たい)” の例文
その他、鮨の材料を採ったあとのかつお中落なかおちだの、あわびはらわただの、たいの白子だのをたくみに調理したものが、ときどき常連にだけ突出された。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あやしげなたい長芋ながいものおわん、こぶ巻、ご馳走ちそうといっても、そんな程度だが、倹約家の土肥半蔵にしては、大散財のつもりなのである。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どれも小さなほど愛らしく、うつわもいずれ可愛かわいいのほど風情ふぜいがあって、そのたいかれいの並んだところは、雛壇の奥さながら、竜宮をるおもい。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところがその多くの魚どもが申しますには、「この頃たいのどに骨をたてて物が食えないと言つております。きつとこれが取つたのでしよう」
たいでいえばねぶりかすのあらみたいなもんだから、いい加減見切りをつけて、安く売ったらいいだろうって、私に五百円おいて行ったものなの。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
また一ツは米国水兵数多あまた車座くるまざになりて日本料理のぜんに向ひ大きなる料理のたいを見て驚き騒げる様を描きしものあるを記憶す。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
釣りのコンデイシヨンにしてもさうだ、遊釣としては最大がますたい、スズキのやうなもので、高々七八百匁を程度とする。
日本の釣技 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
系図を言えばたいうち、というので、系図鯛けいずだいを略してケイズという黒い鯛で、あの恵比寿えびす様が抱いていらっしゃるものです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
看板の魚は、青笹あおざさの葉をあぎとにはさんだたいであった。私達は、しばらく、その男達が面白い身ぶりでかまぼこをこさえている手つきに見とれていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
おれは今六十五になるが、たい平目ひらめの料理で御馳走になった事もあるけれど、松尾の百合餅程にうまいと思った事はない。
姪子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「くさってもたい」という彼女のあだ名は、彼女の父の口ぐせからきており、彼女はそれに満足しているところがみえた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
病人が食べ残したたいの刺身などを、外の女中達は手も出さないのに彼女一人はこの時とばかりむさぼり食べると云う風で
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
僕の妻君なぞは珊瑚さんごの玉と明石玉あかしだまとを鑑別する事は大層お上手だが魚屋の持って来たたい房州鯛ぼうしゅうだいか三浦鯛か新しいか古いかという事はよく御存知ない。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
鳴戸なるとを抜けるたいの骨は潮にまれて年々としどしに硬くなる。荒海の下は地獄へ底抜けの、行くも帰るも徒事いたずらごとでは通れない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
茶碗もりや、たい頭附かしらつきの焼もので、赤の飯ではやしたてたのだ。その後、この女のところへであろうが、別荘、別荘、と別荘行きを毎夜しるしつけてある。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
二千八百九十九米。笠井さんはこのごろ、山の高さや、都会の人口や、たいの値段などを、へんに気にするようになって、そうして、よくまた記憶している。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
和泉いずみの山奥の百合根ゆりねをたずさえる一人に、べつの男はの国の色もくれないのたいおりをしもべに担わせた。こうして通う一人は津の国の茅原かやはらという男だった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
前の細君が病気で亡くなって忌中でいると、ある日大きなたいを持って来て置いて行ったものがあったそうだ。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何か総体として樹木というものだけは知っていた、そしてその代表的な松とか梅、桜、くらいは確かに知っていた、魚はたい、まぐろを知っている位いであった。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
尾張・三河の方面では三月のひなの節供の日に、やはり米の団子をもってたい鶴亀つるかめ七福神しちふくじんまでも製作した。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
又いかに不足な栄養でも目高めだかぐらいのたいはいない——この研究は、ほぼ完成に近づいて、あのように牛ぐらいもある松虫や犬ころみたいな象が造れるようになった
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
る時、芸州げいしゅう仁方にがたから来て居た書生、三刀元寛みとうげんかんう男に、たい味噌漬みそづけもらって来たが喰わぬかとうと
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わんふたをとれば松茸まつだけの香の立ち上りてたいあぶらたまと浮かめるをうまげに吸いつつ、田崎はひげ押しぬぐいて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
まだひるまえであったが、海が近いからだろう、たいのあらいに、冷やしたちりなべというさかなで飲みだした。
扇野 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
古市くんだりまでこうしてお調戯からかいにお下りあそばしまする、たいも売れれば目刺めざしも売れる、それで世の中は持ったものでございますね、よくしたものでございますよ。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一、たい白子しらこ粟子あわこよりも遥かにうまし。しかも世人この味を解せざるために白子は価廉に粟子は貴し。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その間にねむっていたたいのようなかたちをした魚の群が、とつぜん、まぶしいあかりにあって、あわてておよぎはじめました。まるで銀のほのおがもえあがったようです。
豆潜水艇の行方 (新字新仮名) / 海野十三(著)
千日前常盤座ときわざ横「寿司すし捨」の鉄火巻とたいの皮の酢味噌すみそ、その向い「だるまや」のかやくめしと粕じるなどで、いずれも銭のかからぬいわば下手げてもの料理ばかりであった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
「——たいに食いあきると、ゲテもののいわしが食いたくなる。だが、他人ひとにはそんな本心を隠して、わしゃ食いたいわけじゃないナンテ言うのを、カマトトというですな」
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ま、見たところは、美しいですが、とんと場違いで、近海のたいに馴れた舌には、ちと頂けませんな。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
なんでも春で、きれいなたいさわらなどがぴちぴちしていたことを覚えている。友人はその魚を仲買人の手から数ひき買って帰り、それをじぶんで料理して、私に御響応ごちそうした後で
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
よって、その欲するところを問わば、「願わくは、小豆飯、豆腐汁、およびたい味噌みそ漬けを得ん」
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
奥さんの心づくしのたい潮煮うしおに美味うまそうに突ついているうちに、フト、二三度眼を白黒さした。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
例えば『永代蔵』では前記の金餅糖こんぺいとうの製法、蘇枋染すおうぞめ本紅染ほんもみぞめする法、弱ったたいを活かす法などがあり、『織留』には懐炉かいろ灰の製法、鯛の焼物の速成法、雷除かみなりよけの方法など
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
手土産てみやげをなににしようかと思ったが、顔見知りの「魚勝うおかつ」に寄って、たいを二枚、揃えた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
露店ろてんが並んで立ち食いの客を待っている。売っているものは言わずもがなで、食ってる人は大概船頭せんどう船方ふなかたたぐいにきまっている。たい比良目ひらめ海鰻あなご章魚たこが、そこらに投げ出してある。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ライオンの前ではそれでも久しく立ちどまって見ていた。養魚室の暗い隧道とんねるの中では、水の中にあきらかな光線がさしとおって、金魚やたいなどが泳いでいるのがあざやかに見えた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
舟から樽が、太股が、まぐろたいと鰹が海の色に輝きながら溌溂はつらつと上って来た。突如として漁場は、時ならぬ暁のように光り出した。毛の生えた太股は、魚の波の中を右往左往に屈折した。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
たいもあるのに無分別」なんていうと、たいはふぐの代用品になれる資格があるかにも聞え、また、たいはふぐ以上に美味うまいものであるかにも聞える。所詮しょせん、たいはふぐの代用にはならない。
河豚は毒魚か (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
二匹のたいが向き合っている様な形をした、非常に特徴のある大きな目や、鼻の下が人の半分も短くて、その下に、絶えず打震えている、やや上方にまくれ上った、西洋人の様に自在な曲線の唇や
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
たいひらめ煮肴にざかなを食うときに卵粒の多いのを見て今さらのごとくに驚くこともしばしばあるが、正月の儀式に用いるカズノコのごときも実は「ニシン」という魚の卵塊で、卵の粒の数が非常に多いから
生物学より見たる教育 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
たいうてみやげのうそや汐干狩しおひがり。せめて鯛をお描きください」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
逗子ずしの父母から歳暮せいぼ相模さがみの海のたい薄塩うすじおにして送って来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
兼「それじゃアたいの塩焼に鶏卵の汁を二人前ふたりまえくんねえ」
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして大きなたい平目ひらめを、持って来てくれました。
金の目銀の目 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
網でったと、釣ったとでは、たいの味が違うと言わぬか。あれ等をくるしませてはならぬ、かなしませてはならぬ、海の水を酒にして泳がせろ。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
田舎そだちの茂緒の手なれたところで里芋の味噌汁に、高野豆腐と油あげと、きり干大根の煮つけ、黄色いたくあんで、祝いの小さなたいは一匹だった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
枕元にやんわりと坐ると、長火鉢で加減をみてきたかゆなべたい刺身さしみをのせてきた盆を、一まず横の方へ置いて
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たいなくとも玉味噌たまみその豆腐汁、心同志どし安らかに団坐まどいして食ううまさ、あるい山茶やまちゃ一時いっとき出花でばなに、長き夜の徒然つれづれを慰めて囲いぐりの、皮むいてやる一顆いっかのなさけ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
元旦の朝のかれいには、筒井は主人といっしょの座にあてがわれ、ひじき、くろ豆、塩したたい雑煮ぞうに、しかも、廻って来た屠蘇とその上のさかずきは最後に筒井のぜんに来て
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)