そら)” の例文
ほそい指をそらして穿めている指環を見た。それから、手帛ハンケチを丸めて、又袂へ入れた。代助は眼をせた女の額の、髪に連なる所を眺めていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ふむ、余り殺生が過ぎたから、ここん処精進よ。」と戸外おもての方へ目をそらす。狭い町を一杯に、昼帰ひるがえりを乗せてがらがらがら。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
膝を兩手で抱いて、身をそらして開け放した窓さきの樹木に日光の流れてゐるのを拭ひもせぬ眼で見つめて居ると、母もいつしか語を止めてゐた。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「いいことはありませんよ、苦しいのです、それに叔父さんは、お疲れよ」にっとしてそらしている広巳の眼を追っかけて
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
前や後ろへ身をそらして、受笊一つへザラリザラリと受け入れて、その一銭をも土地の上へ落すことではありません。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「おしお、もう何にも言ってくれるな」と、小平太は相手の顔を見ぬように、目眩まぶしそうに眼をそらしながら言った。「わしは、わしは討入うちいりの数にれたのだ!」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、うなじそらせて一番近い村をさして歩き出した。
一日々々に彼と村の人との親しみは剥げて行く。このまゝにものゝ三月もつゞいたなら、彼は見も知らぬ他人を見るやうに村の人から目をそらされることにもならう。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
そこで女房は死のうと決心して、起ち上がって元気好く、うなじそらせて一番近い村をさして歩き出した。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と、陶器師の眉の辺、ピリピリと痙攣けいれんしたかと思うと、ゆらり体形斜に流れサーッと大きく片手の袈裟掛けさがけ! 逃げもそらしも出来なかったか、庄三郎は突いて出た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私はすこし恐くなって目をそらした。そのとき向いの壁に、帆村が描いたらしく、獏と鸚鵡とが胴中のところで継ぎ合わされているペン画が尤もらしく掛けてあるのを発見した。
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼女が靴足袋くつたびしたる両足をば膝の上までもあらはし、其の片足を片膝の上に組み載せ、下衣したぎの胸ひろく、乳を見せたる半身をうしろそらし、あらはなる腕を上げて両手に後頭部を支へ
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その手を払って、錦子は顔をそらした。ほそった横顔にも、弾力のないほおの肉にも、懊悩おうのうのかげはにじみ出ているのだが、美妙は、手のうらをかえすように別のことを冷たく言った。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
体をひよいと上へそらし「その金を下さいますか」と思はず右の手を出し、その手をすぐひつこめ「持つべきものは親だなあ」と感心せしやうなる調子にて下を向き首をかしげていふ。
春にいたれば寒気地中より氷結いてあがる。その力いしずへをあげてえんそらし、あるひは踏石ふみいしをも持あぐる。冬はいかほどかんずるともかゝる事なし。さればこそ雪も春はこほりそりをもつかふなれ。
多分体格の立派なのと、うなじそらせて、傲然ごうぜんとしているのとのためであっただろう。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
椅子も傾くばかりに身をそらして、彼はわざとらしく揺上ゆりあげ揺上げて笑ひたりしが
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
が、誰の考慮かんがえも同じことで、ここで何時いつまで争った所で水掛論に過ぎない。これだけに釘を刺して置けばいと思ったのであろう、お政は相変らず嫣然にこにこ笑いながら、更に話をほかそらした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
奥様は男を突退つきのけるすきも無いので、身をそらして、蒼青まっさおに御成なさいました。歯医者は、もう仰天してしまって、周章あわてて左の手で奥様のあごを押えながら、右の手で虫歯を抜くという手付てつきをなさいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
牧師は身をそららしてニヤ/\と笑ひぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
路ゆく人は目をそら
妄動 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
「私を、……私を、……私を、……」といかりを帯びた声強く、月に瞳を見据えたが、さっ耳朶みみたぶに紅を染めた。胴をそらして、雪なす足を折曲げて
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女の束髪のくしからはやはり蛇の眼のようなちろちろした光が見えていたが、何か物を飲んでいるのかすこし体をそらして、右の手をちょと曲げていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……で、お杉と三之丞との恋は、選ばれた人の恋であった。そらすことの出来ない恋であった。
柳営秘録かつえ蔵 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お雪は、モルガンの楽しまない顔色を見てとって、ふと、競馬場でれ違うと、豪然と顔をそらして去った老婦人に出逢ったからだと、気がついていた事を、それとなく言いだした。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
春にいたれば寒気地中より氷結いてあがる。その力いしずへをあげてえんそらし、あるひは踏石ふみいしをも持あぐる。冬はいかほどかんずるともかゝる事なし。さればこそ雪も春はこほりそりをもつかふなれ。
車掌が身体からだを折れるほどにそらして時々はずれるうしろの綱をば引き直している。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
意味の絶望な程、三千代の言葉はしづんでゐなかつた。ほそゆびそらして穿めてゐる指環ゆびわを見た。それから、手帛ハンケチを丸めて、又たもとへ入れた。代助はせた女のひたひの、かみつらなる所を眺めてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そはが事を言ふならんとやうに、荒尾はうなじそらしてののめき笑ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と声も気もかろう、と身をそらしてあゆみを向けた。胸に当てたる白布には折目正しき角はあれど、さばいた髪のすらすらと、霜枯すすきの葉よりも柔順すなお
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
してやってれば、つけあがって、乃公おれに向って唇をそらすとはなんだ、乃公が黙ってれば、いい気になりやがって
陳宝祠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
○かんじきは古訓こくんなり、里俗りぞくかじきといふ。たて一尺二三寸よこ七寸五六分、かたちの如くジヤガラといふ木の枝にて作る。鼻はそらしてクマイブといふつる又はカヅラといふつるをも用ふ。
誰もたれも言ひがひのなき人々かな、三十金五十金のはしたなるにそれをすらをしみて出し難しとや、さらば明かに調ととのへがたしといひたるぞよき、えせ男作りて、ひげかきそらせどあはれ見にくしや
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
夫人、するりと膝をずらして、後へ身を引き、座蒲団の外へ手の指をそらしてくと、膝をすべった桃色の絹のはんけちが、つま折端おりはしへはらりとこぼれた。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
○かんじきは古訓こくんなり、里俗りぞくかじきといふ。たて一尺二三寸よこ七寸五六分、かたちの如くジヤガラといふ木の枝にて作る。鼻はそらしてクマイブといふつる又はカヅラといふつるをも用ふ。
藤木さんは胸をそらしてひざの上に両手をおいた。
胡坐あぐらかいた片脛かたずねを、づかりと投出なげだすと、両手で逆に取つて、上へそらせ、ひざぶしからボキリボキリ、ミシリとやる。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
婦人おんなはいつかもう米をしらげ果てて、衣紋えもんの乱れた、乳のはしもほの見ゆる、ふくらかな胸をそらして立った、鼻高く口を結んで目を恍惚うっとりと上を向いて頂を仰いだが
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おとがひをすくつて、そらして、ふッさりとあるかみおび結目むすびめさはるまで、いたいけなかほ仰向あふむけた。いろしろい、うつくしいだけれど、左右さいうともわづらつてる。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
はツとつばをのみ、むねそらして退すさつたが、やがて思切おもひきつてようしてるまでは、まづ何事なにごともなかつたところ
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
今まではさも殊勝なりし婦人おんないなずまのごとき眼を新聞に注ぐとひとしく身をそらし、のびを打ち、冷切ひえきったる茶をがぶり、口に含み、うがいして、絨毯じゅうたんの上に、どっと吐出はきいだ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五十恰好かっこうで、天窓あたまげたくせに髪の黒い、色の白い、ぞろりとした優形やさがた親仁おやじで、脈を取るにも、じゃかさを差すにも、小指をそらして、三本の指で、横笛を吹くか
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一番窓に近い柳沢は、乱暴に胸をそらして振向いたが、硝子越がらすごしに下をのぞいて見て
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みまわして、音なく閉め、一足運びざまに身をそらした、燈火ともしびを背にすると、影になって暗さがました、塗枕の置かれたる、その身のねやのふちを伝うて、ふくらかな夜具のすそ、羽織の袖が畳に落ちると
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と目のさき穂尖ほさき危なし。顔を背け、身をそらし、袖をかざして
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
愛吉は腕をそらし、脚を投出したまま哄然こうぜんとして
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胸をそらして、仰向あおむけに
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)