境内けいだい)” の例文
此の婚礼に就いて在所の者が、先住のためしを引いて不吉ふきつな噂を立てるので、豪気がうき新住しんじう境内けいだいの暗い竹籔たけやぶ切払きりはらつて桑畑にしまつた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
坊さんがその点でKを満足させたかどうかは疑問ですが、彼は寺の境内けいだいを出ると、しきりに私に向って日蓮の事を云々うんぬんし出しました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十字路の間からまた一筋細くわかれ出て下町への谷に向く坂道がある。坂道の途中に八幡宮の境内けいだいと向い合って名物のどじょう店がある。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ええ、芝公園増上ぞうじょう寺の境内けいだいに若い女の絞殺こうさつ体が二つ、ほうり捨てられていたというんです。ちょっと新聞の記事を読んでみましょうか——
今日きょうしも砂村方面へ卵の買い出しに出かけたが、その帰途かえりみちに、亀井戸天神の境内けいだいにある掛茶屋に立ち寄って、ちょっと足を休めた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
妙法寺の境内けいだいに居た時のように、落合の火葬場の煙突がすぐ背後に見えて、雨の日なんぞは、きなくさい人を焼くにおいが流れて来た。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
蔦が厚く扉をつつんだ開かずの門のくぐりから、寂寞せきばくとした境内けいだいにはいって玄関の前に目をつぶって突立った。物音一つ聴えなかった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
保吉はこの言葉を聞くが早いか、回向院えこういん境内けいだいを思い出した。川島もあるいは意地の悪い譃をついたのではなかったかも知れない。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
若松屋惣七方のうら手、小石川上水堀のはたにある金剛寺は、慧日山けいにちざんと号し、曹洞派そうとうはの名だたる禅林だ。境内けいだいに、源実朝みなもとのさねともの墓碑があった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
江曾原えそはらへ着くと、いちじるしく眼につく門構えと、土の塀と、境内けいだいの森と竹藪たけやぶと、往来からは引込んでいるけれども、そこへ入る一筋路。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
床屋とこや伝吉でんきちが、笠森かさもり境内けいだいいたその時分じぶん春信はるのぶ住居すまいで、菊之丞きくのじょう急病きゅうびょういたおせんは無我夢中むがむちゅうでおのがいえ敷居しきいまたいでいた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
境内けいだいの大榎の根元に、長いベンチがある。それに、マンが黙って腰かけると、女も、無言で、左手に、坐った。夜風がひいやりとする。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
またもと境内けいだいの中央に立ちて、もの淋しくみまわしぬ。山の奥にも響くべくすさまじき音して堂の扉をとざす音しつ、げきとしてものも聞えずなりぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
浅草観音堂とその境内けいだいに立つ銀杏いちょうの老樹、上野の清水堂きよみずどうと春の桜秋の紅葉もみじの対照もまた日本固有の植物と建築との調和を示す一例である。
「等持院寓居」というのは、召波がその等持院の一間か、あるいは境内けいだいの小庵か何かを借りて、其処そこ住居ずまいとしておったのであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一足ひとあしさきに、白樺をりて追いすがった咲耶子は、いましも施無畏寺の境内けいだいへ、ツウとかくれこんでいった黒衣こくいのかげをつけて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神社じんじゃ境内けいだいに、せものや、ものみせましたなかにまじって、いいかげんにとしとったおとこが、日月じつげつボールをっていたというのであります。
日月ボール (新字新仮名) / 小川未明(著)
私達はそこから神社の境内けいだいの樹木の深い公園をぬけてアパートへ帰るのである。公園の中に枝を張ったしいの木の巨木があった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
急にちと境内けいだいに手入を致さねばならぬところが出来申したのでな。早速じゃが、ここにお勢揃いのみなの衆をそっくり頂戴して参りまするぞ。
意外にも、それは、こないだ、蔵前八幡の境内けいだい邂逅かいこうした、雪之丞に取っては、かけがえのない文学の師、孤軒先生にまぎれもなかったのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
このふるかはらふるいおてら境内けいだいや、ふるいおてらのあつた場所ばしよいまはたけとなつてゐるところから、よくされるのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
音に聞いてゐた東光院とうくわうゐん境内けいだいは、遠路とほみちを歩いて疲れた上に、また長い石段を登つてまで見にくほどの場所でもなかつた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
彼女は境内けいだいまで辿たどりつくや否や金切り声を振り絞ったが、ハッと気が付いて四辺を見廻わした。幸い境内には誰もいない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やしろのたてものや境内けいだい風致ふうちなどはりっぱな神社仏閣に富むこの地方としてはべつにとりたててしるすほどでもない。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それから奥、東照宮とうせうぐう境内けいだいの方へ向いた部屋々々へや/″\家内かないのものの居所ゐどころで、食事の時などに集まる広間には、鏡中看花館きやうちゆうかんくわくわんと云ふ匾額へんがくかつてゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
狭い境内けいだいのことですから、土を掘ったりすれば、すぐ分る筈ですし、社殿の中や縁の下なども調べたのですが、これという発見もありませんでした
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大道をまた一町南へ行きますと宿院しゆくゐんと云ふ住吉神社のお旅所たびしよがあります。私の通つた小学校は宿院小学校と云つて、その境内けいだいの一部にあるのです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
境内けいだいを出で給ふことなく、母君なるフランチエスカの夫人ならでは往きて逢ふことを許されねば、父君すら一たびも面を合せ給ふことあらざりき。
座元は結城ゆうきだか薩摩さつまだか忘れてしまいましたが、湯島天神の境内けいだいで、あやつり人形芝居を興行したことがありました。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もともと上手とはいえないし誰にも敬遠されて、相手のないところから、ちょくちょく境内けいだいの蓮池の傍へ遊びに来る豹一に教えてやることにしたのだ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
一番左の端にある遊園で、樹木のしげった弁天の境内けいだいは、蝶の翅に置く唯一の美しい斑紋はんもんとも言われよう。しかしその翅の大部分はまだ田圃たんぼと沼地だ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
桜の実の熟した、もの静な宮の境内けいだいらしい。そこへ宮修理のための古茅を運んで来るという光景である。桜の実は境内の土の上に落ちていそうな気がする。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そもそ此氷川このひがは境内けいだいひろつた一破片はへんいまでも保存ほぞんしてあるが)これが地中ちちう秘密ひみつさぐはじめた最初さいしよかぎで、石器時代せききじだい研究けんきうおもつた動機どうきとはなつたのだ。
そのまま神田明神の境内けいだいにある藤棚の下の、昼間はサイダアや氷を売っているが夜は店をたたんで帰る見晴らし台の上に、ごろりと横たわって寝るのであった。
山車だしの鼻先のせまいところで、人形の三番叟さんばそうが踊りはじめる頃は、すこし、お宮の境内けいだいの人もすくなくなったようでした。花火や、ゴム風船の音もへったようでした。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
そのなかでも、いてふがおやしろ境内けいだいなどに眞黄色まつきいろになつて、そびえてゐたりするのは、じつにいゝながめです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
過て宇都谷たうげに到れば絶頂ぜつちやう庵室あんしつ地藏尊ぢざうそん境内けいだい西行さいぎやう袈裟掛けさかけ松あり其所のわきへ年の頃五十位と見ゆる旅そうのやつれたるが十歳許りの女の子を引立來り彼のそう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そうしたヘルンの小泉八雲が、常に最も好んだ散歩区域は、寺院の閑静な境内けいだいだった。特に東京の富久町とみひさちょうに居た時には、近所の瘤寺こぶでらへ毎日のように出かけて行った。
そののち、木にきざまれまして、こうして、慈善箱じぜんばことなり、この境内けいだいに立っているのでございます。
じめじめした小溝こみぞに沿うて根ぎわの腐れた黒板塀くろいたべいの立ってる小さな寺の境内けいだいを突っ切って裏に回ると、寺の貸し地面にぽっつり立った一戸建こだての小家が乳母うばの住む所だ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
やがて仏殿にも廻廊づたいにとうとう燃え移ります。それとともに、大して広からぬ境内けいだいのことゆえ、鐘楼しゅろうも浴室も、南ろくの寿光院も、一ときに明るく照らし出されます。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
拝殿から見下ろすと、驚く可し、東向きのだら/\坂になって居た八幡の境内けいだいが、何時の間にか歌舞伎座か音楽学校の演奏室の様な次第高の立派な観劇場になり済ました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
君はそういう訳で歩いているなら、これこれの処にこういう寺がある、由緒は良くても今は貧乏寺だが、その寺の境内けいだいに小さな滝があって、その滝の水は無類の霊泉である。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
大振袖を着た怪物は、月下の庭を突っ切って、隣の護持院の境内けいだいに逃げ込んでしまいました。
季節は何時いつであったか聞きもらしたが、いち八幡はちまん境内けいだいで、わかい男と女が話していた。話しながら女の方は、見るともなしに顔をあげて、頭の上になった銀杏いちょうの枝葉を見た。
男の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これからね。多分大公孫樹おおいちょうの向うの、境内けいだいのはずれのところであったかと思うが、僕はいつぞや、観相の看板を出した家を見たことがあったよ。あそこへ行こう。ちょっと手相を
すると、その男は観音様の境内けいだいへ入って、今仲見世のある辺にあった、水茶屋へ入るじゃないか。私も何気ない風をして、その男の前に、三尺ばかり間をいて腰をかけたのです。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
利根川を越えて一里ばかり、高取たかとりというところに天満宮があって、三月初旬の大祭には、近在から境内けいだい立錐りっすいの地もないほど人々が参詣した。清三も昔一度行ってみたことがある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そこは寺と寺にはさまれていて、あまりいい檀家だんかがないのか、小さな黒い山門も片方へかしいでいたし、境内けいだいには雑草が伸び、墓地には石塔の倒れたままになっているのが眼立った。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
法華寺ほっけじ境内けいだい光明皇后施浴こうみょうこうごうせよくの伝説を負うた浴室がある。いわゆるカラ風呂である。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)