まないた)” の例文
迷亭君は気にも留めない様子で「どうせ僕などは行徳ぎょうとくまないたと云う格だからなあ」と笑う。「まずそんなところだろう」と主人が云う。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はまないたの上に大の字になってよこたわったように、ベンチの上にのびのびと横っていた。彼は伝教のことなどもう今はどうでもよかった。
比叡 (新字新仮名) / 横光利一(著)
天狗てんぐまないたといひますやうな 大木たいぼくつたのが据置すゑおいてあるんです。うへへ、わたし内外うちときぬられて、そしてかされました。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そしてまないたの鰻のように、伸びもならず縮みも得せず、観念の白眼をくり/\させながら全身にとどめの苦悶をぬめりとして浸み出さす
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
近ごろ相対原理の発見に際してまたまたニュートンが引き合いに出され、彼の絶対論がしばしばまないたの上に載せられている。
案内者 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
肉屋は、ちょうどまないたと出刃とを目籠の中にしまいこむところだった。子供たちは、まだみんなその周囲に立っていた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
聞くとスッカリ喜んじゃってね。一緒に連れ立ってツイ今しがたまないた橋の方へ行ったばかしのところなんですが……
童貞 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
途中、とある橋の上にかゝったとき、いきなりかれは、かついでいたその盤台をまないたもろとも川の中へ投げこんだ。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
これは朝鮮人の食物に毛をむしりたる鳥、まないたの上にて生きてち上り時を作りけるに因ると。また『三国伝説』を引いて、三島の社につぶれたる鶏あり。
外科室に這入はいって見れば石淋せきりんを取出す手術で、執刀の医師は合羽かっぱを着て、病人をばまないたのような台の上に寝かして、コロヽホルムをがせてこれを殺して
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
九段下へ出ようとして、まないた橋へさしかかる。あの辺は、中どころの武家やしきが並んでいて、へいうちから往来へ突き出ている枝のために、昼でも暗いのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
○外濠は神田堀より入りて、右すれば神田橋一ツ橋雉子きじ橋下を経てまないた橋下に至り、いはゆる飯田川となりて堀留に窮まり、左すれば常磐橋その他の下に出づべし。
水の東京 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それで魚屋がまないたの上でかつをたひを切るやうに、彼は解剖臺の屍體に刀を下すのであツた。其の手際と謂ツたら、また見事なもので、かたの如くへその上部に刀を下ろす。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
これこそ実に日本一の間抜け馬丁、刺客にお手伝いをして、主人をまないたにのせてやった馬鹿者——こんな奴こそ、馬に噛み殺させてやりたい、踏み殺させてやりたい。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わかい男が松明たいまつけてそのあかりまないたの上におとしていた。顎髯の男は魚の腹へ庖丁がとおったので、手端てさきをさし入れてはらわたを引きだした。と、その中からころころと出たものがあった。
岩魚の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まないたの上の赤ん坊は、泣きも叫びもせず、好い心持さうにニコニコしてゐるのが、四方あたりの陰慘な空氣の中に、不思議な對照をゑがき出して、身の毛のよ立つやうな氣味の惡い情景シーンです。
国彦中尉は浴衣姿ゆかたすがたとなり、正坊を抱いてニコニコしながら座敷へはいってきた。入れちがいに旗男は、湯殿ゆどのの方に立った。途中台所をとおると、大きな西瓜が、まないたの上にのっていた。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いろいろとまないたの上にのっているようですが、お魚はなんでございましょうか?」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
二尺ぐらいのものであったろうか、大体がグロテスクな恰好をしているし、肌もちょっと見は、いかにも気持の悪いものであるが、まないたの上に載せてみると、それほど気味悪くは感じない。
山椒魚 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そしてまないたがわりに拾ってきた板のうえへ鉈で鰹節をかいてくれたが私は雑煮は今度のことにして餅を焼いてたべる。かようにしてこのび住居には不相応な珍味のかずかずがそなわった。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
くりやでことことまないたの音をさせていた妹の加代かよは、珍しい兄の太息を聞いて
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は今の先、一人の工夫が余りな生活難のため、発作的に気を取り乱し、丁度其処へ走って来たトラックの車輪の下へわざと手を差し込んで、レールをまないたに、四本の指を断ち切って了ったのを見た。
ラ氏の笛 (新字新仮名) / 松永延造(著)
と、まないたに乗せた魚を逃がしたように舌打ちして、義も道理もあるべきでない盗賊に身を落としていながら、どこかに元の浜島庄兵衛という武家気質かたぎせない日本左衛門の遣口やりくち歯痒はがゆがりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後には、家臣をほしいままに手刃しゅじんするばかりでなく、無辜むこの良民を捕えて、これに凶刃を加えるに至った。ことに口碑こうひに残る「石のまないた」の言い伝えは、百世の後なお人におもてを背けさせるものである。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
まないたにすべりとゞまる桜烏賊
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
きまったように、そのあとを、ちょきちょきとこまかにまないたを刻む音。時雨しぐれの頃からお冴えて、ひとり寝の燈火ともしびを消した枕にかよう。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、そのまないた下駄は、足音あしおと遠退とほのくに従つて、すうとあたまからして消えて仕舞つた。さうしてが覚めた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それからまた庭に這入はいって、餅搗もちつき用のきねを撫でてみた。が、またぶらぶら流し元まで戻って来るとまないたを裏返してみたが急に彼は井戸傍いどばた釣瓶つるべの下へした。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
まないたの上へ載せられても、三十六りんビクともせぬという、人間で言えば男の中の男、それが苦しがって器量いっぱいもがき苦しむのですから、そりゃ見ていても凄くなります
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時、はずかしがってまないたで野菜をはやして切っていた姉の姿はおかしくも美しかった。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二人の前に、まないたにのった西瓜が出て来た。国彦中尉は庖丁ほうちょうをとりあげると、グラグラきたっている鉄びんのふたをとって中に入れ、やがてそれを出すと、ヤッと西瓜を真二つに切った。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
仲間たちは、肉屋を見ると、すぐそのまわりを取り巻いた。巧みな出刃の動きにつれて、脂気のない赤黒い肉が、まないたの片隅にぐちゃぐちゃにたまっていくのを、彼らは一心に見入った。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
其の店に人間の筋肉よりも少し汚ない牛肉が大きなまないたの上にこて/\積上げてあることや、其の中のだ活きてゐる奴が二匹ばかりで、大きな石を一ツ大八車に載せて曳いて行くことや
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
れをかって来て洗水盥ちょうずだらいあらって、机のこわれたのか何かをまないたにして、小柄こづかもっこしらえるとうような事は毎度やって居たが、私は兼て手のきがいてるから何時いつでも魚洗さかなあらいの役目に廻って居た。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
なべからじかに食べることも出来ませんし、まないたの上から直接口に入れるわけにも参りませんから、この場合、ぜひとも食器というお料理のきもの、あるいは家とでもいうものが要るのであります。
料理する心 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そのこちらの大きな大きなまないたのまわりには、白い着物を着た料理人が大勢並んで野菜や肉を切っておりますが、葱の白いヒゲや玉葱の皮や、大根の首や薩摩芋の尻や頭なぞはドンドン切り棄てて
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
「これはまないたじゃありません。テーブルです。お魚はにしんしたのです」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
肴屑さかなくずまないたにあり花の宿
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
きまつたやうに、のあとを、ちよき/\とこまかにまないたきざおと時雨しぐれころからえて、ひとり燈火ともしびしたまくらかよふ。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
津田が手術台の上でまないたへ乗せられた魚のように、おとなしく我慢している間、お延はまた彼の見つめなければならなかった天井てんじょうの上で、時計とにらめっくらでもするように
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一尺ほどの長さに切った茎を大きなまないたの上で叩き潰しては、大鍋の中へ投げ入れ投げ入れして
さいぜんみ取って来た野菜類を洗って、ここへすくい上げて来て、まないた、庖丁、小桶の類までこの縁先に押並べて、そうして琵琶湖の大景を前にしてはお料理方を引受けているところです。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昨夜ゆうべつぐみじゃないけれど、どうも縁あって池の前に越して来て、鯉と隣附き合いになってみると、目の前から引き上げられて、まないたで輪切りはひどい。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見る間に、太陽はぶるぶるふるえながら水平線に食われていった。海面は血を流したまないたのように、真赤な声をひそめて静まっていた。その上で、舟は落された鳥のように、動かなかった。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
伸餠のしもち夜業よなべまないたちやまでして、みんなでつた。庖丁はうちやうりないので、宗助そうすけはじめから仕舞しまひまでさなかつた。ちからのあるだけ小六ころく一番いちばんおほつた。そのかは不同ふどう一番いちばんおほかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
とっつかまえてまないたにのぼす——その落着くべき筋道が幾筋もあるということを、さいぜん北山君が言ったが、単に幾筋もあるではいけない、それでは当世流行の科学的ということにならないから
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あけてはをつとにもげられねば、病氣びやうき介抱かいはうことわるとふわけにかないので、あい/\と、うちのこことつたのは、まないたのない人身御供ひとみごくうおなことで。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
門はいているが玄関はまだ戸閉りがしてある。書生はまだ起きんのかしらと勝手口へ廻る。清と云う下総しもうさ生れのほっペタの赤い下女がまないたの上で糠味噌ぬかみそから出し立ての細根大根ほそねだいこんを切っている。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ときたまあれば、肉屋の大きなまないたの向うの、庖丁を手にした番頭の光った眼か、足を道の上へ投げ出したまま、恐そうに阿片をひねっている小僧か、お辞儀ばかりしている乞食ぐらいの眼であった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
水々しいうおは、真綿、羽二重のまないたに寝て、術者はまなばしを持たない料理人である。きぬとおして、肉を揉み、筋をなやすのであるから恍惚うっとりと身うちが溶ける。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)