どて)” の例文
ここらは取り分けて霜が多いと見えて、高いどての枯れ草は雪に埋められたように真っ白に伏して、どこやらで狐の啼く声がきこえた。
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小石まじりの土が、どての上から少しばかり、草間をすべってくずれて来た。人々が振り仰ぐと、ちらと、蝙蝠こうもりのような人影がかくれた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
川勝かわかつの寺のどてで、賊と見誤られて財布を投げ出して行かれた、心にもなくそれに手をかけてみると、人をおどすことの容易たやすいのにあきれる。
平次は三圍みめぐりの前に來た時、どての下を覗きました。其處に繋いだ一艘の屋根船の中には、上をしたへの大騷動が始まつて居るのです。
庭先に出て見ると、この村と隣りの町との境ひになつてゐる桜のどてのあたりが、月夜の下に、明るくどよめいてゐるのが遥かに見降せた。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
お濠のどての青草や、向う側の堤の松や、大使館前の葉桜の林などには、十日ほど前に来たときなどよりも、もつと激しい夏の色が動いてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
庭のどての上に並んで居る小松に積った雪は何と云っても美くしい。裏の竹藪で雪を落してはね返る若い竹のザザザッと云う音が快く聞えて来る。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
どてのところに待っていた一台の警察の紋のついた自動車がよばれ、それにドクトルと検事は乗りこんで、出かけていった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
深い思ひを抱いてうつら/\と逍遙さまよつた若いみのるの顏の上に雫を散らしたどての櫻の花は、今もあゝして咲いてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
そのテイルのデッキに列車のライフ・ガードが引っかかって、逆トンボ返りにハネ飛ばされて、タイヤを上にしてどての下へ落ちていたって言う話よ。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お庄は息がつまるような心持で、急いでどてについて左の方へ道を折れた。店屋の立て込んだ狭い町まで来た時、お庄は冷や汗で体中びっしょりしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
『あらツ』と云つて驚いた途端はづみにおきいちやんは、ずるずると足を辷らしてどてから小川の中へすべり落ちました。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
自動車はただちに、けたたましい音を立てて、人通ひとどおりのない、どての上を、吾妻橋の方へ、飛ぶ様に消え去った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
北海道の○○大学は、うしろに農園があって、側面が運動場になっているが、その運動場のはずれから農園にかけて草のどてが続き、そして堤の外は墓場になっていた。
死体を喫う学生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ぎい、ちよん、ぎい、ちよんと、どての草に蟋蟀きりぎりすの紛れて鳴くのが、やがて分れて、大川にただの音のみ、ぎい、と響く。ぎよ、ぎよツと鳴くのは五位鷺ごいさぎだらう。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
なるほどそうだと思って、喬生は早速に月湖の西へたずねて行って、長いどての上、高い橋のあたりをくまなく探し歩いたが、それらしい住み家も見当たらなかった。
世界怪談名作集:18 牡丹灯記 (新字新仮名) / 瞿佑(著)
朝になつて、あの田中のどての上を茫然ぼんやり帰つて来ると、重右め、いつも浮かぬ顔をして待つて居る。咋夜ゆうべは何うだつたつて……聞くと、頭ア振つて駄目だアと言ふ。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
其の晩はまして、翌日立とうとするを彼是と引留められまして、昼少し過ぎに漸々よう/\振切って出立しますと、此方こなたは親子三人で須賀川すかがわどてまで送ってまいりました。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
堀からどての九部通りは目の中に在る、堀の中には三艘の小舟があって、一艘は探偵が乗って差図をし、二艘は此の土地の巡査らしい人が乗って網を引き廻して居る
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ブラ/\と面白おもしろき空想をつれにしてどて北頭きたがしら膝栗毛ひざくりげあゆませながら、見送みおくはててドヤ/\と帰る人々が大尉たいゐとしいくつならんの、何処いづこ出生しゆつしやうならんの、あるひ短艇ボートこと
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
其家は彼の家から石山氏の宅に往く中途で、小高いどてを流るゝ品川堀しながわぼりと云う玉川浄水の小さな分派わかれに沿うて居た。村会議員も勤むるうちで、会場は蚕室さんしつの階下であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
曲がれるどてに沿うて、馬の首を少し左へ向け直すと、今までは横にのみ見えた姿が、真正面に鏡にむかって進んでくる。太き槍をレストに収めて、左の肩にたてを懸けたり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時分にはいまだあのあたりひらけぬ頃で、あたりはもう、あまり人通りもないのだ、こいつ必ず何かの悪戯いたずらだろうと気がついたから、私は悠然とそのどての草の上に腰をおろして
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
川の両岸——といってもどてを築いた林道を除く外は、殆ど水と平行している——には、森林がある、もみつが白檜しらべなど、徳本峠からかけて、神河内高原を包み、槍ヶ岳の横尾谷
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
申以後急度きつとつゝしみ候筈に付私し儀もうれしく存じ五十兩の金子は今以て私しより少しづつ返濟へんさい致し居候然るに先日私し事千住の紙屑問屋かみくづくどひやへ參りし途中とちう吉原どてにて千太郎が朝歸りの體を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あいちやんは、ねえさんとどてうへにもすわつかれ、そのうへることはなし、所在しよざいなさにれず、再三さいさんねえさんのんでる書物ほんのぞいてましたが、もなければ會話はなしもありませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
枚方ひらかたへくると、敗兵が、どての上に、下のあしの間に、家の中に、隊伍たいごも、整頓もなく騒いでいた。大小の舟が、幾十そうとなく、つながれていたが、すぐ一杯になって、次々に下って行った。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
命のやりとりにどてへ来いとここに書いてある通りに、兄さんは行く気なの。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
桃色大輪の吉野桜、それが千本となく万本となく、隅田すみだどて、上野の丘に白雲のように咲き満ちています。花見ごろもに赤手拭てぬぐい、幾千という江戸の男女が毎日花見に明かし暮らします。酒を飲む者。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小規模で浅く掘り上げたる土を以て身をかくすだけのどてを築くとは大いに異なり、地中に深く鼴鼠もぐらの如く穴を掘り一丈も二丈も下に潜むというから、かくの如き生活の人体に影響するところ大なるべく
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
帽子をとりあげたり、どて根方ねかたにおしつけたり、するんだよ。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
留吉は、とある大川のどての上を歩いていました。
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
どてをもう越したんですとさ。
異版 浅草灯籠 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
どてをもうしたんですとさ。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
疑獄はらんだどて
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
いつもの通りにどてを降りて、ふたりがならんで釣っていると、やがて為さんが小声で占めたと云ったが、なかなか引き寄せられねえ。
半七捕物帳:44 むらさき鯉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こういって、ジイと、どての上から見おろした。新吉は、何となく身がすくんで、これは、いよいよ容易なことではないと、生唾なまつばをのむ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それにしても殿樣、どての上から、船の中の人の眼玉を射るのは容易の腕前では御座いません。何のたれがしと言ふ楊弓の名人でもなければ——」
私達を相手にどての芝生に腰をかけながら四方山の無駄話に耽つたが、この頃は、話をしても面白くないもので、徐ろに行き過ぎてしまふのだ。
熱い風 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ほりどての青草や、向う側の堤の松や、大使館前の葉桜の林などには、十日ほど前に来たときなどよりも、もっと激しい夏の色が動いていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そうだ多摩川のどての下に、例の老人の浮浪者を見つけて追いかけていくうちに、あっと思う間もなくおとし穴へ落ちて……それから先の記憶がない。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
青草の茂ったこちら側のどてにある二本の太い桜の間に、水を隔てて古い石垣とその上に生えた松の樹とが歩き進むにつれ朝子の前にくっきりとして来る。
一本の花 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「よっぽどおかしいよ、酔っ払ってどての上に寝ていたんだがね、そのお医者様を与兵衛さんと俺らと二人で踏みつけてしまったんだよ、暗いもんだからね」
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
舞鶴城の天守のやぐらで、うまの刻……只今の正午のお太鼓がド——ンと聞えますと、すぐに鍬を放り出して、近くのどて草原くさばらの木蔭か軒下のきしたに行って弁当を使う。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二人はたわいもなく笑ひ興じながら村境を湖の方へ流れてゐる小川のどてへまゐりました。そこから二人は堤に添ふて、はしやぎながら土筆つくしを採つてゆきました。
虹の橋 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
下女「はい、今度出来るてえ事ですが、まだえだから、どての草へつかまって下りるだアね」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
どての上を二三町歩むか歩まぬうち突然、四辺あたりが真暗に暮れてしまった、なんぼ秋の日は釣瓶落つるべおとしだと云ったって、今のさきまで、あんなにあかるかったものが、こんな急に、暗くなる道理はない
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
汽車きしや龜戸かめゐどぎて——あゝ、このあひだのどてつゞきだ、すぐに新小岩しんこいはちかづくと、まどしたに、小兒こども溝板どぶいたけだす路傍みちばたのあしのなかに、る、る。ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
彼は無駄骨を折るのがばかばかしくなったので、湖の中のどてを通って帰って来た。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あいちやんはおどろきのあまり、いかさけび、其等それらはらけやうとして、どてうへに、ねえさんのひざまくらたのにがつきました、ねえさんはしづかに、かほはらつてりました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)