寂然しんとした平屋の奥の六畳に、火鉢からやや蒸気いきれが立って、炭の新しいのが頼もしい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
美男の浪人が炉の前で、内職の楊枝ようじを削っていた。あたりは寂然しんと静かであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あまりの事に、寂然しんとする、その人立の中を、どう替草履を引掛ひっかけたか覚えていません。夢中で、はすに木戸口へ突切つっきりました。お絹は、それでも、帯も襟もくずさない。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
場内は一時に寂然しんとした。さすがは城主の威厳であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……時に、その枕頭まくらもと行燈あんどんに、一挺消さない蝋燭があって、寂然しんてらしておりますんでな。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やがて妖婆は泣き止んだ。四辺あたりはにわかに寂然しんとなる。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
路が一条ひとすじ胡粉ごふん泥塗だみたように、ずっと白く、寂然しんとして、ならび、三町ばかり、手前どもとおなじかわです、けれども、何だか遠く離れた海際まで、突抜けになったようで
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寂然しんと更けた富沢町。人っ子一人通ろうともしない。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まあ、おちよ、ともさん、眞個ほんといんだよ。……けつして邪魔じやまにするんぢやない。一人ひとりはうが、んだか落着おちついて、寂然しんとして、はかまつかぜきこえるだらうとおもふからだよ。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
が、それもすぐ止んで、またもや後は寂然しんとなった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
急遽きゅうきょささやき合う声があちこちして、天井まで湧返わきかえはずを、かえって、瞬間、寂然しんとする。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その後は寂然しんとなってしまいました。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
泣いて、……泣いている……と囁く声が、ひそひそと立って、ふとむと寂然しんとした。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しばらくの間は寂然しんとしていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
第一だいいち、もうみせとざして、町中まちぢう寂然しんとして、ひし/\とうちをしめるおとがひしめいてきこえて、とざしたにはかげれせまるくもとともにをそゝぐやうにうつつたとふのであつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)